表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第八章 三月三十日 前半
141/173

真相に至る道筋

 十分後、俺たちは初音さんから借りた別室にいた。

 彩乃と慎さん、それに初音さんを除いた全員が揃っている。


 俺は先程閃いた推理を皆に説明する。

 皆黙って俺の言葉に耳を傾け、語り終えた後は一様に考えこむ仕草を見せた。


「皆は俺の推理をどう思う?」


 現在初音さんに頼んで追加である調査を依頼している。この推理が正しければ、物的証拠を見つけることも難しくないはずだ。

 結果が出るにはもう少し時間がかかるが、今はどう思っているのか意見が欲しかった。


 最初に口を開いたのは凪砂さんだった。


「可能性はある。少なくとも辻褄は合う」


 俺の瞳を真っ直ぐ見据えて口にした言葉は、確信に近い響きがあった。


「しかし、これが正しいなら信彦さんが亡くなったのは……」

「ええ、犯人にとって想定外だったってことッス」


 そうだ、この説では信彦さんの殺害は犯人にとって想定外の事態であったことになる。

 仮に計画的犯行だとすると、俺の推理通りのシチュエーションを故意に作り出したことになるが、それはあまりに荒唐無稽だと言わざるを得ない。いくらなんでも状況が特異的すぎる。


「そして、何故訓練場に遺体が運ばれたのかという謎にも回答が得られる」


 だが――偶発的犯行だと仮定すれば、遺体が訓練場に運ばれたのか、その理由に納得のいく説明が可能だ。

 あの状況は本来犯人が意図したものではない。想定外の出来事だからこそ生じた結果だったのだ。


「しかし、そうなると結局犯人は誰なんスかね?」


 誰が信彦さんを殺害したか――。

 この状況から容疑者を絞り込むことはできるのか?

 いや、それは難しいだろう。元々各人のアリバイはあやふやなものばかりだったが、この推理ではさらに無意味なものとなる。事件当時の行動から絞り込むのは諦めた方がいい。


「それに訓練場に出入りしたもう一人の人物も不明のままだろう? 由貴くんの推理通りならこの人物は犯人以外の誰かということになる」

「そこがネックなんだ、この何者かがわからない」


 ここにきて新たに浮上した問題――それは訓練場の侵入者の正体だ。

 俺の推理に則るならば、この侵入者は(・・・・・・)殺人者とは別人(・・・・・・・)ということになってしまう。

 正確には断言できるわけではないが、同一人物ということはまずない。

 しかし、事件と無関係というには不自然だ。偶然事件発生と同じタイミングで侵入したなど考えられるだろうか?


「この侵入者は事件と関係あるのか、ないのか? そこをはっきりさせよう」


 俺は事情聴取の際に凪砂さんが語った内容を思い返す。


「まず、侵入者は警備室から鍵を盗み出していることから明確な意図をもって侵入していることがわかる。これは手袋をつけて指紋を残さないようにしている点もそれを裏付ける」

「それでいて殺人と無関係であると仮定した場合、忍び込む理由として考えられるのは――」


 訓練場に何らかの用があったとすれば、それは何なのか。

 そんなもの一つしか思い当たらない。


「やはりあれか、礼司さんが隠した資料」

「それ以外に考えられないか」


 雫によって回収された礼司さんが遺した資料。あれを手に入れるためだったとしか考えられない。


「あれの存在を知っていて入手しようとした奴がいるんだ、だが雫に先を越された」

「多分侵入して“さあ探そう”とした矢先に信彦さんの遺体を発見して、慌てて立ち去ったってところかな?」


 侵入者にとって信彦さんが死んでいたのは度肝を抜く事態だったのだろう。

 異常が発生していると悟った侵入者はその時点で探索を断念して、すぐにその場を後にした。そして、盗んだ訓練場の鍵を警備室に返却せずに捨てたのだろう。


「資料の内容は鷲陽病院の事件について。それが狙いと仮定すると……」

「侵入者も私たち同様あの火災について追っている?」


 雫の言葉に皆が同意した。

 侵入者もまた俺たちと同じ目的、あるいはそれに近い動機を持つ人物だったのだ。


 そんな人物が屋敷の中にいる。


「火災を追う動機のある人物……まさにこれこそ隼雄氏が当てはまるッスけど」

「だが、隼雄さんではないだろう」

「断言できるのか?」


 確かに隼雄さんは怪しいが、少なくともこの件に関しては違うと言える。


「隼雄さんは礼司さんが亡くなった後、何度も屋敷を訪れているんだ。遺品の整理やらいろいろ片付ける仕事があったからな。つまり、隼雄さんには訓練場を探索するチャンスが何度もあったんだ。適当な理由をでっち上げれば、鍵を盗まなくとも訓練場に入ることはできた」

「要するに、わざわざ就任式の当日朝に、鍵を盗むなんていう手段を採る理由があるのは、屋敷に訪れることの(・・・・・・・・・)少ない人物(・・・・・)だ」

「それは――」


 俺は頭の中で可能性を一つずつ消していく。

 まず、屋敷の住人である五月さんと登は真っ先に除外される。

 次に、火災の真相を既に知っている各務先生は、俺たちに九条詩織との関係が知られた時点で隠す必要はないので、彼も除外できる。

 辰馬さんと沙緒里さんも同様だ。いずれも不自然なく屋敷を訪問することが可能であるからだ。

 章さん、慎さん、彩乃も疑わなくていいだろう。

 小夜子さんは八年前の事件で浅賀と対峙した過去があり、何かしらの目的を持って資料を手に入れようとしたと考えることはできる。

 ただ、こちらも訓練場を訪れても不審に思われることがなく、他の機会にゆっくり探すことができたはずだ。


 即ち、侵入者の条件として挙げられるのは、第一に屋敷を訪れることが少ない人物、第二に訓練場へ足を運ぶ理由の薄い人物、この二点だ。

 それに加えて、事件前後に不審な態度を見せていた人物はいなかっただろうか?


「……」


 いる。全ての条件に該当する人物が一人だけ。

 それは俺にとっては予想外とも言える人物であった。


「まさか慧が……?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ