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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第七章 三月二十九日 後半
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御影沙緒里の告白 -切札-

 勝負に決着がついてから十分ほど後、俺と沙緒里さんは訓練場入口付近の観客席に並んで腰を下ろしていた。

 戦闘中に負った怪我は内線で呼んだ医務室に勤める治癒能力持ちの職員に治してもらった。治癒能力の効果は衣類の修繕までは及ばないので、沙緒里さんは珍しく職員用のジャージを着用している。俺の服は一部が破けている程度なので着替えなかった。


 さて、と沙緒里さんは話を切り出した。


「まず訊いておくけど、糸井夏美の“再誕”を知っていたということは、あなたは鷲陽病院の火災の真相も知っているのよね?」

「ああ」

「とりあえずざっと話してくれる?」


 俺は各務先生から聞いた話を語ってきかせる。

 夏美の“再誕”を発現させるために浅賀が糸井夫妻を殺害したこと、その結果夏美が暴走したこと、奴が今なお夏美の能力を諦めていないこと。


 話し終えた後に沙緒里さんは小さく頷いた。


「凡その部分は把握しているみたいね。付け足す箇所が無くて助かるわ。早速だけど本題に入るわね。ねえ、今の話の中で一番肝心な問題(・・・・・・・)に触れていないことは気づいているかしら?」

「肝心な問題……?」

「糸井夏美を利用して死者を蘇らせる――それはいいわ。じゃあ、夏美を従わせるにはどうしたらいいと思う? 鷲陽病院火災がどうして起きたか忘れたわけじゃないでしょう。あれは夏美が暴走して魔物たちを(けしか)けたからよ」


 成程、そこか。確かにそこは一番肝心な部分だ。


「現在夏美の自我はほとんど残っていないそうよ。きっと両親を失ったショックが大きすぎたのね。自分自身で思考することができず、他者が言うことをそのまま受け入れるだけと聞いているわ」

「ん? 言うことを聞くなら問題はないんじゃないのか?」

「ただし――過去の記憶を刺激する内容の言葉や光景はアウト。突如不安定になり暴走状態に移行することがあるそうよ。具体的には両親絡みのもの」


 鷲陽病院の悲劇を連想させるものが駄目ということか。

 元々“再誕”は能力の暴走を意図的に引き起こしたことで覚醒した能力だ。ひょっとすると現在は小康状態を保っているだけにすぎず、暴走が完全に収まったわけではないのかもしれない。

 そうだとすれば――夏美の能力は未だ覚醒と変化を繰り返している可能性もある? あまり想像したくない事態だ。


「そんな場合のために作られたのが“再誕”の効果を一時的に無効化する例の抑制剤。暴走してもあれを血管内に注入すれば能力を封じられるわ。蘇らせた生物はそのままだけど支配権は失う。だから、統率が乱れて対処しやすくなる。そして、あなたも知っての通り、私はこの抑制剤を狙っている」

「……そこが納得いかないんだよな」


 ここで俺は不自然な点を指摘した。

 各務先生の話を聞いてから内心ずっと疑問に思っていたことだ。


「抑制剤が夏美の能力を封じ込めるためにあるなら、当然夏美を収容している研究施設にもあるはずだ。普通はそちらを回収するんじゃないか? 何故俺を味方に引き入れようとする手間をかけるんだ?」


 普通に考えればそうだ。抑制剤が浅賀の家にしかないとは到底思えない。わざわざ面倒な裏工作をする必要などどこにもない。最初から研究施設にあるものを狙えばいいだけの話だ。事実沙緒里さんは極秘チームの主導権を握るために委任状を手に入れている。夏美の身柄を確保するついでに抑制剤を回収することだってできるのだ。


「……いや、違う。そもそも浅賀の家の金庫に抑制剤が保管されていることが妙だ。何故そんな厳重に隠すんだ? 仮に奪われたとしても痛手にはならないのに」

「そうね、それがただの(・・・)抑制剤であれば」


 意味深な強調を添えて口にする様子から、俺はようやく話が核心に入りだしたことを察した。


「鷲陽病院の一件以来、浅賀は万が一の事態に備えるようになった。特に今の夏美はあの火災の時より危険な存在へと変化している。暴走を引き起こしてしまえば今度こそ命はないかもしれない。だから、たとえ野望を捨てることになっても夏美を止める手立てが欲しかった。浅賀が特に心配していたのが抑制剤への耐性がつくこと。変異を繰り返すことで耐性がつく可能性も上昇するから、早急に対処法を確立する必要に迫られたの」

「そして、その対処法というのが金庫の抑制剤か?」

「そう、通常使用している抑制剤を発展させた物だから便宜上抑制剤と呼んでいるけれど、正しく言えば“強制変異剤”――使用者の精神に負荷をかけて能力の変異を人為的に引き起こす薬品」


 強制変異剤。それこそが浅賀の持っていた切札。


「浅賀は鷲陽病院でやったことをより安全に、より効率的に行う方法を模索した。それを立花明人に相談したところ、彼がこの薬を作り出したというわけ」

「つまり――その薬を夏美に投与すれば“再誕”の能力を失うと?」

「九分九厘の確率で成功するそうよ、立花が言うには。まあ、信彦さんが桐島晴香から聞いた話だから、そのあたりは断言できないけど」

「……だから、あんたはあの薬を欲しがったのか。俺を取り込むことまで考慮するなんて、どんな理由があるかと思えばそういうことか」


 “再誕”の能力を使って夫を蘇らせることに成功したとしても、夏美が制御不可能な状況に陥った場合どんな被害が生じるか予測できない。沙緒里さんだけならいい、もし罪のない民衆に犠牲者が生じれば? 夏美は奇跡の体現者であると同時に爆弾でもあるのだ。解除方法なしに取り扱える代物ではない。


 それにしても能力を失うような人為的な変異を起こす手段が存在していたとは。

 それなら――。


「ああ、一応言っておくけど、強制変異剤で夏美の“再誕”を消滅させるのは無し(・・)よ」

「え?」

「危険性さえ無くなれば彼女を救済できる希望があると考えているならお勧めはしないわ。これはあくまで非常用の手段だから」

「非常用って……」


 沙緒里さんは呆れたように溜息を吐いた。


「あのねえ、強制的に変異を引き起こすのが身体にどれだけ負荷を与えると思っているの? そもそも鷲陽病院の火災だってそれが原因で暴走したことが切っ掛けでしょう。そんな危険な状態を人為的に引き起こす薬剤がまともだと思う?」


 何を当然のことを、と言わんばかりの口調に俺は安易な期待を抱いたことを反省した。俺は薬学については門外漢であるが、それでもいかに危険なのかは理解できる。


「浅賀は能力を喪失させる目的としてこの薬を開発させたけど、最悪ショック死してもいいくらいには思っていたのよ。生きていれば再利用できる芽もあるかも、ぐらいの気持ちだったらしいわ」

「本当に“最後の手段”として用意した物だったんだな」


 いざという時のため、全てを台無しにする覚悟をした上での解決手段。

 夏美を救うために使うのは難しいと言わざるを得ない。


「まあ、どうするかは雫世衣や凪砂と相談して決めればいいんじゃない。能力を保有したままでは『同盟』からマークされたままだし、殺処分の可能性は捨てきれない。危険を承知で薬を投与するか――勿論、私に引き渡すのも有りだけど。少なくとも彼女を無下に扱う気はないから、そのあたりは心配ご無用よ」

「お心遣い感謝するよ。ところで、強制変異剤は浅賀の金庫に保管している分しかないのか?」

「聞いた限りではね。他の誰かの手に渡るのは嫌がったらしいわ。研究員の裏切りの警戒していたんでしょう」


 九条詩織は離反を企んでいたのだから実際その懸念は当たっていた。

 尤も、彼女が強制変異剤を手にしたところで死亡するリスクを冒して投与するとは考えにくいが。


「……ただ、現在どうなのかは私にも掴めていないけど」


 沙緒里さんは難しそうな表情でぽつりと口にした。


「何かあったのか?」

「さっきの会議では話さなかった事実があるの。現在浅賀善則は(・・・・・・・)完全に行方知れず(・・・・・・・・)よ、桐島晴香らも含めて」

「は……?」


 唐突に出てきた言葉に耳を疑った。


「行方不明って……それは里見たちの追跡を振り切ったって意味じゃなくて?」

「ええ、文字通りの行方不明よ。信彦さんが教えてくれたんだけど、去年の夏から連絡がぱったりと途絶えたらしいの。それ以来一切音沙汰なし。影も形も見えやしない。だから研究が今どうなっているのか、糸井夏美がどんな状況にあるのかも全然わからない。信彦さんも研究施設の場所を知らないから確かめようもなかった。流石に私も焦ったわ」


 告げられた新たな事実は俺を困惑に突き落とすには充分だった。

 だが、それよりも俺は沙緒里さんの言葉に引っ掛かりを覚えていた。


「去年の夏って――」

「最後に浅賀から連絡があったのは八月の十八日よ。私が何を言いたいかわかる?」


 去年の八月十八日。その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が高鳴った。

 それと同じ日に起きた事件を俺は知っている。


 八月十八日――紫が奇妙な失踪を遂げたのもその日であった。

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