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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第七章 三月二十九日 後半
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御影沙緒里との対決 ‐氷の女王‐

 俺は沙緒里さんから宣誓書を受け取り、決闘の内容に関して取り決めを行う。

 宣誓書の作成者は最高幹部の中で法務部門を統括している人物。沙緒里さんの委任状にサインした一人だ。宣誓書の作成日が今日になっているので、本部へ来る前にサインと同時に作成してもらったのだろう。

 宣誓書は作成者の名前と作成日が記載されている以外は真っ白だ。具体的な内容は宣誓書の作成と同時に記載する必要はなく、当事者間で自由に決めていい。作成者はあくまで宣誓書の内容を保証する立場に過ぎない。


「ルールは簡単にしましょう。一本勝負で、先に相手をダウンさせた方が勝ち。5カウントでいい?」

「ああ、それでいい」

「賭けの内容は抑制剤の件でいいわね。私からは『浅賀善則の自室金庫に保管されている抑制剤、またはそれと同種の薬品を入手した場合に私に直ちに引き渡すこと』、それに加えて『私が抑制剤を入手するのを妨害する行為や入手した抑制剤を奪取する行為の禁止』、さらに『当事者以外による当該行為を知った場合に、私に直ちに報告することとそれらの行為を阻止すること』を要求するわ」

「俺からは『浅賀善則による糸井夏美の能力開発研究について知る情報、及び浅賀善則と関連する事件または人物について知る全ての事実を嘘偽りなく告白すること』を要求する」


 抑制剤を求めないようにしたり“再誕”を利用して景之さんを蘇生させる計画を諦めさせたりすることも考えたが、宣誓書が赤く輝いたことから過大な要求と判断されたらしい。どうやら沙緒里さんの秘密は俺が想像している以上に価値があるようだ。仕方がないのでそこは妥協しよう。沙緒里さんの真意を知った今なら自力で対策できなくもない。


 互いの要求を宣誓書に記入し署名すると、宣誓書は薄い青色に輝いた。薄い青は内容が確定したことを表す。これで俺たちは宣誓書に行動を縛られることになった。もう引き返すことはできない。


 宣誓書は観客席の前に設置しているホワイトボードに貼り付け、俺たちはフィールドへ行く。


「そういえば沙緒里さんが誰かと試合したって話は今まで聞いたことがなかったな」

「昔は小夜子とよくしていたわよ。お互い似た性質だからなかなか決着がつかない試合が多かったわ」


 小夜子さんと沙緒里さんは範囲型の能力を使う者同士。互いに距離を保っての戦闘がセオリーなので決定打が打ちにくい。

 小夜子さんの“暗黒の大海”は自身に近寄る存在全てを呑み込むので飛び道具が使えない相手では歯が立たないが、小夜子さん自身も飛び道具がなければ相手に攻撃できない。それに“暗黒の大海”を発動している間、小夜子さんは動くことができないという制約がある。

 一方、沙緒里さんは周囲に吹雪を舞わせたり、氷塊を生成して攻撃することが可能だ。しかし、小夜子さんに近づけない以上攻撃が届くまでに時間を要するので容易に回避されてしまう。


 互いに距離を置き、戦闘の準備を整える。仮眠と処方された薬の効果のお蔭か体調に問題はない。短時間なら充分に戦えそうだ。


「さあ、どうぞ。初手は譲ってあげるわ」

「なら遠慮なく行かせてもらおうか」


 俺は両手の掌にエネルギーを集中させ、光の弾を生成する。殺傷力は抑え目にした普段より小さい弾だ。それらを連続して放出する。二つの光弾は(しな)るような動きで沙緒里さんの立つ場所へ飛んでいく。

 沙緒里さんは飛んでくる攻撃を悠然と眺めていた。それから軽く後方に一歩跳んだかと思うと、彼女の顔面から僅か数センチの位置を光弾が通過していく。風を切る勢いで沙緒里さんの前髪が大きく乱れる。

 その時には既に次の弾が放たれていた。俺は光弾の生成と放出のサイクルを続ける。沙緒里さんの回避行動を予測し、どの位置に発射すればいいのか思考する。攻撃の手を緩めるつもりはない。何故ならば――。


「なかなか良い連射速度ね、悪くないわ」


 沙緒里さんが腕を一振りすると彼女の周辺に突如巨大な影がいくつも浮かび上がる。

 氷塊だ。その大きさはかつて紫が披露した雹とは比較にならない。高さは三メートルほど、直径は一メートルを超えている。それは“天候操作”の中でも特に大気中の水分や熱を操り、冷気や氷を生み出すことに長けた沙緒里さんならではの技だ。

 氷塊は光弾の進行ルートを遮るように生み出された。氷塊に衝突した光弾は線香花火のように儚く散っていく。全ての光弾が同じように氷の盾によって道を阻まれていた。沙緒里さんの元に辿り着いたものは一つも無かった。


「それなら……」


 俺は屋敷の防衛線で初めて見せたあの技を試すことにした。

 掌の中に先程よりサイズの大きい光球を生成し、思いきり放り投げる。天井付近まで舞い上がった光球は重力を無視してその場に留まり、白く光った。

 次の瞬間、俺は光球を“点火”によって破裂させる。爆散した光球は細かい光の粒子の群れへと姿を変え、フィールドの沙緒里さんがいる側の半分を包み込むように落ちていった。

 光の雨はしばらくの間降り注ぐ。その間沙緒里さんは耐え続けねばならないが、氷塊は光の散弾の前ではすぐに砕かれるだろう。一回の攻撃は防ぐことができても、連続した攻撃を防ぐほど耐久力はないからだ。新たに氷塊を生成しようにも光が降り注ぐ速さを凌ぐのは難しい。退避しようにも周囲一帯は攻撃の圏内。逃れるにはフィールドの外か、俺のいる方へ向かうほかない。当然俺は沙緒里さんがやって来れないように攻撃の準備をして牽制する。


 さて、どうする?

 俺の疑問の答えは――すぐに出た。

 沙緒里さんはただ腕を一振りしただけだった。腕の動きに合わせるように沙緒里さんを中心とした一帯が白く濁った。吹雪が舞ったのだ。

 俺は目の前の光景に驚く。吹雪いたと思ったその瞬間、光の雨がかき消されたのだ。否、かき消されたのではない。撃ち落された(・・・・・・)のだ。雪の結晶によって。

 光の散弾に匹敵する数の雪の弾を生成し、一気にぶつけた。ただそれだけだ。

 数秒の後には、フィールドは元の静けさを取り戻していた。


「力技だな……」

「ボール遊びはお終いかしら? 次は私の番ね」


 沙緒里さんは再び吹雪を舞わせる。ただし、今度は俺のいる方角に向かってだ。

 踊り狂う雪の粒が俺の身体を呑み込まん勢いで襲いかかる。俺は掌を胸に当て、感情のエネルギーを全身に対して放出した。

 身体がほんのりと温かくなり、光が俺を包む。薄く張られた光の膜は俺に触れようとした白い襲撃者たちを次々に融かしていく。


 続いて、沙緒里さんは氷塊を大量に生成する。その中の半分を自分の周りに残して残り半分を俺を目がけて放った。

 俺は迫りくる氷塊に攻撃を一つ一つ確実に当てていく。破壊しきれないと判断したら回避。フィールドを駆けながら攻撃を放ち、着実に数を減らしていく。

 しかし、沙緒里さんも黙って見ているわけではない。新たに生成した氷塊をこちらに差し向ける。やはり彼女を倒さないことにはどうにもならない。

 俺は氷塊に対処する合間に沙緒里さんにも攻撃を仕掛ける。予想した通り、彼女の周囲に浮かぶ氷塊が攻撃を阻んだ。複数の氷塊は沙緒里さんを中心として規則的な動きで回っている。まるで衛星のようだ。さらに、沙緒里さんは再び吹雪を呼び起こし、今度は自分の姿を覆い隠すことに用いた。実に面倒なことだ。位置を知ることができなければ当てようがない。逆に、沙緒里さんは吹雪の壁を越えて俺の位置を把握できるので何も問題はない。

 そんなことを考えている間にも俺を追跡する氷塊は乱雑な動きを繰り返し、俺を惑わす。一番厄介なのは氷塊のサイズだ。これだけの大きさの物体を破壊するにはそれなりの威力がなければならない。威力を上げるためには込めるエネルギーの量を増やすしかないのだが、そのためには多少なりとも時間が必要だ。

 だが、次から次へやって来る氷塊はその隙を許してくれない。俺は少量のエネルギーで生成した光弾で撃ち落とすほかなく、その結果氷塊も破壊しきれない。破壊できたとしても沙緒里さんが新たに生成する。堂々巡りだ。


「ちっ!」


 思考に浸りすぎて回避が疎かになった。俺に突進してきた氷塊が俺の右腕を掠める。服が破けて肌に細い血の線が引かれた。


「結構粘るのね、ここで降参してくれるならこれ以上怪我をしなくて済むわよ?」


 吹雪の向こう側から沙緒里さんは投了を促した。

 声には張りがある。能力酔い(ガス欠)で倒れることは無さそうだ。


「よしてくれ、俺が負けを認めるなんて思ってもいないくせに」

「ふふ、あなた意外に昔から負けず嫌いよね」


 ここで退くわけにはいかない。沙緒里さんの手に抑制剤が渡ってしまえば、彼女を止めるのが難しくなる。


 だが、やはり遠距離の戦闘ではあちらに分があるようだ。氷の生成速度も俺が生成速度より上だ。俺の場合どうしても感情のエネルギーを具現化するラグが生じるが、沙緒里さんはほぼ瞬間的に生成できる強みがある。

 真っ向勝負で勝つのは難しい。ならば、如何にして勝つか?

 俺は考える。沙緒里さんは戦闘経験において俺より数段勝る。センスと勘は一流だ。

 では、俺が沙緒里さんに(・・・・・・・・)勝っているもの(・・・・・・・)は何だろうか?

 答えはすぐに出た。俺が持つ強みは二つ。

 一つは、手札の多さだ。感情のエネルギーを具現化する過程で手を加えることで何にでも形を変えることができる。よく変幻自在と評価されたもので、応用の幅で言えばトップクラスだと自負している。それは“同調”や“怒りの鎧”といった派生能力が生まれていることからもわかる。

 もう一つは、幼い頃から俺の胸に刻み込まれたあの教え――。


 俺は一度フィールド全体を見渡し、状況を確認する。沙緒里さんの周囲には衛星のように氷塊が円軌道を描き、盾の役割を渡している。沙緒里さんが動けば氷塊も彼女に合わせて動く。氷塊を破壊してもすぐに再生成される。さらにその周囲には雪の結晶が空気を白く濁らせ、余計に視界を曇らす。このまま突っ込んでいけば二つの壁に阻まれて、沙緒里さんの元に辿り着くまでに倒れてしまうだろう。


「……よし」


 俺が持つ二つの強み。それを活かせばあの壁を越えて沙緒里さんに攻撃を届かせることができる。そのためには俺の策を見破られないように立ち回る必要がある。下手な挙動を見せればすぐにばれてしまうだろう。

 俺の意図を悟られない動き、それに沙緒里さんの意識を逸らす動き。これらを踏まえて策を実行に移す。

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