表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第七章 三月二十九日 後半
124/173

鑑定結果

 初音さんのプライベートルームへ向かうと、彼女はすぐに応対してくれた。

 二十四歳の頃に『同盟』のトップクラスに駆け上がった才覚の持主。血統種としての能力の高さもさることながら、幼少の頃から神童と謳われた頭脳は今なお飛躍を続けている。

 初音さんが現在の地位に登り詰めた切っ掛けは、鋭月逮捕時に天狼製薬や関連企業へ家宅捜査が行われたことにある。違法な研究に関する資料のほとんどが破棄された中で、僅かに残された手がかりからその証拠を掴みとり捜査の前進に大きく寄与した。当時の研究部門のトップは年齢を理由に引退直前だったのだが、これを機に彼女を後継者に指名することを決断し、捜査が一段落した後にすぐ身を引いた。こうして千石初音は『同盟』に新たな風を吹かせたのだった。


 そんな若き才女は、俺の前で暗い笑顔をしている。


「お久しぶりです由貴くん。元気そうで何よりです」

「初音さんも……元気そうですね」

「ふふふ、辰馬さんか慎さんから話は聞いているようですね。ええ、本当にどうして私が責められないといけないのですか? 他の幹部との折衝は私の仕事ではないのですが」

「その様子だと研究員から不満が噴出したようですね」

「聞いてください! 押収した証拠を研究所に送付する前に精査する権限を沙緒里さんが握っちゃったんです! だから事前にあの人の許可を受けた証拠でないとこちらに回ってこないんですよ! 当然、浅賀善則の研究資料についてもその制限を受けます。絶対ストップかけるに決まってますよ!」


 涙目でテーブルを叩く初音さんを宥めつつ、やはりそうくるかと俺は溜息を吐いた。

 沙緒里さんが“再誕”に繋がる資料を研究所に引き渡すとは考えられない。少なくとも現段階では知らせる気がないのだ。草元さんに釘を刺されている以上、最後まで隠匿したままとは思えないが警戒はするべきだろう。


「ところで何の御用ですか? 今度の事件について訊きたいことでも?」


 俺が来訪の目的を告げると、初音さんはソファの脇に置いていた鞄を手に取り中を覗きこんだ。


「ああ、鑑定結果ですか。それなら今持っていますよ。はい、どうぞ」


 渡された書類に目を通すと、俺の予想通りの内容が記されていた。


「……やっぱり思った通りだ。死骸の多くからガリナの成分が付着している」


 鑑定結果は俺を満足させるものであった。回収された死骸は実に二百を超え、そのほとんどは俺が戦ったような動物型の魔物だ。残りは寧が倒した竜種の他、昆虫型、植物型等に加え、寄生型のように珍しい種類の魔物も含まれていた。そして、そのほぼ全てからガリナの成分が検出されている。これは襲撃の直前にガリナの匂いが魔物がいた場所へ散布された証拠だ。


「あの箱が襲撃の首謀者が置いた物であることが確定したわけか」

「そうなるとトリスが持ってきた未使用の箱は犯人が用意した予備か、使う予定だった物を先に盗まれたことになる」


 いずれにせよ箱は複数用意していたのだ。それは魔物が複数の方角から一度に攻めてきたことからも察せる。

 屋敷の周囲に伏せた魔物がそれぞれの方角に設置された箱の匂いに反応して攻めてくる。だが、トリスが盗んだ箱が元あった方角から魔物は攻めてきていない。当初の予定では三方から襲撃するつもりだったのだろう。それが予想外の事態で西と南だけになってしまった。

 恐らく寧が戦った魔物たちが本来その方角から攻めてくる予定の魔物だったと思われる。数が少なかったのは、匂いに釣られることなく異界に留まっていたため出遅れて、外の騒ぎを警戒して閉じこもっている魔物が多かったからではないだろうか。


「ありがとうございます、参考になりました」

「いえいえ、こちらこそ。寧さんから有意義なデータを頂いたのでこちらこそ感謝していますよ」

「寧の……ああ、異界の感知能力ですか。そちらも結果がまとまったんですね」

「紫さんのデータとの比較は興味深い点がありましたよ。気になるようでしたらお教えしますが」


 紫は異界の存在自体を感知する能力、大して寧は異界の入口が開閉した瞬間を感知する能力。これらの能力が偶然開花したとは考えられない。間違いなく血筋によるものだ。

 個人的には気になるが今は訊く必要のない話だ。それは寧も同じであった。


「また今度にするわ。急ぐ話でもないし」

「そうですか……結果は後日送るので目を通してください」

「ええ、それじゃあまた」


 俺たちは初音さんの部屋を辞去した。


 廊下を進みながら俺は考える。今日できるだけの調査はこれで終えたと言えるだろう。後は沙緒里さんの問題を解決するだけ。情報は充分に集まったし、彼女と対決するにはいい頃だ。

 沙緒里さんはどこにいるのだろう。もう屋敷に帰ったのか?


 そんなことを考えていると進行方向のすぐ先の扉が開き、部屋の中から草元さんが出てきた。彼は俺たちの姿を認めるとこちらへ歩み寄ってくる。


「おや、父上じゃないか。何用かな?」

「少し話があってな。一緒に来てくれないか? 申し訳ないが……」


 どうやら凪砂さんに用があるみたいだ。何とも居心地の悪そうな表情をしている。


「沙緒里さんの件ですか?」

「ああ、そうだ。もう知っているようだね。あの人は本当に手こずらせてくれる。いつの間にあんな裏工作をしていたのか。昔はもっと素直な子だったのだが……」


 沙緒里さんの子供時代を知る人は一様にそう語る。小夜子さんも彼女を妹同然に扱っていたというし、本当に現在とは全く異なる性格だったのだろう。


「そうそう、それで思い出したが……委任状の一件、小夜子さんが署名したのは意外だったな。どちらかといえば反対しそうに思えたのだが。まさか賛同するとは……」

「小夜子さんはまだ部屋で休んでいるんですか?」

「さっき声をかけたがもう少し休むそうだ。ここ数日はずっと気を張りつめていただろうから、そっとしておくことにしたよ」


 小夜子さんは先程の一件が未だに響いているようだ。両親のことは気になるが、あまり負担をかけたくないのも事実だ。時が過ぎるのを待つしかない。


「草元さん、沙緒里さんがどこにいるかご存知ですか?」

「いや、知らないが……帰ったんじゃないか?」

「叔母様に用があるの?」

「そろそろあの人と腹を割って話し合う時だと思ってな」

「そうか……同行したいところだが、どうやら野暮用があるみたいだ。すまない」


 凪砂さんが申し訳なさそうに肩を落とすが俺は気にしないと返す。彼女には警察と『同盟』を繋ぐ立場もあるし、あまり無理は言えない。

 凪砂さんは何度もこちらを振り返りながら父親と一緒に去っていく。その視線に心配の色より名残惜しさを感じるのは気のせいはないだろう。これからは逢う機会もそれなりに増えるだろうし、そんなに物欲しそうにしなくともいいが。


 二人が去った直後、入れ替わるように今度は秋穂さんがやって来る。丁度いいので沙緒里さんの居場所を訊ねてみよう。


「秋穂さん、沙緒里さんってもう帰ったのか?」

「いいえ、あの方なら地下訓練場を貸し切られております」


 意外な答えに俺は眉を上げた。


「誰かと模擬戦でもするのか?」

「お一人で使うと聞いています。沙緒里様に御用が?」

「ああ、少しな」


 沙緒里さんを嫌う秋穂さんは俺の回答に表情を曇らせたが、何も言わなかった。言っても無駄だと結論付けたのだ。

 秋穂さんは俺から視線を外し、傍らに立つ少女二人を見据えた。


「申し訳ありません、寧様と雫様は少々お時間を頂きたいのですが」

「私もですか?」


 雫が不思議そうに声を上げた。


「実は今回の事件と並行して礼司様の死について再調査が行われております。寧様には遺体発見時の証言を再度お願いしたいとのことで……雫様には礼司様との御関係について証言をお願いいたします」


 成程と雫は頷く。

 礼司さんが死ぬ前の行動について詳しいのは彼女だ。彼女の証言は重要性が高く、それでいて今まで存在を見過ごされてきた。特に礼司さんが死ぬ予兆は皆無であり、不審な点はあれど殺人と断定するには根拠が薄かった。雫の証言はその謎を解く鍵になる期待が込められているのだろう。


「構いませんよ、何かお役に立てるのであれば。由貴くん、私も失礼する。後でまた逢おう」

「それじゃあ由貴、後でね」


 凪砂さんに続き、寧と雫も去っていく。


 沙緒里さんと対峙するに当たって誰か傍にいてくれると嬉しかったが、贅沢は言ってられない。ここから先は俺一人で何とかするとしよう。加治佐牡丹を誘うことも一瞬考えたが、今回はあまり当てにできない。それに取材と称して好き勝手に行動しているので放っておこう。飽きれば帰ってくるだろう。


 俺は沙緒里さんに逢いに地下へと向かう。

 だが、その前にもう一つ頭の隅に引っかかった疑問を片付けることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ