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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第七章 三月二十九日 後半
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奇妙な行動

 少し遅い昼食を済ませた後、慎さんは一足先にレストランから去っていった。

 彼の背中がレストランの入口から消えるまで見送ってから俺たちは顔を合わせる。


「さて、何と言えばいいのか。一言で言うなら“困った”だ」


 凪砂さんが内心の不満を露骨に吐き出す。


「ええ、困りました」

「叔母様が指揮……絶対にろくでもないことになるわ」

「本当に信用が無いのだな、沙緒里さんは」

「信用しているさ。逆方向にな」


 あの人が絡む以上絶対にろくなことにならない。それだけは断言できる。


「ええと、それじゃあ私から。叔母様の意図について疑問があるのだけど」

「疑問というと?」

「叔母様は捜査の指揮権を奪ってまで何がしたいのかってことよ。叔母様が信彦叔父様を通じて浅賀を探っていたのははっきりしたわ。じゃあ、それを誰にも内緒でこそこそしていたのは何故かしら? あの人の狙いはわからないけど、それって極秘チームを指揮下に置かないといけないほど大事なの?」


 沙緒里さんは浅賀の追跡のために苦汁を飲んで信彦さんと再婚までしている。あの人がそれを決断したのは、それに見合うだけの価値が存在するからだ。

 それは即ち彼女の目的。何を望んで動いているのか? そこに繋がる。


「極秘チームを掌握したのは単に邪魔されたくないからだろう。『同盟』が介入するのは沙緒里さんにとって面倒なんだ」

「結果だけ見れば私たちにも利はあるので、積極的に反対しづらいのが困りますね」


 凪砂さんと雫の意見に心底同意する。

 この状況自体は決して悪くない。俺たちの目的は糸井夏美の救出にあるからだ。彼女を危険とみなして処分する展開だけは絶対に避けたい。

 それは『同盟』の一員としては相応しくない判断かもしれない。だが、それは蓮と雫の意志を無下にすることであり、一連の悲劇を救いのないまま終結させてしまう。

 その結末を俺は望まない。両親の死の真相を知った今、これは俺にとっても意味のある事件だ。当事者の一人として最善を尽くしてみせる。たとえ『同盟』と対立するようなことになっても。


「いや――」


 そこまで考えた瞬間、頭の中でじりっと閃きが火花を散らした。

 

「……何か思いついたのか?」


 それはとてもシンプルな答えであった。

 これまで正体のわからなかった物の正体が、視点を変えた途端あっさり判明したような感覚だ。


「沙緒里さんは……俺たちと同じ目的を(・・・・・・・・・)持っている(・・・・・)?」


 沙緒里さんは糸井夏美に関する真実を恐らく既に知っているが、それを広く知らしめる気が無い。そして、沙緒里さんは極秘チームの指揮を掌握することで『同盟』を抑えた。それらはいずれも俺たちにメリットを齎す。

 であるならば、彼女の行動方針は俺たちと同じであるとは考えられないか?


「それは……もしや夏美さんのことか?」

「もし、沙緒里さんが俺たちと同じように夏美の確保を目的としているなら――辻褄が合う」


 呆れるほど簡単な結論に思わず頭を抱えた。どうして気づかなかったのか。沙緒里さんが俺に抑制剤の引渡しを要求したことを振り返れば当然の解である。各務先生の証言を入手した時点で二つを繋げて考えるべきだった。目の前にある情報を精査するばかりで、全体像を捉えることを怠っていた。

 

「ということは、叔母様の目的は――あら?」


 寧が目を丸くして言葉が途切れた。彼女の視線がレストランの入口のある方角を見つめている。俺もそちらへ顔を向けると、そこに意外な人物の姿を見つけた。その人物は俺たちの元へと真っ直ぐやって来る。


「辰馬伯父様? 珍しいわね、普段はレストランに来ないのに」

「由貴に用があって来た。慎からここにいると聞いてな」


 地方支部に勤める辰馬さんは本部へ顔を出す時はいつも外の食事処を利用する。彼の学生時代、まだ屋敷に住んでいた頃から通っていた馴染みの店であり、礼司さんもたまに通っていたそうだ。


 それはともかく、俺に用とは一体何だろう。


「今朝の話だ。沙緒里の狙いについて調べると言っただろう」

「もう掴んだのか?」


 早くないか? まだ数時間しか経ってないぞ。


「自分でも意外に思うが驚くほど簡単に情報が手に入った。運が良かっただけとも言えるが」


 辰馬さんは慎さんから座っていた場所へと腰を下ろす。


「会議の話は慎から聞いたな?」

「ええ、本当に好き勝手やってくれるわね」

「だが、好き勝手に動いてくれたお蔭で痕跡も残してくれた。悪いことばかりではない」


 辰馬さんの口元に微かな笑みが浮かぶ。

 いつも自分を翻弄する妹に意趣返しができるのを心なしか喜んでいるように思える。


「あいつが警備部の連中に命じたのは浅賀善則のアジトの探索で間違いないだろう。他にも細々とした調査はあるだろうが一番はそれだ。これは先程の会議でも示唆されていたが」

「問題は沙緒里さんが最終的に何を狙っているか、ですよね? 今もそのことで話し合っていたところです」

「なら丁度いい。私はここ最近における沙緒里の行動について直属の部下に調査させた。特に奴がプライベートや仕事で顔を出す場所を中心にな。すると妙なことが二つわかった」


 警備部の動向を探るのではなく沙緒里さん個人の動きを探ったわけか。辰馬さんは浅賀の追跡を開始して以降、私生活に変化が表われた可能性に焦点を絞ったのだ。それなら調査に優れた血統種がいれば半日もかからず探り当てられるだろう。


「沙緒里が景之の月命日に墓参りしているのは知っているだろう?」

「それが何か? いつものことじゃない」

「……実は、沙緒里の行動を調べる一環で銀行や役所を当たった。あいつが裏で何か企んでいるなら金の流れや役所の手続から糸口が掴めると考えてな。すると信彦と再婚した後、市役所に妙な申請をしていたことが判明した。景之の遺骨の取出し許可だ」


 出てきた情報の意味のわからなさに全員が首を傾げた。


「遺骨の取出し……?」

「改葬ではなくて?」

「ああ、自宅で保管しているようだ。納骨用の容器を購入している」


 辰馬さんによると、沙緒里さんのクレジットカードの取引履歴を洗っている最中にこの事実に気づいたらしい。取引相手が葬儀用品の専門販売店であり、どういうことかと内訳を調べてみると特注の骨壺を購入していることが判明した。もしやと思って市役所へ赴き、沙緒里さんが過去一年の間に提出した申請書を検索してもらうと、案の定であった。


「そうか、じゃあ……」


 この事実は俺の推理を裏付けるには充分だった。沙緒里さんの目的が何か、もう明白だ。


「そしてもう一つは……これは正直よく意味がわからんのだが」

「?」

「沙緒里はここ半年の間に、都竹蓮の母親が入院している病院に何度か顔を見せている」


 辰馬さんの口から告げられた事実に、胸の奥で何かが蠢いた。

 僅かに覚えた不快感を悟られないように俺は表情を維持する。


「え? 蓮くんのお母さん……?」

「どういうことだ?」

「そのままの意味だ。蓮の母親を見舞っている。病院の看護師の証言も得られた」


 沙緒里さんは一ヶ月に一度か二度の頻度で病院を訪れているそうだ。いつも蓮の母親の病室へ行き、彼女の担当医や看護師と会話を交わした後に去るという行動を繰り返しているという。ただ、礼司さんが亡くなった直後には、二週間の間に四回も現れたとのことだ。


「何でまたそんなことを?」

「……目的は不明だが重要ではあるらしい。何しろ警備部の連中が数人入院患者や見舞客に扮して病院に潜入しているからな。そいつらとも接触を図っているようだ」


 浅賀の追跡に回している連中の動向は掴めなかったが、病院に回している方は目立つためすぐに裏が取れたそうだ。思っている以上に人員を集中させているらしく、病院側のセキュリティとの兼ね合いもあって簡単に証言が得られたからだ。


「……ありがとう辰馬さん、助かった」

「礼を言われる筋合いはない。自分の仕事をこなしただけだ」

「もう一つ知っていたら教えてほしいんだが、屋敷を襲撃した魔物の死骸って回収された後に解剖が行われたんだよな? その結果って出たのか?」

「ああ、それならもう出たと聞いているぞ。まだ初音が残っているし訊いてみればどうだ?」


 解剖結果は魔物の専門家たる初音さんの手元にも当然送られている。

 研究所を言いように利用されたことで不機嫌になっているかもしれない。話を訊くついでに慰めるとしよう。

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