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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第七章 三月二十九日 後半
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火種、悩みの種

 仮眠室へ入ると寧は既に起きていた。ベッドの上で大きく背伸びをして身体を解している。


「……あら、迎えに来てくれたの?」

「これからレストランで昼食だ。一緒に来るか?」

「そうね、お腹も空いちゃった」


 寧を連れて仮眠室を後にした俺はレストランへ戻る。

 店内を見回し雫と凪砂さんを探すと、窓際の席でこちらに向けて手を挙げる雫の姿が視界に入った。よく見ると凪砂さんだけでなく、慎さんの姿もある。


「慎さんも来ていたのか」

「丁度会議が落ち着いたところでね。一息入れようってことで」


 そう言う慎さんの顔には疲労が窺える。


「その様子じゃ相当荒れたみたいだな」

「……本当にね。この三日間だけで事件が起こり過ぎだよ。信彦さんが死んで、里見修輔が逮捕されて、かと思えば各務先生が誘拐されて、横山修吾が死んだ。どこから捜査に手をつけるか悩ましくてね。それに由貴が行く先々で事件が起きていることから、君を疫病神扱いする人たちが結構多くて」

「そいつはどうも」


 大方俺が追放された時に賛同した連中だろう。かつて御影家とのパイプを得ようとして身内を当主補佐に捻じ込もうと図ったが、礼司さんが俺を指名したために妬んでいるのだ。


「蓮の事件と同じように君が裏で糸を引いているなんて戯言を抜かす輩もいるけど……」

「言いたいだけ言わせておけばいい。こんな状況下でそんな口を利く馬鹿なら、早晩見限られるだろう」


 俺を再び追い落としたいのだろうが、それにしても手段は慎重に選択すべきだ。下手な発言をして御影家の怒りを買えば『同盟』内の地位だって危ういというのに。

 それをよく理解しているのか慎さんはにやりと笑う。


「ただでさえ神経質になっているのに、そんな欲望剥き出しの連中に構っている余裕はないからね。勿論僕の中でも要注意人物(ブラックリスト)入りしてるよ」

「本当にその手の馬鹿って絶えないのね」


 寧が呆れたように言った。彼女もまた散々当てこすりをされた経験があり、あの連中の嫌らしさを身をもって知っている同士だ。


「御影家のように影響力が強い家だと人付き合いにも苦労するのだな……」

「私が警察に行ったのもそういった煩わしさに囚われたくなかった、というのが理由の一つだからな」


 凪砂さんは心の底から同意するとばかりに頷いている。実際、香住家の一員である凪砂さんにとっては他人事ではない話だ。


「それで? 結局捜査はどうなっているの?」

「一先ず残る里見の仲間を一網打尽にするのが先決だって結論になったよ。里見と横山を失って向こうは痛手を被っているからね。それに里見を発見した家の主人――浅賀善則も正式に手配する予定らしい。対立派との関係だけでなく信彦さんの事件との関連も含めて」

「そうか……まあ、そうなるよな」


 表に出ている情報だけ見ればそう結論付けるのが無難だろう。異なる捜査方針を有するのは俺たちくらいだ。

 鋭月一派が殺人に関わりないことは、これまでの調査結果からほぼ断定していい。奴等の狙いは浅賀の追跡であって御影家への報復は二の次だ。しかし、まだ鷲陽病院の事件を始め過去の事件と奴等の接点を『同盟』の捜査班はまだ知らない。警察側の捜査本部は凪砂さんの指示で情報の拡散を止めているのだから。


 ただし、これはあくまで“表”の話に過ぎない。


 章さんの情報漏洩は防衛自治派に流したものが対立派の手に渡った五月さんが蓮の遺体を偽造するにあたって手を貸したことは、辰馬さんを通じて上層部に伝わっている。今後は秘密裏にこれを捜査する極秘チームが結成されるだろう。一般の捜査員には秘匿した上でだ。

 何故なら、御影家の使用人という地位にある五月さんが対立派と取引したことが明るみになれば、その雇用主たる御影家が責任を問われるからだ。御影家がこれ以上不名誉を被る事態は避けねばならない。故に、捜査本部に真実を知らせずに陰で動く者が必要となる。

 そして、取引の事実が漏れる前に浅賀を捕縛し、口を封じねばならない(・・・・・・・・・・)。上層部は間違いなくその判断を下すだろう。標的は鋭月に与した過去のある人物だ。そういう結末になっても別段不思議ではない。


 そんなことを考えていると、慎さんは俺の顔を見ながら口を開いた。


「うん、言いたいことはわかるよ。蓮の事件――五月さんがやったことだろう」

「……慎さんも教えてもらったのか?」


 この話は少数の間だけで共有するべきものだ。たとえ御影家の一員といえども簡単に打ち明けられる内容ではない。辰馬さんが迂闊に漏らすとも思えないのだが。


「実はその件で相談したいことがあってね」


 慎さんは声を潜めて周囲の様子を窺った。まるで誰かに聞かれるのを警戒するかのように。

 俺たちもそれに応じて身を寄せ合う。


「何だい、その相談事というのは?」

「……母さんのことなんだ」


 沙緒里さんの名が出た瞬間、俺も含めて全員が顔を顰めた。


「まあ、そんな反応をすると予想はできていたけど。でも、他に頼れる人もいないし……それに昨日の晩、蓮の事件の時に情報を握り潰したと言っていたろう? あれと関係あるんじゃないかと思って」

「一体何があったんだ?」


 慎さんはグラスの水を少し飲み、一息ついた。


「由貴なら予想していると思うけど、捜査本部とは別に浅賀善則を追跡するためのチームが結成されることになった。だけど、母さんが……」




 慎さんは事のあらましを語ってくれた。


 捜査会議が終了した後、沙緒里さんと慎さんが一緒にいるところへ辰馬さんがやって来た。


「沙緒里、今すぐ私と一緒に来い」

「どうしたの辰馬兄さん、怖い顔しちゃって。怪物みたい」


 有無を言わさぬといった表情で通告する兄に、沙緒里さんは芝居がかった調子で返した。


「お前のことだから用件はわかっているだろう……内々で話し合うことがある、お前にも参加してもらうぞ。嫌とは言わせない」

「あらあら、恐ろしい怪物はか弱いお姫様をご所望かしら? 誰か私を連れ戻してくれる勇者はいない?」


 甘えるような声を出しながら、沙緒里さんはしな垂れかかるように慎さんの肩へと手を置いた。


「どの道お前にも来てもらうつもりだった。それにこいつの手綱を握ってくれるなら大歓迎だ」

「……善処します。ところで場所は?」

「特別会議室だ」


 目的地を知った慎さんは、まずい、と思った。


 特別会議室は本部の最上階に位置する。この部屋で開かれる会議には、『同盟』の最高幹部と、彼らに認められた者しか参加を許されないという原則がある。つまり、この部屋の中で話し合われるのは表沙汰にはしたくない案件ばかりということだ。


 そこに召致されるということは、呼び出した主が最高幹部であることを意味する。


 俺はこの部屋の内部を写真でしか見たことがない。部屋の中央に巨大な円形のテーブルが鎮座しており、さらにテーブルの中央には立体映像を投影することのできる機器を嵌めこんだ窪みがあり、ちょっとした近未来的なデザインが施されているのが特徴だ。部屋は完全防音、監視カメラもなく、外部からの盗聴に対しても万全の体制を敷いている。


 慎さんが連れて行かれたその部屋には、既に四人の男女が席についていた。

 入口正面奥に座するのは壮年の男性。その右手に男が一人、左手に若い男女が一人ずつ。

 いずれも日本最高クラスの力を誇る血統種――『同盟』の最高幹部を担う歴々だ。


「やあ、慎くん。わざわざ来てもらって申し訳ないね」


 慎さんに話しかけた男性は香住草元(そうげん)。香住家の現当主にして、凪砂さんの父親だ。現在彼は『同盟』の副長の椅子を預かり、内務においてその手腕を巧みに振るっている。最高幹部の中では力に劣る方だが、人柄の良さを買われており周囲からの信用に厚い。


「来たな女狐」


 沙緒里さんが入室するなり睨んできたのは伊勢(いせ)蘭蔵(らんぞう)

 細身で肩にかかる程髪を伸ばした三十代の男性で、ぎょろぎょろした瞳が威圧感を放つ。そして、何より口と性格が悪いことで知られる。


「蘭蔵さん、こんな所で油売っていいの? 今、大変じゃない?」

「ああ、そうとも。馬鹿共のお蔭で関係各所への説明に奔走中だ。ちなみに、貴様もその馬鹿の一人だがな」


 蘭蔵さんは不躾に沙緒里さんを指差したが、彼女は慣れた様子で聞き流していた。慎さんは二人から漂う険悪の空気に視線を右往左往させるしかなかった。


「まあまあ、早いところ本題に入ろう。本当ならこんなことしてる場合じゃないんだから」

「そうですね。私も本来の仕事に手をつけたいので、早急に」


 居心地の悪さを払拭しようとしたのは朝比奈(あさひな)恭四郎(きょうしろう)千石(せんごく)初音(はつね)

 恭四郎さんは二十六歳、初音さんは二十八歳。共に二十代でありながら最高幹部の地位に登り詰めた猛者である。


「それで? 私に何か御用かしら、皆様方?」


 淑女の笑みを湛えて訊ねる沙緒里さんを、蘭蔵さんが鼻で嗤った。


「何の用かって? そんなもの決まっているだろう」


 そして、席を立ち、沙緒里さんの元までつかつかと歩いていき、こう言ったという。


「楽しい楽しい魔女裁判だ――御影沙緒里警備部長、貴様には都竹蓮の身辺調査に関する報告を隠蔽した嫌疑がかけられている。じっくり言い訳を聞かせてもらおう」

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