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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第七章 三月二十九日 後半
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都合の良い奴

今回の更新をもって盆休みの連続投稿は終了。

 五階の小会議室へ行くと、雫と凪砂さんが手に持った資料をじっくり読んでいる最中であった。こうした調べものに慣れている凪砂さんは様になっているが、雫は資料の解読に悪戦苦闘しているようで穴が開かんばかりに資料を見ている。


「難儀しているみたいだな」

「地道な捜査とはこんなにも大変なのだな……そうだ、寧さんも仮眠室に休みに行ったが逢わなかったか?」

「ああ、もうしばらく休むそうだ」


 凪砂さんは資料から目を離し、俺の顔をじっと見つめだす。


「ふむ、その顔は何かあったな?」

「わかりますか?」

「何年の付き合いだと思ってるんだ。当然さ」


 自信満々に胸を張る凪砂さんに、俺と雫は顔を見合わせて苦笑した。


「それで何があった? 大方里見から引きずり出した証言と関係あるんだろうが」


 俺は里見の証言と小夜子さんを問い質したことについて二人に語った。俺の両親の死について述べる段階に入ると、俺の口調に感情が籠ってしまったのか二人は沈痛そうな面持ちとなった。


「寧と小夜子さんか……」


 凪砂さんは難しい顔をしながら腕を組む。随分深刻そうだが無理もない。

 これは御影家と『同盟』、双方にとっての重要人物の秘密に迫る問題だ。不用意に扱うわけにはいかず、かといって迂闊に他者に漏らしていい話でもない。俺たちだけで解決しなければならないのだ。


「必死になって隠すくらいの話だ。まず面倒な話に違いないだろう」

「寧さんが現場にいたの事実をわざわざ隠匿するぐらいだから、彼女がその事件で何かしらの役割を担っているということか……?」

「だろうな。まあ、凡その見当はつくが……由貴もそうなんじゃないか?」

「ええ、まあ……」


 寧が単に現場に居合わせただけならそれを隠す意味は無い。里見の言うように失態を糊塗する意図があったにせよ、両親の死が殺人だと知る俺に対してまでひた隠しにするのは不自然だ。


 それでもなお隠す理由があるとすれば、それは――。


「寧が戦闘に割って入ったことが、父さんと母さんが死ぬ原因になってしまった。それ以外には考えられません」


 本来なら礼司さん一人で敵に対処する手筈だったのに寧の乱入により計画が狂ってしまった。小夜子さんにしても邪魔するつもりはなかっただろう。

 悪い偶然が重なったのだ。戦闘が始まるのを未然に阻止できなかったこと、寧と小夜子さんがその時近くにいたこと。それらが予測できない結果を生んだ。

 寧を戦闘に巻き込まないように躊躇い動きが鈍ったのか、あるいは寧を敵の攻撃から守ろうとしたのか、何にせよ寧の登場が父さんと母さんの死を齎すことになった。


 これなら礼司さんが俺に真相を告げなかったことにも頷ける。自分の娘が悲劇を呼び起こしたなどと知られたくなかったのだろう。俺を引き取ったことは、せめてもの償いのつもりだったのだ。


 そして、寧は当時の記憶が眠りから覚めず、苦しんでいる。


「だが、何故その時寧さんと小夜子さんは氷見山公園にいたのだ? 夜中だったのだろう?」

「これは推測だが……小夜子さんは寧が幼い頃に母親代わりに面倒を見ていたことがあったと聞いたことがある。寧の母親は小さい頃に亡くなっていたし、メイド人形は会話ができないから任せっぱなしというのも可哀想だと思ったらしい。だから小夜子さんが付いていることが多かったんだが、本部(ここ)に行く用事がある時にも連れて行って託児所に預けていたらしい。事件の晩、礼司さんが俺の両親と一緒にいたなら、その間寧には小夜子さんが付き添っていたと考えられる。そこから先のことはわからないが、もし二人が何らかの事情で氷見山公園の近くまで来たとしたら……」


 今、俺が想像した通りの展開になっても不思議ではない。


「由貴、君はこの件を追及するつもりかい?」


 凪砂さんが静かに問いかける。彼女の瞳は俺の覚悟を試しているかのように見えた。


「そうせざるを得ない、と言うのが正しいですね。それに寧も薄々勘付いています。このまま成り行きに任せて放置していたら……」

「面倒な展開になるかもしれない。だから、そうなる前に始末をつけるのが賢いか」


 問題はどうするのが正しいか、ということだ。

 小夜子さんから真相を告白してもらい、寧に伝えるべきか。それとも、このまま隠し通すべきか。

 心情的には寧の意思を尊重したいところであるが、責任感だけは一丁前のあいつが真相を知ってどう動くか予測がつかない。


「由貴くん、あなた自身はどうなんだ?」

「どう、とは?」

「その……寧さんが御両親の死の遠因になったことが事実だったとして……つまり、寧さんに対して思うところがあるのか……」


 雫の質問に答えるのは非常に難しい。正直に言うなら「気まずい」の一言だ。

 そうだろう。今や俺と寧は義理の兄妹の間柄なのだ。実の家族が死んだのは義妹のせいだ、と誰かに言われたとして、どうしろというのか? そんなことは俺が訊きたいくらいだ。


「……この話は後にしましょう。とりあえず、今は信彦さんの事件の謎を解くのが先決です」


 俺は悩むのを止めて、目先の謎に逃げることにする。凪砂さんは何か言いたげであったが、肩をすくめるだけだった。俺は誤魔化すようにテーブルの上に広げられた資料を適当に一枚選んだ。


「それじゃあ目立った謎をざっと挙げてみよう。既に知っていることばかりだろうが、おさらいも兼ねてね。謎は大きく三つある」


 凪砂さんはそう言い指を三本立ててみせる。


「まず、凶器についてだが未だ発見されていない。屋敷の敷地内は倉庫の隅からごみ箱の底まで浚ってみたが収穫なし。判明しているのは刃物らしき物であるということだけ」

刃物らしき(・・・・・)?」


 妙な言い回しが引っかかる。


「……検死の結果によると、どうも傷口の形状が歪らしい。結構細長く、それでいて凹凸があるというか……一般的なナイフとは異なるとのことだ。出血が少ないのは死後に引き抜かれたからだと見ていい」


 凶器はありふれた刃物ではないようだ。もし、あまり流通していない物であれば、持主を特定することもできるかもしれない。


「次に、犯行現場について。信彦さんが殺された場所だが……やはり例の物置小屋だとする説が今のところ有力だ。ただ、そう考えると別の問題が浮かび上がる」

「何故、遺体を訓練場まで移動させたのか――ですね?」

「それなんだ」


 凪砂さんは頬杖をついてぼやいた。


「ここがさっぱりでね。いくら魔物の襲撃で皆の注意が逸れていたとはいえ、わざわざあんな所まで遺体を運ぶか?」

「どこか適当な場所に運んだ……のはあり得ないですね。普段は鍵がかかっている場所ですし。やはり故意にあの場所へ遺棄したと考えるべきでしょう」

「あるいは、嫌でも遺体を運ばなければならない理由があったか――」


 普通に考えるなら訓練場に遺体を運ぶ理由などない。

 鍵を盗むのも遺体を運ぶのも危険すぎる。あの時の混乱に乗じたとしても誰かに見られる恐れは充分にあった。さらに言うなら、本当の犯行現場が別の場所であるのはわかりきっていて、移動させた意味が全くない。

 それでも遺体を運んだのは、隠蔽工作が目的ではなくやむを得ない事情があったから――そんな想像ができる。


「謎はまだあるぞ。狸くんが発見したガリナの箱だ」

「あれも意味のわからない証拠ですよね……」

「もう少し詳しいことが判明すればいいんですけど」


 ガリナは鑑識に回され分析している最中だ。しかし、進捗は芳しくないらしい。


「前に説明したがガリナは最近になって注目されるようになった植物で、その性質については研究途中だ。わかっているのは神経痛と能力酔いに効くことだけだ」

「薬効のある植物の葉を袋詰めにして箱に入れる……何か目的があってそんな物を用意したのは確かですが、具体的に何かと訊かれると答えられませんね」

「ガリナには我々が知らない別の効果があるのかもしれない。あの箱ものそのために用意された」


 少なくとも先に述べたような効能目当てで用意したわけではないだろう。葉を袋詰めにしたところで、それらの効能は得られないのだから。

 

「誰かいないものか……ガリナに詳しい研究者が」


 この様子だと信彦さんの勤めていた研究所にも相談したが、良き返答が得られなかったとみていい。誰か他にガリナについてよく知る研究者を探す必要がある。


 あまり知られていない異界の植物について研究しており、その知識が豊富な人物。


 そんな都合の良い人物がいるだろうか?


「……悩んでいても仕方がない。一旦休憩にしよう」

「二人とも昼食は?」

「これからだ、一階のレストランに行こう」


 折角だから仮眠室に寄って寧を誘ってみることにしよう。

 俺たちは揃って会議室を後にした。


 エレベーターと階段は会議室を出てから廊下を真っ直ぐ進んだ所にある。静かな廊下を三人で歩いていると、進行方向の一室から『同盟』の職員が数人出てきた。あの部屋は取調室として使われている部屋だ。

 出てきた職員たちは俺と顔見知りの血統種ばかりだ。いずれも荒事に向いた能力を保有するベテラン職員。彼らに続いてもう一人男が出てくる。その男は職員ではなかったが、そちらにも見覚えがあった。


「あー、なんで証言するためだけで『同盟』の本部まで来なきゃいけないかね。警察署でも充分だろ?」


 西口龍馬はぶつぶつと不平を漏らしながら肩を揺する。彼は廊下にいる俺たちの存在に気づくと、目を丸くした。


「あれ、奇遇じゃん。今日も顔合わせるなんて」

「今日はここで取調べだったのか?」

「聞いたぜ、田上と逢ったらしいな。その所為でここまで連れてこられて、わざわざ『同盟』のお偉いさんが直接事情聴取してくれたよ。本ッ当に面倒臭いったらありゃしねえ」


 文句を垂れ流す西口を見ながら俺は思い出す。

 異界の植物に詳しく、独自に実験を繰り返し、非合法の薬を密造している人物。


「……いた。都合の良い奴」


 ぽつりと口にした俺の言葉に、西口は奇妙な顔をした。

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