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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第七章 三月二十九日 後半
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その血の運命

本日より盆休みの連続投稿開始(一週間継続の予定)。

今回の更新に先立ち、前回の更新分の内容を一部修正。

「さて――御三家の活躍により血統種は徐々にその社会的地位を高めていきました。初めから経済力、支配力の強い家が結束して事を進めたこともあってその流れはスムーズでした」


 街の有力者が結束して挑んだ共存モデルの実現。不安の声は少なくなかったが大多数の住民たちは一先ず静観の構えをとった。

 計画を主導するのが街のトップたちなのだ。血統種に対するマイナス感情があってもそれが御三家の血を引くとあれば嫌でも意識せざるを得ない。そのため容易に無視や排除をすることができず、付き合いしなければならない。


 付き合いが深くなればそれだけ理解も深まる。御三家は定期的に住民たちから意見を聴取し、彼らが血統種へ抱く感情を洗い出した。血統種が人間社会で生活する例は少なく、その数が増えることでどんな問題が生じるのか統計資料が不足しているのが発展当初の課題だった。

 目立った問題点は早期に対策を講じ、解決を図る。御三家はこの方針を徹底し、血統種への悪感情が膨張しないよう管理した。

 特に犯罪事件への厳格な対処は優先すべき案件だった。血統種が引き起こした犯罪事件は同じ血統種の手で処理し、治安の悪化を防ぐしかない。そのために警察にも血対課を設立するように働きかけ、『同盟』との連携を強化した。これら地域の治安維持要員には戦闘能力に優れた血統種が多く採用され、一部から過剰な武力を保有することが逆に住民の不安を煽ると批判されたこともある。しかし、相手が超常の力を操る犯罪者である以上武力による鎮圧は必須だった。これについて住民の理解は早かった。


「やがてこの街は人間と血統種の融和を実現させた初の都市という名誉を得て、全国有数の経済圏を確立するに至ります。決して楽ではない苦難の道程でしたが、それでも我々は平和を勝ち取ったのです」


 めでたしめでたしという言葉で締めくくれそうな口上を述べる秋穂さんだが、その声には皮肉な調子が入り混じっていた。


「ただし――何事にも光と影が存在する。これも例外ではありません」


 本題はここからだ。

 里見が口にした血統種に付き纏うある深刻な問題。秋穂さんが今から語ろうとしているのはそれだ。


「およそ六十年ほど前から人間と魔物の婚姻が増加し、血統種の子供も増えていきました。血統種は好奇や偏見の視線に晒されながらも社会的基盤を得ていきます。ある者は能力を活かして起業し、ある者は腕っぷしを頼りに警察官や傭兵など危険を伴う職業に従事しました。しかし、様々な理由で社会からはみ出した者も少なからずいます。その原因として能力の性質故に忌避されるケース、次いで家庭内の不和等が挙げられます。危険性の低い能力であれば便利な力を持っている程度で済まされますが、殺傷力の高い能力は危険視されがちです。特に幼少期は力の制御もままならず過失で人を傷つける事故も起きやすい」


 幼年の血統種が能力の力加減を誤り過失傷害を引き起こす事件は過去に幾度となく発生している。被害者が同じ血統種であればまだしも人間の場合は被害が深刻化しやすい。人間の肉体は血統種と比べて劣るため、些細なミスによる事故でも重篤な結果を生んでしまうのだ。

 このような事故を防ぐため小学校卒業まで血統種のみで構成された特別学級に編入させる、または血統種のみ在籍する特別学校に編入させる措置がとられることがある。

 ただし、この措置は今のところ推奨であって義務ではない。重要なのは人間との付き合い方を学ぶことであるのに人間と隔絶させられた環境に押し込めるのは、人間と血統種の共存を目指すという本来の目的からかけ離れているという主張が挙がったからだ。


「一度人を傷つけた血統種は居場所を失ってしまいかねません……これは家族だけで解決するのは難しいのが実情です。これを機に非行に走り、犯罪組織に目をつけられケースは後を絶たないのは皆さんご存知の通りです」


 『同盟』が実施した調査によれば、未成年の血統種犯罪者の六割近くがこのケースに該当するという。さらに、犯罪に走った未成年血統種が同じような境遇の血統種を仲間に誘い、半グレを形成するのも問題の一つだ。隼雄さんの知人にもこの手の少年犯罪を扱う弁護士がいて、悪循環を止める措置がなかなかとれないことにやきもきしているそうだ。


「家庭内の不和は、主に父親が魔物または血統種でもう母親が人間の場合に起きやすい問題です。人間の母親が血統種の育児に不慣れであることが原因でストレスを溜めてしまいノイローゼになるケースが報告されています。さらに、周囲に同じ悩みを共有できる人物が少ないことが拍車をかけていき、先に述べたような傷害事件が発生した時には鬱屈とした感情が一気に噴火します」


 これは人間側の親が心神を摩耗して生じるケースだ。血統種の子に非が無いためこのケースでは血統種に対して同情する声や支援を名乗り出る声がある。

 こちらはまだリカバリーが効くといえるだろう。医療機関にはこの件専門のカウンセラーが置かれており、精神干渉系の能力保有者が担当について相談者の心神をケアする。これは早期対処できるかが鍵となり、少しでも異変を感じ取れば連絡をできるようにと血統種の子を持つ家庭にパンフレットを配布している。


「これらは比較的ましなケースと言えるでしょう。血統種に纏わる最大の問題は……“血の深化”です」


 一瞬、秋穂さんの顔に苦々しい表情が浮かんだ。


「血統種は魔物の親から能力を継承します。継承の形は人それぞれです。そのまま受け継ぐこともあれば、何らかの形に変化した上で受け継ぐこともあります。その他にも、複数の能力を受け継いだり、全く新しい能力を開花させたりと、能力の継承の仕方は千差万別です」


 継承の分類は秋穂さんが説明した三つに分けられる。

 そのまま受け継ぐ普通継承、何かしらの変化が発生する変化継承、そして両親ともに血統種のときに双方から別々の能力を受け継ぐ複合継承。全く新しい能力に覚醒する場合は定義上継承に当たらない。

 ちなみに、複合継承において受け継いだ各能力がさらに普通継承と変化継承に分かれるといったパターンも起こり得るので、秋穂さんが言うように一概に継承と言ってもその結果は人それぞれだ。良い継承もあれば悪い継承もあり、天に任せる部分も大きい。


「さて、世界中のあらゆる国を見回すと、必ずと言っていいほどいるのが魔物の血を濃くしてより強大な能力を得ようとする血統種の家系です」


 秋穂さんが俺たち全員の顔を意味深に見回した。

 俺と隼雄さんは無言で頷いた。俺たちは彼女が言わんとすることをよく理解している。


「能力を持っているということは大きなアドバンテージであることは言うまでもありません。その強みを大きくしたいと願うのは生き物としての性でしょう。そう願う血統種がより強い血を後世に残すために始めたのが“血の深化”です」


 “血の深化”――仰々しい呼び名であるがやることは至って単純。

 優れた能力を持つ血統種同士を掛け合わせて子を成す。

 ただ、それだけだ。


「“血統種”――実に皮肉めいた呼び名です。正しく我々の身体に流れる血は文字通りの血統書付き(ブランド)なのです。それは御三家に名を連ねる皆様はよくおわかりですね?」


 先程俺と隼雄さんが頷いたのはこれが理由だ。御影家も、いや名取家も香住家も無縁ではない。御三家もまた過去にそうして血を濃くして力を得た家系であるからだ。

 御三家はこの国で強大な権力を有する家だ。その力の裏付けとなっているのが血統種としての血の強さである。礼司さんや小夜子さんが英雄として祭り上げられているように御三家に流れる血の強さは他の血統種と比べても圧倒的に強い。その力の根源こそ“血の深化”あり、彼らは強き血統種を見出してその血を取りこんできた。それは御三家が異種族間の共存を最初に掲げ、長きに渡って推し進めてきた指導者の立場にある家として、敵から見下されないための判断であった。


「如何にして血を濃くするか、その方法はいくつかあります。似通った能力を持つ血統種同士を婚姻させると、それぞれの性質が合わさった能力を持った子が生まれるという例があるのは有名です。また、全く異なる系統の能力を持つ者同士から生まれた子はそのまま複数の能力を持って生まれることもあれば、片方しか持たないこともあります。この場合は、受け継いだ方の能力を大きく性能を伸ばしていることが多いですね。俗に“糧喰い”と呼ばれる手法です。一方の能力を強化する目的で、他の系統の能力を持つ血統種と子を成すことを指します」


 特定の性質を伸ばしたければ似通った性質の能力の持主と掛け合わせる。似通った能力の持主がいなければ、他に継承したい能力を持つ血統種を見つけて掛け合わせる。これが“血の深化”の基本だ。


 御影家に受け継がれる“天候操作”もこうした流れを経て現在の形へと変化していった。御影家は権力者としての伝手を利用して日本全国から類似の能力の持主を探し出し、その中でもより優れた能力を持つ者を伴侶とした。恋愛結婚をしたのは礼司さんぐらいのものだ。小夜子さんによれば当時は相当揉めたらしい。

 ちなみに、辰馬さんの奥さんは『同盟』のある地方支部の幹部からの紹介で、沙緒里さんの前夫の景之さんは名取家の縁者だ。


 俺は“血の深化”を否定しない。これもこの不安定な世界で生き抜くための知恵の一つだ。血統種の中の指導者として生まれた者であれば課せられるのもやむを得ない。その身体に流れる血の運命(さだめ)と呼ぶべきものだ。


「“血の深化”は脈々と受け継がれることで力を増していきます――しかし」


 秋穂さんは残念そうに言った。


「この世は現実です。育成シミュレーションゲームではありません。全部が全部成功するなんて甘い話は夢なのです」


 そう、“血の深化”が成功とされるのは目論み通りの継承を遂げた場合のみ。目的の能力を継承しなかった場合、別の能力に覚醒した場合は成功とは見做されない。

 これががっかりの一言で済めば話は優しい。だが、そうならない場合がある。


 “血の深化”を行うのが血統種至上主義のような家のとき、望みどおりの力を持って生まれなかった子は“失敗作”と称され侮蔑の対象となる。

 例えば、御影家で言えば辰馬さんだ。御影家は極端な思想を掲げていないので扱いは悪くなかったが、それでも周囲から嘲笑されコンプレックスを抱く原因となったことは知っての通りだ。

 これが酷い家に生まれた子だと、幼い頃から座敷牢に押し込めるが如く軟禁生活を送らされたり、親から愛情を与えられずに孤独な幼少期を過ごしたりする。軟禁に至っては時代錯誤もいいところだ。


「“失敗作”とされた子はその価値を見出されることはありません。親が育児を放棄した場合、里子に出されるのが常です。中には孤児院に放り込むような親もいます。まあ、処分(・・)しないだけ有情なのかもしれませんね」


 俺は聞き逃さなかった。「処分」と口にした時の秋穂さんの声に心から安心したような穏やかさが含まれていたのを。


「そして、そんな“失敗作”とされ孤児院へと送られた子供であったのが里見修輔であり、そして恐らく私もそうです」

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