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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第二章 三月二十七日 前半
11/173

御影邸防衛戦

「魔物だと?」


 無意識に発した言葉には険しさがあった。

 この辺りは付近に民家の少ない土地だ。人の出入りは少ないので魔物が出没するのはそれほど珍しくない。

 しかし、この周辺に凶暴な魔物が現われることはほとんどない。その理由はここが御影礼司の屋敷であるからだ。

 一定の知能を有する魔物は自分より強い敵のいる場所には基本的に近寄らない。棲みつく場合でも大抵は異界に籠りきりだ。昔この辺りに生息していた凶暴な魔物は礼司さんによって根こそぎ退治され、それ以降全く現れなくなった。

 従って、この屋敷を魔物が攻めるなんてこと起こるはずがない。少なくとも俺が来てからはずっとそうだった。


 それなのに――。


「ちょ、ちょっとこの数は多すぎですよ。なんですかこれ、群れというより軍勢じゃないですか!」

「……どういうことだ?」


 五月さんが狼狽えてくれるおかげで、俺の方は少し冷静になれた。

 突然何の前触れもなく魔物の大群が攻めてくる? どうなればそんな事態になるんだ?


「魔物はどこから来ている?」


 俺は当てのない思考から抜け出し、状況の把握に注力する。


「ええと――西の森からです、数は軽く百体は超えて……ええ!?」

「今度はどうした?」

「……南からも来ています、数もほぼ同じです」


 冗談だろう、と俺は頭を抱えた。二百体の魔物が同時に襲撃? 何かの間違いだと思いたい。

 その安易な希望を五月さんの蒼白した表情は許してくれない。


「間もなくここへ到着します! すぐに応戦しないと!」

「ったくどうなっている! 五月さんは他の皆に知らせてきてくれ! 俺は南へ行く、登も借りていくぞ。南にいる人形に指示を出してくれ!」

「わ、わかりました! 後で他の人も寄越します!」


 広間から飛び出した俺は真っ先に庭にいる登の下へ向かった。

 時間が惜しいので廊下の空いた窓から庭へと下り立つ。それを見た登が尋常でない空気を感じ取ったのか表情を強張らせた。


「来たか? 対立派の連中いよいよ――」

「ああ、だが来たのは対立派じゃないぞ。魔物だ」

「はあ?」

「今ここへ魔物の群れが押し寄せてきている。人形が既に交戦中だ」


 登は訳がわからないと言うように首を振る。


「ど、どういうことだよ。なんで魔物が押し寄せるんだ?」

「理由はわからんがまずは迎え撃つのが先決だ。五月さんによれば西と南から同時に来ているらしい。他の人たちには五月さんが伝えているところだ。俺たちは南へ向かうぞ」


 そう言うと同時に俺は南へと駆け出す。純粋な人間の足ならいざ知らず、血統種の身体能力なら時間はかからない。到着するまでに十秒程度しかかからなかった。

 屋敷の南には何もない平地が広がっている。俺たちが到着したときには四体の人形の姿があり、既に迎撃態勢を整えている。俺の眼前にはいつもの風景が広がっている。ただ一つ違うのはその風景のずっと奥から、動物のような生き物が多数こちらへ向かってきていることだった。それが動物型の魔物であることは明らかだった。


「あの辺りの民家がもう襲われたりしてないだろうな!?」

「外にいた人形を向かわせているがまだわからん。とにかく数を減らすぞ。俺は今回前に出るから、お前はいつも通りにやってくれ」

「了解、任せな!」


 登は威勢のいい声と共に指を鳴らす。その音を合図に地面から無数の茨が生えてきた。


 登の能力――“有刺庭園”は茨の生成と操作という至ってシンプルなものだ。茨で敵の身体を絡め取り、動きを封じるというありふれた能力のように思える。

 ただし、登の能力の一番の特徴はそこではない。


「ほらよ、転べ!」


 俺の前方の地面が茨の波に埋め尽くされる。前方と言ってもちゃちな規模ではない。見渡す限りの地面が埋め尽くされたのだ。

 茨の波は群れの先頭にいた猪のような魔物の足に絡みつき転倒させる。その背後にいた同種の魔物は転倒した仲間に引っかかって同じく転倒した。他の場所でも足の自由を奪われた魔物が身動きできなくなり、後方から迫る魔物の進路を妨害していた。群れの進行速度に僅かな遅れが生まれる。


 登の能力の一番の特徴がこの範囲の広さである。

 通常一定の範囲内に効果を及ぼす能力の場合、その規模は大きくても発動者の半径二十メートルといったところだ。

 だが、登の能力の有効範囲は半径百五十メートルに及ぶ。

 茨は基本的に足の踏み場を無くして動きを封じるためのものだ。敵を直接攻撃する際にはその敵を視認している必要があるため、見えない位置――例えば背後などにいる敵は攻撃できない。尤もその場合にはあらかじめ茨を地中に植えておきそこを踏んだ敵を自動で攻撃する“花壇”で対処可能だ。

 いずれにせよ登はその場から動くことなく、敵の進行を妨害することを一番得意とする。故に防衛において重宝される。


 そして俺はその茨の波から逃れた獲物を見逃さないのが仕事だ。

 鳥型の魔物は空から攻め、地上の魔物の中にも茨を強引に引きちぎって向かってくる個体がいた。


 俺は胸の内から湧き上がる闘志を掌に集めて光球をつくる。そして、鳥型の数体が固まって飛行している場所に狙いを定めると、それを勢いよく放った。

 鷹のような姿形をした魔物の一体は接近する光球に反応したようだが、回避は間に合わなかったらしい。頭部に直撃した光球は、その素となった闘志を撒き散らすかのように爆散した。鷹に似た魔物の群れは一斉に粉々になり、血に濡れた羽毛が空に舞った。


 鳥型の群れの真下、引きちぎった茨を足に絡ませたまま地を駆けていた熊型の魔物は、頭上から降り注いだ鮮血のシャワーに一瞬気を取られたように動きが止まり、致命的な隙をつくることになった。


 俺は掌に溜めた感情の塊を薄く延ばし(スレッド)に変えた。力強くぴんと伸びた糸は淡い光を放っている。

 俺は糸を真正面にいる熊型へと飛ばす。糸は熊型の首の真下辺りに食い込むと、勢いを保ったまま直進する。熊型は何か違和感を感じてそれを確かめるように一歩前へ踏み出そうとして……首から上、それに背中の部分がずるりと地面に落ちた。

 感情の塊をそのまま叩きつけるだけでも人一人死に至らしめることは容易い。ましてや糸状に変成したものを高速で放てば、魔物の肉体を切断するなど造作もない。恐らく奴には自分の身に起きたことを理解することなく死んだだろう。


 糸は熊型の身体を切断した後も後方にいた猪型やら鹿型の頭部や脚部を切り裂いていく。茨に捕われ転倒した魔物の何体かもその餌食となったが、それらの多くは既に他の魔物に踏みつけられて絶命しているようだ。


「おい、両翼から来る奴は任せるぞ」


 俺の指示に近くにいたメイド人形が頷く。人形は五月さんが許した相手の命令も受けつけるので、五月さんが遠隔で指示を出さない場合でも対応してくれる。

 俺の視界の範囲外から攻め寄せていた魔物は、両方向に展開していたメイド人形たちによって制圧されていく。

 対血統種用の武器とはいえ魔物相手でもそれなりの効果を発揮する。それでなくとも人形自身の戦闘能力は決して低くないのだ。弾を撃ち尽くした後は自らの身体を武器に文字通り殴りこんでいく。戦場を飛び跳ねながら、魔物を殴り、蹴り殺し、メイド服を返り血に染めていく様は恐ろしい。


 とはいえ五人だけでこれだけの数を捌くのは骨が折れる。そろそろ増援が来てもいい頃だが。


「あらあら、可愛い人形(女の子)を侍らせて戦うなんて隅に置けない坊やね?」


 ふわりと空から沙緒里さんが舞い降りた。愉快そうな笑みが乱れた白髪の裏で見え隠れしている。

 『同盟』本部有数の実力者の登場だ。


「由貴くん、話は五月さんから聞いた。私も微力ながら加勢しよう」


 雫世衣の声が俺の左後方から聞こえてきて驚いた。振り向くと雫は緊張に満ちているが不敵な笑みを浮かべている。まさか彼女までやって来るとは思わなかった。


「君も戦うつもりか? 荒事は俺たちの仕事だ。無理をする必要はないぞ」

「心配してくれるのは嬉しいが、あなたたちほどでなくてもそれなりに戦える自負はある。何より緊急事態に動ける者が動かないわけにはいかん。足手纏いにならないと約束しよう」


 こうして話している間にも魔物の突撃は止まらない。問答する暇はないので雫の参戦を許すことにした。

 沙緒里さんは右手、雫は左手に分かれて迎撃する。


「ふふふ、可哀相な(けだもの)たち。悪い狼は猟師に退治される運命だと知らないのかしら?」

「数は多いが倒しきれないほではないか……これなら行けるな」


 二人の女は各々の相手へ向かっていく。沙緒里さんに関しては心配いらないだろう。問題は雫の方だ。彼女がどれだけ戦えるのか俺は何も知らないのだから。

 俺は光球を指で弾いて正面にいた鹿型の魔物の群れを肉塊へと変えながら、雫へと視線を向ける。


 雫は茨の波に飛び込むと、一番先頭にいた牛型の魔物――闘牛のように角が生えた個体に向かって直進した。見たところ能力を発動している様子はない。しかし雫は恐れを感じさせない走りを見せた。


 闘牛が頭を振りかぶると同時に雫は跳躍して、その突進を回避する。そして闘牛の背中へと降り立つと、掌をその背中に押しつけた。

 それと同時に闘牛の身体が突如炎に包まれる。身体の内外が焼けていく痛みに悶えるように咆哮するが、炎の勢いは徐々に増していく。雫は暴れ回る闘牛の背から飛び降り、右へ左へ蛇行する闘牛を観客のように眺めているだけだ。他にも魔物がいるのにそちらへ向かおうとしない。


 だが、次に目にした光景でその意味を理解した。

 炎上する仲間を無視して他の魔物がその傍を通過しようとしたときだった。二体の魔物が並んだ瞬間、燃える闘牛から炎の“腕”が生えてきて、通り過ぎようとする魔物の身体に巻きついた。炎の腕に巻きつかれた魔物は悲鳴を上げて身体を捩るが、なす術なく炎に包まれていく。

 同じように炎上する闘牛に近づいた魔物は一体の例外もなく、炎の腕に襲われて仲間と同様に炎の中へと消えていった。それだけでなく新たに炎上した魔物の傍にいた別の魔物も炎上し、さらにその傍にいたのも……というように炎が次々に連鎖していく。


 複数の魔物が固まっている場所は悲惨というほかなかった。一体が炎上した途端に一緒にいた魔物全てが一斉に炎の腕に捕われてしまうのだ。遠くから観察していると端にいる一体が燃えると同時に、導火線に火がついたように横一列に並んだ魔物が燃えていくように見えた。

 結局、最初に犠牲となった闘牛の周囲にいた魔物のほとんどは伝播する炎から逃れられず、消し炭と化した。


 この能力を言い表すとしたら“炎の感染”といったところだろうか。

 ウイルスが人ごみの中を伝わっていくように、炎が敵の中を伝わっていく。近づけば問答無用で炎の腕に掴まれる。こんな能力を大勢の敵が密集している中で使用したらどんな結果になるか。


 雫は立ち込める黒煙と焼けた多数の亡骸の中で一人佇んでいた。その能力所以か雫の身体は炎を受けつけないようであり平然としている。熱気が俺の下まで届き、ちりちりと焦げるような熱さが肌にまとわりつく。


 しかし、熱を感じる左側とは逆に右側は凍えるような寒さを感じていた。

 その理由は明らかだ。


「冬眠から目覚めるには早いわよ、獣さん?」


 沙緒里さんは白い髪をたなびかせ、腕を振り上げる。指揮棒のように振られる腕に合わせるように、冷気が吹き荒れる。地面は突然現れた氷塊によって覆われ、沙緒里さん目がけて突き進んでいた群れの姿は氷によって隠された。

 群れの末路は二つに分かれた。氷塊の真下にいた魔物は地面から突き出た氷塊に肉体を突き破られ、その表面を血で紅く彩ることになった。

 吹き荒れる冷気に晒された魔物は全身の熱を奪われた。一瞬で氷点下に達した一帯にいたその魔物たちは間もなく意識を失い倒れ伏した。その身体にこびりついた氷の結晶が魔物の毛皮を白く染める。


 礼司さんがそうであったように、紫と寧が彼と同じ力を受け継いだように、御影家の血族は気候に関係の深い能力を用いる。沙緒里さんは特に冷気を操ることに特化している。『同盟』本部の警備隊長が前線に立つとき、夏でも雪合戦とスケートができるというのは『同盟』内で知られた冗談だ。沙緒里さんが戦った後には白銀の景色が残され、敵は急激な体温低下により意識を失ったか、凍死した状態で発見される。


 ただ、沙緒里さんは礼司さんのように全ての天候を自在に操ることはできない、というよりそれができる礼司さんがイレギュラーな存在なのだ。

 親から受け継いだ能力が様々な形で発展するケースは珍しくない。礼司さんの両親も互いに気候を操る力を持っていた。沙緒里さんは冷気の力に才能が集中したが、礼司さんは親から受け継いだ全ての能力に対して適正があり余すことなく使いこなせるようになった。

 沙緒里さんも他の天候を操ることが全くできないわけではないが、精々気休め程度の力しか発揮できない。


 しかし、沙緒里さんはそれをコンプレックスに感じることなく、自らの才能を最大限に活かす道を選択した。警備部に配属された後、御影の名に頼ることなく力を蓄え、同僚からの信望を地道に得ることに成功した。地方支部から新たに配属された夫となる男性と出逢ったこと、その功績が称えられ警備部長への昇格が決定したことで、色鮮やかな未来が約束されたも同然だった。


 それが崩れたのが夫を失った事件だ。沙緒里さんの髪が白くなったのはこのときだという。夫を失った悲しみが直接の原因ではあるが、彼女の場合は少し違う。夫を殺した犯人であった対立派メンバーを殲滅した際に、能力を“暴走”させてその際に髪の色が抜け落ちたらしい。


 能力の暴走――血統種絡みの事件で稀に聞く話だ。精神に多大なショックを受けることで能力の制御が一時的にできなくなり、酷い場合には自傷して死亡することもある。発生する場面は主に流血を伴う事件などに巻き込まれて生命の危機を覚えて取り乱したときなどである。理性を取り戻せば暴走は収まるが、心に負った傷が深いときには後遺症が残る可能性がある。

 沙緒里さんは暴走させただけで何事もなく済んで良かった方だ。もし能力が使えなくなるような事態になっていれば、地位まで失う羽目になっていたのだから。

 ただ、暴走にはメリットがないわけでもない。稀なケースではあるが暴走はある“変化”を引き起こすことがある。それは俺にとって他人事ではなく――。


「あらあら、もう御終い?」


 どうやら沙緒里さんの白銀ショーは幕を閉じたらしい。春を告げる桜と新緑が遠くに広がる中で、ここだけが白い景色に埋め尽くされている。その上に倒れ伏す魔物たちに動く気配はない。氷塊に身体を砕かれた魔物は、腕や脚がもげるか首や背の骨を折られて息絶えていた。


 俺は左右から熱気と冷気に攻められて少しばかり居心地の悪い思いをしながら、残り少ない魔物の勢力を見つめた。いずれも俺の正面から突っ込んでくる。魔物はある程度の知能を有するので、この惨状に必死になりせめて俺を倒して一矢報いようとしているのかもしれない。沙緒里さんはお手並み拝見と言わんばかりににこにこと笑っている。雫は手を出そうかどうか迷っている様子だったが、俺が首を縦に振ってみせると頷いて返した。


 残っているのは鹿型、熊型、それに鳥型がそれぞれ十体程度といったところだ。これならあの技でも充分に対処可能だろう。実戦で使うのは初めての技だ。試運転にはちょうどいい。

 俺はこれまでのように掌に感情の力を集める。これを最初に投げた光球のように掌の中でころころと転がして団子でも捏ねるように形を整えていく。しかし、今回はそれだけではなく一つの工夫を加えることにした。重要なのはイメージとそれを実現するための器用さだ。


 能力は精密な操作を身につければ様々な形で応用できる。俺の“同調”がそうであるように、訓練を重ねて新たな技を習得することが可能だ。ただ、精密な操作ができればすぐに何でもできるというわけではなく、どのように能力を使いたいかという応用技の設計図(イメージ)が必要だ。“同調”は、感情の強さで力の大きさが変わるという恩恵を味方にも与えたいという発想からイメージを構築した結果、習得した技だ。


 今回使う技はこの一年の間で新しく習得した。元々感情の強さを具現化して放出するというシンプルな能力であるため、積極的に使うには工夫が必要だった。それ故に能力の操作技能に長けた礼司さんから集中的に指導を受けていて、操作訓練は俺の日課となっていた。それは家を出た後でも変わらない。小夜子さんが言っていたようにこの一年間何もしてこなかったわけじゃない――。


 たっぷりと工夫を染み込ませた光球を、俺を天高くに放り投げた。光球は鳥型の魔物に掠りもせずそのずっと上方へと昇っていく。

 皆が見守る中、ある一点で光球の動きが止まる。それは魔物の群れ全体が光球の真下を中心に散らばっているときであった。


「――“点火”――」


 俺の呟きと同時に光球は爆音を立てて破裂する。雫が驚きの余りに耳を塞いだ。沙緒里さんは花火でも見物しているかのようにのんびりしている。

 破裂した光球はいくつもの光の粒へと細かく砕けていき、雨のように地へと落ちていく。魔物の残党は破裂音に驚いて何体かは明後日の方向へ走りだしたり、背を向けて逃げ出そうとしていた。だが、それが叶うことはなかった。光の雨は魔物の身体の上に落ちるとそのまま肉や骨を貫き、地面に当って初めて消滅した。この光の雨は光球が破裂した位置からドーム状の範囲に万遍なく散らばっていき、その中にいた魔物を余すことなく穴だらけにしていく。それは空から降り注ぐ光の弾丸とでも表現すればいいだろう。


 この技は“天候操作”からヒントを得て編み出した。感情の力をまとめてぶつけるのではなく、小さく分けて別々の方向に放つというアイデア自体はずっと昔からあった。しかし、それに必要な能力操作は俺が想像していた以上に困難で、ようやく完成したのが去年のことだ。破裂させた光球の欠片を一定範囲に散らばすように放つことで、ある程度大雑把に操作しても足りるように妥協したとも言えるが。


 光球の雨によって全身を撃ち抜かれた魔物たちは断末魔の呻き声を上げた後、ぴくりとも動かなくなった。

 雫は呆けたような感心したような表情で死骸を眺め、沙緒里さんは憐れみの視線を投げかける。


「へえ、あんなの使えるようになったんだな」


 茨を解除した登が俺の傍へ駆け寄ってきた。あれだけ広範囲に渡って能力を行使していたにも関わらず、汗一つかいていない。


「これくらいのことはな、仮にも“御影礼司の息子”を名乗ってるんだ」

「お前の能力って支援向きだけど案外何とかなるもんだな」

「こういうのは工夫次第だと教えられてきたからな」


 操作技能を一番重視していた礼司さんは、あらゆる使い道を把握することがより高みに上り詰めるための近道だと力説していた。事実、彼から教えを受けるようになって戦闘にしろ支援にしろ活躍の幅は大きく広がったのだから。


「こちらは全部片付いたようだが……向こうはどうなってるんだ?」

「あちらには小夜子さんが行くと言っていた。他の人によれば一人で足りるらしいが」


 俺の疑問に雫が答えた。沙緒里さんも同意するように頷いた。


「師匠が出張るなら大丈夫だろーな、一応行ってみるか」


 念のためにメイド人形の周囲の警戒を任せて、俺たちは西側へと赴いた。

 屋敷の敷地内には広間で準備をしていた人形たちまでもが総動員されて警備に当っている。その中に章さんと五月さんの姿を発見した。


「五月さん、章さん、大丈夫か?」

「ああ……由貴、そっちは終わったのか?」

「安心してくれ、こちらは全員無事だ」


 章さんはほっとしたように息をついた。


「俺たちは万一に備えて中にいる人たちの護衛だ。俺も前に出て戦おうと思ったんだが、小夜子さんがここの守りについた方がいいって」


 今のところ魔物は西と南から攻めているのみだ。だが、他にどこから現れるかわからない以上誰かが待機している必要はある。戦力的には小夜子さんだけで十分なのだから。


「あの……寧様はご一緒じゃないんですか?」


 それまで黙っていた五月さんが恐る恐るといった感じで口を開いた。


「寧? いいや、こちらには来てないぞ」


 五月さんは視線を登、沙緒里さん、雫へと順に巡らせる。


「私は五月さんから話を聴いた後、沙緒里さんと一緒にすぐ由貴くんの所へ向かったから逢ってはいない」

「私もそうだけど?」

「俺も由貴と一緒にすぐ出たから知らねえ」


 皆の不思議そうな表情に対して、顔色の優れない五月さんは答えた。


「……寧様の姿がどこにも無いんです。お部屋にも、他の所にも、屋敷の敷地内にいないんです」

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