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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第七章 三月二十九日 後半
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過保護の観察者

 病院内の駐車場へ車を走らせると、見覚えのある一台の車が目についた。丁度その中から二人の男女が降りているところだった。

 向こうもこちらに気づいたらしく手を挙げる。車を停めた後、俺は二人の元へと歩いていった。


「隼雄さん、秋穂さん、来ていたのか」


 この二人は辰馬さんたちと一緒に『同盟』の本部に赴いていると思っていたので意外だ。俺の知る限りではここを訪れる用事はなかったはずだ。


「聞いたよー各務先生のこと。昨日といい行く先々でトラブルに巻き込まれるね。お祓いしてもらう?」


 ここのところ外出する度に何かしら事件が起きる。どれも対立派絡みの事件であり、今度の事件に至っては死者も生じている。『同盟』の警戒心もさらに引き上げられていることだろう。

 そんなことを考えていると隼雄さんはさらに話し続ける。


「横山修吾が殺されたって聞いて凄い空気が尖っちゃってさ、いるのが辛くて逃げてきちゃったんだよね。どうせ里見修輔には話を訊く必要があったし、その建前でこっちに来ようって思いついたんだ。いやー、信彦さんの事件もまだはっきりしないことが多いし、どうしたもんかなーと頭が痛くて痛くて――」

「隼雄様、少々お静かに」

「はい」


 やけに怖い顔の秋穂さんが一言発しただけで隼雄さんは口を閉じた。

 その怖い顔を向ける先は俺だ。細く鋭い瞳に怒りの感情が湛えられている。

 彼女が何に怒っているのかはよく理解できる。


「……由貴さん、激しい運動は控えるように進言したはずですが」

「緊急事態だったんだ。流石に大目に見てくれ」


 各務先生を救助するために寧と一緒に突入したのは既に知っているようだ。

 ずいと顔を近づけて俺の顔色を丹念に観ている。

 気恥ずかしくなって顔を背けても強引に首の角度を正面へ曲げてくるので、視線を逸らすしかなかった。


 じっくりと観た末に、秋穂さんは息を吐いた。


「はあ……お身体に問題はないんですね?」

「少しふらついたが気分は悪くない。安静にしていたらすぐに回復したよ」


 ふらついたのは各務先生と話している最中の一回だけで、それから後は特に異常はない。先生から貰った薬も服用した。大事には至らないはずだ。


「ところで、二人とも病院へ来たってことは里見に面会するつもりなのか?」

「うん、君たちもそうなの?」

「ええ、奴にはどうしても訊いておきたいことがありまして」


 第一に訊くべきなのは浅賀の研究についてだが、横山の言った八年ほど前の出来事についてもだ。

 しかし、隼雄さんと秋穂さんが居合わせたのは少々まずい。夏美の秘密は口が堅く信用の置ける二人といえどもまだ明かしたくない。二人の前では差し障りのない質問に留めて、後で改めて問うことにしよう。

 そこまでは何とかなる。問題なのは秋穂さんの方だ。


「だったら一緒に行こう、と言いたいところだけどどうしよっか。大勢でわらわら押しかけるのも変に警戒させちゃうかもしれないし……」


 隼雄さんがちらちらと秋穂さんに視線を流す。


 秋穂さんがかつて鋭月一派に所属していた事実を知る者は少ない。知っているのは死んだ礼司さんを除けば、俺と隼雄さん、警備部を通じて経歴を調べ上げた沙緒里さん、それに小夜子さんを始めとする『同盟』上層部だけだ。

 里見と秋穂さんが顔を合わせばこの事実を暴露される恐れがある。隼雄さんはそれを警戒しているのだろう。

 彼女の心情を考えてできるだけこの事実は広めたくない。鋭月に近い立場であった過去は不審の目を集めることになる。それは俺にとっても本意ではない。


「私は構いません」


 どうしようかと考えあぐねていると秋穂さんは淡々と言った。

 その表情は何も気にすることはないと言うように平然としていた。


 俺と隼雄さんは顔を見合わせる。


「……うーん、秋穂ちゃんがいいなら反対する理由はないけど」

「秋穂さんが了承しているなら俺も異論はない……だが、本当にいいのか?」

「由貴さんのお力になれるなら断る理由はありません」


 秋穂さんは唇の端を僅かに上げて微笑んだ。

 いつも通りの他人には読み取りにくい笑顔。それを見せられては何とも言えない。


「わかったよ。じゃあ遠慮なく頼らせてもらおう」


 隼雄さんは仕方がないと肩をすくめた。




 俺の両親のことも含めて秋穂さんの過去を皆に説明する。

 反応は各々異なった。


「そうか、由貴くんも鋭月と因縁があったのか」

「私初めて聞いたのだけど? どうして教えてくれなかったのよ」

「……私も婚約者として結構親しい仲だったのに教えられたことない」


 雫は冷静に、寧は仲間外れにされたことを怒るように、凪砂さんは拗ねるように、感想を述べた。

 その一方で加治佐だけは一切驚きも好奇心も示していなかった。ジャーナリストにしては妙だ。


「加治佐さんは驚いていないな。もう知っていたのか?」

「そりゃもう。こちとら調べるのが仕事ッスから」


 当然と言わんばかりににっこり笑うその態度に、絶対に隙を見せられないなと心の中で誓う。


「隼雄叔父様は知っていたのね?」

「秋穂ちゃんを事務所に受け入れる時にね。名目上は秋穂ちゃんの監視ってことになってるけど、正直あまり心配してなかったからねー」

「どうして?」


 隼雄さんは俺の顔を見て面白そうに笑った。


「秋穂ちゃんは亡くなった由貴くんの御両親を凄く尊敬してたらしくてさ、当時から一人遺された由貴くんを見てて呆れるくらい可愛がってたんだよ。眼に入れても痛くないって感じ? こんな子が由貴くんの敵に回るような真似はしないだろうなーって。寧ちゃんは知らないと思うけどさ、あの頃の秋穂ちゃんって暇を見つけて由貴くんの元に通っては――」

「隼雄様は随分と昔話がお好きなようですね? それでは私も一つ隼雄様の赤裸々な秘密でも語るとしましょうか」

「ごめんなさい」


 隼雄さんは腰を直角に曲げる勢いで頭を下げた。

 それを見た雫が耳打ちしてくる。


「隼雄さんは秋穂さんに頭が上がらないのか?」

「隼雄さんはだらしない性格でな、秋穂さんが細々とした仕事を引き受けてくれるお蔭で事務所の管理がうまくいっているんだ」

「秋穂さんが来る前はどうしていたんだ……」

「前に勤めていた事務員がいたけどもう退職した」


 秋穂さんが来る前は三十代の女性事務員がいたが寿退職したと聞いたことがある。結婚を機に辞める予定はあったのだが、隼雄さんの生活態度の悪さを放置することができずに後任が見つかるまで退職を先延ばしにしてくれるほど世話焼きな人だったらしい。


「……まあ、そんなわけで秋穂ちゃんは鋭月と関わりが深い子なんだけど、実は里見修輔とは幼馴染の間柄でね。里見の信用も厚かったらしいんだ」

「それで秋穂さんを連れて来たってわけね。うまくいけば里見が口を割ってくれるかもと期待して」

「淡い期待だけどやらないよりましかなと思ったんだよ。それに凪砂ちゃんから聞いたけど、魔物襲撃には関与していない可能性があるんだろ? そこははっきり確認しておきたいよね」


 目的の病室は七階にあった。エレベータを降りて目の前にあるナースステーションから左に直進すると、複数の警官が扉の前に立つ病室が見えた。警官の一人は深尾巡査だ。


「深尾くん、御苦労。里見は起きているかい?」

「はい、先程担当医が回診に来ましたが異常はないそうです」


 面会は可能らしい。

 万全の警備体制とはいえ絶対はない。ここからは気を引き締めていく。


 皆も同じことを考えていたようで緊張した面持ちだ。


「さて、それでは面会タイムと行こうじゃないか」

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