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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第六章 三月二十九日 前半
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各務将人の告白 ‐確保‐

「――これがあの火災の顛末だよ」


 各務先生は最後にそう付け加えた上で話を締めくくった。

 俺と凪砂さんは顔を見合わせた。


「……何と言えばいいか」

「溜息しか出ないな」


 元々無理のある話だったのだ。強引な手段で心を壊し、能力を変異させようなど、手軽にできてはたまったものではない。

 失敗する恐れが大きい計画を実行に移した結果、あまり高い代価を支払った。実験そのものは成功したが、多くの人命が失われ、肝心の夏美を逃がす羽目になり、そして鋭月の野望は潰えることとなった。


「糸井夏美は魔物と共に異界へ消えた後そのまま行方不明。姿を眩ましたのは彼女自身の意思なのか?」


 どうだろう。魔物と行動を共にすることに何の忌避感も覚えていないような態度からして、彼女は自分に起きた変化を自覚していたと推察できる。過去に起きた変異でも能力の保有者が変異の内容を自覚できたケースはいくつかある。今回もそのケースに該当すると見ていい。


 ただ、俺が気になっているのは変異がどの程度夏美の精神に影響を及ぼしたか、という点だ。

 変異は精神状態が不安定な時に起こりやすい。浅賀は糸井夫妻を殺害することで夏美の心を壊しにかかったのだが、この手段により精神が崩壊したまま固定されている恐れがあるのだ。

 九条の話によれば、夏美は魔物を従えながら自らの足で異界へと去っている。その後、行方を晦ましたままだ。これはおよそ小学生の少女がとる行動とは思えない。夏美の精神は間違いなく正常ではなかったと言える。


 地下フィールドにいた竜がスタッフたちを殺害したのも夏美から命令を下されたからであることに疑う余地はない。浅賀たちは両親を殺した仇であり、彼らの抹殺は何より優先すべき事項だったろう。


 それが終わった後の彼女は何をしていたのか? そこが疑問点だ。

 山口銀也たちを魔物から救ったのが夏美だとしたら、彼女は人を魔物から守ろうとする程度には社会性を残していると考えられる。では、それ以外は? 彼女が他の誰かと行動を共にしていたと見受けられるような情報はない。火災の後からずっと支配下の魔物と共に暮らしていたとでもいうのか?


「それに関する話もあるんだ。火災の真相は今説明したとおりだけど、まだこの話には続きがある」


 やはりというか、これで終わりではなかった。それは各務先生の表情からも既に察していた。


「事件の後、鋭月が手下を使って夏美さんの捜索を開始した。その頃はもうかなり危うい立場だったらしいけど、どうしても諦めることができなかったらしい。それが理由で派手な動きを見せてしまい、とうとう『同盟』に尻尾を掴まれた」


 鋭月逮捕は火災の一年後だ。あの頃は短い期間で局面が転変して世間は騒然としていたが、その背後にはこの事件があったというわけだ。


「奴の一派は崩壊したけど島守さんや浅賀たちのことは漏れなかった。元々限られた人物しか知らないことだった上に、その大半が死亡したり逃亡したりしたからってさ」

「全く漏れなかったってことは本当のごく少数しか把握していなかったんだな」

「そもそも反目している派閥に秘密で行う研究だったからね。だから鋭月の派閥でさえも知る者は少なかったと思う」


 今回、田上静江と横山修吾が各務先生を狙ったことからして、鋭月の側近クラスは知っていたのだろう。恐らくは里見修輔、丹波秀光、宮内晴玄も同じだ。


「鋭月逮捕と共に研究も夏美さんの捜索も完全に打ち切られた、はずだった」

「ところが浅賀が裏切った」


 各務先生が発した意味深な言葉の裏を凪砂さんが読み取った。

 これは沙緒里さんから得た情報から既に判明していたことだ。


「浅賀は火災の後から夏美を自分の掌中に収めようと考えていたんだな」

「そして、鋭月が消えると同時に動き出した。再誕の能力を鋭月に引き渡すのが惜しくなったんだ」


 死から現世へと引き戻す能力。これを自分のものにできればと誘惑に駆られた。

 それは研究対象としての興味からか、(ほしいまま)に能力を利用したい欲望からか。

 五月さんに蓮の遺体を偽造するよう唆した時の口ぶりからしてきっと前者だろう。奴はこの能力を研究して名誉と栄光を求めたのだ。


「詩織が言っていたんだけどね、浅賀は鋭月の目を盗んで陰でずっと動いていたらしいんだ。少しずつ新たなスタッフも集め出していた。確かクリア薬品という会社もそうだったかな? 天狼製薬の家宅捜索の後に関連先として目をつけられた場所だったって」


 つまりクリア薬品に立花を送り込んだのも浅賀主導だったということか? クリアの連中と鋭月の結びつきが比較的弱いことから籠絡しやすいと判断したのかもしれない。

 加治佐の話によればクリアには鷲陽病院で行われた実験の資料が残っていたという。外部の機密情報を持ち込むくらいだから本格的に拠点として利用する価値があったのか。


「礼司さんが遺した資料と西口龍馬の話からクリアで例の抑制剤の研究が行われていたと睨んでいましたが、この様子なら正解みたいですね」

「ああ、抑制剤の研究目的も今なら推測できるな」


 昨日、雫が提示した疑問――何故、治癒能力を抑制する薬を必要としたのか?

 その答えがわかった。


「再誕の能力を封じるため――ですね」


 抑制剤は“保険”だ。万が一の事態のための対抗策。


「この能力は危険すぎる。自分に従う魔物を増やせるということだからな。脅威としては最高レベルに違いない。封じようと考えるのは当然だ」

「もしかすると再誕させた魔物も無力化できるかもしれませんからね」

「そこまで知っているなら話は早いな」


 抑制剤の件は各務先生も知っていたようだ。話す手間が省けたと頷いている。


「君たちの考えたとおり浅賀は再誕能力を封印するための手立てを考えた。これを実現できなければまた鷲陽病院の時の二の舞になる。幸いにも実験のデータは残されていたから参考になったらしい。そして、抑制剤の作成に成功した後、浅賀は夏美さんの確保に乗り出した」


 各務先生の言葉には引っかかるものがあった。


「乗り出したって……奴は夏美の居場所を突き止めていたんですか?」

「そうだよ。彼女が異界に身を隠しているなら街から離れていないと考えて、彼女と縁のある場所を重点的に捜索したら案の定異界の入口を発見したそうだ。どこにあったと思う?」

「……?」


 答えが思いつかず視線で問い返すと、先生は苦笑した。


鷲陽病院の跡地(・・・・・・・)だよ。まさか事件の現場に堂々と隠れ住んでいるとは流石に鋭月も想像できなかった。それに気づいた浅賀は機密保全という名目で島守さんから土地を譲ってもらって封鎖したんだ。これは鋭月が逮捕される前の話だって聞いた」

「鷲陽病院? そこに異界って……」

「……鷲陽病院が閉鎖された後も建物自体は残っている。異界の入口があっても目立たないだろう」


 灯台下暗しというべきか。それに誰よりも早く気づいた浅賀も大したものだ。


 しかし、夏美はどんな心境で忌まわしき場所を住まいとしたのだろうか?

 両親の死に場所だったから? あるいは、あの場所にいれば憎き仇の手がかりが掴めると考えたから?


「土地を手に入れてから数ヶ月が経った頃に鋭月が逮捕され、それを機に浅賀は夏美さんの捕縛に動いた」


 この時、浅賀は裏で手勢を集めて団体戦力を投入したらしい。本来人を集める場合には宮内晴玄のような対立派の情報部を利用するのだが、鋭月に動向を悟られないために使うことができなかった。

 情報部の代わりに動いたのが桐島晴香。他の病院関係者から入手した情報を元に『同盟』や対立派の息がかかっていない血統種を集めたという。


「捕縛は……かなり困難を極めたけど支配下の魔物を全滅させてどうにか成し遂げたんだって。戦闘要員として雇った人たちが数名犠牲になったらしいけど」

「……魔物を全滅させた? 復活しなかったんですか?」

「できなかったというのが正しいかな。後で改めて説明するけど再誕できるのは一回のみなんだ」


 凪砂さんの疑問に先生は答えた。

 やはり再誕にも制約は存在する。能力の強さからしてこれだけではないだろう。


「捕らえた後は? 抑制剤で無力化してからどこかに監禁したのだろうが、一体どこに……?」

「詩織が言うには浅賀が新たに用意した研究施設らしいけど、詳しい場所は訊いていないんだ。ごめんね」


 申し訳なさそうに先生は謝った。


「それでだ、詩織が僕に相談を持ちかけたのは夏美さんを収容してしばらく経ってからだ」

「……そもそも九条詩織は何故あなたに真相を告白する気になったんですか?」


 話の冒頭で九条が突然連絡してきて相談を持ちかけたと言っていたが、何故彼女はその時になって全てを打ち明けようと思ったのだろうか。夏美を捕らえた後で何かトラブルでも起きたのか?


「夏美さんを収容した後、再度彼女の能力の検査が行われたんだ。姿を消している内にさらに変化が生じた可能性があるからだけど……そうしたら――」

「まさか――また変異が起きていたんですか?」


 各務先生は首を振った。


「火災の時にもう獲得していたのか、逃亡中に新たに得たのか……ともかく、夏美さんの再誕能力は浅賀が予想していなかった性質を持っていることが判明した。そして、それこそが詩織が僕に真相を告白した理由だよ。もう彼女は――糸井夏美という血統種は詩織たちの手に負えない存在と化していたんだ」

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