駆け出し勇者たちと武器屋 (8)
※ 上書き保存するのを忘れていたため、最初に投稿した文書に間違いがありました。
6/16 訂正しました。
悪魔。
私の記憶と知識が正しければ、彼らは魔界に住むという魔力生命体のはずです。
魔力生命体というのは……簡単に言ってしまえば、彼らには肉体が無いんですよね。自らの身体を構成しているのは魔力であり、魔力こそが彼らのエネルギーなのです。聞いた話では、ただの鉄の剣で悪魔を切り裂こうとしても、まるで霧のようにすり抜けて効果がないそうです。
怖い話です。
さて、魔力生命体である彼らが人界に活動するには制限がかかります。
そもそも魔界は空気中の魔力濃度が高いらしく、悪魔は呼吸するようにして魔力を吸収するらしいんですよね。ですが、人界では魔界の様に魔力濃度は高くありません。悪魔からしたら、水中のようなもので、息苦しくてたまらないでしょう。
そのため、悪魔は人界に来ると魔力を有している生物を憑代とします。
魔力生成器官をもつ生物の体内であれば、魔力によるエネルギー吸収が可能だからですね。その後、ゆっくりと憑代の身体を支配して行き、最終的に乗っ取る……ということですね。
因みに、天使においても同じことが言えるようです。
不便な身体ですね。
「リオンさん、私の知識どこか間違ってましたか?」
「あ……その通りだ。……ククッ……さすがは【紅の武器職人】! 我らが敵の悪魔のことさえ」
「うるさいよ? また蹴られたい?」
パポンの凄みがある睨みとともに、脚をスッと前に出します。
それだけで、リオンさんは萎縮し「す、すいませんしたっ!」と謝りました。
因みに、リオンさん、頬を真っ赤に腫らしながら正座している状態です。
流石に可哀想に見えてきました。
さて、リオンさんがすっかり怯えてしまっていることに関しては説明は不要として、彼の性格の変化、そして彼の右手にある神印については説明が必要ですよね。
結果的に言ってしまえば、彼の右手にある紋様は自分で染料を使って描いたものらしいです。つまりは、悪魔に憑依されているフリをしていたということですね。彼があれを知っている理由こそ、彼が教会から追放――いえ、逃げてきた理由らしいです。
「は、始めは出来心だった……。大聖堂の奥にある秘密書庫の禁じられた書物を読んでみたかった。この悪魔の印についてもそこで知ったよ。……ああ、一般教徒は知らないことだ。それこそ、教会の司祭様や大司教様でないと……」
「それで、知ってはいけないことを知ってしまったがために…追放されたと?」
「いや……罰として神罰隊といわれる汚れ役の組織の下っ端として働かされた。今思えば、あそこに送られた時点で真っ当な人生を送ることは出来なくなっていたんだろう」
その後、隙を見てリオンさんは神罰隊から逃げ出し、その容姿を大きく変えて追跡を逃れたそうです。それだけでは不安だったのか、容姿だけでなく口調も性格も名前すらも変えて、自らを狂人のように振る舞うことで全くの別人であるように見せていたということらしいです。
「……なぜ、その刻印を自らの右手に?」
「忘れないためだよ、ルミスくん。私が知ってしまったことは、必然だったのではないかと……意味があったことだと思うためさ。自己満足なんだけどな。だけど、今はこうして役に立つことができた。少し報われた気分だ」
当初は、パポンから蹴られたことによるショックで性格が変わってしまったのかと思いきや、素の性格がこちらの方らしいです。ただ長年あの演技をしていたせいで、たまにあちらの人格が出てきてしまうようです。
それって、もう二重人格では…?
「話を聞く限りでは、その【悪魔の少女】に憑依している悪魔はかなりの高位種族だ」
リオンさんは、真面目な顔で思案していました。
いつもの不気味な雰囲気は全く無く、こうしていると身形もよい好青年ですね。
しかし、聞き逃せないところもあったりします。
「その悪魔の少女ってカナタさんのことですか?」
「? 他に誰がいる? 当たり前でだろう?」
当然でしょ? という顔で言うものですから、もう諦めました。
思ったよりも狂人格の影響は濃いようです。
「そもそも、神印に似た紋様を刻むのは、さっきも言った通り、神を謳い、嘲笑うのが目的だ。そんなことをするのは、上位種族の中でもほんの一握りの奴らだけ。ルミスくんの前でも、まるで神の様な振る舞いを見せただろう? 彼らが喜んでしそうな真似だよ」
多くの悪魔と対峙してきたリオンさんだから言えることでしょう。
彼以上に、彼らのことを知っている人はいないかもしれません。
「悪魔祓いのリオンでも敵わないの? じゃあ、駄目じゃん」
まるでゴミをみるような目でパポンは言いました。
いやいや、どんだけ嫌ってるんですか。見てくださいよ。リオンさんってば、正座しながら身体を震わせて少し泣いてるじゃないですか! 本当に可哀想になってきました。……しかし、反応を見る限りであると敵わないのは本当のことらしいですね。
「すまない。恐らく、私が討って来たどの悪魔よりも格上だと思う。……正直、神印を刻む悪魔なんて戦いたくもない。その悪魔と対峙できるのは、教会でも【巫女】だけだと思う」
「えー……、じゃあ、教会に悪魔祓いをお願いしなきゃいけないの?」
その問いかけに表情を暗くするリオンさん。
パポンを見て、そして私を見て、決意を固めたように言います。
「いや、恐らく教会はまずその勇者を殺すだろう」
「はっ!? 調和と安寧を約束する教会が、そんな簡単に人を殺すの?」
「ああ。憑代を殺せば、悪魔はその身を離れざるをえない。人界では大きく弱体化するから、その瞬間に巫女たちが悪魔を殺すだろう。実に合理的な手段だよ」
本人さえも信じたくない様で、苦い顔をしています。
もしかしたら、神罰隊にいたときに同じような経験をしたことがあるのかもしれません。ですが、今は彼の過去について詮索するときではありませんし、その必要もありません。
「それじゃ、でも……」
「落ち着いて下さい、パポン」
「だって……いや、そうだよ。ルミスがいたよ! そんなに平然にしてるってことは何か考えがあるってことだよね! もう、勿体ぶらないで言っちゃいなよ!」
考え、ですか?
考えというよりは、最初から思い描いていたことなんですけどね。閃いた提案というより、最初から用意していた計画という方が正しいでしょう。
私に二人の目線が集まります。
そんなに期待されても困りますが……。多分、リオンさんは反対しそうですし。
ふう、と一息吐き、言いました。
「悪魔の力をもらっちゃいましょう」
私の言葉を聞いて、二人は静かになりました。
どうやら言葉の意味を理解するのに時間が必要なようです。
沈黙を破ったのは、鼻で笑うウサ耳少女でした。
「ふっ……流石はルミス。その考えに辿り着くとは私の認めた親友だけのことはある。だ、だけど、念のため、どういったことか説明してもらえないかなー……なんて」
精一杯わかったふりをするのは、何だか背伸びをしている小さい子を見ているようで微笑ましくはありますが……。パポン、わからないときはわからないと言った方が良いんですよ?
ま、それには突っ込まずに説明を続けましょう。
「いえ、ですから、せっかくの膨大な魔力を逃すのは勿体無いと思いません?」
「それは……悪魔の魔力を利用する方法があるってこと? そんなことできるの?」
「ええ。任せてください。勝算はありますよ」
私の言葉に頷くパポンでしたが、リオンさんの顔は険しいままでした。
私の言っていることの意味がわからない。そう言った表情です。
「膨大な魔力を持つ悪魔を利用する……だから討つ気はないと? そう言うのか、ルミスくん」
はい。
と、私は肯定しました。
これに関しては初めから決めていたことです。
カナタさんに宿っているのが何にしろ、その魔力の塊を逃すのは非常に無駄です。どうせなら、それを利用しちゃう方が断然お得です。相手も乗っ取ろうとしているわけですし、こちらが相手を乗っ取るのも全然ありでしょう。
「君は、何を言っているかわかってるのか?」
と、リオンさんは怒りを露わに立ち上がりました。思った通り、反対のようです。
そのまま、怪我人の私であることも無視して、肩を強く掴んできます。
強く、しかし、その真意は優しく。
「相手は高位の悪魔なんだ。その悪魔の魔力を利用する? 貧弱な人間の身でそんなことできるはずがない! 失敗したらあの女の子は悪魔になるんだぞ! それでも良いと、あんたは言ってるのか!?」
「落ち着いて下さいよ。そういうことを言っている訳ではありません」
「いいや、そういうことだ。そもそも、事態はあの子だけの問題じゃない。下手したら、この街が、国民が、何人もの人が犠牲になる! それに一番傷つくのは、あの子自身なんだぞ!」
「ですから……リオンさんっ」
「……この事態を最小限に抑えるには――」
「ルミスにひどいことすんなー!」
と、叫んで綺麗なドロップキックを放ったのは、やはりパポンでした。
パポンの両足がリオンさんの顔面に鋭く突き刺さったと思ったら、リオンさんは隣のベッドまで吹っ飛んでいました。パポンとリオンさんは私のベッドを挟んで向かい合っていたわけですから、当然パポンの空中殺法は私の目前で起こったわけです。
わかります?
リオンさんは私に掴みかかっていたわけですから、当然距離は近くなっていて、そこにパポンが飛び込んできたんですよ? パポンの脚が私の鼻の先を掠ったんですよ!?
パポンは私を見て「ルミスを守ったよ! 偉いでしょ!」と誇らしく、そして自慢げな笑みを見せてきますが、今の私の率直な感想は「危ないことはやめて」でした。
それはともかく、リオンさんの容体が心配でした。
あのタクマさえも一撃で沈めたパポンの殺人キックをもろに喰らったわけですから、無事であるはずが……。
「ククク……心地良い痛みだ……。そう、痛みこそ、痛みこそが……私の罪を禊ぐのだ……」
平気そうでなによりです。
痛みが心地良いのであれば大丈夫でしょう。
と、まあ冗談はおいといて、どうやらパポンは手加減……いえ、キックですから足加減をしていたようです。後で聞いた話ですが、本気を出せばリオンさんの胴体に穴を開けることもできるようです。獣人の膂力が思ったよりも現実離れしています。
私のベッドの上に座って、にこにこしているパポンが少し怖くなってきました。ご機嫌を取っておくためにも、リクエスト通り撫でてあげましょう。ほれほれ。あっ……ものすごく幸せそうな顔してますね。撫でられて喜ぶのは動物っぽいです。
上機嫌になったパポンは、顔の筋肉をだらしなく緩ませつつも訊いてきます。
「えへへー。それでルミス、私たちは何をすればいいの?」
「おや、いいのですか? 私が勝手に動くのは管理局としても立場が危ないのでは?」
「事態が事態だからねー。街の危機ってことなら、それを防げるルミスの行動を妨げる理由はどこにもないよ。むしろバックアップは任せてっ! って感じ。局長は私が説得しておくよ」
受付くんが独断で色々と決めていいものか不安になりますが、自由に動けるというのであればそれに越したことはありません。まだ、タクマたちが帰って来ないことが不確定材料ではありますが、準備はできるでしょう。
「それでは、ひとまず私が依頼した素材を店まで運んでいただけますか? それと護衛を二人ほど。また神罰隊に襲われるのは嫌ですからね」
「りょーかい。素材は手配しておくね。護衛は……今のところ誰空いてるかな? 報酬は弾む?」
「そりゃ、もう。……ああ、でも出来れば護衛しつつも私の作業を手伝ってくれそうな方が良いですね。今、右肩と左手が負傷しているわけですから、手先器用な人、募集です」
「なるほどねー。強さを度外視していいなら、管理局の選任鍛冶師の人とか連れて行っても――」
「ま、待つんだ……! 受付くんさん。どうして、そこまで、ルミスくんを信用する……?」
リオンさんが、ゆっくりとベッドから起き上がりました。もう、手足に力が入らないといった状態のようです。鼻を手で抑えていることから、もしかしたら鼻血でも出ているのかもしれません。下手したら鼻の骨が折れてるかも……?
そんな満身創痍なリオンさんですが、意思は曲げずに私に喰って掛かってきます。
そこで、またしてもパポンが立ちふさがりました。
「あのねえ!」
どどん!
という効果音が似合いそうな感じで、リオンさんの前にパポンが腕を組んで立っています。さっきまでの「褒めて褒めて!」って感じの愛くるしい態度とは打って変わって、今は大変ご立腹でした。
「ルミスが『任せて下さい』って言ったんだよ! あのルミスが! お馬鹿なパポンや何も知らないあなたと違って、神と等しいくらいに全てを知っているルミスが、そう言ったんだよ! それを疑ってかかるようでは、受付くんとして、そしてルミスの親友として失格です!」
前よりも信頼度が若干上がっていることに困りました。
しかも、今回はこれだけでは終わらないようです。
「大体! 教会に悪魔祓いを依頼したら、どっちにしろ魔術師の勇者ちゃんは死んじゃうんでしょ? だったら、あの子が死なない方法を探すべきであって、そしてそれをルミスが示してくれてるんだよ? 何がそんなに不満なの?」
パポンの怒声に怯えた様子のリオンさんでしたが、やはり譲れないことがあるらしく、言い返して来ます。
「不満とかそういう問題じゃ無い。私は、人間の身では高位の悪魔に対抗する術は無いという事実を伝えたいんだ。君たちがあの子を助けたい気持ちはわかる。私だって、教会から離れたが悪魔祓いだ。出来ることなら助けてやりたい。だが、無理だ。悪魔祓いの私が無理なんだ。受付くんや……一介の武器職人がどうこう出来る問題じゃないのは――わかるだろう?」
そして、項垂れるリオンさん。
彼の気持ちが真剣であり、私たちを慮っているのはわかります。
ですが。
私が言おうとしたところで、パポンが肩を竦めて鼻で笑いました。その仕草に腹を立てたのか、またリオンさんが怒声を飛ばそうとしますが、パポンの方が早かったようです。
彼の鼻先に指を添えて、さっきまでの怒りはどこに行ったのか、優しい声色で言いました。
「リオン、本当に何も知らないんだね」
「な、何の話だ? 私は……悪魔のことなら――」
「そうじゃないよ、あんたは……ルミスのことを何にも知らない――」
武器屋アーチェリアの恐ろしさを、何にも知らない。
「恐ろしさって何ですか。もっと違う表現があるでしょう? 凄さ、とか。美しさ、とか」
「ルミスは美しいよ! でも……残念だけど、恐ろしいって表現が一番的を得てるよ」
そう言って、くすくすと笑うパポン。
心外ですが……そんなに恐ろしいのでしょうか?
「だってさ。国の決戦兵器と同等の破壊力を持つ戦鎚、狙った獲物は逃がさない必中の弓矢、刃という概念を捨てた剣。これって全部、国宝級……いや、伝説級の武器でしょ! そんな武器を創る武器屋なんて、恐ろしくてしょうがないよ! だって、一人で国滅ぼせるくらいの……そう、歴史を変えれるくらいの戦力持ってるんだよ!?」
私の親友ながら素敵っ!
と、我慢できなかったのかパポンは抱き着いてきました。あー、鎖骨が痛いー。けど、悪い気はしないので許しましょう。それに褒められている様ですし。
「どういうことだ……今の話、本当なのか?」
驚きを隠せない様子のリオンさん。
普通に聞いたら、ただの嘘のような話にしか聞こえませんよね?
ですが、すべて本当の話です。
「戦鎚は探究者のセルゲン。弓矢は勇者のアズサさん。剣は……えっと、勇者のマコトでしたね。それぞれ、皆さんのために創った私の武器たちですよ」
「なっ……!? あの【血風の勇者】の剣を君が……?」
マコト……そんなに有名人になっていたんですね。
でも人柄と通り名が全く一致しないのはなぜでしょう? 何かの間違いだと信じたいです。
「ルミスくん……君は、一体何者なんだ。一体、何をするつもりなんだ…」
リオンさんの問いは、最近よく聞かれたものです。
こんな自己紹介は嫌なんですけど。
それに、何をするつもりなんだ……と訊かれましても、それも応えることはひとつしかないじゃないですか。
まあ、いいです。これを機会に私の名前をちゃんと覚えてくださいね。
そして、忘れない様にしてください。
「私はルミス・アーチェリア。武器屋アーチェリアの店主で、今までも、これからも、ただ武器を創るだけの存在ですよ」
さて、復習の時間です。
題目は、『そもそも杖ってどんな役割をするのか?』です。詳しいことは、少し時間を遡ればわかることではありますが、いちいちブラウザバックするのもどうかと思うので簡単に答えを言ってしまいましょう。
そう、杖の役割は『魔力の制御』です。
魔術師は杖により魔力を制御し、魔術を発動させるわけですね。もう少し説明すれば、魔力を制御する方法として『詠唱』もありますが……今回は関係ないのでどうでもいいでしょう。
そして杖の役割を知ったところで、悪魔の生体について確認しましょう。
これは、このページを上までスクロールすればすぐに答えが書いてあります。
そう、悪魔の身体は魔力で構成されている魔力生命体です。悪魔たちは、人界に来て人間に憑依し、その身体を完全に支配するまではまだ魔力生命体のままです。
これらのことを踏まえて、目的に戻ります。
目的は『カナタさんに憑依している悪魔を魔力として利用すること』です。
もう、わかった人はわかりましたね? その通りです。悪魔はカナタさんの中に魔力の塊として存在しているわけですから……杖によって、その魔力を……つまりは悪魔を制御できるはずです。
これには前提条件が二つ存在します。
ひとつ目は、完全支配状態でないこと。悪魔が肉体を持ってしまえば、もうカナタさんを助ける手立てはありません。最悪な結末が待っているだけです。
ふたつ目は……悪魔を制御するほどに強力な杖が必要ということです。魔力生命体であり、高位の悪魔ならばその魔力値も人間の比じゃありません。つまりは悪魔専用の杖を創れ、と同じ意味合いになりますね。ま、やってみましょう。
「信じられない。杖で憑依している悪魔を制御するだなんて……」
「あのね? リオン。ルミスと一緒にいると、このくらいのことは当たり前に感じてくるから」
どうやら、リオンさんも私の説明で一応は納得してくれたらしいです。
まだ半信半疑ではありますが、協力はするとのことでした。
「ククク……紅の武器職人よ……。悪魔に魅入られた儚き少女を助けるため、この私が貴様の力になってやろう。クク……悪魔よ、貴様にはもう安寧の時間は来ない……ククク……クーハッハッハッハ! ……少しでいいなら【聖水】のストックもあるぞ」
だんだんリオンさんの人格が曖昧になってきました。
これはこれで面倒ですが、おもしろいので何も言わないことにしましょう。
「最初の素材だけで足りるの?」
「それに加えて在庫にある鋼鉄を少々使います。それと、念のため【魔刻字】で【神聖】を付加しましょうかね。あとは――」
私とパポンはいつものように打ち合わせを進めて行きます。
私はベッドから起き上がり、ボロボロではありますが、いつものドレスとエプロンを着ています。なんといいますか、これがいつもの仕事着(普段着でもありますが)なので気合が入るんですよね。髪型も、パポンは「いつもと違う奴にしない?」と勧めてきましたが、これも何時も通りです。あ、いえ……実はこれ以外できなかったりするんですよ。
「じゃあ――あとは」
「タクマ待ちですね」
そう、結局のところ、杖に必要な要件を果たすためにはヒートホースの角が必要不可欠なのです。あれが杖の芯となる部分ですから、その素材のグレードだけで杖の性能はがらりと変わります。
「大丈夫かな、セクハラ勇者さん」
「その呼び名は流石に可哀想だからやめて下さい。…タクマは、まあ大丈夫でしょう。大方、何度も挑戦を繰り返して時間がかかっているだけですよ」
それに。
「ここぞというタイミングを逃さないのが、彼ですから」
勢いよく扉が開け放たれる音がして、階下がざわつくのを感じました。
誰かと誰かが大声で話し、そして彼は走ってきます。
床を、階段を、壁を蹴り、私たちがいる階層まで登ってきます。一度も止まらず、障害があっても気にせず、猪突猛進という言葉がこんなに相応しい人はそうそういないでしょう。
病室の扉が開き、そこにいたのはボロボロな状態の勇者。
一人の少女のために戦ってきた最高に格好いい勇者がいました。
「へへっ。お待たせ、ルミスさん!」
「待ちくたびれましたよ、タクマ」
彼の左手にあるのは、黄金に輝くヒートホースの一角。中心部分がまだ燃えているのか、角の内部から穏やかな光が漏れています。切断面も綺麗そのものであり、角の先端が欠けていることもありません。
最高の状態です。
タクマに静かにサムズアップをして、労います。
パポンには目配せをして、頼んだことを遂行するようにお願いします。
リオンさんには手で招く仕草をして、一緒に来るように促します。
素材は揃った。
準備は整った。
覚悟は決まった。
あとは、私の仕事です。