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冒険は武器屋から  作者: 真空
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駆け出し勇者たちと武器屋 (7)

 これが夢だというのはすぐにわかりました。

 すでに何度も見ている夢だからです。


 私がいるのは人も生物も存在しない、地面も上下の感覚さえ不確かな暗闇の中。

 そこで感じられるのは、血の匂いを纏った、剣、槍、斧、戦槌、杖、短刀、大鎌、爪、銃……。

 それは、積み上げられた幾千の武器たち。

 その全てが傷つき、折れ、主を護り敵を討つ武器としての命を全うした子たち。


 私が、今まで創ってきた大切な子供たち。


 この武器の山は私の歩んできた歴史です。

 私にあるのは、この何もない暗闇と武器の山だけです。


 この夢を視るたびに思うのです。

 私は、武器を創ることしかできない。

 だけど、私だからこそ創れる武器があると。

 私だけが成し遂げられることがあると。

 だから、その為に今日も明日も、私は武器を創るのだと。


 さあ、そろそろ目を覚ましましょう。

 弱るたびに子供たちに元気づけられているのでは、親として失格ですからね。







 目を開けると、天井に取り付けられている金属製のファンがゆっくりと回っているのが見えました。

 次に視界に入るのは私が寝ているベッドを区切っているカーテン、そして椅子に座ったまま寝ているウサ耳少女でした。


 一体、どのくらいここにいたのか知りませんが、受付嬢の服はよれよれで、髪の毛もいつものような柔らかさが消えています。


「パポン? パポン?」


 起こすのも申し訳なかったのですが、私が置かれている状況を知るためには、彼女を起こすしかありませんでした。何度かの呼びかけで、パポンは「ふにゅぁ……?」という声と供に、眠そうに目を開けてました。寝起きの良い私とは正反対で、彼女は寝起きが悪いので事態の把握に時間がかかるでしょう。うーん……今のうちに普段は言えないことでも言って楽しみましょうか。


「パポン、可愛いですよー」

「にゅ……」

「抱きしめてそのままウサ耳モフモフしたいですよー」

「にゅ……?」

「愛してますよー」

「パポンも愛してるよ、ルミスゥ!」


 パポン完全覚醒です。

 ちなみに最後のはリップサービスです。友人として好きですが、愛してるとまでは……いかないかもしれませんね?


「良かったー! ルミスの目が覚めたー! わーい! 今日は王国の祝日にするべき日だね!」

「私が目覚めることがそんなに嬉しいんですか…?」


 それだと毎日が祝日です。

 何とかテンションマックスなパポンを宥め、私は彼女に現在の状況を聞き出します。具体的には、此処がどこで、今が何時で、あの後何があったか、ということです。


「この部屋はね、管理局にある簡易病室だよ? それで今は――」


 なんと、どうやら私はあの事件から三日も寝ていたようです。

 つまりは、カナタさんの依頼を受けてから八日経っているというわけです。これには声を出して驚いてしまいました。具体的には「わお」です。無愛想な顔でそんなことを言ったのですから、パポンも苦笑いしていました。


「それで、私は……なんで包帯巻きにされてミイラ一歩手前なんでしょうか?」


 パポンを起こす際に、声を掛ける事しかできなかったのは、私は今頭以外は包帯で拘束されているような状況であり、それしかできなかったからです。そんなにひどい怪我だったのかと不安になりましたが、実際のところ痛みを感じるのは右肩と左手、そして頭だけです。

 これに関してはパポンは自信気に言いました。


「心配だから、包帯多めに巻いといたよ!」

「わーありがとうございます。さっさと私を完全覚醒させてください」


 さっきから身動きが取れなくて苦しいんですよ。

 動きたいのに動けないこの見苦しさ……。あなただったら、数分で絶叫していますよ!


 もー仕方ないなー、とパポンは言いつつ、包帯の結び目を解くと慣れたような手つきで包帯を解いて行きます。もしかしてこの娘、暇だから私でミイラ作りごっことかして遊んでたわけじゃないですよね? 慣れているのは治療する機会が多いからですよね?


 ま、冗談はともかくとして。

 さっさと状況を把握しましょう。


 パポンの話によると、あの日路地の方で火事が起こったと通報があり、管理局と国軍が独自に動いて事態の収集に当たったそうです。管理局は民間人の避難と安全の確保を、火事は軍の魔術師隊の水流魔術によって鎮火したそうです。幸いにも火事による被害も少なく、怪我人も私を除いて誰もいなかったそうです。


「もー、驚いたよ! 火事に誰か巻き込まれてるって聞いてそれがルミスだって知ったときは! もしかして大火傷!? とか心配したら火傷は一切なくて、それでも右の鎖骨は骨折、左手には不可思議な裂傷、そして頭から血を流してるんだもん」

「カナタさんは?」

「えっと……あの魔術師の勇者ちゃんのことだよね? うん、隣の病室でまだ寝てるよ? あの子は熱がひどくてね。ルミスと同じようにずっと寝込んでるんだ」


 どうやら、無事のようでほっとしました。

 しかし、気になるのは私たちを襲った白ローブの男たちの死体がないことです。私は白ローブの四人が炎に包まれるのを確かに覚えています。まあ、グドルが無事のようでしたので、あの男が何かしらの隠蔽工作をしたとしても不思議ではありませんね。


 火事は、まず間違いなくカナタさんが放ったあの青白い炎が原因でしょう。

 そして私が殺されずに済んだのも、カナタさんが来てくれたからなんですよね。

 だからといって火事の正当性を主張するわけではありません。迷惑をかけてしまったことは事実なのですから。まあそれについては追々対応しましょう。


 テンションアゲアゲのパポンでは話が進まないかと思いきや、意外にも事務的な対応で私が知りたいことを次々と教えてくれました。どうやら、私の依頼についてもほぼ納品が終わっている様です。タクマのヒートホースだけ未だに報告がないらしく、管理局としても捜索隊を派遣するか迷っているとのことでした。不安ではありますが、あの酔っ払い二人もいるので……信じましょう。

 後、私の傷についても少しだけ。

 どうやら完治までは一ヶ月ほど時間が必要となるようです。頭の傷はまだしも、鎖骨の骨折と左手の裂傷は結構な大怪我だそうです。ただ、身体に傷痕が残るようなことは無いので安心していい、とのことでした。それはどうでもいい……と、言おうとしたところでパポンから「重要なことだよっ!」と熱弁されてしまいました。


「報告は以上だよ? 他に何か訊きたいことある?」

「……いえ、とくには……」

「良かった。じゃあ、次はこっちの番だね……」


 ん? こっちの番……とは?

 と、私が首を傾げる(あ、右肩がもの凄い痛いです)と、パポンは椅子から立ち上がり、病室ということも忘れて大きな声で言います。


「決まってるじゃん。一体あそこで何があったのか教えてもらうよ、ルミス!」


 なるほど。

 確かに、その火事の中心にいたのは私とカナタさんであり、ことの顛末を知っているのも私たちしかいないということになります。それをパポンが知りたいと思うのは無理もありません。逆の立場でしたら、私はパポンを吊し上げてでも吐かせますし。しかし、どうでしょう……。全てを話して良いものか迷うところがあります。結果的に責任を問われるのは、カナタさんになってしまうのでは?


 パポンをちらりと見ます。

 話すまで絶対に逃がさないよっ! と言わんばかりの強い意思を彼女から感じました。まあ、つまりはどんなに私が隠そうとしても、逃げようとしても、彼女にはばれてしまいますし、追いつかれそうですね。

 観念しました、溜息を吐いて降参と言わんばかりに両手を上げます(だから、右肩痛いですって。なんで学習しないんでしょう、私)。

 責任問題とか、そういった後処理はなるようになれ! の精神で乗り切ってみましょう。


 そういったこともあり、私はパポンにこれまでのことを包み隠さず話しました。

 カナタさんからの杖の依頼。

 彼女に肩にあった神印の存在。

 図書館で調べたこと。

 食堂で交わした約束。

 そして――路地での戦闘と、カナタさんの白い翼。


「ここまでが、私の知る全てです。何か質問ありますか? パポン」

「……なんだろうね。訊きたいことはいっぱいあるんだけど……ひとまず、ルミス」

「はい?」

「頭とっても良いはずなのに、ときどきパポンよりもお馬鹿さんなんだね」


 はあ?

 それは聞き捨てなりませんよ。

 私が、パポンより馬鹿って……それって、管理局で一番馬鹿ってことじゃないですか!?


「だって、普通みんな知ってるよ? 教徒でもない人でも、コスモ神教の神印のこと」

「ぐぬっ……」

「それに、食堂なんかで『神様を殺す』発言ってのも……ルミスが大好きなパポンでも、庇いきれないよ……」

「ぐぬぬ……」


 まあ、それはいいよ。終わったことだし。

 と憐みの目を向けながら、パポンは言いました。

 今、このウサ耳少女、確実に私のことを下に見ましたね。後でお仕置きです。


「ところで、シシル様と仲が良いってのも本当? だとしたらびっくりなんだけど」

「あ、それは嘘です。はったりです」


 私の言葉に、また愕然とするパポンでした。

 ふふ、こうもリアクションが大きいと、私も命を賭けた甲斐がありましたね。


「……いつもながら、ルミスはぎりぎりの状況を生き抜いてるね……。じゃあ、口癖とかも?」

「あー…っと、それは風の噂で聞いたことがありまして、シシルにはとんでもない口癖があるとか、ないとか」

「また呼び捨てにして……。気をつけなよ? これも噂だったんだけど……、なんでもコスモ神教には【神罰隊】とかいう暗部組織があって、そこで異教徒とか教会に反する人物を消しているとか……。多分ルミスを襲ってきたのも、その神罰隊だよ」


 神罰隊ですか。

 また物騒な名前ですね。でも確かに、あのグドルという男も言ってましたっけ? 『神罰により命を落とすのだ』って。だとしたら、自分たちは神の代わりに神罰を下し、邪悪なる者を葬ることが使命だ! ……とか、思ってそうで怖いですね。ていうか、ちょっと考えるとリオンさんの言っていることと似てて恥ずかしいですよね。

 ……あれ?

 確か、リオンさんって元教会の聖職者って……。

 …………………………深くは考えない様にしよ。


 しかし、私の願いも空しく、病室の扉がバンッと開け放たれたかと思うと、聞いたことがある高笑いと供に、如何にも不健康そうな顔をした白髪の男が入ってきました。


「クーハッハッハッハッハッハ! 【紅の武器職人】(クリムゾン・スミス)よ! 永久の眠りより覚醒したと聞いて、この私、【破戒の聖騎士】(ダーク・ビトレイアー)ことリオン・センチュリオンが見舞いに来たぞ!」


 その後も高笑いが続き、私とパポンは顔を合わせるとどちらも同時に溜息を吐きました。


 うわあ……。

 いきなり、ぶっ飛ばして来ましたね。

 パポンはすでに慣れているのか、リオンさんの発言に対して「やれやれ」と言った感じですけど、私の場合は「ちょっと待て」と突っ込みたいことが多くあるんです。私の呼び名って、それで決まった感じなんでしょうか。

 そもそも、私ここで寝ていることは知っているのは不思議ではありませんが、なぜ起きていることを知っているのでしょうか? とパポンに視線を送ると、目を逸らしました。どうやら、秘密裏に私が起きたことを魔水晶などに張り出していたようです。これはお仕置き二倍ですね。


 リオンさんはと言うと、私の反応を待っているのか、不気味に笑いながらこちらをチラチラと見ています。パポンが横目で「相手してあげなよ?」と言って来たので、仕方なく『気付かないふりして相手を孤独にさせて退散するのを待とう』作戦はやめることにしましょう。


「お久しぶりです。リオンさん。依頼した物も無事納品して頂いたそうで……ありがとうございます」

「ククク。礼は無用だ、武器職人よ。全ては天使イザナエルの導きに過ぎない……。それに、私も世界に蔓延る邪悪なるものたちを放っておくことは出来ないからな。我らは神罰の代行者。そして――」

「それでパポン、今後のことなんですが」


 話が長そうでしたので、無視することにしました。

 え? ひどいことするって? いえいえ、あれを見てくださいよ。私たちが別の会話を始めたと言うのに、自分語りをやめませんよ? 完璧に自分に酔っている方の奇行ですよ。例えるなら、お酒に酔っ払って自分の過去の栄光を語りながら絡んでくる面倒臭い人ですよ。

 ああいうのは、放って置くのが一番です。

 ……でも、あの様子を見る限りだと最初の作戦は失敗に終わった可能性が高いですね。恐るべし精神力の強さです、リオンさん。


 いきなりリオンさんを無視して話しかけられたパポンも驚いてはいましたけど、一人で語っているリオンさんの姿を見て「そういうものか」と納得したのか、私の話に応じました。


「私、帰りたいんですけど」

「ぶっぶー! 駄目です」

「そこを何とか。お願いしますよ。仕事があるんです」

「駄目なものは駄目! あのね、今は管理局が責任を持って二人の治療および監視をするっていう体なんだよ? ようするに、二人を匿ってるの! 勝手に出て行かれたら、それこそ責任問題で管理局が弱っちゃうよ?」


 大体ね!

 と、そこで今度はパポンから説教が始まりました。左にはパポン、正面にはリオンさんと、二人して大きな声で話すのですからうるさくて堪りません。


「しかも、何なのさ! 白い炎の翼って! 神様なの? あの子に神様宿ってるの!?」

「あ、それはないです」


 パポンの言葉に反応して、私は言いました。

 それに対して「へ?」と、間が抜けた顔をするパポン。

 あれあれ? 私を馬鹿にしたパポンさん、こんなこともわからないんですか?

 ……ということを口に出しては言いませんけどね。


「カナタさんに宿っているのは、コスモ神ではないですよ」

「で、でも……? さっきルミスも神様のようだって……」

「神様の『ようだ』ということは、神様じゃないということです。それに考えてもみてください。コスモ神というのは平和と安寧が目的の神で、さらには力が弱いのでしょう? そんな方が人を焼き殺すような真似をすると思いますか?」


 そもそも、すでに私の中でこの件については整理がついているのです。

 今更決めたことを変えることはしませんよ。


 パポンは、私の言葉に対し首を傾げて問いかけてきます。


「それじゃ、一体……あの子の身に何が起こってるの?」

「それが、いまひとつわからないんですよね。しかし、あれは明らかにカナタさんではない誰かでした。だから、何かが彼女に身に潜んでいるという認識は間違っていないはずです」


 鍵はただひとつ。

 ひび割れた太陽。


 それが何を表すのか、一体何者を表す証なのか……。

 はっきりすれば、私の準備は万全なのですが……。


「ククッ。そうか、そこまでして私の呪われし右腕を見たいか? 仕方あるまい。悪魔に呪われしこの力、そしてこの身に焼きついた愚者の印を……」


 私たちが静かに考えていると、一人語りを続行しているリオンさんの声がよく聞こえてしまいます。というか、はっきり言ってすごい邪魔です。見舞いに来て頂いたのは嬉しいのですが、邪魔するなら帰って欲しいです。パポンも同じことを考えていたのか、必殺のパポンキックが今にも飛び出しそうなくらいにリオンさんを睨んでいました。


 リオンさんはいうと、右手に巻かれた包帯をするすると解いており、「クク……この刻印を見せることになろうとはな……」と不気味に笑っていました。そして、その包帯をすべて解くと苦しそうに右腕を抑え始めます。


「ぐ、ぐううう……。見よ……これが、私が【破戒の聖騎士】と呼ばれた理由だ!」


 はいはい。と、てきとーに流そうと思い、リオンさんが突き出した右手の甲を見ると――。


「っ……!?」


 驚きのあまり声が出ませんでした。

 恐らく、パポンから見た私の顔は変な顔をしていたのでしょう。

 当然です。

 驚きと、嬉しさと、困惑が混ざり込んだような微妙な表情に違いありません。


 リオンさんの右手の甲にあったのは、紅い茨に、ひび割れた太陽。

 カナタさんの肩にあった紋様と同じ、全く同じ神印――のようなもの。

 私が探し続けていた、たったひとつの答え。


 それが何かを問い質す前に、リオンさんは自分自身で言ってくれました。


「クク……聖なる印の、神を象徴する太陽を傷つけるこの所業……。理解出来るか? 神を恐れぬばかりか、自らを神と謳い、嘲笑う悪の象徴! そう、奴らはそれほどまでに、闇の力を得ているのだ。奴らはそれほどまでに自らの力に誇りを持っているのだ。そう、奴らは……奴らの名は――」



「――悪魔だ」

7/6 誤字を修正しました

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