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冒険は武器屋から  作者: 真空
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友と嵐と武器屋(14)

 間に合いました。

 何とか投稿ペースがもとに戻りそうです。


 【形状因子】

 聞いたことがある、と記憶を遡れば、火炎に包まれた研究所の中でプランさんから言葉だけ教えてもらっていました。たしか、文献調査不足だとか、怒られる、だとか言われた記憶もあります。……ああ、つまりプランさんは私との会話を思い出して、この結果に至ったということでしょうか。


 ということは私のおかげですね。


「なあに、馬鹿なこと言ってんのよ。紅髪。でも許してアゲル。今の私はとっても気分がいいの。なんてたって、あのスグハとかいう勇者だけじゃなくて、あんたを出し抜いたんだからね! はっはっはっは!」


 怪我人だというのに、豪快に笑うプランさんでした。

 すでにその獰猛な笑みには女子力の欠片もありません。私はもっとないですけどね。女子、捨ててますから。


「それで? どういうことか説明してもらえるかしらん? 私も【形状因子】については知ってるけど、そこまで詳しくないのよねえ。ルミスちゃんもでしょ?」

「ええ。私に至っては、全く知りません。ぜひ、懇切丁寧に、こんなバカな私でもわかるように、教えてくれませんか? プランさん」

「いいわよ! 今の私は気分がいいからね!」


 なんでしょう。

 このハイテンションなプランさんはいつまで持続するのでしょう。

 私がさりげなく苛つかせることを言ったというのに、全く気にしていません。少なくとも、【形状因子】の話が終わるまではこのハイテンションでいて欲しいですね。扱いやすそうですし。


「さて……紅髪。りんごを宙に投げればどうなるかしら?」

「は? ……それは、落ちる……でしょう?」

「その通りよ。まあ、これは誰でもわかることよね? 誰でも知らず知らずの内に理解していることよね? 物は大地に向かって引っ張られているように落ちていく。その力を私たちは重力だったり、万有引力だったり呼ぶわけだけど……。でも私が言いたいことはそこじゃないの」


 じゃあ、なんなんでしょう?

 と、相槌を打ちたいものですが、気持ちよさそうに語っている彼女の邪魔するのは得策とはいえません。黙って聞き役に徹するとしましょう。


「私が言いたいのはね。『よく物が下に落ちていくことに疑問を感じたな』ということなのよ。そんな当たり前のこと、誰でも感覚的にわかっていることに関して『疑問』を感じたことに、私は驚いたワケよ」


 手に持ったりんごは、手を離せば下に落ちていく。

 そんな当たり前のことを、本気になって調べた人がいる。疑問を感じない、感じさせない事象を明らかにした天才がいる。研究者は、周りの事象に関して常々疑問を持つようにしろと言いますが、そんな当たり前のことを『おかしい』と思えるのは、やはり何かしらの才能だともいえます。少なくとも、常人の感性では到達できない、見ることのできない世界が、彼らには見えているのではないでしょうか。


 とまあ、そんな話はさておき。

 プランさんの解説に耳を傾けましょう。


「【形状因子】もそんな『当たり前の事象を追及した』研究の結果のひとつってワケ。そう……例えば……」


 プランさんは私の部屋を物色し始めると、私が机の上に放り投げていた羽ペンを見つけます。それを手に取ると、羽を揺らしながら私に訊きました。


「紅髪。これは?」

「……羽ペンですよね?」

「何に使う物? どういうときに使う物? どうやって使う?」

「……紙に、文字を書くために必要な道具です。用途は、手紙だったり設計だったり……まあ、様々ですよね? 使用方法は、ペン先にインクをつけて、後は紙にその先を押し付けます」

「そうね。ところで、これってこの形じゃなきゃ駄目?」

「はい?」


 矢継ぎ早な質問に、私は戸惑います。

 この形じゃなきゃ……駄目? ……まあ、羽は無くてもあまり困りませんよね? 飾りみたいな部分でもありますし、なくてもいいです。ですが、ペンの部分は……この形でなくとも、極端な話、ただのボールからインクが滲みだすものでも文字を書くことは出来ます。結論として、別にその形にこだわる必要はないといえるでしょう。


「そうよね。でも、それでわかったこともあるんじゃない?」

「……ああ、なるほど」


 やっとプランさんの質問の意図がわかりました。

 つまり、彼女はこう言いたいのです。

 ペンはペンの形をしていなくとも、あの形状でなくとも、それがペンと呼ぶかは別として、ボールとしての形でも使うことができる。

 しかし、ペンの性能を最大限に活かせるのはペンの形状だけなのです。


「そういうこと。物にはそれに相応しい形がある。その性能を引き出すために、目的を果たすために最適化された、選ばれた形状が存在する。その形には、すべてに意味がある。その考え方を私たちは【形状因子】と呼んでいるワケ」


 おわかり?

 と、プランさんは得意げに言ってきます。

 

 ええ。よくわかりましたよ。

 つまるところ、私たちが何気なく使っていたすべての物の形状には、意味があるということです。それは当たり前だろう、と馬鹿にして笑う人がいるかもしれませんが、私はそうは思いません。


 まさに、虚を突かれたという印象でした。

 私が剣と思っていたその形状は、本当に剣なのか? もっといい形状が、形が、あるのではないか? 最適化されているのか? そもそもそれは剣といえるのか? と、自分自身が疑わしくなってくるのです。考えれば考えるほど、追求すれば追求するほど、頭が混乱してきます。


「そこまでは私も知ってるわん。それで、なんで【形状因子】がセフィロトの再構成を途中で中断させる下人となってるわけかしら」


 リバスさんの言葉に、私も頷きます。やっと議論に参加できそうなところまで来ましたが、まだ理解には程遠いというのが本音です。ここは、プランさんにすべて任せましょう。


 プランさんは私とリバスさんを見ると、「ここからが本題ってワケね」と呟きます。


「まどろっこしい説明は後からするとして……結論から言えば紅髪。今の短刀の形状が原因(・・・・・・・・・・)なのよ。『今のセフィロトの形状がその目的に相応しくない』というのが、セフィロト失敗の真実であり、血晶化の原因。セフィロトの性能を、目的を、最大限に活かせてないのよ」


 彼女が言った言葉を、私は自分の中で何度も反芻します。

 【形状因子】の理論に従うならば、物にはそれに相応しい形があるということになります。逆に言えば、その選ばれた形以外は性能を十全に発揮できていないということです。


 それが、セフィロトにもいえると?

 血晶『刃』セフィロトに、刃は相応しくないということでしょうか。


「初めからいきましょうか。紅髪。セフィロトってどういう武器だっけ?」

「……それは、まあ端的にいえば『武器を創る武器』……ですけど」

「そうよね。ほんっとうに、とんでもない武器よね……。そこで、【形状因子】の理論を適用させるんだけど……考えてみてよ? 『武器を創る武器』に、短刀の形が相応しいと思う?」


 それは……いえ、認めましょう。

 相応しくありません。

 刃とは、切り裂き、切り断つものです。

 武器を創る武器では……ありません。


「つまりはそういうことよ。あの形は相応しくない、適切じゃない。だから、セフィロトの武器変換は中途半端で止まったワケ。これが、血晶化の正体ね。『武器を創る武器』だなんて、理解から大きく外れた武器ではあるけど、でもやっぱり武器は武器。【形状因子】は恐らく創造武器(アルテラ)にも適用される。つまり、このセフィロトに相応しい形が見つからない限り――」

「セフィロトは、完成しない?」


 私の言葉に、プランさんは不敵な笑みを浮かべます。

 つまりは、そういうことなのでしょう。


 リバスさんが顎に手を添えて唸っており、プランさんの説明に矛盾や間違いがないか考えているようです。彼には悪いですが、私の中でもすでに『それしかない』と結論が出ていました。私は血晶刃という言葉に、まんまと騙されていたわけです。スグハが最後に適当に名付けた名前に、こだわり過ぎた結果……ということになるのでしょう。


 それが何だかとても可笑しくて、乾いた笑いが零れます。

 滑稽にもほどがあるでしょうに、私ってば。


「いきなり笑い出して気持ち悪っ……!」

「すいません。でも、なんだか……本当に、些細なことだったんだなあ、と。自分の知識の無さが恨めしいですよ。もっと早く気づいていれば……」


 気付いていれば……?

 いえ、違います。

 気付いていたら、そう。気付いていたら、新しい難問が私を待っています。


「わかったようね」


 リバスさんが険しい顔をしていました。

 彼は、プランさんの解説について考えいるわけではなかったのです。むしろ、その先。では、どうすればセフィロトは完成するのか……を考えたいのです。


「そういうことね。それじゃあ、こっから講義から議論へ変更なわけだけど……。『武器を創る武器』に相応しい形って何かしらん?」






 哲学めいた話になってきました。

 そもそも、武器が武器を創るという前提が無茶苦茶なわけですけど、今はその無理難題をクリアしなくてはならないのです。一難去ってまた一難という気分ですが、すぐさま思いついた形があります。


「槌……はどうでしょう? 武器を創るときには必須なものですよ? 本来は『道具』ですが、大槌などにすれば武器としても十分使えるはずです」

「可能性は否定できないけど、ちょっと弱いわねん。槌……つまり、ハンマーを使うのって鉱石を用いた金属製の武器だけでしょう? 杖とか、弓とか……使わないこともあるんじゃないかしらん?」


 わ、私は使うんですけどね……。

 ですが、リバスさんの言うことには一理あります。すべての武器の製造に槌を使うわけではありませんから、それが『武器を創る武器』に相応しい形とは断言できないのです。


「ああ、もう! イライラする! 私が華麗に答えを導いたと思ったら、何なのよ、コレ! ちーっとも、前に進んだ気がしないわ!」

「そうねえ。昨夜から不眠不休で頑張っているわけだし、私も疲れちゃったわん。一度休みましょう? これ以上は効率が悪くなる一方よん」


 プランさんの癇癪により、お互いが精神的に辛くなっていると判断し、私たちは休息を取ることにしました。プランさんは意外にも私のベッドへそのまま倒れ込み、リバスさんは応接間で座りつつ寝息を立てています。二人にタオルケットを掛けると、私はそのまま外へと出かけることにしました。


 休むのも仕事の内……とわかってはいるのですが、何せ前日まで三日間も眠っていたものですから、わりと元気なんです。それに、研究所で過ごしたあの過酷な日々に比べれば、このくらいの調べ物は軽いものです。


 空を見上げれば、まるで今にでも落ちてきそうなくらいに重く感じる曇天でした。風も強く、気を緩めれば私の身体も吹き飛ばされてしまいそうです。雨は降ってはいませんが、空の様子を窺うに時間の問題でしょう。


「残された猶予は、わずかということですね」


 わかってはいたことですが、目の前に嵐が迫って来ている……いえ、颶風龍という天災が迫ってきていると実感します。死が形となって私たちに襲い掛かるわけですから、身体が震えそうなくらいの恐怖を感じます。


「シシルは……どうしているのでしょう」


 昨夜は、結局彼女は帰って来ませんでした。

 彼女なりに準備があるとのことでしたが、一体どこで何をしているというのでしょう? どうやら、昨日はリバスさんたちに助力をお願いしに行ったようですが……果たして今は? 

 ……というより、なんでこんなにも私はシシルのことを心配しているのでしょう? 私よりもずっと強く、私よりも遥かに頼りになる人です。心配する方が馬鹿みたいに思えてきます。ええい、やめですやめです。今はシシルのことではなくて、これからするべきことを考えましょう。


 ひとまず向かったのは管理局です。

 というのも、颶風龍が迫ってきているというのに、あれがいつごろスタントラルに到着するのか私は正確なタイムリミットを知らなかったからです。出来たのに時間切れというのはあまりにも滑稽なので、そこはきちんと把握しおこうと思いました。


「しかし……寂しいものです」


 嵐が来ているためか、いつも冒険者や商人たちで溢れかえっているスタントラル大通りには全く人がいません。街を大きく貫く通りだというのに、その道の真ん中で私だけが立っています。恐らく、嵐が来ているという情報は皆さんも知っており、その対策として家へ閉じ籠っているのでしょう。しかし、それでも無駄だということを知るのは……実際に嵐が来てからですか。

 

 颶風龍が来ることを教えるべきなのでは?


 そう思いますが、それは無駄だと自分で反論しました。そもそも、存在自体がごく少数の人しか知らない龍だというのに、そいつが来たぞと教えたところで「何を言っているんだお前は」と言われて終わりですよね。それに、仮に自分たちを滅ぼす龍が来るという事実を知ったら町は大パニックです。もしかしたら、血を見る事態にまで発展しかねません。それは……良くないですね。


 まるで廃墟のような街の中を歩いていますと、どこからか声が聞こえます。

 風の音ですかね? と自分の耳を疑いますが、その声ははっきりと私の名前を呼んでいました。


「……-い! おー……い! ルミスさー……ぁん!」


 周囲を見渡すと、路地裏の方から手が見えました。

 明らかに私を手招きしており、こっちに来いと言っているようです。


 ……路地裏かあ。

 良い思い出がないんですよねえ。

 殺されかけるわ。

 悪魔に心折られるわ。

 あ、どっちもシューカのせいですね。


 行くかそれとも無視するか逡巡しますが、結局その声の正体に会うことにしました。というのも、私を名指しということは知り合いでしょうし、この状況だからこそ会っておきたいと思ったからです。


 路地裏の方へと歩き、その手が現れたところを覗き込みました。

 すると、そこにいたのは一人じゃありません。ざっくり言うと、たくさんいました。


「お久しぶりです! ルミス先生!」

「……ふん」

「おい、その態度はないだろうこの不良。あ、ルミス殿。何だかやばい状況らしいですので、悔いが残らないように俺と結婚しましょう」


 私を呼んだと思われるミズキさん。そして、その後ろに壁を背にして立っているカイト。その隣には、マサヨシが私に対してサムズアップをして……はい。ミズキさんに蹴られました。ちなみに、ことあるごとに彼からは求婚されていますが、もう無視することにしました。

 彼ら以外にも、勇者学校の学生と思われる子供が何人かいます。しかし、どちらかといえば年長者……つまり、年齢が高めの人が多いようです。


「チビたちは危ないので勇者学校で留守番ですよ。ここにいるのは、自分で自分の責任が取れると判断できる奴だけです」


 私の視線から思考を読んだのか、マサヨシが答えました。

 しかし、一番気になるのはどうしてこんなところに彼らがいるか、です。


「そして……なぜ路地裏に?」

「あ、あははー……実は……」

「逃げてんだよ。先公たちからな」


 歯切れが悪そうなミズキさんの背後から、カイトがこれはまた不機嫌そうに言います。最近は善い子になったとシェルミさんから聞いたものですが、まだ反抗期は終わりそうにありません。それにしても、逃げてるとは?


「……ふむ。俺から説明しましょう。実は先日シシル殿が学校に来ました」

「はあ……………えっ!?」

「シシル殿は勇者学校の保険教諭。別に来ることはおかしいことではありませんが、昨日は顔つきが真剣そのものでして、他の先生方に何かを伝えているようでした」


 シ、シシルさん?

 一体何を……?


 私が呆けているにも関わらず、マサヨシの説明は続きます。


「ちなみに、この話はそこの不良が立ち聞きをした――」

「ちげえよ。たまたま通りかかったら、たまたま真剣な顔つきで会議しているところを見て、たまたま幸運なことに中の様子を窺うことができたからその一部始終を聞いてただけだ」

「……とまあ、いくつもの幸運が重なったようで、俺たちも『龍が来ている』という話を聞いたわけです」


 なるほど。

 どうやら、シシルは……知人に危機を伝えて回っているようですね。確かに、それは大切なことです。負ける気はありませんし、確実に殺しますが、もしものことは考えなくてはなりません。


「で……なぜ先生方から逃げているんです?」

「実は……」

「待って。そこから先は私が話す」


 ミズキさんがマサヨシを止め、私の方を向きます。

 彼女らしい、まっすぐな瞳です。

 そして、強い意志を感じさせるように、はっきりと言いました。


「カイトからその話を聞いた私たちは、先生方に訴えました。私たちも戦うと。私たちも戦える、と。その龍退治に、私たちも連れて行ってほしいと」

「……けれど、それは無理だと言われたわけですね」


 ミズキさんは俯いて、小さな声で「…はい」と応えます。

 それは……当然のことでしょう。私であっても、確実に彼女たちを止めます。教師という立場、そして彼らの保護者として、そんな無茶な戦いへと送り出すわけにはいかないのです。彼女らが学校に在籍している間は、絶対に守り通さねばならないのですから。


「……マルン先生があんなに怒った姿初めて見ました。けど、私たちもこの街のために何かしたい。この世界のために何かしたい……。そもそも、私たちがこの世界に来たのって、龍を倒すためじゃなかったんですか!? そのため、私たち勇者でしょう?」

「勇者とかいう使命を遂行するつもりは全くねえけど、ただで死ぬのは御免だ。それに、チビたちも守ってやんねえといけねえしな……はあ」

「ふっ。お兄ちゃんはつらいな、カイトよ」


 カイトの「うっせえ!」という言葉ともに繰り出された拳はマサヨシに軽く止められ、それによって彼らは笑います。それを少し離れたところで見ているミズキさんは、柔らかく微笑みます。


「私たちは、先生方に軟禁されると思い、力を合わせて逃げて来ました。恐らく、何名かの先生は私たちのことを探しているでしょう。……ルミス先生も、やっぱり怒りますか?」


 懇願するような瞳に、私はため息を吐きます。

 私を呼んだのは、それを訊くためだったんですか?


 勘違いされているようですが、今の私は完璧に『武器屋』なんですよね。先生になれるのは、限られた時間だけ。この状況では、私と彼女たちはただの友人なんです。だから、彼女たちを怒る権利は私にありません。けれど……友人として、心配はしますよ。


「……どうしても、戦うのですか?」

「戦います」

「……知っているかもしれませんが、みんな死にますよ?」

「大丈夫です。ルミス先生が何とかしてくれます」


 ミズキさんは、そう言ってにかりと笑います。

 ……まあ、そんなことを言われてしまったら目を見開くしかないですよ。

 ここまで全幅の信頼を置かれていると思うと、困ったものです。そう簡単に、裏切ることもできません。嘘も吐きにくい世の中になったものです。まあ、もう嘘はやめようかと思ってましたけど。


「……私が言えるのは、これだけです」

「はい」

「……何があっても死なないで下さいね」


 まだまだ教えたいことがいっぱいあるんですから。


 ミズキさんの「はい!」という返事とともに、学生たちは背筋を立てます。全員が(カイト以外が)余裕と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべて、頷いてきます。


 そんな彼らに見送られながら、私は裏路地から出て来ました。

 再び管理局へと向かって歩き始めたのですが……まあ、いるとは思いましたよ。

 目の前には、眼鏡の奥のするどい両瞳を私に向けたマルンさんが立っていました。


「止めないんですね、ルミス様」

「……止めても、無意味ですから」

「そうですよね」

「……マルンさんは、止めないんですか?」

「止めてますよ。けど、止まらないことも知ってます。……仕方ないので、私も当日は戦場に立ちます。命を懸けて、彼らを護ります。勿論、校長もそのつもりです」

「……死なせたくないですねえ……」

「でしたら、頑張って下さい。初めてお会いしたときから、私はあなたに期待しかしてないのですから」


 ご主人様。

 マルンさんはそう言って微笑み、私の横を通り過ぎると、勇者学校の学生たちがいる路地裏へと入っていきました。直後に、彼女の怒号と学生たちが一目散に逃げだした声が聞こえます。最後の方に「なぜあいつが出て行った方向から!?」とカイトの突っ込みもばっちり聞こえます。


 教師というものは大変ですね、マルンさん。


 私はそう思いつつ、再び歩き始めました。

 その足取りが先ほどよりも力強くなっているのは、気のせいではないでしょう。


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