友と嵐と武器屋(9)
投稿ペースが崩れそうでしたけど、それは来週からのようです。
過去の記憶。
私も覚えていない、ずっと昔の記憶。
私がまだ、スグハと呼ばれる勇者だったときの、記憶。
なぜ彼があれらの武器を創ろうと思い至ったかは覚えていません。もしかすると、思いつきだったのかもしれません。何せ、そういった軽い気持ちで武器を創る人でしたから、否定はできません。
スグハが創造した武器の数は、本人でさえわかりません。まだ創造魔術に慣れていない、練習時代からの失敗作からカウントすれば千は越えるとは思います。彼もすべてを記憶しているわけではなく、中には存在自体を忘却している武器もあることでしょう。
しかし、その中でも彼自身の記憶に強く刻み込まれているものもあります。それらは、スグハが危険だと判断し、封印もしくは破壊した武器です。
その数は、全部で七つ。
神樹剣ユグドラシル。
祈刀シチシケン。
穿武槍ロン。
大罪斧アギト。
天譴弓アネモイ。
血晶刃セフィロト。
そして、最後が……いえ、これは別にいいです。この武器だけは、私自身が消失……その存在が世界から消え去ったことを確認しています。話したところで、何もならない。
スグハは、これらの武器を破壊……破壊できない場合は封印を試みました。その結果は定かではありませんが、強力が故に破壊は困難を極めたのは確かでしょう。事実、こうして私の前にセフィロトの残骸が現れたのですから。恐らく、他の武器に関しても、私が最後に見たあの武器以外は、まだどこかに眠っていると思います。もしかしたら、別世界に……なんてこともあるかもしれませんね。
セフィロトは、この中では危険度は低いでしょう。凶悪なことは確かですが、セフィロトが破壊された本当の理由は、その性能のせいではないのです。
この武器は、彼の失敗作です。
何度試みても、何度挑戦しても、自分が想像した武器を創造できなかった。
結局、壁に突き当たった彼は、腹いせに最後に創ったそのセフィロトを自らの手で破壊したというわけです。
血晶刃……なんて仰々しい名前も、失敗の成れの果ての結果が、生物、物質を問わずにあの血のような結晶体に変質させることだったからです。本当の名前は別にありますし、本当に彼が思い描いた武器は別の姿です。
無念を晴らす……なんてつもりはありませんでした。
彼が失敗したそれを私が完成させる。そんな優越感に、浸りたかったのだと思います。いえ、思いますではありませんね。実際のところ、私にはそれしかありません。同一であるが故に、私の最大のコンプレックスが彼なのですから。
カルの弾丸を創ったとき、私は彼に追いついたと思いました。
しかし、まだまだです。まだまだ、だったんです。彼の記憶を思い出すたびに、彼と向き合うたびに、私は自分の力の無さを痛感します。
いくら背伸びをしても、届かない。
いくら手を伸ばしても、掴めない。
彼の背中は、遠すぎる。
でも、セフィロトを創ったとき。
自分だけの力で、その形を成したとき。
私はついに果たしたと思いました。
私は、やっと彼に並んだ……いえ、超えたと思ったんです。
彼が出来なかったことを、私がやり遂げたのですから。
しかし、結果は……あれです。
結局、私もスグハと同じでした。あれは、スグハが何度も目にした失敗の光景と類似しています。同じじゃ、意味がない。スグハを超えないと、私がここにいてはいけない。
嘘は吐けない。
私は……ここにはいられない。
目が覚めました。
決して、洗脳されて正気に戻ったという意味ではなく、単純に眠りから起きたという意味です。視界に映るのは、何度も見たことがある天井です。仰向けのまま首だけを動かして辺りを見回せば、そこは私の部屋であることがわかります。
積み重なった武器の設計図。
アイディアをまとめたメモ帳。
図書館から借りっぱなしの本たち。
シシルの介入によって一時期は整理整頓されたのですが、やはり私の部屋は自然と散らかる運命にあるようです。
上半身を起こそうとしますが、不思議なほどに身体が動きません。まるで、見えない鎖で身体を縛られているような拘束感があります。動くのは、頭と身体の末端部分。つまりは手首から指先、足首から足の指までです。
「え? あ、あれ?」
自分の身体の異常に戸惑いますが、それにより寝起きの思考がはっきりしました。
私の記憶は、あの炎上した施設内で、人形が血晶化したところで途切れています。つまりは、あろうことか、私は火に囲まれた中で意識を失ったということでしょう。絶命必死な状況だったというのに、なぜ自分の部屋に……?
誰も助けには来ないはずです。
グドルとプランさんを除けば、あそこに私がいると知る人物は誰もいないのですから。グドルは私がすでに屋外に出ていると思っているはずですし、プランさんは私などを気に掛ける余裕なんて無いはずです。それに、私を助けるような人でもありませんしね。
「じゃあ、なんで……」
「おや、目が覚めたようだね」
突然の来訪者に、私は驚きます。
びくりと肩を震わせますが、依然として身体が動くようになる気配はありません。どうやら、自分の意志で動くことを禁止されているみたいですね。
ノックもせずに入って来た男を見て、私はげんなりします。
もう見たくもない人だったので、当たり前の反応でしょう。
「ふふ、元気そうで何よりだ」
管理局副局長のフィセリー・ロイノマゼスタリアは、口元に手を当てて優雅に笑っています。
貴公子という称号が似合いすぎている彼は、私の散らかっている部屋の中では異質な存在感がありました。いえ……なんというか、場違い? のような印象です。しかし、例の一件は決着したというのに、なぜ私の部屋に……私の部屋?
「え? ちょっと! なんで勝手に私の部屋に入ってるんですか!?」
「勝手じゃないさ。ちゃんとシシルさんには断りを入れた。それに、すでに僕以外にも勝手に入った輩が何人かいるみたいだ」
フィセリーの言っている意味がわからず、私は首を傾げます。
その私の反応がおかしかったのか、彼はまた微笑みます。
「お見舞いに来たんだよ。君が三日ほど寝込んでいると聞いてね。忙しい業務の合間に、こうして君の顔を見に来たつもり……だったんだが、君が起きているのは予想外だ」
良いタイミングだ。
と、フィセリーは言います。
私が、三日も寝ていたことに驚きはしません。
身体が動かない以前に、倦怠感がありましたから。ああ、多分長い間寝ていたんだろうな、と漠然とした予測があったのです。それに、寝込むのは初めてではありませんし、経験済みです。
「ああ、お見舞いの品はシシルさんに渡しておいたよ。栄養の良い物を選んだつもりだから、あとで食べてるといい。噂には聞いていたけど、随分と不健康な痩せ方をしたようだね。私としては、もっとふくよかな――」
「それで、良いタイミングというのは?」
彼の与太話に付き合うつもりはありません。
それに、あなたの好みなんて、ほんっとうに! どうでもいいのです。
彼は、肩を竦めると、寂し気に笑います。
その表情が、恐らく一般的には『守ってあげたたくなるの……!』『私が癒してあげたい』といった、女性の母性本能を刺激するのでしょうが、生憎私には効きませんよ。まあ、フィセリーはそれをわかってやっている節がありますけど。
「さてと……君が起きていてくれて助かったよ。実は悪い報告がふたつある。ひとつは、君に関すること。もうひとつは、君と我々に関すること。どちらから聞きたい?」
「どちらも悪いのですか……。その前に、なんで私がここにいるかの説明が欲しいんですけど」
「うん? 覚えていないのかい? まあ、意識朦朧といった状態らしいからね。わかった。僕が知る範囲で、今回の事件の顛末について説明しよう。それが、『君に関すること』だからね」
フィセリーは語り始めます。
今回の事件……つまりは、研究所の火災事件について。
「さて……先に断っておくけど、これはすべて僕独自のルートで調べた話であって、真実とは程遠いかもしれない。真実に一番近くにいるのは、あの場にいた君と実験管理者のプランという研究員だ。ちなみに、心配しないで欲しい。プランに関しては命に別状はなく、治療施設で療養しているようだよ」
プランさん。
どうやら、無事に脱出できたようです。
まあ、あの表情からして死ぬ様子は無かったので心配はしていませんでしたが、とにかく無事だったことには安心しました。嫌われているといっても、私が嫌いというわけではありませんし、知人が亡くなるのは嫌ですしね。
「今回の事件は、プランの実験……つまりは『魔道兵』が暴走したことが原因。これは合っているかい? なに? 本人に直接聞いた? そうか。僕としても裏付けが取れて嬉しいよ。まあ、つまり、身の丈に合わない兵器を造り、その実験をしようとしたのだが……結局、暴走してしまって研究所は全焼さ」
全焼。
それは、かなりの被害です。
グドルが人形……魔道兵といいましたか? その魔道兵を引き連れて、施設内を走り回ったのがいけなかったのでしょうか。そのせいで、炎の被害が大きくなったのは否定できませんし。まあ……私個人としては助けてもらった身なので、彼を擁護しますけど。
それに、どうやらグドルの存在は知られていないようですね。
どうやら上手に逃げ切ったようです。……頃合いだろう、とか言って施設から逃げ出した結果、目標を見失った魔道兵が私のところに来た……なんて推理できますけど、それは終わったことなので良しとしましょう。
「とまあ、これが知る人ぞ知る事件の真実だ。しかし、一部では全く違う情報が錯綜している。こともあろうか、国軍は、今回の事件はすべて君の不始末と言い張っている」
「え? そんな……それは、違――」
「もちろん、僕もそれは承知さ。だから、調べた。国軍としては、魔道兵なんて危険なものは秘匿したいんだろうね。そして、それを製作できる技術を持った研究員も。だから、その生贄として外部の君を切り捨てたんだ。そうすれば、自分たちの面子を保てるし、研究も続行できる」
なんという、裏切りでしょうか。
そんなことが許されるというのでしょうか。
……いえ、今はいいでしょう。深く考えるのはやめます。
問題は、その後です。
「それで、国軍はなんと――?」
「ああ。それなんだけどね。まず、君はクビだそうだ」
それは、当たり前でしょう。
私を切り捨てたわけですから。
「しかし、賠償や責任は追及しないようだ。施設内で見たことは他言無用、の条件付けだけどね。その代わり、形式だけの裁判に出頭するように指示されている。まあ、これは仕方ないだろうね。誰かを裁いたという事実がないと、大衆やスポンサーは納得しない。勿論、名前も出さないらしいし、数日間の留置の後は無罪放免だ。まあ、考えうる限りでは、かなり温い方だと僕は思うよ」
裁判は面倒ですが、いるフィセリーが以前私にしたように責任追及されなかったのは幸運です。まあ、あちらとしても私が見たことや携わっていたことは隠しておきたいことのはずですし、恐らくですが私が多くの有力な冒険者と繋がっていることも知っているのでしょう。衝突したら、どちらも無事では済みませんね。
「君は、知人に感謝するべきだろうね」
「ええ。本当に……持つべきものは――。いえ、なんでもありません。それが、私に関することですか?」
「そうだね。まとめれば、ルミスちゃんは研究所をクビ。そして後日裁判所に出頭。ということだね。じゃあ、なんで君がここに寝ているか……ということだけど、それは彼女から話してもらった方がいいだろう」
彼女?
フィセリーのその言葉を聞いて、私は彼の顔を見ます。すると、彼は目線で扉の方を見る様に伝えてきました。怪訝に思いつつ、そちらを向けば、そこには一人の女性が立っていました。
かつては聖女と呼ばれ、教徒たちの支えとなった女性。
その柔和な態度と優しい微笑は、多くの教徒たちを癒したことでしょう。
しかし、今の彼女は……シシル・ホワイトベルは、そんな表情をしていません。
氷のように冷たい目をして、まるでゴミを見るかのように見下して、まるで彼女の背後から吹雪が吹き荒れているような、背筋も凍るような寒気を感じます。
私がそんなシシルを見て……何も言えません。ただ、唾を飲み込むことしかできません。今まで共同生活をしてきた中で、一番怒っている様子のシシルです。薄らと浮かべている笑みが、たまらなく怖いです。
気づけば、フィセリーは部屋の隅まで退避していました。
彼はあくまで優雅であり、余裕のある笑みを浮かべています。しかし……その笑みがどこか引きつっていることから、彼も実は余裕が無いように見えますね。戦いから身を退いたとはいえ、やはりシシルは最強の探究者と呼ばれた女性なのです。今、この部屋に渦巻いているのは、彼女の恐ろしいほどの激情による魔力の奔流であり、その渦中にいるのですからフィセリーもびびっているのでしょう。
私も、ですけどね。
ドン。
と、シシルが一歩踏み出し、私の部屋に入ります。
「おはよう、ルミス」
「はい……。おはよう、ございます」
そして、また一歩。
シシルが歩きます。
「調子はどう?」
「身体が動かない以外には、とくに……」
続けて、一歩。
シシルが近づいてきます。
「ああ、それなら大丈夫よ。身体が動かないのは知ってるから」
「え? そ、そうなんですか? ど、どうして?」
最後の、一歩。
シシルは私の傍に立ちます。
そして、私の頬に手を添えて、彼女は言います。
「だって、あなたの身体を動けなくしたの、私だもの」




