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冒険は武器屋から  作者: 真空
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駆け出し勇者たちと武器屋 (4)

 パポンのドロップキックが馬鹿に当たった後、私と彼女は真面目に依頼の手続きを行っていました。ちなみに、その馬鹿は管理局の選任治癒師のところに運ばれて治療を受けている最中です。割と瀕死に近いダメージを負っていたようです。さすがは少女とはいえど獣人。凄まじい身体能力ですね。


「報酬はどうする?」

「そうですね……。相場の二割増しでお願いします。スピード優先なので。ただ、ヒートホースだけは五割増しで。必要素材以外は管理局と冒険者のみなさんの好きに扱ってもらって大丈夫です」

「りょーかい、りょーかい。相変わらず、ルミスはガンガンお金使うねぇ。報酬金はルミスのカードから引き下ろすよ」

「はい。よろしくお願いします」


 私はパポンに【冒険者の証】であるカードを手渡すと、彼女はそれを受け付けにある魔水晶にかざします。すぐに青白い光子が間に発生し、魔水晶に数字や文字が浮かび上がってきます。


 このカード、実は様々な役割がひとつにまとめられた便利品なんですね。壊れやすい癖に。


 冒険者のみなさんは出来るだけ荷物を少なくして旅をするわけですから、財布やらあ証明書やら面倒なものは全部ひとつにまとめちゃおう! ってことなんでしょう。

 今は、私が管理局へ預けている貯金から、今回の依頼の報酬を払う手続きを行っているわけですね。

 ちなみに、私の全財産はすべてここに貯金されており、つまりはあのカードが私のすべてというわけですね。あれを紛失したり、誰かに盗まれたりしたら、私は無一文ということです。壊れてもだめですよね、壊れやすい癖に。


 数分後、魔水晶が少し強い光を放ち、手続きが終了したこと示しました。

 パポンも確認し、私にカードを返してきます。


「相変わらず、すごい貯金額だね。…ルミスになら、パポン、買われても、飼われてもいいよ?」

「今のところ、獣人族の奴隷を購入する必要性はないですね。それに、友人を飼う趣味もありません」

「優しいルミス大好きぃ!」


 テンション上がりまくってますね、パポン。

 上目遣いで誘ってくると思いきや、いきなり両手を上げて喜ぶんですから情緒不安定にもほどがあります。いきなりタクマを蹴ったのもびっくりしましたからね、私。ていうか、これから冒険に出る冒険者に重傷を負わせるっていうのは……管理局として問題なのではないでしょうか。


「じゃあ、早速依頼を貼り出しちゃおうかなー!」

「あ、ちょっと待ってください」


 彼女の暴走をぴこぴこと動いているウサ耳を掴むことで止めます。人間でいう、耳を掴まれたと同じような感覚でしょうから、パポンは「ふぎゃっ!」と驚き、身体をびくりと震わせました。

 落ち着いたでしょうか……?

 そう思ったのですが、彼女は逆に腰に手を当てて、ぷりぷりと怒ってきました。


「もう! ルミス! 白兎族の耳を掴むだなんて、ルミスじゃなかったら蹴ってたよ!」

「す、すみません。……因みに、これは白兎族ではどういった意味になるんですか?」

「え? うーん、人間にわかりやすく伝えるなら、女性の胸を触るのと同じくらい失礼にあたるかな」


 それは本当に申し訳ありませんでした。

 と、深々と頭を下げました。

 確かに、それならば蹴られてもおかしくないですね。


「別にいいよ、謝ってくれたし。……でも、パポンもいつかルミスの胸に顔を……ぐへへ」


 謝ったのが馬鹿らしくなってきました。小さい声で言ったつもりでしょうが、全部ちゃんと聞こえちゃってますよ。というか、もしかしてタクマに嫉妬しているのでしょうか。私は好きでやったわけでは……この場合の『好き』は恋愛感情の好きではないですよ? やりたいかやりたくないかでいう意味合いの『好き』ですよ? 勘違いしないでくださいね。それに、あれはあれで恥ずかしかったのですから、少なくともこんな衆人観衆の面前では二度とやりたくないですね。


「ルミス、試しに私を抱きしめてみない? ほら、私って毛がモフモフで気持ち良いと思うよ! 

「いいから、仕事に戻りましょうよ。私もあなたもプライベートじゃないんですから」

「うっ……ご、ごめんなさい。それで、何かリクエストでもあるの?」


 これで本題に戻れます。

 無駄話が多すぎたような気がしますが、全ては場と風紀を乱したタクマのせいでしょう。やはり、あの男の報酬はなしでいいようですね。

 まあ、気を取り直して話を進めましょう。


「依頼を受けた方々に、冒険に出る前には私の店に立ち寄るようにお伝えできませんか? 強制はしませんが、武器の手入れなどをサービスさせて頂きますので、ぜひと」

「おおっ! ルミスのサービスならポイント高いよ! わかった、伝えておくよ。ついでに武器屋アーチェリアの宣伝もすっごいしとくね! 他には?」

「宣伝は結構ですよ。それで変な人が来たらそれはそれで嫌ですし。要望はそれだけです。それでは、よろしくお願いします」


 私の言葉に「任せといてよっ!」と元気に返事するパポン。私はそれを見て安心すると、足先を出口へと向けます。明日には何人かの冒険者が店に来るはずですから、その準備をしなくては――と、思ったところで、私のお腹から食べ物を要求する主張が始まりました。

 つまりは、盛大にお腹が鳴りました。

 あ、今日、朝食以外何も食べていませんね、私。

 後ろを振り向くと、パポンが必死に笑うのをこらえているのが見えました。どうやらパポンには私のお腹の音が聞こえていたようです。まあ、ウサ耳ですからよく聞こえたでしょう。


「ご……ご飯、食べていけば……?」

「……そうですね」


 このままだと、倒れてしまいそうですし。

 その後、二階の酒場(二階へと続く階段がないため、上から梯子を降ろしてもらいました。私専用です)夕食を取り、シフトが終わったパポンとしばらく談笑し、次々と冒険者の皆さんが集まってきて、色々あって宴会になりまして……結局、店に帰ったのはその日が終わった深夜のことでした。







「おはよう、ルミスさん!」

「おはようございます、タクマ」


 翌日の来店一号はタクマでした。

 スーちゃんからボコボコにされたときの怪我と、パポンの殺人キックの重傷から嘘のように快復しており、それはもう晴れ晴れしい笑顔で店に入ってきました。ギルドの選任治癒師さん、いい仕事をしますね。


「もう向かうのですか?」

「勿論! いてもたってもいられないし、早く行けるなら早く行こうって思ってさ! おっさん二人も『俺たちに任せろ!』ってやる気満々だし、絶対上手くいく気がするよ!」


 どうやら、パポンに任せた(勝手にされた?)行動がモッケとユッパの闘志に火を点けたようです。常識的に考えて、私が涙を流しながら懇願する姿が想像できますかね……。予想外のことに驚きますが、それを態度にして表すことはしません。しかし、二人は店に顔を出さないようですし、やはり私が苦手なんでしょうね。なにせ、借金まみれですからね、あの人たち。


「それじゃあ、タクマ。剣を見せてください」

「ん、よろしくお願いします!」


 タクマは背負っていた剣を鞘ごと私に渡してきました。

 ずっしりと重い感触が伝わってきます。


 タクマの剣――【挑戦者の剣】チャレンジャーズ・ソードは、私が創ったタクマ専用の剣です。いえ、実は思いつきで考えた武器だったのですが、予想以上に彼の性格と合っているので彼の専用武器に仕立てあげたのが実際のところです。


 【挑戦者の剣】

 これは、相手の実力が自分より格上だと認めたときに真の効果を発揮する剣です。すこしでも相手の実力差を埋めるために、剣自体の性能と使い手の潜在能力を引き上げることができます。そして、その力はときに相手を上回り、大番狂わせの【大物喰らい】ジャイアント・キリングを巻き起こします。少しでも相手のことを舐めていたり調子に乗っていると、剣は応えてくれません。自らの弱さと向き合い、相手との力量差を認めることで強さが手に入るのです。

 タクマは弱いです。ですが、その弱さが今回の討伐の決め手になると判断しました。通常の性能では切断できない角も、彼が挑戦し続けることでその威力を増していくでしょう。現状、それしかあれを切断する術はありません。

 ちなみにこの剣の名前こそタクマに教えましたが、その能力に関しては全く教えていません。

 前に言った通り、色々と考えさせてしまうと駄目になるタイプだと思ったので。


 鞘から剣を引き抜くと、鍔に赤く小さな魔水晶が取り付けられたロングソードが姿を現しました。無駄装飾は一切なく、市販のロングソードと違うのはその魔水晶のみです。

 刀身には刃毀れや汚れが一切見えません。柄の部分のグリップも自分様に巻き直されており、しっかりと手入れしているのがわかります。


「偉いですね。私のいいつけ通り、きちんと手入れしているようです」

「だって、命を預けるものだもんな! それにルミスさんから貰った物なんだから大事にしないと」


 褒められたのが嬉しかったのか、胸を張って自慢するように言います。

 これがなければ可愛らしいんですけどね。


 鍔部分の魔水晶に手を当てます。どうやらタクマの魔力を十分に吸収して、彼専用の武器として着実に生まれ変わっているようです。自分の子供が元気に育っていくような感覚に、私もつい嬉しくなってしまいます。すると、そんな私に剣は気付いたのか、魔水晶は微かに光りました。

 ええ。頑張って下さいね。あなたとタクマならきっと大丈夫のはずです。


 私は鞘に剣をしまい、タクマへと手渡します。

「お待たせしました。私が手入れをする余地もありませんでしたね。それでは、御武運を」

「うん、それじゃ!」


 冒険に向かう男に対し、これ以上の言葉は不要と思い、私はそれ以上のことは言いません。





 それからも私の依頼を受注した冒険者の方々が次々にいらっしゃいました。やはり、相場の二割増しの効果はすごいですね。我先にと依頼を受注しているようです。

 冒険者の方って、結構、個性的な人が多いんですよね。独自のこだわりであったり、世界観であったり、一般人の私としては首を傾げてしまうほどに、よくわからない人がいっぱいいるんですよ。

 この人は、とくにキャラが濃いんですけどね……。


「ククク……今宵も、私の【聖なる楔】(ホーリーウェッジ)によって、世に彷徨う邪悪なる闇の化身たちを葬ってやろう。そう、奴らの終焉の刻はすぐそこまで近づいてきているのだ……! ククク……」

「はいはい。わかりましたから、早く武器の手入れをさせて下さい」

「よかろう……。丁重に扱うが良い。私の聖なる楔は天使イザナエルが与えて下さった、天界の宝具! ただの人間が下手に触れれば……待っているのは永遠の苦痛だぞ…」

「ただの【聖職者の槍】(プリースト・スピア)でしょう? 何が聖なる楔ですか。天使イザナエルが与えた天界の宝具? そんなものがあったらぜひ見たいですね」

「ククク……さては、貴様、信じていないな? ならば、見せてやろう……。この右手の封印されし悪魔の印を……。さあて、取っちゃうぞー、包帯を取っちゃうぞー」


 見せたいのならば、さっさと見せれば良いのに……。

 なぜ、チラチラと私を見ながら、ゆっくりと包帯を解こうとしているのでしょう?

 思春期の病気もほどほどにして下さいよ。


 右腕に包帯、左目には黒い眼帯、そしてその白髪は、空間中にある何かを求めて手を伸ばすように不気味に逆立っています。ボロボロの黒い神父服に身を包んだこの人の名前をリオンといいます。どうやら教会を追われた元聖職者らしく、専門は悪魔祓いだそうです。なにをして教会から追放されたかは知りませんが、その言動のせいではないかと、私は勝手に思っています。

 武器として扱っている聖職者の槍は、教会が支給する悪魔祓い用の武器です。信者たちが一晩祈り続け、聖なる加護を得た【聖祈石】から鍛えられる十字槍であり、そこにあるだけで悪魔や幽霊といった邪なる者を退ける力があります。


 早速、槍の手入れを行います。

 リオンさんはかなり槍を乱暴に扱う人らしく、至る所に刃毀れと魔物の血の跡が残っています。武器が可哀想にではありますが、ひとまずはこの子を綺麗にしてあげましょう。工房の奥に行けば専用の研磨機があるのですが、この人を放置するのはあまりにも怖かったので、手元にある砥石で刃部分を研ぎます。その後、血や油分を洗い落として……やっと綺麗になりました。


 綺麗になった十字槍を受け取ったリオンさんは、その生まれ変わった刃に「ほお……」と感心していました。そうそう。綺麗になったその子はそんなにも美しいんですから、これからは手入れをしっかりとお願いしますよ。

 私の念が通じたのか、リオンさんは「ククッ」と愉快そうに笑う。

 その直後に、あ、伝わってないなと確信しました。


「貴様、私の聖なる楔に気に入られたようだな?」

「そうでしょうか。喜んでいるようではありますが、まだ仲良しといったわけではありませんよ」

「ククク。なるほど、貴様も力を隠しているわけだな? そういうことであればこれ以上の詮索はやめておくとしよう。では、世話になったな【紅の武器職人】(クリムゾン・スミス)よ! また会おう! ククク……クーハッハッハッハッハ!」


 高笑いをしながら、リオンさんは店から出て行きました。

 悪魔祓いというのですから、恐らくはフレイムガイストの心霊痕の依頼を受注した人だとは思いますが……、なんというか、掴めない人ですね。ていうかなんですか最後の奴。髪が紅いからですか? それで紅の武器職人(クリムゾン・スミス)って恥ずかし過ぎますよ。






 静かとなった店内とは違い、外には夕方を知らせる鐘の音が鳴り響いています。

 今日も一日が終わり、私の店も閉店時刻です。

 依頼を受注した人の武器の手入れをして、空いた時間には杖に必要な小道具の準備をする。それだけであっと言う間に時間が過ぎてしまいました。忙しいのは嫌いじゃないですが、今日はリオンさんのようなキャラの濃い人たち(とくにリオンさんはその筆頭です)とたくさんお会いしたため、精神的に疲れ果ててしまいました。雑な仕事はしてるつもりはありませんが、最後の方の冒険者の皆さんへの対応がちょっと冷たかったかもしれませんね。

 反省です。


 何はともあれ、これで全ての依頼が受注されたことを確認できました。

 明日からはお店も落ち着くでしょう。


 気になるのは昨日のタクマの言葉。

 カナタさんは魔力を制御できずに暴走事故を起こしたということ。

 常識的に考えて、それはありえないことなんですよね。


 カナタさんが使っていたのは初心者用の杖です。確かに粗雑な造りではありますが、初心者のことを考えて設計された部分もあり、それが【安全装置】(セーフティ・ロック)です。これは、使い手が魔力の制御に失敗したことを感知した瞬間に、杖としての性能を一時的に失うといったものです。魔術とは杖による魔力制御によって発動するものです。しかし、杖がその性能を失えば魔力を体外に放出する術は無くなり、暴走事故なんて起こるわけがないんです。

 先日、カナタさんの杖を見たときに、魔水晶の破損は見つからず、どこにも不具合はありませんでした。つまり、杖の安全装置は完全に働いていたということです。

 しかし、現に暴走事故は起きている。


 考えられるとしたら、魔力を杖なしで制御した……ということでしょうか。


 ありえない話ではありません。

 天性の才能を持つ方であれば、一ヶ月もあれば杖なしの魔力制御も可能でしょう。しかし、カナタさんにはその才能があるとは思えません。ましてや、規格外の魔力値の高さ。あれで杖なしの魔力制御を行えるとしたら……それは、人間とは呼べない存在です。


「この謎を解くカギは、やはりあの紋様でしょうか」


 誰もいない店内には、私の独り言だけが響き渡り、それに対して大通りから聞こえてくるにぎやかな喧騒が、なぜかとても不快に聞こえてきます。

 先のわからない不安からか、どうにも落ち着きません。


 紅い茨に、ひび割れた太陽。


 きっと何か意味がある筈です。

 彼女自身が抱えている、秘密の何かが。


 

本来、『武器職人』は"Armourers"という英単語なのですが、本編では語感を重視して"Smith"を選びました。そのため【紅の武器職人】でクリムゾン・スミスという呼び名となっております。

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