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冒険は武器屋から  作者: 真空
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学校と武器屋(17)

 遅くなってしまい申し訳ありません。

 自分でも困惑するくらいに難産でした。ところどころ、文章がおかしいかもしれません。


 蔑ろにしていたわけではありませんが、念入りに店内を清掃します。いつもはルーチンワークでそれとなくやってしまいますが、今日に限っては掃除が楽しくて仕方ありません。部屋の隅、台の上、飾り武器の一本まで、浮足立った気持ちで磨いてしまいます。


 今日は久しぶりの『武器屋アーチェリア』の営業日です。

 勿論、教師の服装ではなく、いつもの橙色のドレスにブーツ、そして白いエプロンの格好です。シシルがコーディネイトしてくれたあの服が嫌いというわけではありませんが、やはりこちらの方が私という気がします。別段、気が引き締まるなんてこともありません。

 ようするに、いつもの自分が懐かしいのです。


 一連の準備を終えて、最後に木板の看板をひっくり返します。

 そこに書かれた『武器屋アーチェリア』の名前を見て、頷きます。

 これが、私の自慢の店です。


 といっても、やはりお客様なんて全く来ません。

 ずっと店を閉めていたので、もしかしたら潰れた? なんて思われている可能性もありますが、まあそこは気長に足を運んでくれるのを待ちましょう。面倒くさいので客引きなんてしませんし、それに私が店を出ると誰も接客とかできません。それに、私の店はオーダーメイドが基本なので、やはり私がいないと商談が始まらないのです。


 ……でも、もし真面目に働いたら、一千万とか余裕で稼げるんでしょうかね?

 本音を言えばですよ? これは、まあ私の心の中だけの話で留めておきたいんですけど、例えばカナタさんの杖、【純白の聖灯(ホワイトルクス)】があるじゃないですか。あれって、私の都合だったりして無償で提供したようなものですが……。実際のところ、それまでの苦労だったり、素材費用だったりを踏まえてきちんと請求したら……五百万とかいくんじゃないですかね?


 だとしたら、国軍に私を売らないで、真っ当に働くという手もありました。

 まあ、そんな法外な金額で武器を売ることは絶対にしませんが。


 結局、自己満足ですしね。

 その人のために、自分がどんな武器を創ってあげられるのか。

 その人のための、特別な武器になるのか。

 それに金額なんて……些細な問題です。


 流石に一千万はありませんけど、私にも十分な蓄えがありますしね。 

 しばらくは……文字通り骨身を削って、心血を注いで武器創りに励みましょう。






 その日の昼下がり、武器屋アーチェリアの復活記念日に訪れるお客さんがいました。

 膝の上のスーちゃんは、自分の意志で私の身体を伝って床の方へと移動します。どうやら、前にフィセリーが来たときのように放り出されたのがショックだったようで、それならば自分の意志で動くことにしたようです。

 可愛いやつです。


 そんなスーちゃんの成長に感動しつつも、私はいつものように出来る限りの笑顔で「いらっしゃいませ」とお客様に挨拶をします。しかし、すぐに私の表情筋はいつものような無表情に戻りました。入って来たその人が顔見知りだというのもありましたが、この子に対しては肩肘張ったって意味がないことをよく知っているからです。


「遊びに来たぜ、ルミスさん」

「これはこれは……いらっしゃい、タクマ」


 能天気に笑うタクマが、そこにはいました。

 相手がタクマだとわかったスーちゃんも、意気揚々として台所の方へと消えていきます。恐らく、いつものようにお茶を淹れてくれるのでしょう。ありがたい限りです。


 私もタクマも、何も言わずに応接間に向き合って座ります。

 それがいつもの流れでしたので、互いに示し合わせることもなく、自然と落ち着きます。


 タクマは首を傾げながら、店の奥の方を覗き込んで言いました。


「シシルさんは?」

「ああ、彼女はまだ勇者学校の養護教諭してますよ。私と同じように辞めるかと思いきや、続けているのですから意外です。根は真面目なので、ここで暇な時間を過ごしているよりは勇者学校で働いてる方が有意義だと考えたようです。シシルらしいといえばらしいですが……ちゃんと出来ているとは思えません」


 私の言葉に、タクマは遠い目をしていました。

 彼はシシルのことが苦手なので、勇者学校にずっといると知って身の危険を感じたのでしょう。そういった態度を取ると、逆にシシルに襲われるというのに……学習能力のない奴です。


 しかし、シシルが学校にいるという事実を考えると、奇妙なことがあります。それは、目の前にタクマがいるという現象なんですけど……。思い切って訊いてみましょう。


「前々から気になっていたんですけど、あなたは授業に出なくて良いんですか?」

「ん? 管理局からの依頼を最優先にして良いって言われてるし、合法的なサボタージュ生活をしてる。何もない日はちゃんと出席してるよ。ルミス先生」


 うっ……。先生呼び?

 タクマの前で動揺してしまいました。

 具体的には、スーちゃんが持って来たお茶のカップを倒してしまうくらいには、動揺していました。心がざわざわします。あれです。あの日、タクマがカイトを追い詰めていたときのシーンが、フラッシュバックします。冷静に見つめ直すと、この男って意外と私に感謝しているんですよね。


 普段はそんなことを絶対に言わないというのに、ああいうときだけ……卑怯です。

 ですが、あれのおかげで……タクマの言葉のおかげで、私は自身を見つめなおすことができました。


 国軍と交渉して、早急に借金を返そうと思ったのも、あれがきっかけですね。

 なんというか……そこまで認めてもらっている自分が、いつまでも借金で雁字搦めになっているというのには……あまりにもダサすぎましたからね。フィセリーに対する嫌がらせも含めて、首尾は上々だったといえるでしょう。


 つまり、今回の物語は……タクマのおかげで無事に終わったのでした。

 認めたくありませんが、事実です。


「それで……今日はどうしたんですか?」

「ん? なんで先生やめちゃうのかなって思って、それを訊きに来た」


 何食わぬ顔で、堂々とそういうことが言えるのは、タクマらしいともいえます。

 しかし、それはすでにマルンさんに話したことです。ここで繰り返し説明するのは、無駄というものでしょう。私の考えがタクマに理解できるとも思えませんしね。

 

 それに、完璧にやめたわけじゃ、ないですし。


「ん? どゆこと?」

「……本当はやめる気満々だったんですけどね。マルンさんの説得に絆されてしまいました。あんなに情熱的な先生がいて、あなたたちは幸せですね」


 あの日。

 あの宴会の日に、私はマルンさんに提案されました。

 非常勤講師という形で、私たちと一緒にいてくれないかと。

 それは、つまりシェルミさんと同じように、定期的に学校に行って教鞭を執るということです。それでは、やめた意味がないのではとも思いましたが、マルンさんの熱心な姿勢に根負けしてしまいました。

 

 まあ、いいでしょう。

 結局、暇なんですから。

 それに……せめて、そういう形であの子たちの行く末を見守るというのも……悪くないかもしれませn。


「だから、たまに遊びに行きますよ。そのときは覚悟してて下さいね」

「ふふん。学校での俺のかっちょいい姿を見たら、ルミスさんも俺のことを惚れ直すと思うぜ」


 惚れてませんし。

 惚れません。


 しかしこれも良い機会です。

 タクマと二人きりというのもなかなかないことですから、一度訊いておきましょう。最近は、そういった話題が多かったのもありますけど、本当のところ彼が何を考えているのかちょっと興味が沸いて来ました。


「ねえ、タクマ。あなたに好きな人っているんですか?」

「え? ルミスさんだけど?」


 ん?

 待て待て。

 私の耳がおかしいのかもしれません。

 念のためにもう一度訊いてみましょう。


「ねえ、タクマ。あなたに好きな人っているんですか?」

「え? だから、ルミスさんだって」


 ……………。

 はっ。

 ついつい、心の中だというのに沈黙してしまいました。

 この馬鹿、なんて言いました?

 私のことが……好き?

 いやいや、絶対違いますってありえませんし。あれですよ。マサヨシのように、私をからかって……いや、マサヨシの態度が本気じゃないとは限りませんけど、むしろ本気のような気もしますけど……! でも、タクマが? てか、待ってください。何だか、最近、私……。


 モテ過ぎてません?

 一生に何度かあるというモテ期という奴ですか……?

 なんだか怖いです。


「ルミスさん?」

「あっ。……あーっと。どうかしましたか、タクマ」


 いけません。

 どうやら、急なことに対応しきれずに私は現実逃避を始めようとしてたようです。ぼーっとしてたところろ、タクマに声を掛けられました。まあ、目の前で唸っている人がいたら、そりゃあ心配になりますよね。


「どうかしたっていうか……なんていうか、深刻そうな顔だったから。大丈夫? ルミスさん」

「問題ないですよ。全くの、無問題です」

「そっか。じゃあ話の続きなんだけどさ。俺の恋人になってくれない?」

「すいません。問題ありすぎました」


 なんですか、この直球男は!?

 ストレートしか投げれないんですか?

 もう少し、段階を踏むとか、言葉を選ぶとか、空気を読むだとか、雰囲気を考えるだとか……! そういうことを言うための、準備とかあるでしょう!


 主に、私の心の準備が出来てませんけど!


「なんていうかさ、そういうのが面倒くさいから、俺は真正面から突っ込むことにしたよ。ルミスさんを狙っている人多そうだし、やっぱり先手必勝だぜ。でもまあ、安心してよルミスさん。返事はいらないから」

「え? いや……その……どうしてですか?」


 タクマからの予想外な言葉に、私は首を傾げます。

 助かったといえば助かりましたが……あれ? 待って下さい。今、私助かりましたとか言いました? 今まで、そういったことは一蹴してきたはずなのに?

 ………精神衛生上、深く考えるのはやめましょう。


 何はともあれ、タクマは言います。

 朗らかな笑顔で、実に嬉しそうに。


「まあ、一番は、ルミスさんってそこらへんが子供だから、絶対にすぐに返事できないだろうなっていう確信があったんだけど。わっ! ちょっ! 怒らないでよ! 待って! スーちゃんを投げるのだけはやめて! それはまずいっす! ………ともかく、俺は気持ちを伝えられただけでいいの。それで、どうするかはルミスさん次第なんだから。もし、俺のことが気になるなー、好きかも! って感じだったら返事欲しいけど、でも……そういう感じも無さそうだしな」


 タクマは席を立ちます。

 脇に置いた【挑戦者の剣チャレンジャーズ・ソード】を手に持ち、それを私に見せます。よく手入れもされており、大事にしてくれていることがわかります。

 私が、彼に渡した剣です。


「今は、この剣に恥じないような立派な冒険者に……いや、勇者を目指す。そしたら、きっとルミスさんも俺に惚れるだろうしな! へへっ。勇者のお嫁さんだなんて、全世界の女の子の憧れだぜ? 幸せ者だなあ、ルミスさんは!」


 そう言って、私の制止も聞かずに、彼は店を出て行きました。

 出て行くというより、駆け出してたという表現の方が正しいくらいに、猛烈なスピードで行ってしまいまっした。結局、彼は何がしたかったのか……いや、それは明白なのかもしれません。


 そして、彼はその目的を遂げたからこそ、消えたのでしょう。

 立ち去ったときの顔は見えませんでしたが……案外、顔真っ赤だったりして。

 そう考えれば、案外可愛いところがある奴です。


 あ、ちなみにこの物語に恋愛沙汰はありませんよ。

 期待した人、ごめんなさいね。


 でもまあ……それも、嘘かもしれません。

 私ってば、嘘吐きですから。


 これにて、学校と武器屋は完結です。

 学校……? という感じもしますが、そこはスルーして頂けると幸いです。

 次回は、久しぶりの閑話の予定です。

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