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冒険は武器屋から  作者: 真空
41/78

学校と武器屋(14)

 お待たせしました。

 本日より更新を再開します。


 それから。

 教室での二人の喧嘩を仲裁してから、立て続けに人が来ました。


 真っ先に来たのはマルンさんです。

 鬼気迫る表情で教室の扉を開けたかと思うと、机と椅子が粉々になってい惨状と、二人が倒れている現状、そしてその間に私が立っている状況に唖然としていました。しかし、やはりこの学校の教師を務めているだけあって、しっかりとしています。


 二人の無事を確認すると、私に問い掛けます


「どういうことですか……?」

「…………」

「何があったのかを訊いているのですが……」


 その声色から、私を責めているわけではないことがわかります。ただ、本当に何があったのかを、事実確認したいだけのようです。しかし、私も実のところ疲れ果てておりまして、今すぐにでも倒れそうなところでした。

 そんなときに、大体私がピンチのときに背中を支えてくれるのがシシルでした。


「まあまあまあ、マルンさん落ち着いて、ね?」

「シシル様……?」


 先ほどまでの弱っていたシシルとは違い、人一倍元気そうなシシルが私の後ろにいました。

 考えてみれば、彼女は【再生】の魔力があるので、あの程度の怪我は怪我にならないのでした。だとすれば、わざと弱ったふりをして、私が二人の戦闘を止める煽ったということでしょうか。それは、あまりにも……自己犠牲が過ぎるというものです。


「ルミスも限界だし、倒れている二人も限界だし、詳しい話は私が後で話すわ。まずは、三人の治療をさせてもらっていいかしら? とくに子供たちはもう意識ないわよ」

「ええっ!? ああ、本当です! お、お願いしますぅ、シシル様ぁ! 私の頭を踏んでいいですから! お願いします、子供たちを助けてくださぁいぃぃいいぃい!!」


 なんと言いますか……締まりませんね。


 実のところ、私の外傷はありません。

 限界というのは、体力と集中力です。

 あの一瞬の攻防で、私の身体は指ひとつ動かせない状況に陥りました。明日は筋肉痛がひどいことでしょう。ちなみに、思考も定まりません。見たものを把握するくらいの思考能力しか残されていません。


 シシルの判断のもと、私は教室の隅に座らせられました。

 そのため、その後の一部始終を見ていました。


 次に来たのは校長先生です。

 自分以外のことなどどうでも良いと思っていそうな校長先生が、教室の扉を破壊しながら入ってきたときには、マルンさんもシシルも悲鳴を上げていました。二人に叱られながらも、子供たち二人を担いで保健室へと運ぶ姿は、まさに教育者の鑑でしょう。ちなみに、まだ【加重】の魔刻字(ルーン)の効果は続いているため、一人当たり二百キロ近い重さがあったのですが……それを軽々持てる校長先生は流石です。ていうか、まだ余裕ありそうだったので私も保健室に運んでもらいたかったです。


 そして、遅れて現れたのが意外にもマサヨシでした。

 シシルと校長先生は保健室へと行ったため、マルンさんが教室の後片付けをしているところでした。後片付けといっても……まだ使えそうな物品ともう壊れて使えない物品を仕分けている感じです。


「ふむ。手伝いましょう、マルン先生」

「ああ、これはこれは。ありがとうございます」


 マサヨシは軟派なところもありますが、やはり根は真面目です。

 彼は熱心にマルンさんを手伝い、迅速に作業を終わらせていきます。もしかしたら、自分が椅子や机を壊すことが多いから慣れているのかも……と、邪推してしまいますが、そんなことはないでしょう。


 まるで嵐でも吹き荒れたかのような教室が、整然としました。

 いえ……単純に物が少ないということもありますが、それでもマルンさんとマサヨシの働きが見事だということでしょう。

 すべての片付けが終わった後に、マサヨシが私に近づいてきました

 そして、深々と頭を下げたのです。

 

「ルミス殿、この度は俺の友人がご迷惑をお掛けしました」

「……あなたが、謝ること……では、ありませんよ。それに、二人の喧嘩はシシルと……私にも、責任があります。謝るのは、私の方かも……しれません……」


 なんとか喋ることができました。

 私の正面に立つマサヨシは、頭を横に振って、私の言葉を否定する身振りを見せます。


「何を言うのですか。それに、そうも悲観的になる必要もないでしょう。こんなのは、ただの子供同士の喧嘩です。学校ではよくあることでしょう? こういうときは、喧嘩両成敗にして、誰が悪いだとかどちらが善いだとか……そういうのを有耶無耶にするに限ります」


 私よりも、ずっと達観した考えを持っています。

 それはある意味問題の先送りとも言えますが、時間が解決してくれる問題もあるということでしょう。とくに、サバサバした性格のミズキさんや暴力での対話を好むカイトにとっては最適かもしれません。


 案外、明日には平気に会話する二人の姿が見られるかもしれませんね。


「ねえ……マサヨシ。訊きたいことが、あるんですけど……正直に話してください」


 カイトとの会話を経て、シシルからの説教を受け、私には私がわからなくなっていました。そもそも、スグハの残りカスである私にとって、自分の『個』というものが不安定であります。この思想だって、性格だって、矜持だって、私のものであると断言できる自信が……ありません。


 だからこそ、他人からの言葉を頼ります。

 第三者からの認識を、印象を、自分の存在として認識することで、私は私でいられます。

 そのため、質問の内容はこうなります。


「あなたにとって、私はどういった存在……ですか?」


 いきなり訊かれても、困ることでしょう。

 しかし意外にも、私よりもずっと子供のはずのマサヨシは即答しました。もしかしたら、彼の中でその答えはすでに決まっていたのかもしれません。実のところ、彼の性格上、ふざけた答えを返すのではないかと思っていました。それこそ、『ルミス殿は俺の未来の嫁ですよ』なんて言うかな……とか、想像していたのですが……裏切られましたね。


 その場に膝を着き、項垂れる私と目線を合わせて彼は言います。

 

「ルミス殿は、俺たちの教師です。しかし、それ以前に一人の武器屋でもあります。授業を通してもそれがよくわかりました。武器のことを語るあなたの姿は、とても輝いていた。だからこそ、俺は言いましょう。あなたは俺たちが誇る教師であり、そして……冒険者を支える武器屋だ」


 私が何かを言う前に、マサヨシは私を抱え上げました。

 それに抵抗する力もなく、そのまま彼の背中に落ち着きました。


 私、今、教え子に背負われています。

 なんでしょう、すごい恥ずかしいです。


「こんなところにずっといても仕方ありませんし、俺が保健室まで送りましょう。ああ、メルヘン少女と夢見がちな不良は任せてください。煩くしたら俺が捻ります」

「……いえ、大丈夫です。実は、説教の途中だったんです……。私が諫めますので…」


 私の意図を察してくれたのか、マサヨシは「押忍」と一言呟いて歩き出しました。

 背中にいる私を配慮してくれているのか、静かで落ち着いた足取りです。まるで揺り籠の中で揺れているような安心感を得られます。すでに、『教え子に背負われている』といった羞恥は消え去り、心地よい眠りへと誘われていきそうに――。


「そういえば、ルミス殿は着やせするタイプなんですな。背中にそれはもう心地よい――」

「台無しですよ……っ!」


 もう少しで良い人だと思えたのにっ!

 なんでそういうところで、あのセクハラ勇者と思考回路が似てるんですか!? 仮に、その一言が私の緊張を解すためとか、重荷を軽くするためとかの冗談ならまだしも、完璧に真面目な顔でしたよ……っ!


「やっぱり、俺のタイプにど真ん中ですよ。ぜひ結婚してください」

「このタイミングで言うことですか……それ……」


 しかも決め手がバストって……。

 女性からしたら、最悪な印象です。マサヨシはこの世界の生き方とか戦闘訓練の前に、女性との接し方を覚える必要がありそうです。私ならまだ温厚に済ませますが、シシルのような苛烈な女性相手だと最悪殺されますから……。


 気付けば保健室の近くまで来ており、私はマサヨシに「降ろしてください」と頼みます。流石に、こんなに情けない(シシルがみたら面白い)姿で中に入るわけにはいきません。なんとか立って歩けるところまでは快復したようなので、自分の力で辿り着くことにします。


「ありがとうございました、マサヨシ。助かりました」

「礼には及びませんよ。俺も堪能させて頂きました」

「私が全快の状態ならば、あなたは今頃床に這いつくばってます」

「それがルミス殿の愛の鞭なら耐えられますとも。愛が無くては、意味がないですがね。それでは俺はこれで」


 そう言ってマサヨシが翻り、私も保健室へと入ろうとしたところで、背後から「そうそう」と声を掛けられました。相手は別れたばかりのマサヨシであり、何かを思い出したように手を打っています。


「あいつらが煩くしたら俺が捻るとか言いましたが……実のところ、その必要はないです」

「それは……彼らが気を失っているからですか?」

「いや、もう元気ですよ。体力は戻っていませんが、怪我は治っています。さっき、教室に寄る前に確認して来たので、今はもっと元気かもしれませんが……元気かもしれませんが、少なくとも無事じゃないです」


 はて?

 煮え切らない言い方です。

 どういうことでしょうか。

 私の腑に落ちない表情を感じたのか、マサヨシは「入ればわかります」とだけ言って去りました。なんというか、この場から逃げたいような気もします。では、『煩くしたら俺が捻る』発言は一体なんだったんだと……思いますが、まあ彼なりに格好付けたつもりなのかもしれません。


 全然状況がわかりませんが、私を意を決して保健室への扉を開けます。


 まず目に飛び込んできたのは、保健室の隅でお茶を啜っているシシルです。

 自分の座っている空間に守護魔術を張っています。


 そして保健室の仲は散乱していました。

 壁にひびがはいり、ベッドが倒れ、布団やカーテンだった布たちが無残に破れ、観葉植物が炭になり、窓は一枚残らず割れています。


 そしてその中心、そこにカイトがいました。

 全身に包帯を巻いて、痛々しい姿をしています。

 彼は立っているわけではありません。床に仰向けに倒れて、荒く呼吸をしています。そして彼の腹の上、つまりはマウントポジションを取っている男がいました。


 ボサボサの黒髪。

 太い眉毛。

 やっと初心者用の装備を脱して、それなりの装備となった身体。

 そして、見慣れた一振りの剣。


「ルミスさんに手を出したこと……覚悟できてんだろうな、カイトくん」


 そう言って、指の骨を小気味よく鳴らしたのはタクマでした。






 私が異変と異常に気付いて急いでタクマを止めようとしたとき、誰かに服を掴まれて後ろに引っ張られました。まだ足腰に力が入らない私は、情けないですが尻もちを着いてしまいます。臀部の痛みに涙目になりながらも、私は振り返ります。


「今は入らない方が良いですよ、ルミス様」

「マルンさん……?」


 教室の片付けがすべて終わったのか、マルンさんがいつの間にか背後にいました。しかし気になるのは入らない方が良いという言葉です。状況を見れば、タクマが一方的にカイトを追い詰めているようにしか見えません。しかも、私が見たことないほどに怒っているタクマです。あれでは、もしかしたらカイトを……。


「早く……止めないとっ…!」

「まだ早いです」


 まだ……早い?

 私が何かを言う前に、保健室から怒声が聞こえてきました。


「うるせえな! お前にはわかんねえだろうよ! 呑気にこんな世界で冒険しやがってよ! お前に、俺の気持ちなんてわかるわけねえ! 俺は元の世界に帰る! どんな手を使っても、どんなに恨みを買っても……元の世界に帰らなくちゃいけねえんだ!」


 タクマの下に組み敷かれているカイトは、そう言います。

 声を荒げて、目の前の脅威に対してそう吠えます。

 恐らく、体力がない状態ではタクマには敵わないのでしょう。だからこそ、彼は憤怒の感情を露わにして、タクマに噛みつくのです。それが、今のカイトの精一杯の抵抗でした。


 対するタクマは、至って冷静です。


「そりゃ、俺は馬鹿だし頭悪いから、カイトくんみたいな天才の考えていることなんて……気持ちなんてわからないよ。でもまあ、元の世界に帰りたいっていうのは……俺もわかる」


 他でもない、タクマの。

 私を慕ってくれているタクマのその言葉に、私の胸は締め付けられます。

 彼の信頼を裏切ってしまったような気持ちになり、私はタクマを直視することができませんでした。

 しかし、彼の声は私に届きます。

 いつものへらへらとした彼とは思えないほどに、張り詰めた声色です。


「俺だって、最初はこの世界のことを恨んだよ。理不尽さを呪った。周囲には『異世界の冒険なんてわくわくするな』とか軽い感じを装ったけど、内心はすげえ苛ついてた。そんなわけねえだろ! って、ずっと怒ってた」

「……それが、普通だろ。それで、正常だろ。そこの生真面目委員長とか、あの化け物小学生が異常なんだ。何が『この世界の困っている人を助けたい』だ。気持ち悪い。そんな聖人君子のような言葉を、心の底から吐いているのが……俺には信じられない。お前もそうなんだろ、タクマ?」


 カイトの言葉に、タクマから返答はありません。

 それは……つまり、タクマがそうだと認めたということになります。

 あの能天気な笑顔の裏では、そんな怒りを宿していたことに……私はなぜ気づけなかったのでしょうか。タクマに慕われていることに、懐かれていることに、良い気になっていたのかもしれません。


 私は覚悟を決めてタクマを見ます。

 今の彼を見届けることが、私には必要だと感じたからです。


 カイトの上に、優位な状態を保っている彼を見ます。

 暗い表情をしているかと思えば、しかしタクマの表情は明るいものでした。それは、まるでカルのようないつも楽しそうな笑みであり、シシルのような不敵な笑みでもあります。

 そして言いました。

 楽しそうで仕方ない、そんな笑顔で彼は言い切りました。



「残念だけどな、カイトくん。今の俺は、この世界が結構好きなんだ」



 驚愕の表情になっていくカイト。

 それとは対照的な笑顔を浮かべるタクマ。


「ふ、ふざけんな! お前、さっきまで元の世界に帰りたいって……」

「そりゃあ戻りてえよ。母ちゃんや父ちゃんにも会いてえし、学校の友達にも会いたい。やりかけのゲームもあるし、最終回が知りたい漫画も多い。……帰りてえって気持ちに嘘はねえよ。でもまあ、それはいつか(・・・)でいいや」


 いつかでいい。

 それはつまり、今でなくて良いということ。

 今はまだ、帰らなくて良いということ。


「なあ、カイト。元の世界に帰りたいってのはお前だけの気持ちじゃない。みんな心のどこかではそう思ってる。諦めた顔をしている奴も、開き直っている奴も、絶対そう思ってる。そう思いつつも、この世界を受け入れ始めている。なんでかわかるか?」

「……わかんねえよ。そんな負け犬たちの気持ち、わかりたくもねえ」

「先生たちのおかげだよ」


 その言葉に、私の心臓が高鳴ります。

 締め付けられた茨が千切れ、心臓が鼓動を始めます。


「この学校の先生たちが、俺のような馬鹿にもしっかりと教えてくれて、心配してくれて、守ってくれてるんだぜ? 嫌な顔全くしないで、住む場所も、寝る場所も、食べるものも全部用意してくれてるんだぜ? 悪いことをしたら叱ってくれるし、失敗したら一緒にどこがおかしいのか考えてくれる。俺たちのことを、大切に思ってくれてる。心地良いだろ? まるで家族のようだったろ? ここが、自分たちの家だって感じただろ!? それは、お前だってわかんだろうがよ」


 今度は、カイトが黙ります。

 それはつまり、カイトが肯定したということ。

 タクマの言葉に言い返せず、認めたということです。


「だから、俺たちはこの世界を受け入れられた。それは先生たちの優しさと厳しさがあったからだ。それにまあ……俺はもうちょっと特別なんだけどな」


 そこで初めて、タクマが私を見ます。

 私の存在に気づいてたとこにも驚きですが、なんといいますか……彼の照れ臭そうな笑みを見るのが新鮮でした。少しばかり顔を赤くして、失敗したときのような照れ隠しのような顔です。


 それはほんの一瞬のことで、もしかしたら幻覚だったのではないかと勘違いするほどの瞬間で、目を疑ってしまいます。現に、タクマはカイトに向き直ってしました。すでに握り拳こそ解いていますが、未だに彼の上に乗ったままです。


 そして言います。

 誇らしげに、胸を張って言います。


「俺が、この世界で冒険を始めたのは、とある武器屋に行ったからだよ」


 俺の冒険は武器屋から始まったんだ。


「俺は教えてもらったよ。武器の扱い方や手入れの方法。管理局の存在や冒険者としての生き方。魔物の手強さと命を奪うってことの意味。……でも、それだけじゃねえ。俺はあの人から、この世界を冒険する意味を教えてもらったんだ。あの人は……今の俺にしてくれた恩人なんだ」


 タクマがそう思ってくれたことが意外で。

 彼の言葉に、少し心を動かされたことが悔しくて。

 それがなんだか、とても嬉しくて。


 駄目です。

 今度は……本当に見てられません。

 あぁ、もうっ!! タクマのくせに生意気です……!


 こきり。

 と、小気味良い音が聞こえます。

 それは先ほども聞いた拳の指が鳴る音です。

 

 見なくてもわかります。それはタクマがまた拳を握った音です。勿論、狙いは真下にいるカイトであり、彼を殴るために右手を握り拳にしているのでしょう。


「わかるか? カイトくん。あんたは俺の恩人に喧嘩を売ったんだぜ? 俺の大事な人に喧嘩を吹っ掛けたんだ。でもあの人は繊細で、傷付きやすくて、優しいから……俺が代わりにその喧嘩を買ってやる……!」


 これは、子供と子供の喧嘩なんかじゃねえぞ。

 そう言って、タクマは拳を振り上げます。


 私が止めようとする前に、すでにその拳は振り下ろされました。しかし、タクマの右拳はカイトの身体にを殴打することはなく、彼の胸元を掴みました。そして、そのままカイトを立ち上がらせます。見れば、すでにカイトの表情は恐怖に染まっていました。私を追い詰めたときのような、ミズキさんと相対していたときのような、怒りや憎しみといった感情は一切感じられません。


 純粋な恐怖。

 タクマという男が発する怒り、敵意、殺意、それらに対する絶対的な恐怖。

 それが、カイトの心身を締め上げていました。


「ま、待て……わかった。俺が悪かった。お前の言う通りだ。俺だって先生たちには感謝してる。嘘じゃない。ただこの世界のことを教えられて、それがまるで洗脳みたいで気持ち悪かったんだ……! もう元の世界には戻れないって言われているようで、それが嫌だったんだよ!」


 情けないほどに涙を零して、タクマに許しを乞います。

 しかし、タクマの怒りがそれで収まりません。

 自分で言うのもなんですが……その……大事な人を馬鹿にされた怒りは、そんなものでチャラになるほど安くはないということです。

 多分、一千万とか積まれても、彼は許さないでしょう。


 カイトの胸元を両手で掴み、タクマは彼を睨みます。

 そして、吠えました。


「だったら……これからはちゃんと授業を受けるんだ……なっ!!」


 頭突きです。

 タクマは仰け反けると、自分の身体を十全にしならせて、その硬い額をカイトに叩き付けました。彼は呻き声さえ挙げずに、意識を刈り取られます。タクマが手を離せば、その場に膝から崩れ落ちてぴくりとも動きません。


 それが、私を脅し、ミズキさんと喧嘩した男の末路でした。

 どうやら最後まで彼の【幸運】は続かなかったようです。

 たまたま帰って来ていたタクマに見つかったのが……彼の運の尽きでしたね。


 ところで……保健室の中心に立ち、倒れたカイトを厳しい瞳で見るタクマが格好良く見えたのは……ここだけの秘密にしておきましょう。

 また……調子に乗っちゃいますからね。

  

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