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冒険は武器屋から  作者: 真空
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駆け出し勇者たちと武器屋 (3)

 冒険者たちがにぎやかに歩き回り、決して眠りが訪れない大通り――通称【スタントラル大通り】は、街を南北に突き抜けるように広がっています。この大通りが街の大動脈だとしたら、私が店を構えている路地は毛細血管のようなものです。まあ、その表現の通り、この大通りはスタントラルの大動脈といっていいほどに大きく、広く、そして重要な役目を持っているのです。なにせ、この通りを北に向かって歩いて行くと、【スタントラル大聖堂】、そして南の山道を歩いて行けば王族たちが住む【王宮】があるのですから。そして、向かい合うふたつの街のシンボルの間には、湖の中心に聳え立つ【古の時計塔】がこれでもかと主張してくるわけです。


 私の好みから言わせてもらえば、大聖堂も王宮も見事なものですが、やはり時計塔が一番良いですね。まだ、だれも中に這入ったことがない。というのが、ロマンを感じます。

 湖のほとり、そこで時計塔を見上げていると、いきなり耳を劈くような音が聞こえました。それは、時計塔にある大鐘楼の荘厳なる音であり、この街に夕方が訪れたことを示す音でした。確かに、すでに遠くの空は紫色の染まっており、頭上は温かく、そして寂しいような夕空が広がっていました。

 この鐘が鳴ると同時に、町中の人たちは仕事を終わらせて帰路に着きます。おそらく、大通りのほとんどの店舗で閉店準備をしているでしょう。まあ、酒場や大衆食堂といった店たちは今からが本番でしょうけどね。


 そして…それは、あそこも一緒でしょう。


「フュリーさん。お願いします」

「おう、ルミスの嬢ちゃんじゃねえか。なんだ、あの変態どもに用事でもあんのか?」

「まあ、そんなところですよ」


 湖のほとりにある簡素な桟橋には、木製の小舟が一艘浮かんでいます。観光客に貸し出しているわけではなく、これは湖上にある島に行く渡し船です。

 私は、その船の船頭であるフュリーさんにカードを手渡します。彼は初老の男性でありますが、昔はそれなりの探究者だったようです。しかし、大怪我により引退を余儀なくされ、その傷跡が顔に深く刻まれています。それがまた格好よく見えるんですから、ダンディな大人ということでしょう。


「ん、確かに受け取った。それじゃ認証するからちょいと待っててな」


 フュリーさんは、私からカードを受け取ると、懐から出した小型の魔水晶にかざします。

 カードといいますが、これは最先端の技術で作られた薄型魔水晶で、手に収まる青く透き通った板です。もちろん、魔水晶なので折り曲げたりすることはできません。壊れやすい癖に。

 このカードは、通称【冒険者の証】といわれ、その名の通り自らが冒険者であることを証明するアイテムです。厳密に言えば私は違うのですが、昔に一度取得したことがありまして……。それにしてもこのカード、一生に一度しか発行されませんから貴重品なんですよね。壊れやすい癖に。

 そして、これは、これから行く場所に立ち入る際に絶対に必要なものです。壊れやすい癖に!


 カードと魔水晶の間に青白い光子が飛び交い、私と言う人物の情報を確かめています。

 犯罪などを犯してない限りは、ここで捕まるようなことはありません。たまに、身分を偽ってあそこに行こうとする王族や貴族がいるものですから、警備は厳重というわけです。あそこは上流階級の方は絶対に立ち入り禁止ですからね。


 しばらくして認証が終わったようで、ようやく島に行くことが出来ます。

 フュリーさんは私にカードを手渡すと、背後にある船に乗るように指示して来ます。


「ほれぃ、乗った乗った。今は嬢ちゃん一人しかいねえから、すぐに出発できるぜ」

「それでは、よろしくお願いします」


 フュリーさんの逞しい上半身、そして初老とは思えないほどがっしりとした下半身は、人力とは思えないほどの推力を生み出していました。乗員が私一人だから楽というのもあったのでしょうけど、目的の島はもう目前です。

 時計塔の下、湖上に作られた人工的な島にただひとつ君臨しているのは、まるで無計画に増改築したように歪な城です。城といっても、あんなに大きいわけではありません。ですが、組織の性質上、城と例えるのが一番しっくりとくるのは間違いないです。まあ、明らかにこれは湖の景観を損なうほどにおかしい建物ですけどね。

 そのおかしな建物にいる人たちに依頼しに行くわけですから、私もおかしな人なんでしょうかね。

 船上で、水飛沫と風をその身に受けながら、私はそう自嘲気味に思っていました。



 湖上の城に本拠地を構えるその組織の名は【民間依頼管理局】。

 正式名称なのですが、長いのが嫌なのか、大体の人は【管理局】、もしくは【ギルド】と呼んでいます。

 そこは、民間の商人や一般家庭からの依頼を請け負い、冒険者たちへと斡旋する場所。

 王国が介入できない唯一の島。

 そして、冒険者たちの第二の故郷であり、守るべき国―ー。 






 管理局の見た目が歪な城であるならば、その中身は正に混沌といっていいくらい煩雑としています。どこの国の文化か見当もつかない柱、紫を基調とした派手なタペストリー、大型の魔物と思われる遺骨の置物……恐らくではありますが、気に入ったものを片っ端から導入していった結果、そして様々な冒険者のお土産を飾っていった結果がこれなんでしょうね。

 混沌とした管理局でしたが、実は至ってシンプルな構造をしています。

 まず、管理局は三階で構成されており、その中心部分は吹き抜けになっています。そして、吹き抜け部分には立方体に精製された超大型の立体魔水晶が浮かんでおり、その魔水晶を囲むようにして管理局自慢の美人受付嬢たちがいるわけです。二階は酒場と食堂、そして三階は管理局が運営する簡易的な商店が立ち並んでいます。ちなみに、一階から二階へ、二階から三階へと通じる階段は存在しません。皆さんは自身の身体能力、もしくは魔術を使って移動しているようです。


 民間依頼管理局の名前で活動を始めた当初は、商人や一般家庭からの依頼を請け負い、傭兵や用心棒を雇って依頼を解決することを生業としていたらしいのですが……。邪龍と魔物による被害の増加、それに対処できる冒険者の増加が重なり、徐々に組織が大きくなった結果が現在の管理局だそうです。すでに管理局という名前には相応しくない組織ではありますが……まあ、名前を変えてしまうとややこしいのでそのままなんでしょう。


 私の入場に何人かの冒険者がこちらを向きますが、興味が無かったのかすぐさま立体魔水晶へと視線を戻します。あの魔水晶には最新の依頼状況が次々と浮かび上がってくるように設定されており、とくに重要度や難易度が高いものは、大きく見出しが付いていたりするわけです。


 魔水晶の下の受付へと視線を動かします。

 馴染みの方がいるのですが……ああ、いました。

 カウンターから、ウサ耳だけがひょっこり出ています。ぴょこぴょこと揺れ動いており、ときには右を向き、ときには左を向き、まるで何かを探しているようにも見えます。


「パポン……?」

「!? ……ルミスだぁ!」


 私が続いて「何をしているんですか?」と呟こうとした次の瞬間に、そのウサ耳少女はカウンターを飛び出し、私に向かって一直線に飛んできました。いえ、文字通りカウンターから放物線を描いて私に向かってきたんですよ。さながら、ウサギミサイルとでもいいましょうか。

 そしてミサイルは見事私の胸元に着弾。

 耐え切れなかった私の身体は、そのまま後方へと吹っ飛んでいきました。


「ルミス! 久しぶり! 桟橋からルミスが来るって情報が来たときから、もう何時来るかそわそわしちゃって! ルミスの声を聞いた瞬間に我慢できなくて飛び出しちゃったよ! ルミスぅ! ルミスぅ!」

「おち、落ち着いて、パポン。今のまま、だと、私、その内……死にます」

「え!? 死ぬのはやだ! ルミス! 起きて! しっかりして!」


 小柄の身体に上半身を抱き起こされた私は、久しぶりに会った獣人族の少女を見ました。


 彼女は獣人族の中でも白兎族(はくとぞく)といわれる部族であり、赤い瞳に綿毛のような白い髪の毛と白い肌、そしてそのウサ耳が特徴的です。彼女は白兎族の中でも恐らく美少女といわれる部類なのでしょう。私に抱き着いて来た笑顔も、今のような泣きそうな顔もどちらも可愛らしいです。まあ、私にぶつかったせいで歴史ある管理局の制服がちょっとボロボロですが。


「ルミス? ルミスどうしたの? 私の顔に何か付いてる?」

「いえ何でもありません。しかし、パポン。駄目じゃないですか。受付嬢が勝手に飛び出して来ては。見なさい、他の受付嬢の方々も苦笑いですよ」

「はう……ごめんなさい…」

「謝るのは私じゃないでしょう? ほら、パポン」


 私は起き上がり、軽く彼女の背中を押して促します。パポンもそれに気づいたようで、少し嬉しそうにしながらカウンターへと戻って行きました。勿論、その後は他の受付嬢に頭を下げていましたが。

 やっと落ち着いた、と思いつつ、私はパポンがいた受付へと向かいました。

 彼女はというと、どこからか踏み台を持って来て、それに乗ることで私と目線を合わせました。


「へへん、いつまでもウサ耳だけで接客するわけにはいかんと思ったのですよ。ルミス、パポンは日々賢くなっているんだよ!」

「ええ。流石ですね。それじゃあ、賢いパポンさん、これを見てください」


 私はエプロンのポケットから折りたたまれた紙を取り出し、それをカウンターに広げます。

 内容は、つい先程書き上げたカナタさん専用の杖の設計図です。可愛らしいものをお願いと言われたので、彼女のイメージ図から必死に考えた自信作です。勿論、見た目だけでなく性能も完璧ですしね。

 問題は、必要素材の希少度が高いものがいくつかあること。

 そして完璧に彼女の指定金額を越えて赤字であること。


 パポンも仕事モードに入ったのか、設計図に記述されている必要素材欄を凝視して唸っています。


「むむむ……。【白熱石】と【絶氷石】、【黄金塊】は採集だから比較的簡単でしょ……。問題は魔物素材だよね? 【フレイムガイストの心霊痕】。これは悪魔祓いのあいつがいるし問題ないかな……。あとは……まあ、大丈夫だけど、やっぱり、こいつだけがちょっとね……」

「厳しいですか?」

「うん。今、ここにいる冒険者のみなさんだと、相性的にちょっと厳しかったり」


 私たちが悩んでいる魔物の名前を【ヒートホース】といい、別名【蒼炎一角馬】と呼ばれるかなりの強敵です。しかもそんな強敵の魔物の素材で私が欲しいのは、最も硬い部位であるその角です。角は、この近辺で稀に採掘できる鉱石である【至硬石】よりも硬く、さらに切断するためにはヒートホースが発している熱に耐えることが可能な武器である必要があります。つまりは、硬くて火耐性が強い武器を持つ人材が必要ということです。勿論、ヒートホース自体が一体で森を焼き尽くすほどの強敵なので、冒険者自身の実力も要求されますが。


「他の依頼は出せるんだけど……。その一角馬だけは厳しいかな」

「ふむ……。仕方ありませんね。別の素材で代替品を――」



「その必要はないぜ、ルミスさん!」



 聞き覚えのある声に後ろを振り向くと、自信満々の笑みで私を見るタクマの姿がありました。

 つい半日前ににスーちゃんにボコボコにされた傷が残っているので、その笑顔も空元気のように見えますけどね。


 私が何かを言う前に、タクマは受付のパポンの方へと詰め寄ります。

 パポンはいうと、ぐいぐいと前に来るタクマに怯えて、踏み台から落ちそうになって慌てています。

 そしてタクマはカウンターに勢いよく手を着いて、パポンに対して言いました。


「その依頼は俺がやる!」

「なっ!? ば、馬鹿言わないで下さいよ、勇者さん! まだあなたの実力では絶対に無理です! 管理局として、受付嬢として、死なせるような真似は出来ません!」

「いいや、絶対に俺がやる! それがカナタに必要な物なら俺が手に入れてやる!」


 しばらくパポンの「駄目ったら駄目です!」とタクマの「やるったらやる!」の問答がループしていました。途中からは、二人とも自分の順番などお構いなしに、ただひたすらに言葉を繰り返すだけになっていましたけどね。子供の喧嘩を見ているような気分です。

 え? 私ですか? 

 巻き込まれるのも面倒臭いので、近くに立ってぼうっとしていました。

 十数分後には二人とも肩で息をするくらいに疲れていて、パポンなんかは涙目でこちらを向いて救援要請を出して来ました。


 このままでは私の仕事も終わらないので、面倒臭い限りですが事態の収集を行いましょう。


「タクマ、どうしてそこまでこだわるんですか?」


 私の問いに、タクマは「へへっ」と格好付けるように笑いました。

 うわ、なんだか腹が立ってきました。


「決まってるでしょう、ルミスさん。カナタが困ってるんだから、あいつの為に何かできるんだったら、そこで立ち上がらなきゃ男じゃないでしょ!」

「ですが、ヒートホースは明らかにあなたの実力では無理ですよ? わかりやすく言えば、相手はスーちゃん二体分です」


 いや、スーちゃん強過ぎでしょ! というタクマの突っ込みも無視して話を進めます。


「カナタさんのために……というのであれば、他の依頼の方をお願いしますよ。実のところ、この素材は諦め半分で来たんです。ですので、何種類か代替の素材は考えてありますから」

「ふふっ。ルミスさん。俺にとっては、この依頼こそが一番最適なんですよ」


 腕を組んで、不敵に笑うタクマ。

 自分に酔ってるように見えて怖いなー。と思いますが、勿論口には出しません。男の子にはこういう時期があるというのも、私はよく知っていますから、指摘はしません。後で黒歴史になって悶え苦しめばいいんです。そのまま死ねばいいんです。


「忘れたんですか? ルミスさんが鍛えてくれた俺の剣の名前を……そう! 【挑戦者の剣】チャレンジャーズ・ソードを! 強敵に挑戦する俺だからこそ、この依頼が一番相応しいんですよ!」

「……へえ……」


 タクマの言葉に、閃く。

 確かに、彼ならば……いや、彼の性格と彼の剣が上手く調和すれば可能性があるかもしれない。


「パポン」

「うん? どうしたの、ルミス? やっぱり、そこの勇者さん叩き出す? これ以上駄々を捏ねられたら営業妨害だもんねっ!」


 嬉しそうに言わないで下さいよ。

 もしかして口喧嘩に負けたとか思ってるんですか?

 今にでも飛び出して来そうなパポンを手で制して、私は意を決して言いました。


「そのヒートホースの依頼、タクマにお願いしたいと思います」

「りょーかい」

「え? 軽くね?」


 タクマのぽかんとした顔に、パポンはカウンターに身を乗り出して来ました。

 先ほどとは完全に逆の立場になっていますね。


「あのね、勇者さん? ルミスがお願いするって言ったんですよ! あの、ルミスが! 単細胞なパポンやあなたと違って賢者と同じくらいに思慮深いルミスが、そう言ったんですよ! それを疑ってかかるようでは、管理局の受付嬢として、そしてルミスの友達として失格です!」


 思った以上に信頼されていて困りました。

 パポンはキッとタクマを睨みつけており、タクマはさっきと違って完全に萎縮しているようでした。全く話が進まないので、咳払いをして場の空気をリセットします。パポンは顔を赤くしてチラチラと私の方を見ながら元の位置に、タクマは深呼吸をして冷静さを取り戻そうとしていました。


「勿論、タクマ一人に行かせるわけにはいきません。パポン、酒場の方にモッケとユッパはいますか?」

「いたよ? 何時ものようにお酒飲んでた。……その二人に同行させるっていうことだね」

「察しが良くて助かります、流石ですね。嫌と言い出したらルミスからの指名と言っておいて下さい。それと、二人の役割はタクマの援護と退却の判断です。戦局が厳しかった場合は即座に離脱を考えるように言っておいてください。その場合にも報酬は全額を支払いますから」

「りょーかい! だけど報酬の話は伏せておくね。それ聞くと、あの二人サボりそうだから。『命が危ないと感じたら逃げてもいい』ってルミスが涙ながらにお願いしてた! って伝えておくよ」


 私のイメージが音を立てて崩れそうだからやめて欲しい。

 しかし、パポンは何が嬉しいのかニコニコ笑って手続きをどんどん進めていきます。慣れたもので、私はその手際の良さに感心していたのですが……隣から、混乱した顔でタクマが話しかけてきました。


「ル、ルミスさん? 俺、何のことだかさっぱり……」

「大丈夫、簡単なことですよ。あなたは酔っ払いのおっさん二人を引き連れてヒートホースの角をへし折りに行く。それだけです。依頼内容は討伐ではなくヒートホースの角の納品です。そこを間違いないように」

「……わかった。俺、頑張るよ!」


 単純で助かりました。

 タクマのようなタイプは教えるよりも、突っ走ってもらった方が自分で納得するので、そちらの方が楽なんです。むしろ、色々と言うと混乱して空回りするかもしれませんし。ですが、まあ……心配なのは変わりないので、アドバイスもしておきましょうか。


「タクマ、相手はあなたよりも完璧に格上です。はい、復唱」

「えっ? えっと……相手は俺よりも完璧に格上です……」

「調子に乗らない。実力を見誤らない」

「……調子に乗らない。実力を見誤らない」

「最後に……カナタさんのためによろしくお願いします」


 そこで、私は頭を下げる。

 勿論、依頼を快く引き受けてくれたことに対するお礼の気持ちを表しています。確かに、代替の素材を考えていましたが、それでは私とカナタさんが思い描く『最高の武器』にはなりません。なので、現在管理局にいる冒険者の中で、唯一ヒートホースの角を切断できる可能性がある彼に、感謝の気持ちは当然あるわけです。……雑な扱いをしてますが、感謝してるし、心配もしてるんです。


「……ルミスさん、カナタが言ってたでしょ。魔力の制御が上手くいかないって。あれは本当なんだけど、実は結構深刻でさ……そのせいでこの前学校で魔術の暴走事故を起こしちまったんだよ……」


 神妙な顔で語り出すタクマ。

 ふざけているような顔ではありませんし、真剣そのものです。


「あいつさ、一人で泣いてたんだよ。自分のせいで仲間を傷つけたって……! それ見たら……知っちまったら、もう後先考えずにルミスさんのところに引っ張って来ちゃったんだ……」

 それ自体は、間違いじゃなかったって、心から言えるよ。

 と、そこで微笑むタクマ。しかし、その目元には微かに涙が浮かんでました。

「ルミスさんの家からの帰り道、もしかしたら自分の魔力を制御できるかもしれない! これで皆を護れるかもしれない! って、あいつ嬉しそうに言ってたんだ。あの顔見たら、俺もなんかしなきゃって思って、ルミスさんならここにいるって思って……それで……」


 最後の方は、もう言葉になっていませんでした。

 だけど、タクマの気持ちはちゃんと伝わって来ています。

 タクマは馬鹿だけど強い子ですから。自分がどんなに辛くても、苦しくても、悲しくても笑って進みます。しかし、他人の辛さや、苦しさや、悲しみには恐ろしく敏感です。カナタさんの境遇と、彼女の思いに触れたからこそ、彼は今ここにいて、こうして友達のために涙を流しています。


 しかし私にはそれに返す言葉が思いつきません。口下手な方であると認識していますが、何て言っていいかわかりません。

 なので、言葉ではなくて、行動で示すことにしました。


「タクマ……」


 項垂れる彼の頭をそっと抱きしめます。

 びっくりしたようで一瞬身体を震わせましたが、すぐに私に身を寄せて来ました。

 気が済むまで、涙を流しましょう。

 その涙がきっとあなたの強さに繋がります。





「へへっ。恥ずかしいところ見せちまったな。ルミスさん、ありがとう」

「いえ、もう大丈夫ですね。頼りにしてますよ?」

「勿論! 任せといて下さいよ! それよりも、ルミスさん――」


 朗らかに笑いながら、タクマは言いました。


「案外大きいんですね、着痩せするタイ――」


 その後の言葉は、私の平手よりも先に、「このセクハラ勇者がああ!!」と叫びながら飛んできたパポンのドロップキックによって打ち消されました。顔面に見事に直撃し、首がおかしな方向に曲がって……そのまま壁まで吹っ飛んで動かなくなってしまいました。

 どうやら依頼に向かうよりも前に、治癒師のお世話にならなくてはならないようです。

 ですが、まあ……自業自得ですよね!


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