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冒険は武器屋から  作者: 真空
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学校と武器屋(12)


 よく考えてみれば、己を振り返れば、想像することは難しくありません。

 あの場にいたのは私たちだけとは限らないのです。私たちだけ、と限定するのはあまりにも愚かなことです。なぜ、その考えに至らなかったと、自分を卑下したくなります。


 あの日。あの、『雷の雨』の日。

 勇者学校を襲撃した、ライカさんと金剛槌ヴァジュラ。

 それを迎撃したのは、私の姉であるカルティミス・アーチェリアとコスモ神教の聖女シシル・ホワイトベル。戦いの場は、勇者学校正門の前でした。しかし、その余波は正門だけに収まらず、学校のグラウンドや建物をひどく傷つけました。

 だから、子供たちは一目散に逃げたと私は思い込んでいたのです。


 しかし、そうではなかった。

 一人だけ。

 勇者学校の一匹狼が、その場に残り戦いを見ていました。

 自分とは次元の違うその戦闘に、衝撃を受けたでしょう。そして、学校を滅ぼす神の如き巨大な腕が出現したときは、自分の命を危ういことを実感したでしょう。

 しかし、彼にとっての一番の驚愕はその後でした。

 彼は恐らく聞いたのでしょう。そして、見たのでしょう。


 私とシシルの、二人だけの内緒の話を。


『ばっちり見させてもらったぜ。お熱いシーンをよ』

『えっ……ちょっ! 嘘でしょ? 嘘って言ってよ、お願いだから』


 顔が赤くなるのを感じます。

 待て待て待て待て。

 そんなことを恥ずかしがっている暇はありま……そんなことってなんですか!? そんなことって……蔑ろにして良いことじゃないでしょうに! って、違います違います。混乱してます。予想外のことに混乱してます。落ち着け落ち着け。でも、まさか見られてたなんて……見られてたって……うええ。


 無表情の設定はどこにいったのか、恐らくそのときの私はかなり慌てふためいていたことでしょう。顔を真っ赤にして、その顔を掌で隠して、教壇の机に自分の身を隠すようにして、嫌な汗が噴き出すように出てきて……。

 あ……あれ?

 泣きそうです。

 いやいや……私が泣くとか……それ、もう、恐ろしく稀なことですよ。


 さっきまでの張り詰めた空気はどこにいったのやら、私の頭の中は羞恥心でいっぱいでした。

 相手に先手を打たれた、ということでしょうか。

 少なくとも、これで教員としての優位な立場は失ったも同然でしょう。


 教壇からカイトの様子を窺えば、余裕たっぷりの顔でにやにや笑っています。

 机の上に足を置いて、私のことを完璧に舐めている証拠です。


 そんな様子を見せられれば、私の頭も急速に冷えていきます。

 確かに見られました。

 しかし、それがどうかしましたか? と、開き直ってやれば良いのです。


 私は、教壇から姿を見せます。

 もう平常心です。燃えるように熱かった顔もしっかり平熱ですし、汗なんて最初から掻いてません、と言い張れるくらいには平気です。


『おお? 平気そうだな、色情魔』

『誰が色情魔ですか。私のことなんてどうでもいいんですよ。私は、語学の授業の補習に来たんですから。ほら、授業始めますよ』

『そんな寂しいこと言うなよ。最初の勇者さん』


 ああ……そうでした。

 そっちの事情もありました。


 うーん……どうなんでしょう。

 隠しておいた方が良いことはわかっています。となれば、知ってしまったカイトをどうにかしなくてはならいないのでしょうか。いや、それはいささか短絡的です。仮に、カイトが周囲に『ルミスが最初の勇者のスグハだった!』と言い張っても、それを信じる人はいるでしょうか。周囲の彼に対する信頼度を抜きにしても、あまりにも突拍子過ぎて信じ難い事実のはずです。証拠も無しに、信じさせることは無理でしょう。


 そうと決まれば、強く否定しても仕方ありません。

 何を訊かれても、何を言われても、最初の勇者? はて、なんのことでしょう。

 と、軽く受け流して、それ以上の情報を引き出されないようにするのが最善です。


『……最初の勇者? 何のことでしょう?』

『今更知らんぷりするなよ。俺はずっとこの時を待ってたんだ。あんたが最初の勇者だと知った時から、一対一でゆっくりと話せる機会をな。すべては運任せではあったけど、運は俺を味方したわけだ』


 ラッキーだぜ。

 と、カイトは笑います。


『あんたとあの白い女の会話を盗み聞きしたときは、なんだただの痴情の縺れかと思った。しかし、よくよく噛み砕いてみりゃあ、あんたは最初の勇者本人らしいじゃねえか。……驚いたぜ。でもまあ、それ以上にこのことを知れた俺の幸運さに驚いたけどよ』

『そうですか。そんなに見れたことが嬉しいですか。良かったですね』

『この学校にお前が来たのも、幸運だった。どうやってお前に接近しようかと考えていた矢先に、お前の方から来てくれたんだからな。しかし、クラスの前の奴らでお前の正体を暴露するのは避けたい。だとしたら、お前とこうして一対一になれる機会を待つしかなかったわけだ』

『残念ですけど、私、年下はタイプではないので』

『お前は今考えているはずだ。この子供は何が言いたい? ってな。自分を脅すつもりか? 何かを要求するつもりか? しかし、その子供の言ったことを誰が信じる? 誰も信じない。だとすれば、それらに応じる必要性はない。ははん。浅ましいな。浅ましすぎるぜ、お姉さん。知られたくないことなんだろ? もうちょっと、考えることを覚えた方が良いぜ。そしたら、俺の恋人にしてもいい』

『結局、何が言いたいんですか?』


 私は、カイトのその遠回しな言い方に痺れを切らしてしまいました。

 それが彼の狙いであることも、もちろんわかっています。

 ですが、これでは何も始まりません。受け取ることのないキャッチボールを永遠と繰り返すだけとなります。並行線上で、決して交わることのない、わかり合うこともない、そんなことを教師として許して良いはずがないのです。

 だから、決めました。

 改めました。

 正々堂々、真正面から、勇猛果敢に、向き合いましょう。


『……やっと、こっちを向いてくれたってわけだ』

『たしかに、私はスグハの残りカスです。しかし、好きに言いふらして結構ですよ? どうせ誰も信じません。いきなりそんなことを言われて、信じれる人なんていませんよ』

『甘いなあ。甘いよ、お姉さん』


 何を言っても、彼はそう笑ったような気がします。

 カイトは椅子から立ち上がって、私の正面に立ちます。

 彼は私よりも背が高いので、見下ろして、見下すようにして言います。


『俺は知っている。噂っていうのは、噂だから良いんだ。どうでも良い話を面白がって誰かに話すようになり、それが人から人に伝わって、そしていずれは噂が真実じゃないかと疑い始める。規模が大きければ大きいほど、噂が知れ渡れば知れ渡るほど、人はその真実を知りたくなるのさ。その疑いの種を蒔くのが俺の仕事さ。それしかしない。そうさ、俺は『スグハは生きている。今はルミスって女だ』と所々で言って回ればいい。酒でも飲んで、酔ったふりして、戯言を吐けばいい。それで後はその成長を見守るだけさ』


 楽しいぜ。

 自分の蒔いた種が花を咲かせる瞬間はよ。


 そう言って、カイトは楽しそうにまた笑います。

 つまり、信じさせる必要はない。

 誰かに『実は本当にそうなんじゃないか』と思わせるだけで良い。その動きを徐々に強くしていけば、いずれは明るみになる……と。


『それで、結局は私を脅してどうしたいのですか?』

『お? わかってるじゃないか、お姉さん。安心しなよ。魅力的ではあるが、お姉さんの身体を要求したりはしない。俺が望むのはもっと崇高で、高潔で、意味のあることだ。一時の身体的快楽なんて、必要はない』


 そう言いつつも、彼は私の身体を舐め回すようにして観ます。つい、身体が強張り、唾を飲み込んでしまいますが、それを相手に気取られないようにしなくてはなりません。もう遅いかもしれませんが、あえて強気に出ましょう。

 ここで屈服するわけにはいかないのです。


『言っときますが、私はスグハの残りカスであって、彼本人というわけではありません。ですから、彼のように万能ではありません。恐らく、あなたが考えてることのほとんどが私には実現不可能です』

『そうかな。俺はそうは考えていない。どう見ても、あんたは自分の力を隠している(・・・・・・・・・・)。いや、制限していると言った方がいいかもしれないな。本気になれば、その気になれば、出来るんじゃないか?』


 ドクン、と。

 私の心臓が跳ね上がります。

 そんなことは知りません。そんなことは、わかりません。

 本当に、知らないし、わからないのです。

 嘘ではありません。

 では、なぜ。

 では、どうして。

 こんなにも、心臓の鼓動が速くなるのでしょうか。


『本題に入ろうか、お姉さん』


 そう言って、カイトは手を叩きます。

 乾いた音が教室に響きます。まるで観客に対してパフォーマンスをする男にも見えますが、その観客はここにはいません。

 いるのは、私とカイトだけ。


『俺があんたにして欲しいことは。あんたがスグハだと知られたくなければ、やらなくてはならないことは』


 それはすでに。

 取引でも、要求でもなく、一方的な命令となっていました。

 そして、カイトは言いました。

 カイトは自分の願いを言いました。


『俺を元の世界に帰しやがれ』







 いつかは向き合わなくてはならないこと。

 勇者学校に来て、私が向き合わなくてはならないこと。


 それは、この子たちは私の不手際によって連れて来られた存在だということ。

 平穏な暮らしから切り離され、一方的に呼び出し、そして邪龍を倒せてと命令される哀れな子供たち。

 彼らをこの世界に招いたのは、他でもない私の責任です。



 私が、邪龍を倒せなかったから、この子たちは召喚されたのです。

 私が、あの龍を殺せていたら、この子たちの運命を捻じ曲げることはありませんでした。



 それを見えないふりをしていました。

 心のどこかでわかっていはいても、どうしようもないと自分に言い聞かせて、『仕方ない』と納得したふりをしていました。

 自分に、自分の心に、嘘を吐いてきました。


 その報いを受けているのでしょう。

 自分は悪くないと、目を背けた現実に追いつかれてしましました。

 

 子供たちは納得しているはずだ。

 この世界に連れて来られて、それは不平不満はあるはずです。

 しかし、結局、最終的には、なし崩しに、この世界で生きることを受け入れてくれるはずだ。

 そう、考えてもいました。


 甘いですね。

 本当に、甘い。

 だから、こうして、今、『目を背けるな』と言われているのです。

 

 カイトには、子供たちには、私にそう言う権利があります。


『元の世界に帰せ』


 と。





「無茶言うなー!!」


 その言葉とともに扉を蹴り倒して入ってきたのは、ミズキさんでした。

 私だけでなく、目の前のカイトも予想外だったのか驚いた様子でした。


 しかし、そんな私たちの様子は全く気にせず、床を踏み鳴らしてミズキさんはカイトに迫っていきます。突然のことに固まっていたカイトでしたが、憤怒した様子を隠さずに歩いてくるミズキさんが危ないと感じたのか、手を出して彼女の歩みを止めようとします。


『ま、待て。落ち着――』

「だから、ちゃんと喋れってーのっ!」


 ミズキさんの身体が、床から軽やかに跳びます。

 左脚で踏み切り、身を捻りながらまるで鞭のように右脚をしならせて、その一撃がカイトの脇腹を撃ち抜きました。

 彼にとっても予想外の存在、そして予想外の行動だったのでしょう。

 とっさに防御したはいいものの、その威力を殺せずに、身体は教室の後方へと吹っ飛んでいきました。机や椅子を薙ぎ倒し、床に身体を強く打ちつけ、ぴくりとも動きません。


 目の前の惨状に唖然としていると、ミズキさんが私を見ました。

 すると吊り上がった眉毛が急に垂れ下がり、おろおろとしだします。


「大丈夫、ルミス先生? 変なことされてない? おかしなことされてない? 具体的には襲われてない?」

「ええっと、大丈夫です。心配ないですよ。それより、どうしてあなたがここに……?」


 そして、なぜカイトを蹴ったのでしょうか。

 疑問はありますが、ミズキさんが「それはー」と言う前に、爆音が耳を劈きました。

 

 倒れていた机と椅子が教室の両端へと押しやられ、その中心には頭から血を流し脇腹を抑えたカイトが立っています。すでに満身創痍といった状況に見えますが、目には強い光が宿っており、口元から笑みは消えていました。


「ミズキ……調子に、乗るなよ……」

「そうよ! そうやって喋りなさいよ! 頑なに何も喋らなかったけど、喋れないわけじゃないんでしょ! 何も喋らなきゃ何もわかんないわよ! でも、あんたって口下手っぽいから……今は……」


 そう言って、ミズキさんは右脚を上段に突き出します。

 彼女の脚の周りに空気の渦が生じたように見え、彼女自身からも多量の魔力の迸りが感じられました。


「今は……こっちで語り合ってあげるわよっ……!」


 そうしてミズキさんは飛び出しました。

 一歩の踏み切りで教室を縦断し、カイトの頭上に右脚を振り上げた状態で現れます。教室に吹き荒れるは猛け狂う暴風であり、その中心がミズキさんでした。恐らく、彼女の適正魔力である【風】を利用したのでしょう。風によって自身の移動速度を上げ、風によって敵の行動と判断を阻害し、風によって生み出した威力で一蹴する。


 それが彼女。

 勇者ミズキの戦い方でした。


「はあっ!」


 彼女自身が風車のように回転し、その踵がカイトの脳天目掛けて振り落とされました。

 しかし、それをいとも簡単にカイトは受け止めます。

 腕を十字に交差させて、今度はしっかりと見切った上での完全な防御でした。


 攻撃を防御されたことに気づいたミズキさんは、受け止められた右脚とは逆脚でその腕を蹴り、カイトから距離を取ります。

 その着地の瞬間をカイトは見逃しません。

 カイトは足元にあった小さな木片たちを手に取り、それを投擲します。通常の膂力であればただの目くらましですが、投げたのがカイトであるために、小さな木片すべてが銃の弾丸と同等の威力となります。まるで散弾銃のごとく撃ち出された木片に気づいたのは、彼女が着地したときであり、そしてそれは彼女の目前でもありました。

 直撃。かと思いきや、ミズキさんの周辺に旋風のような風のうねりが生じ、木片たちの勢いを殺さずに旋風の中に閉じ込めました。いえ、勢いは殺されず……ではなく、風の中でさらにその速度を増しています。


「そのままお返しするわ」


 ミズキさんの言葉とともに、旋風の中で回転していた木片たちが遠心力によって射出されました。彼女の放つ木片は散弾銃のような面の攻撃ではありませんでしたが、速度が増しているがために回避するのは困難です。


「ふっ!」


 カイトは、その弾丸の軌跡の間を縫うようにして接近します。

 何発か掠りはしますが、それは致命傷には至らず、戦闘能力を低下させるようなダメージには至りません。


 至りません……って、呑気に実況している場合ですか私はっ!?

 こんなの子供たちの喧嘩ってレベルを超えてますよ。そりゃあ、勇者の卵たちなんですから、これぐらいの実力はあって当然でしょうが……なんで、いきなり戦いになっちゃうんですかね……。


 校長があんなんだからですか?

 そういう教育をして来たのですか?


 ああ、もう……。

 私はカイトの性根を叩き直すために補習に来ただけなのに。

 それなのに、その本人から脅されて、そしてなぜか学生同士の喧嘩に発展して……。

 もう、どうしていいのやら……。


「じゃあ、ひとまずお茶にしましょ?」

「ああ、それはいいですね。ちょうどお茶に……」


 教室の隅に避難していた私の隣にいたのは、手をふりふりと振り、にこにこと笑うシシルでした。

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