学校と武器屋(7)
私が教員として働くと決まったとき、ひとつの疑問がありました。
それは私が何を教えるかということです。
確かに、ぼんやりとですがスグハとしての記憶があるため、武器を用いた戦闘に関しては指導が出来るかもしれません。しかし、それは他人の知識と経験であり、すべてが私のものではないために間違った教え方をしてしまう可能性もあります。それを考えれば、私が戦闘の指導をするのはやめた方が良いと言えるでしょう。
それを危惧してマルンさんに訊いたところ、私が教えるのは主に座学だそうです。
内容は、『武器について』とざっくばらんな指示しか受けていません。
「ルミス様が戦闘に関して自信が無いように、私共も武器に関しては十全に教えられるかと言われれば自信がないのですよ。手入れなどの必要な技能については覚えがありますが、武器の特徴や性質などに関してはルミス様の専門分野でしょう」
話を聞けば、まだ自分に適性のある武器を選べない子供もいるらしいのです。
ひとまずは、その子たちを中心に、武器について浅く広く教えて欲しいとのことでした。
んー……いきなり武器について教えろと言われましても困りますね。
指示がアバウトなこともありますが、子供たちがどこまで武器について精通しているかわからないのが問題です。そうと決まれば、最初の授業の内容は決まったも同然ですね。
そして続いての疑問は。
「なんであなたも来るんですか?」
「えっ」
当然のようにシシルが隣を歩いていることでした。
私も違和感なく「それでは、行きましょうか」なんて言いましたけど、教員として働くのは私だけであって、シシルは必要ありません。しかし、彼女はさも当たり前のように、にこにこ笑顔で隣にいます。
「ほら、帰って店番しててくださいよ。少しでもお金を稼がないといけないので」
「いやいや、だって私あなたの店の金額設定知らないわよ? いいの? 全部法外な値段で売却しちゃうわよ? 後で訴えられも私は一切の責任を負いません」
そうでした。
そもそも、店に並べてある武器は、武器屋っぽく見せるためにてきとーに創った武器たちでした。いや、武器というより飾りですね。まあ、私のプライドの問題で最低限武器としては使えますが、恥ずかしくて売りたくないというのが本音です。
武器屋アーチェリアは、基本オーダーメイドのみを請け負っております。
そう考えれば店番がいても仕方ないですね。
お客さんも全く来ませんし。
「しかし、こちらについて来ても暇では?」
「大丈夫。ちゃんと話はつけてきてあるのよ。私も今日から学校で保健室の先生として働くから!」
いつの間に、と驚きますが、よくよく考えれば彼女は学校の責任者である校長先生と殴り合った仲でした。もしかしたら戦闘の最中にそんな会話があったのかもしれません。それに、【再生】の魔術を使えるシシルが保健室の先生となれば、学校としても安心でしょう。
……もしかして、私よりも給料良いかもしれませんね。
お金は欲しいですが……内心複雑です。
私たちがこの前入った玄関は学生用の玄関らしく、職員用の玄関は校舎の裏手にありました。今回は上履を用意したため、スリッパではなく簡素なシューズに履き替えます。あれ? 上履に履き替えるのならば、靴まで新調する必要があったでしょうか……? 私は疑問に思いシシルを見ると、何やらばつの悪そうな顔をしています。冷や汗たらりです。
「だって、頭からつま先までコーディネイトするのが基本なのよ! それなのに靴は見ないから変えなくていいなんて、私のプライドが許せないわ!」
いや、訊いてませんし。
なんだかシシルのお洒落に関する欲求が高すぎる気がしてなりません。やはり、私があまり身嗜みに気を遣わないのが反動として来ているんでしょうか? それとも、今まで自由に服を着れなかった抑圧した生活の反動のせいかもしれません。
もしかしたら、今後も私の服を勝手に買ってくるかもしれませんね……。
お小遣い管理をしっかりしないと無駄遣いしそうで怖いです。
私たちが靴を履き替えて、職員室へと向かいます。
この年齢になっても、職員室の独特の雰囲気というものは怖いところがあります。あ、いや、これもスグハの記憶なんですけどね? けど、あの人、学校が嫌いで、とくに職員室は大嫌いらしくて……私もかなりの苦手意識が……。
意を決してノックをし、職員室内へと入ります。
すると、意外にも中にいる人は少なく、並べてある机にも空席が多いです。不思議ではありますが、それについて考えるよりも前に、奥にいたマルンさんが嬉しそうにこちらに駆けて来ました。
「お、おはようございます……ご主人様」
「あ、こっちの方ですか」
既視感があるとは思いましたが、やはりこのときのマルンさんはパポンに似てますね。妙に顔を赤らめて、身をくねらせるあたりが最高に気持ち悪いです。身長もパポンと同じくらいなので完璧にキャラ被りです。すごくないですか? こんなにもキャラが濃いというのに、キャラ被りって。
「は、話は聞いてます。ん……教室のほうへと案内します……。そしたら、殴ってもらっても良いですか?」
「わかりました。それでは向かいましょう」
この『わかりました』は、『殴りましょう!』という意味ではなく、教室のほうへと案内しますという彼女の言葉に対して了承したという意味です。変な意味に捉えないでくださいね。基本的に、この状態のマルンさんの変態発言は無視します。いちいちリアクションするのは面倒臭いので。
教室へと向かう間、私は職員室に先生が少ない理由を質問しました。
こちらの状態のマルンさんは、基本的に訊かれたことについて正直に答える傾向にあるので、質問をする際には有利です。たった一日の付き合いですが、そこまで知ることができました。
「えっと……学校ってお金がかかるんです。資金繰りが大変で大変で……それでも、なんとか国の支援を受けてやりくりしてたんです。でもこの前の雷の修繕費が全く足りなくて……このままだと経営が厳しくて……勇者学校が廃校になる可能性も……」
それだけを聞くと、まさか給金が払えず他の教員を辞めさせたのかと勘違いしそうになりますが、どうやらいない人たちは資金調達のために出ているそうです。それも自分たちで自主的に行ったようで、マルンさん的にも感謝しているのだとか。
しかし、これでグラウンドのクレーターが直っていない理由がわかりましたね。
ようするに、直す気が無いのではなく、やはりお金がないために直せなかったということです。しかし、グラウンドは駄目でも、校舎だけはしっかりと直すことにしているようです。そのため、シシルと校長先生の戦闘により壊れた校舎に関しては、自分たちの手で素人なりに頑張って修繕しているようでした。
シシルはその修繕跡を見て、冷や汗を流していました。
気持ちはわかりますし、あなた(と校長は)は反省する必要が大いにありますが、それは後にしましょう。
「この校舎は……この学校は、知らない世界に放り出された子供たちの住む家ですから。衣食住だけでもしっかりしないと、私たちが教員である理由がありませんので」
いつの間にか、真面目なマルンさんの顔でした。
勇者学校は、もちろん子供たちがこの世界で戦えるように、邪龍を倒せるように強く育成するのが目的です。しかし、どうやら教員たちとしては、この世界で生きていくための術を教えるということを重要視しているように思えます。
「……さて、ここが学生たちが待つ教室です。準備はよろしいですか?」
「はい。精一杯頑張ります」
「ふふ……どうやら、今日に向けて頑張ったようですね」
マルンさんは、私の姿を見て優しく微笑みます。
どうやら自分の指摘を受けて、かなり変わった私を見て喜んでいるようです。後ろのシシルが得意げな顔をしているのが、見なくてもわかります。さっきから、慌てたり冷や汗かいたり喜んだりと忙しい人です。
「では、まずは私がルミス様のことを紹介します。その後は、お好きなように授業時間を使ってもらって結構です。念のため、最初は私も同席致しますので、ご安心を」
「ありがとうございます。正直言うと、あまり子供と話した経験もないので、緊張していました」
これは紛れもない本音です。
タクマやカナタさんと会ったときは、一対一、あるいは二対一でした。個人的に会話をする分には問題ありませんし、タクマはともかくカナタさんは落ち着いた子供でしたので、話をする分にも不都合はありません。
ですが、これから相手をするのは三十人ほどの多人数の子供たちです。
廊下にいる現在でも、教室の中からは子供たちがはしゃいでる元気な声が聞こえてきます。こんな活発的な子供たちを一度に相手することが出来るでしょうか……。
緊張と不安で胸がいっぱいですが、女は度胸です。
ひとまず、やってみましょう。
私はマルンさんの目を見て、こくりと頷きました。
それを準備良しと受け取った彼女は、教室の扉を開けます。
慣れた歩調で教室へと入っていくマルンさんに続いて、私も足を踏み入れます。
さあて、これからが本番ですよ。
短いですが、きりが良いのでここまでです。
次の話から冒頭へと戻ります。




