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冒険は武器屋から  作者: 真空
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学校と武器屋(5)


 大惨事でした。


 もちろん、シシルと校長先生の激突の結果です。

 校長先生は人を軽く吹っ飛ばす圧倒的な膂力の連撃を繰り出し、シシルはそれを自分の【守護魔術】により盾を行使して防ぎます。ときには、盾を武器のように振り回して校長先生に攻撃を試みますが、それもすべて拳によって叩き落されていました。

 二人がぶつかる度に衝撃波が生じ、グランドのクレーターの数が増えていきます。そればかりか、丁寧に植えられていた花壇の花たちや、樹木たちも無残に散っていく様が見えました。ああ……二人とも完璧に周りが見えていませんね……。


 ちなみに私はというと、発想の転換といいますか、灯台下暗しといいますか、学校の校舎内に戻っていました。すると、エントランスに私たちを『強盗』と呼んだ張本人が気絶しているではないですか。放っておいても良かったのですが、色々と彼女には言いたいことがあったので、彼女を背負って階段を上がり、二階の廊下の窓から二人の戦う様子を眺めていたということです。


 あー……グランウドがえぐれて土砂が雨のように降っています。

 しかし、シシルは楽しそうですね。やはり、ライカさんとの戦いでは主に護りを担当していたので、存分に戦えない鬱憤があったのでしょう。対する校長先生も愉快そうです。高笑いしながら、シシルを容赦なく殴りつけています。シシルが庇ってくれたとはいえ、私はあの拳の威力を身に持って体験しているのです。それを連続で繰り出されたらと思うと……ぞっとします。


「う、うーん……?」


 二人の戦闘音が五月蠅かったのか、(事実、激突の音が鳴りやみません)気絶していた彼女の目が覚めたのようです。一度、二人の戦いは置いといて彼女から話を聞くことにしましょう。


「おはようございます。よく寝れましたか?」

「え? ええっと……はい」

「それは良かったですね。それではひとまず謝ってもらいましょうか」

「ふぇ? な、え? あ、あれ? 私は……」


 寝ぼけた様子の彼女は、現在の状況を把握できていないのか狼狽えています。私の顔を見て、窓の外の戦闘を聞いて、それから十秒くらいしてから……彼女はまた叫びました。


「きゃああああああ! ごうととおおおおおおお!?」

「いや、それはもういいですから。さっさと謝ってください」


 叫ぶのが癖なのでしょうか。

 近くにいると耳を塞ぎたくなるような圧倒的な声量です。まあ、それくらいで私は怯みませんし、一度体験した声の大きさでしたので慣れていました。それが、彼女には高圧的な態度に見えたのかもしれません。私の『さっさと謝ってください』発言に対して怯えている様子を見せます。


「待って、許して! お願いですから! 足を! 足を舐めますから! 虫けらのように這いつくばりながら、人間としての尊厳を全部捨てて、ご主人様の足を舐めますから! どうか命だけはっ!」


 ……色々な人たちと知り合った経験がある私ですが、ここまで強烈なキャラクターはリオンさん以来です。最初は瞳に涙を溜めて懇願するようでしたが、次第に興奮してきたのか息を荒げて気持ち悪い笑みを浮かべています。私が何も言わずとも、自分から私の足を舐めてきそうで怖いです。あ、逆に私が怯えていますね。

 ひとまず、トリップしている状態ですと話になりませんから正気に戻ってもらいましょう。私はエプロンから愛用のハンマー【魂魄打ち(ソウル・メイカー)】を取り出して、ひとまず頭を殴りつけます。容赦なしに、右から薙ぐ様にしてスコーンと打ち抜きます。彼女は「ぎゃんっ!」という悲痛な声とともに、背中から廊下に倒れます。まだ気持ち悪い笑みをしていることから、意識は失っていないことがわかります。


「え、えへへ。ご主人様からご褒美もらっちゃった……。えへへ……」

「……誰がご主人様ですか。ほら、さっさと立って下さい」


 私がそう言うと、彼女は意外にも機敏な動作で立ち上がりました。未だに、表情はにやにやとしていますが、もう気にしないことにしました。加えて、先ほどまでの人格の豹変っぷりにも驚かされますが、それも気にしないことにしました。

 いちいち考えていたら、頭が壊れそうです。


 彼女にはまず謝ってもらおうと思いましたが、すでにそんな気はありません。さきほど、頭がハンマーで殴ったので良しとしました。まあ、頭から血を流している彼女の様子を見ると、もう謝って欲しいなんて言えませんよね。……思ったよりも威力高いんですね、このハンマー……。

 ひとまず、状況整理のためにも自己紹介から始めましょう。

 そして誤解を解きましょう。


「私の名前はルミス。ルミス・アーチェリアです。勇者学校から教員として務めるように指示されましたので、詳しい内容を聞くために伺ったのですが……。何か知りませんか?」

「ルミス……? ルミス・アーチェリア?」


 顔面が流血で赤く染まり、気色悪い笑みを浮かべていた彼女でしたが、私の名前を聞いた途端に様子が変わりました。まず、笑みが消え、まるで操り人形の糸が切れたかのように身体から力が抜けます。そして下に俯き、ぶつぶつと何かを呟いるようでした。

 ……まさか私のハンマーのせいじゃないですよね?

 それでおかしくなったわけじゃないですよね?

 いやですよ? そういう展開は誰の得にもなりませんから!


「あ、あの……? 大丈夫で……」


 私が心配して声を掛けようとしましたら、いきなり俯いていた頭を上げました。それこそ、いきなりスイッチが入ったかのようにです。そして彼女は、自分の白いシャツで顔の血を拭うと、先ほどまでとはまるで別人のような真面目な表情をしていました。

 そして、軽く一礼をして話し始めます。


「失礼致しました。ルミス様ですね。話は聞いております。本日はわざわざご足労頂き誠にありがとうございます。いきなりではありますが、詳しい業務内容について打ち合わせをしましょう。どうぞ、こちらへ」


 そう言って、彼女は私を先導し始めました。

 しばらく唖然としていましたが、彼女は歩く速度を全く緩めないので急いで追いかけます。

 階段を下りて一階へ、そして校長先生や彼女が出て来た廊下の方へと進みます。どうやらこちらの校舎のの一階が教員たちのスペースになっているようです。

 と、そんなことはどうでもよいのです。

 ひとまずあれ、外のあれを何とかしないと……。


「えっと、あの……」

「ああ、これは失礼しました。私はここで教鞭をとらせて頂いているマルンと申します。今後ともよろしくお願いします」

「ああ、これはどうも……ではなくて! マルンさん、外の二人をどうにかしないと、校舎も壊れるかもしれませんよ?」


 こうして呑気に歩いている最中にも、建物が崩れ落ちるような音や、聞きたくない爆発音がしたんです。もう、グラウンドはグラウンドして使えないような気がしてきますよ。

 しかし、私の心配など露知らず、マルンさんは至って冷静に言いました。


「大丈夫ですよ。校長も線引きはしています。校舎を壊すようなことはしないでしょう。それに、私の度量ではあのレベルの戦いに割って入るのは自殺行為です。そのため、放っておくしかないでしょう」


 え、ええ……?

 それでいいのでしょうか?

 確かに、あの戦いを止めるにはそれ相応の実力が、それこそカルのような猛者がいないと難しいですが……。それにしても、マルンさんは落ち着きすぎているような印象を受けます。もしかしたらこのようなことは日常茶飯事なのかもしれません。でしたら、私のような部外者が口出しするのも面白くないでしょうし、ここは黙っておきましょう。


「どうぞ、こちらへ」


 私はマルンさんに案内されるがまま、とある一室へと入りました。

 実に柔らかそうなソファが向かい合って置かれています。その間には、やはり高級感を感じさせるテーブルが置かれており、この部屋が客人を迎え入れる応接間であることがわかります。いや、やはり普通はこうなんですよね? 私の店があまりにもチープで汚いだけなんですよね……。もう少し、内装とかに気を配った方が良いんでしょうか。……と、今はそんな贅沢なことを考えているような余裕は無いのでした。


 マルンさんは「私は準備がありますので、ここでしばらくお待ち下さい」と言って、別室へと行ってしまいました。ただ座っているというのも暇なので、部屋の中を見て回ることにしましょう。と、言いましてもとくに目立つようなものはありません。部屋に彩を与えている花や、校長と思われる銅像には目を引かれましたが、それらについて言及するようなことはないですね。あえて挙げるとするならば、『勇者学校の歴史』と書かれた年表くらいでしょうか。


 その年表は、この学校の創立から今までの歴史を細かく記していました。

 学校が出来たのは、今から五年前。

 国は、スグハの失踪を聞いたと同時に、多人数の勇者召喚の儀式を始めました。スグハ一人が来たときにも、言葉や文化の違いを埋めるのに時間を必要としたというのに、国はそれらについて全く考えていませんでした。召喚して、あとは放置という投げ槍な体制だったのです。それでは、あまりにも召喚された子供たちが可哀想だという理由で、有志の冒険者たちがこの学校を立ち上げました。

 当時はたった五名という少ない人数で学校を運営していましたが、今ではこのように規模が大きくなり教員の数も増えつつあります。その間には何度か問題が起きたようでしたが、こうして子供たちをきちんと教育している様子からして大したものだと思います。

 ……なんか、偉そうですね私。


「お待たせしました」


 平坦な声色とともに、マルンさんが多くの書類を持って部屋に来ました。

 それはもう、彼女の小柄な体が見えないくらいにです。それで歩けるのか心配になりますが、彼女は全く動じずに書類をスムーズに運び机の上に置きます。そこで一服着くかと思いきや、すぐに「今、お茶を準備しますのでお掛けになってお待ち下さい」と言ってきました。なんでしょう。これまでの彼女の言動(『強盗』と叫んだことと、足を舐めますと興奮していたことは知りません)を振り返ると、彼女が教員ではなく秘書なのではないかと思ってしまいます。眼鏡にタイトスカートにワイシャツって……やっぱり秘書っぽいですよねえ。


 とまあ、そんなことはどうでも良いわけです。

 戻ってきた彼女のお茶を頂きつつ、私とマルンさんの打ち合わせがようやく始まりました。


 書類に関しては、勇者学校で教員として働く上での守秘義務についての契約書がほとんどでした。これに署名すると私は正式な教員として雇われることになるのですが……管理局から正式に出向を命じられている以上、それに歯向かうことはできません。腹を括って、数十枚の書類にサインを書き入れました。あとは、正当な報酬である金銭ですが……それらはすべて管理局のほうへと支払われるそうです。これ、完璧にフィセリーの差し金ですよ。あの人、本気で私から一千万を搾取しようとしていますよ。なんだか、彼のあの爽やかな笑みを思い出してまた苛々して来ました。


「……はい。それでは書類については大丈夫ですね。それでは肝心の仕事内容についてですが――」

「あ、すいません。それよりも……なぜ私を教員として要求したのか、その理由を訊きたいんですけど……」


 そもそも、今日ここを訪れた理由はそれを訊くためでした。

 色々とあって(主に校長先生とシシルの戦闘)忘れていましたが、それをはっきりさせないと私のモチベーションにも関わってきます。仮に、私を武器屋としてただ利用するだけの理由であれば、私が本腰を入れて仕事に取り組むことはないでしょう。

 必要とされるから、仕事をするわけですので。


 誤魔化されるかとも思いましたが、マルンさんはから返ってきたのは、至ってシンプルな回答でした。


「あなたが欲しいからですよ、ルミスさん」

「私が……欲しい?」

「ご存じありませんか? 現在、あなたという人材を管理局と国軍が取り合っているということを。いえ、聡明なご主人……いえ、ルミス様ならば、勿論知っていることでしょう」


 その話は、フィセリーが言っていたことです。

 私自身意識したことは全くありませんが、当人から言われると本当のことだと認知してしまいます。それが悪いことか良いことかはわかりませんが、私が置かれている状況を知る分には必要なことなのでしょう。

 そして、さきほど私をご主人様と言い掛けたことは触れません。

 何も聞こえていません。えー、何も聞こえていませんよ。


「本来であれば、勇者学校という弱小な組織ではあなたのような優秀な人材を得ることは出来ません。しかし、今回は修理費を要求しない代わりにあなたを得ることが出来る、まさに千載一遇の好機でした。ルミス様からしたら、無理矢理に働かせられているように感じるかもしれませんが、私たちとしてはあなたと供に働けるのは嬉しい限りなのです」

「……何だか、過大評価ではないでしょうか? 私は誰かにものごとを教えられるほど優秀な人材ではありませんよ? そこまで人間として出来ているわけでもありません。逆に、そう、私は……反面教師としては優秀かもしれませんけど」


 そんなことはありません。

 そう、マルンさんは断言していました。

 表情は一切変えず、相変わらず台本を読んでいるかのような平坦な声色でしたが、たしかな強い意志を感じます。


「ルミス様につきましては、卒業生や在校生からもよく話を聞いていました。それらの情報を加味した上での、正当な評価です。あなたはどうやら謙虚な姿勢を美徳としているようですが、もう少し胸を張って堂々とした方が良いでしょう。とくに、学生たちの前に立つときには」


 納得できない部分はあります。

 私が、そこまで有能な人材とは思えませんし、教員として、人に物事を教え導く立場としてその素養があるかも疑わしい限りです。

 ですが。

 ですが、まあ……。彼らが私を必要とし、校舎の修繕費よりも私を必要とするくらいに必要としているのであれば、そこまで期待されているのであれば、それに応えてみようと思います。


 しばらく、武器屋のルミスは閉店ですね。

 これからは、教員のルミスです。




 

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