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冒険は武器屋から  作者: 真空
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学校と武器屋(4)

 遅れてすみません

 すでに日はまたいでしまいましたが、29日の分を投稿します。


 勇者学校の見た目は実に簡素です。

 体育館のような大型の設備は無く、あるのは広いグラウンドと大型の宿屋のような建物だけです。宿屋のようなといっても、実際に宿屋というわけではありません。まあ、子供たちが寝泊まりする施設でもあるために、宿屋といっても間違いではないでしょうが、やはり正しくは校舎です。しかし、残念ながら先日の『雷の雨』事件によって、グラウンドには大きなクレーターがあり、その余波によって校舎の屋根や窓に損害が生じていました。業者による復旧作業が進行中と思いきや、そのような人たちの姿は見えません。


「あら? どういうことかしら?」


 シシルが業者の姿が見えないことを不思議に思ったようです。

 正門から入り、校舎の前でグラウンドのクレーターを見ながら言いました。


「教会の方からも、修繕のための援助金を出したはずなのだけど、直そうとする気配が一向にないわね。あれから二週間近く経つのよ? 直す気が無いのかしら」

「多分、違いますよ」


 シシルがさらに首を傾げることになりましたが、詳しい話は教員の方に訊けば良いでしょう。私としては、なぜ私を教員として欲しいか、その理由を訊きたいところですが……まあ、お金の話となればそういった方面にも説明が入るでしょう。


「ひとまず、入りましょう。詳しい話はそれからです」

「はいはい」


 シシルを連れて、私は勇者学校の中へと入りました。




 二年近くこの街に住んでいますが、勇者学校の中へと入るのは初めてです。今まで入る機会が無いというのもありますが、なんといいますか……学校が苦手という意識が強いのです。これは間違いなくスグハの影響だとは思いますが、彼が何をしたかはよくわかりません。すべての記憶を完全に引き継いでいるわけではないのです。


 正面玄関と思われる場所から中へ入ると、たくさんの箱が箪笥のように並んでおり、その中には子供たちと思われる小さな靴がしまわれています。シシルが「なにこれ?」と訊いてきたので、私は端的に「下駄箱ですよ。勇者たちの世界にある文化です」とだけ返しました。というのも、私も知識があるだけで実物を見るのは初めてなのです。しつこく訊かれてもわからないことは多いのですよ。例えば、なんでいちいち靴を脱ぐのかと質問されても、「え? ああ、その……わかんないです」としか答えられません。


 郷に入れば郷に従えです。

 ここは大人しく私たちも靴を脱ぐことにしましょう。

 職員用の靴箱と思わしきスペースがありましたので、そこで靴を脱ぎます。といっても、私とシシルは二人ともブーツ、ですので靴ひもを解くのに時間を必要としました。とくに、シシルは膝下まであるロングブーツですのでさらに大変です。


「お洒落って大変ですね」

「女子として身嗜みは大事って言ってるでしょ?」

「あなたは女子という年齢ですか?」

「最近、年齢いじりが多いけど、気に入ったのかしら? そろそろ暴力っていう気に入らない手段を使ってもいいのよ?」


 気に入らないのであれば、ぜひやめてほしいところです。

 流石に年齢でいじるのはそろそろやめておきましょう。軽い口喧嘩の後、だいたい落ち込んでいる姿を見るのは、もう……こちらも辛くなってきましたし。


 備え付けのスリッパに履き替えて玄関を出ると、そこは開けたエントランスになっていました。エントランスからは、左右に長く続いている廊下と、二階へと続く階段があります。そのほか、よくわからない戦士の銅像や、子供たちの作品と思われる絵や写真が展示されています。床はすべてフローリングとなっており、ワックスでもかけたのか床は綺麗に輝いていました。掃除も隅々まで行き届いているのか、目立った汚れは見つかりません。本来であれば綺麗好きのシシルはそれが気に入ったのか、満足げな顔をしていました。いや、あなたの手柄とかじゃないですからね?


 しばらく、といっても二、三分そこで展示物を見ていると、私たちの背後に続く廊下から誰かが歩いてくる音が聞こえました。気になって振り返ると、そこには眼鏡を掛けた小柄の女性がわなわなと震えていました。


 くりくりとした栗色の髪の毛に、赤く太いフレームの眼鏡。その奥には垂れた大きな瞳が見えます。その上には、力強いと感じるほどに太い眉毛がありました。私よりも頭一個分背が小さいのですから、かなりの小柄な体躯といえるでしょう。彼女が着用しているシャツとタイトスカートに、完全に着られているといった印象が強いです。


 彼女は、腕に抱えた書類を床に落とし、私たちを指さして彼女は震えていました。


「あ、あああ、ああああっ……!」

「あ、あの? 私たち怪しい者では――」


 自己紹介をしようとしたところで、彼女から、その小柄な体躯から出たとは思えないほどの大きな悲鳴が発せられました。まさに全身の力を一気に振り絞ったと言わんばかりの、大悲鳴です。


「ご、ごうとおおおおおおおおおおおお!!」


 ち、違うんです。





 その後が大変でした。

 悲鳴を聞いた人たちがエントランスに集まってきまして……というか、子供たちがたくさん集まってきました。しかも彼女の悲鳴の内容が『強盗』でしたので、敵だと思い武器を持って来た人の多いこと多いこと。気が早い人は、私たちの姿を見て魔術の詠唱を始めようとしていました。ですが、まあ……そこはシシルが上手く攻撃を防いでくれました。


 そうなんです。

 実際に攻撃されちゃいました。


 それも一人ではなく、多人数で一斉にです。

 遠くからは複数人の魔術により遠距離攻撃が飛来し、その後の隙を狙うかのように五名ほどの男性が各々の武器を振りかぶって来ました。いやいやいや、流石に喧嘩っ早い人が多くありません? 本当に勇者なんですか、皆さん。


「ふっ。まだまだね。その程度では私の盾は破れないわよ」

「あなたもなんでノリノリなんですか」


 しかし、シシルの言葉は間違っていません。

 現に、彼女が顕在させた盾には傷ひとつなく、文字通り無傷です。【再生】の魔術を使用したわけではなく、彼女の実力は攻撃した方々を上回っていた。それだけの話です。


「くそ、なんて硬い【守護魔術】だ」

「こいつら、ただの強盗じゃねえぞ」

「こうなったらこちらも火力を底上げするしかねえな」


 物騒なことを相談しています。

 別に襲撃に来たわけではないので、早々に誤解を解きましょう。


「あの、私たち強盗ではないんですけど……」

「嘘を吐くな! ここに来る奴の半分は強盗で、半分は悪い役人だぞ!」

「そーだそーだ!」


 子供たちは、声を揃えて同調しています。

 その言葉の内容も気になりますが、ひとまずは話が出来る人を探すしかありません。勿論、伝手はあります。私の店に頻繁に遊びに来る二人がいれば、すぐにこの戦いも終結すると思うのですが……えっと、見当たりませんね。


「あの、タクマとカナタさんって子……知りません?」

「え? お姉ちゃん、なんで二人のこと知ってるの?」

「騙されるな! 油断して不意打ちしてくるぞ!」

「怖い! 汚い! 流石は強盗だね!」


 だんだん、苛々してきますね。

 隣にいるシシルは「ふふふ。学校なのだから教育してあげてもいいわよ?」と艶美な笑みを浮かべています。艶美と言いますが、実際のところはむかついているだけです。ようするに、子供たちを虐めて楽しみたいだけですね。無茶苦茶です。


 子供たちが結託して次の攻撃を行おうとしたところで、廊下の奥から大きな音が聞こえました。それはまるでドアを蹴破って、ドアが吹っ飛んだような音です。やけに具体的ですが、実のところドアがこちらまで飛んできたからわかったことなんですけどね。


 私とシシルがその光景に唖然とし、子供たちから「やべ……」という声が聞こえたときには、すでに彼はエントランスに顔を見せていました。


「ワシの昼寝の邪魔をするのは……どこのクソ餓鬼じゃ…」


 現れたのは、身長は三メートルはあるかと思われる巨大な体躯の老人でした。勇者の文化を再現した『和服』に身を包んだ彼は、白い髭を口元に蓄え、彫が深い威厳のある強面でした。想像ですが、その眼光だけで人が殺せそうな雰囲気を纏っています。和服の下には、老人とは思えない鍛え上げられた筋肉が膨張しているのがわかりました。というか、和服が張り裂けそうです。


「こ、校長先生……」

「やばい。昼寝の途中だったんだ……」

「ここは逃げろ!」


 校長と呼ばれた老人の姿を見た途端に、勇者たちは逃げ腰になって一目散に走り出しました。ある者は階段を駆け上がって二階へ、ある者は窓からグラウンドの方へ、ある者は近場の教室へと逃げていきます。

 

 さて、私たちはというと。


「なるほど、あれがこの学校の校長先生」

「校長というほどあって、凄まじい存在感ですね。迫力がやばいです」


 とくに狼狽えず、床を震わせながら歩いてくる校長先生を見上げます。

 逃げる必要はありません。私たちは、校長に話を聞くためにここに来たのですから。

 問題は、その校長先生が話をしてくれるかどうかですが……。


 逃げ出した勇者たちには目もくれず、校長先生は私たちを見ると中腰になって覗き込んできました。身長差があるため、こうしないと私たちの顔が見えないのでしょう。しかし、体格が大きいと、顔も大きいですね……。まるで大仏様のようです。


「なんじゃい。お前さんたちは……」


 子供たちの言葉を聞く限りでは、昼寝を邪魔された校長は不機嫌そうな感じがありましたが、予想よりも理性的です。どうやら会話は出来るようでした。


「初めまして。私はルミス・アーチェリア。そしてこちらは」

「シシル。シシル・ホワイトベルよ。よろしく校長先生」


 素早く自己紹介を行います。

 勇者学校の教員たちが私を指名したのであれば、絶対に私の名前は知っているはずです。しかもそれが校長……つまりはこの学校のトップですので、確実ですね。あーやっと、話が進みそうです。助かりました。と、私が安堵していると、校長の大きな頭が回転しました。あ、いえ、首を傾げたようです。


「聞いたことがあるような……思い出せんわい。取りあえず、邪魔じゃから去ね」

「はい?」


 その言葉が聞こえた瞬間に、私とシシルは大きな掌によって弾き飛ばされました。

 攻撃事態はシシルが完璧に防いでくれましたが、その威力に耐えるほどの踏ん張りが無かったようで、二人そろって綺麗に放物線を描いて吹っ飛んでいきます。その後、私たちは入ってきた玄関口から外に出て、グラウンドに着地しました。着地時も、シシルが【守護魔術】で衝撃を和らげてはくれましたが、無傷というわけにはいきませんでした。

 何よりも、心的ダメージが大きいです。


 今日は散々な日です。

 不条理に虐められる日です。

 私がひどいことをしましたか? 私がこのような仕打ちを受けるような、残虐で残酷なことをしたでしょうか? 一度、神様に問い質してみたいですね。あ、私は神様を信じな……ええい、そんなことはどうでもいいです。


「シシル、大丈夫ですか?」

「あー……口の中切ったわ。神様にアッパーカット食らわせて、そのまま髪掴んで地面に引き下ろして、頭をぐりぐりと踏みたい気分……」


 なんと背徳的なことを考えるのでしょうか。

 本当に、元聖女なんでしょうか、この人。


 怪我自体は、彼女の【再生】の魔力によってすぐに治ります。しかし、彼女は自分の防御が破られた? ことが許せないらしく、魔力を練り上げて臨戦態勢へと移っていきました。


「あの、シシル? 私たちは話をしに……」

「まずは私が拳で語り合ってくるわ……。あっちも準備万端なようだしね」


 私が彼女を止める前に、正面玄関から先ほどと同じように蹴破られた音が聞こえてきました。ガラスが割れ、扉は吹っ飛び、愉快な形に歪曲し、無造作に転がります。そして、そこからあの校長が上半身の和服をはだけさせて出てきました。軽く汗をかいていることから、どうやらウォーミングアップをしたようです。


「ふぉっふぉっふぉ……。久しぶりに感じる、かなり密の高い魔力じゃわい。眠気が覚めてしまったわ。どれ、手合わせ願おうかの」

「ええ。私もスイッチ入っちゃったし……本気で行くわ。死んだら、ちゃんと迎えが来るように祈ってあげるわ。特別に無料でね」


 私は身の危険を感じて、かなり離れた位置まで逃げました。

 すでに私にシシルを止めることは不可能のようです。

 まさかこんなことになるとは思いませんでしたが……まあ、両人ともやる気満々ですので、今更止めるような真似はできませんね。


 不敵な笑みを浮かべて、全身の筋肉を膨張させる校長先生。

 ワンピースの上に羽織っているカーディガンを脱ぎ捨て、手で挑発するように招くシシル。

 

 本当に、ああ……もう、本当に。

 勝手にやってて下さい!

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