学校と武器屋(3)
以前、パポンに言われた言葉です。
『ルミスさー。もうちょっと落ち着いた方がいいよ?』
『はあ……。自分では落ち着きがある方だと思うのですが……』
それに対し、パポンは首を横に振ります。
ふむ……どうやら、パポンが言いたいことはそういうことではないようです。
『ルミスの行動のことだよ。お客様のため、武器のため……ってことになると、ルミスの行動はいっきに過激化するからね。そのたびに、その責任を負ってるのは管理局なんだよ?』
「それは……頭が上がりませんが、しかしその分の借りは返しているつもりです」
『わかってるよ。でもいつか……返しきれないときが来るかもしれないじゃん」
パポンの表情は真剣そのものでした。
数少ない友人からの忠告。しかもそれがいつもは楽しく笑っているパポンだからこそ、その言葉の意味を深く理解しておくべきでした。私はというと、ことの重大さに気付かず『はあ…』と適当な相槌を打つだけです。
そして、私はこの後パポンの言葉の真意をやっと理解することができました。
フィセリーの言葉は、正しく私とシシルにとっての晴天の霹靂であり、何を言っているかわかりませんでした。隣に座っているシシルに目線を向けると、『私もよくわからないわよ』と目で訴えています。仕方ないので、フィセリーに訊き返しましょう。
「副局長? すいませんが、どういうことでしょうか?」
「言葉の通りさ、ルミスちゃん。君には勇者学校の教員になってもらうよ?」
「ど、どうしてでしょうか……?」
「心当たりは、ありすぎて困るんじゃないかな?」
こ、心当たりですか?
勇者学校と聞いて真っ先に思い出すのは、『雷の雨』事件での戦いです。言葉は悪いかもしれませんが、あの事件の原因はキョウヤとライカさんにあり、逆に私たちは事件を最小限に食い止めた方なのですが……。そう考えれば、別件ということですよね?
勇者学校で思いつくのは、あとはタクマとカナタさんの武器を創ったことしかありませんが。
「それですよね、ルミスちゃん。それが今回の発端です」
「いやいやいや……なんで、私が彼らの武器を創ったことが教師になることにつながるんですか? 意味がわかりませんよ」
「おや、明晰なルミスちゃんであればすぐに察してくれるかと思ったのですが。仕方ありません、順を追って説明しましょう」
いちいち鼻につくような言葉に腹が立ちますね。
本当に私を口説くつもりなのでしょうか、この人は。
「あなたは武器屋です。それも、おそらくこの街で……いえ、世界で最も優秀な」
「言いすぎですよ。私はまだまだです」
「謙虚な姿勢は実に良いことですよ。しかし、周囲の目というのは、当人の意に反することが多いものです。第三者からすれば、ルミスちゃんの武器屋としての知識と技術は、本当に脅威です。しかし、あなたを恐れながらも自分のものにしたいと考える強欲な方々もいます」
例えば、僕とかですけどね。
そう言ってフィセリーはにこりと笑います。
胸がきゅんとときめくようなイケメン爽やかスマイルなのかもしれませんが、残念ながら私の対イケメン耐性はすでにカンスト済みです。まったく動じることはありません。そんなことよりも、話の続きをお願いしましょう。
「このスタントラルには、あなたを取り込もうとしている組織が複数あります。小さい組織から、大きな組織まで。狙いはもちろんあなたの武器屋としての技術力です」
「はあ……なんというか、私って意外と有名なんですね」
「自覚していただけましたか?」
「どちらかというと、最近は殺されるような経験が多いせいか、実感がわかないです。私って実は多方面から恨まれているという件であれば自覚しているのですが」
それは、もちろん、武器屋としての常識です。
これに関しては掘り進めるような話題でもないでしょう。
「スタントラルであなたを狙っている大規模組織はふたつです。ひとつは、僕たち管理局。もうひとつは、国軍です。モテモテですねえ」
「……本当ですか……?」
「ええ。本当です。まあ、管理局では局長を始めとした複数人は反対らしいですがね。国軍についてはお気を付けください。難癖をつけて、あなたを自分たちのものにしようと画策しているという情報もあります。ああ……あなたが他の人のものになるだと、僕には耐え切れません」
隣で、シシルが小さな声で「キモっ」と言っているのが聞こえました。
同感ではありますが、それは心の内だけに留めておきましょう。
驚くべきことは、意外なことに私が注目されているということです。
こんな路地裏で細々とやっている武器屋に、皆さんは何を期待しているのかと思いますが……まあ、そういう風に実力を認められているというのは存外悪い気はしません。ちょっとした優越感に浸れ……ればいいのですが、残念ながら上を知っている私としてはそんな自惚れは許されません。
管理局では、専任治癒師のように、私を専任の武器屋として雇うという話があります。実はというと、これはパポンから聞いていました。というよりパポンから誘われました。毎日同じ職場でイチャイチャ出来るからお願い! と言われたので断りました。私はともかく、それではパポンの勤務態度がやばいことになります。まあ、それ以前に、私がどこかの組織に所属するのはお断りなんですけどね。
対して国軍は初耳でした。今まで、私は国軍と接点をつくったことがありません。それは、国からの依頼が無かったというのもありますが、なんとなくきな臭い、胡散臭い感じが国軍からしているためです。勇者時代……スグハのときから、私は国に対しての不信感を拭うことはできませんでした。
フィセリーは、私の思案顔を見ていたのか、にこやかな笑顔でした。「どうかしましたか?」と私が言いますと、「ルミスちゃんの真剣に考える可愛らしい顔をずっと見ていたい……そう思っていたところです」と言ってきました。隣のシシルが悶絶していましたが、気にせず話を進めましょう。
「そのふたつに加えて、今回は勇者学校があなたを欲しいと管理局に言ってきたのです」
「はあ……。しかし、なぜ管理局に? 直接私に言えばいいじゃないですか」
「あなたは武器屋でありますが、一応は冒険者としての証があるため、僕たちが管理する立場なのですよ。まあ、管理といっても自由を愛する冒険者を本当の意味で管理することはできませんけどね。……っと、どうも僕は真面目な話をするのに向いていませんね。そういうわけで、僕たち管理局はその要求を呑んで、あなたを勇者学校へと出向させることを決めました」
待て待て待て。
ちょっと省略しすぎです。肝心な理由がありませんよ。
「そうは言われましたも、実は僕たちもわからないんですよ。ただ『冒険者のルミスという人を教員として迎えたい』と言われただけでして、理由を聞いても答えられないの一点張りです」
「勇者学校が私を欲しい理由はひとまず置いておきましょう。私が訊きたいのは、なぜ管理局が私を勇者学校へと出向させたかという、そっちの理由です」
「それこそ、心当たりがあるでしょう?」
フィセリーが、私に対して向けたその微笑みは、悪意を含めたものでした。
彼の雰囲気が変わったことを感じ取り、唾を飲み込みます。
残念で女狩りのイケメンですが、管理局の副局長に選ばれる実力は確かなようです。
現に、私は気圧されて、何も言うことができません。
「ルミスちゃん。僕はこんなことを言いたくはないんですよ? しかし、実際にあなたは管理局に対して迷惑を掛けすぎたんですよ」
迷惑?
フィセリーの言葉を聞いて、思い出すのはパポンの言葉です。
いつかは、返しきれなくなる日が来ると。
そのツケが……今、こうして私に回ってきているのでしょうか。
「例えば、先月の火事騒ぎですが……あなたが国軍の指名手配になったのは覚えていますか?」
「え、ええ……。それは、本当にご迷惑を――」
「あのとき、管理局は国軍に示談金を払って指名手配を取り消してもらったんですよ?」
有無を言わせないその言い回しに、私を口を噤めます。
シシルもそれに関しては大分苦い顔をしていました。あの火事などについては自分も責任があるとわかっているのでしょう。
「その他にもありますよね? 色々と。そして最近だと、勇者学校の建築物を冒険者のライカが暴走して壊した事件が記憶に新しいですね。ああ、言いたいことはわかりますよ? あれは自分には関係ない事故だと……そういうことですよね? わかってますとも。あなた方の報告によれば、あの事件の黒幕はキョウヤという勇者であると。しかし、こう考えることはできませんか?」
そこで、フィセリーは身を乗り出してきます。
顔はにこやかな微笑ですが、すでにそれが私には薄っぺらい仮面に見えてきて仕方ありませんでした。
心の中では、絶対に笑っていません。
何を考えているのか、その心中に何が渦巻いているのか、私には、わかりません。
「あなた方は言いました。キョウヤの目的はルミスちゃんであると。つまり、あのライカさんの暴走は、勇者学校への被害は、すべてルミスちゃんへの攻撃を目的としたものなんですよ。これでも、あなたは自分に責任はないと言い張るつもりですか? あくまで被害者であると主張しますか?」
それは。
それは、あまりにも牽強付会が過ぎます。
無理矢理に、責任を押し付けられています。
しかし、言いたいことは山ほどあるというのに、私の口は動きません。
動けません。
「ちょっと待ちなさいよ」
そこで、シシルが口を開きます。
フィセリーの言動で、悶絶したり苛々したりと忙しいシシルでしたが、今は確実に憤怒しています。
あのとき、大聖堂で歓談したときと同様に、凄まじい重圧を感じました。
「それは、あまりにも横暴じゃない? 悪いのはキョウヤとライカでしょう? ルミスはただこの街に住んでいただけよ。それなのに、彼女に責任があると言うのは許せない暴挙だわ」
シシルは、私が言いたいことを代弁してくれました。
そうです。もし、それで責任が問われるというのであれば、私はこの街を出ていかなければなりません。
カルの帰る家を守ると誓った手前、それを早々に破るわけにはいきません。
シシルの言葉に、しばらくフィセリーは沈黙しましたが、突然その微笑みを崩してため息を吐きました。
眉を吊り上げ、口元は尖り、瞳は明らかに敵意を向けてます。
「……ふぅ。僕は、あまり好みの女性と会話するのは嫌なんですけどね。残念ながら、これはすでに決まったことですよ。勇者学校は、管理局に対して建物の修繕費用を請求してきました。それは、管理局の冒険者が引き起こした事件ですから、当然ですよね。しかし、彼らはルミスちゃんを教員として出向させれば、修繕費を要求しないと言ってきたんです」
「何よ……それ、どういうことよ」
「知りませんよ。ともかく、こんなに有利な取引はありません。それに、ルミスちゃんが管理局に対しての負債を返していただくのにちょうど良い仕事でした。僕たちはその取引に応じ、ルミスちゃんを勇者学校へと出向させることを同意しました。とまあ、そういうわけで」
フィセリーは立ち上がります。
そして、懐から乱雑に折り畳まれた紙を取り出すと、それを机に投げました。
それをゆっくりと開くと、書いてあったのは局長の印と、私に対する正式な出向命令でした。
ここまでくると、もう何も言い返すことはできません。
私がゆっくりと顔を上げてフィセリーを見ると、いつもの爽やかな微笑でした。
しかし、次に彼が放った言葉に、私はひどく絶望することになりました。
「それでは、ルミスちゃん。借金返済目指して頑張ってくださいね」
シシルが何を言っても、フィセリーは立ち止まらずに店内から去って行きました。
私が見つめるのは文書にに記載されている要求金額です。
一千万。
もう一度見ましょう。
一千万。
ゼロの数は減りません。
「ふう……」
私は、スーちゃんが淹れてくれたお茶を一口含み落ち着きます。
そして怒り狂っているシシルの肩に手を置いて、そのまま裏の演習場へと引っ張ります。
そこはスーちゃんの居住区でもあり、武器の試し斬りなどを行う場所です。
つまりはこの家屋で最も壊れにくく、頑丈なところです。
いきなり連れてこられたシシルは驚いたのでしょう。
自分の怒りの感情など忘れて、私の顔色を窺ってきます。
「ル、ルミス?」
「いいですか、シシル。世の中は不条理です。それは世の常です。私たちはこれに耐えて、なんとか凌いでいく必要があります。それは大切で、重要で、仕方のないことです。しかし、私たちも人間のため、不条理なことに対しては怒りが沸いてきます。先ほどのあなたのように。それは、もちろん私もです。ではこの怒りはどうすれば良いのでしょうか? シンプルなのは……物に当たるということですよ」
その後、武器屋アーチェリアからは断続的に大きな音が鳴り響きました。
遠くから聞けばまるで花火のような、にぎやかな音に聞こえるかもしれません。
しかし、近くにいた人が言うには、耳が劈くような強烈な爆発音と叫び声が聞こえたようです。
いろいろな人に迷惑をかけたようですが、私はすっきりしました。
あー……むかつきますが、自業自得といえば当然のことです。
しかし個人的にフィセリーにはいつか仕返しをしましょう。そうしましょう。
「それで、これからどうすんのよ?」
シシルの言うことは最もです。
何らかの金策が無ければ、私はずっとフィセリーの言いなりになってしまいます。早急に一千万を返済する、もしくはそれ以上の貸しを管理局につくらなければなりません。
ですが、その前に。
「勇者学校への出向が決まってしまったのであれば、それに従うしかありません。ひとまず、話を聞きに行ってみますか」
「仕方ないわよね。本当、あなたといると忙しくて嬉しいわ」
シシルの皮肉な言葉を受けつつ、私たちは演習場を後にしました。
向かうは、勇者たちの学び舎。
勇者学校です。




