駆け出し勇者たちと武器屋 (2)
早速、私はカナタさんの魔力値と性質を調べることにしました。その間、タクマには店の裏手にある演習場でスーちゃんの相手をしているように言いました。暇そうにしていて『構ってよ』と主張していた態度に腹が立って追い出したということもありますが、一番はカナタさんのためです。
魔力値の計測は、いわゆる健康診断と同じように計測装置を身体に装着させる必要があり、より精密に計測するには魔力発生源がある心臓付近に【計石】を取り付ける必要があります。計測してる間は安静が必須なので、下着姿でベッドに仰向けの状態が求められます。そんなところに男であるタクマを置いておくわけにはいけません。
困ったことに…いえ、このような事態を予測していない、つまりは準備不足の私が悪いのですが、魔力値を計測するためのスペースが店内にはありません。そのため、場所はベッドがある私の寝室になりました。
「申し訳ありません。シーツなどは取り替えましたから清潔ではありますが」
「いえ……全然、平気です」
店内よりもきょろきょろと私の寝室を見回すカナタさん。日々、整理整頓に気を遣っていれば良かったのですが、私の部屋は武器の資料や書物、そして設計図などが乱雑に散らかってる状態でして…。自分でも変わっている部類だとは思いますが、カナタさんはかなり興味津々のご様子でした。
カナタさんは黒のローブ、そして麻で出来た薄い青色のシャツを脱ぎ、可愛らしいキャミソールとショーツの姿でベッドに横たわりました。きちんと服を畳むことから、親御さんからしっかりと教育されて育ってきたことがわかります。それに、黒い見た目の内に綺麗な白い肌が見えてほっとしました。
「ん? ……これは…」
「? どうか、しましたか?」
カナタさんの質問に「なんでもありません」と返しましたが、明らかにおかしなものを見つけてしまいました。左肩の後ろ側、つまりはほぼ背中に位置に【魔刻印】が見えました。紅い茨のような植物が外円を縁取り、その中心にはひび割れた太陽のようなシンボルが刻まれています。どこかで見たような気がしますが……あとで、調べておきましょう。恐らく、杖製作にも大きく関わってくることです……私の勘ですが。
私は店の奥から持ってきた『魔力値計測装置第三号』と書かれた箱を開けて、準備を始めます。ずっと寝そべっているのも暇なのでしょう。カナタさんはずっとこちらを見て、私の準備の様子を観察しているようでした。私自身、久しぶりにこの装置を組立てるので何度か迷うこともありますが、無事に完成しました。
「よし、できましたよ」
「え? これが、計測装置、なんですか?」
できたのは、ちょうどベッドの高さまでの簡素な台の上に、人間の頭ほどの魔水晶が置かれた簡素なものでした。見る人が見れば何か占いを初めてもおかしくない光景かもしれません。しかし、これはれっきとした魔力計測装置なのです。その証拠に、下の台の中にはそれはもう複雑な回路が構築されており、台の内から伸びている数本のケーブルの先端には計石がきちんと取り付けられています。そこまで説明するのですが、カナタさんはまだ不安そうな様子でした。
「その、私が学校で計測したときは……もっと、大がかりだったような…」
「ああ、そうですね。あれは大きいですよね。個人が持つにはちょっと大きすぎるんで、小型の物を自作したのですが…」
「え? 自作……。作れるんですか?」
「智識と技術、そして材料と熱意があれば大抵の物は自作できますよ。それにこの計測装置ですが、性能実験では正規の製品よりも高精度・高感度の計測に成功しましたのでご安心下さい」
「は、はあ……。それじゃ、お願い、します」
私は「はい」と優しく返事をすると計石に手を触れました。まだ計測に耐えうるだけの魔力を帯びていることに安堵し、私は早速それをカナタさんに取付け始めました。
本来であれば、計測中に表示される波形を観察し、必要であればノイズ処理などを行い……まあ、ようするに計測終了まで計測画面を注意深く見ている必要があるのですが、私が創ったこの『魔力値計測装置第三号』は、面倒な処理や演算をこの魔水晶が代わりに行ってくれる優れものなのです。そのため、計測中は私もカナタさんも暇でしたので、つい世間話に花を咲かせてしまいました。
聞けば、カナタさんの年齢は12歳であり、もとの世界では図書館で本を読むことが趣味だったようです。読むジャンルとしては推理小説が多かったようですが、空想の冒険小説もお好きだったようです。
「でも……まさか、本で読んだ世界に、本当に行くことになるとは、思ってもみませんでした…」
「やはり、もとの世界とは全然違いますよね」
「そう、ですね…。懐かしいな…」
「……やはり、帰りたいですか?」
この国の召喚陣は、一方的に対象を選び強制的に召喚してしまいます。そのため、召喚された異世界人たちはよくわからないまま、突然この世界に連れ来られるわけです。本人達からしたら迷惑……というより、人生を大きく変えられてしまうので冗談では済まされないでしょう。実際に『帰りたい』と懇願する方もいらっしゃるようです。しかし、召喚陣は一方通行のため帰ることができない。そればかりか、邪龍を討伐して来いといわれる。激怒するのもわかります。
私の問いに、「そうですね……」と考えるカナタさん。
「初めは、そうでした。言葉も……わからないし、いきなり邪龍とかいわれても……知りませんし。それに、こうやって戦うことなんて考えてもみませんでしたし……」
でも。
カナタさんは、そこで一度言葉を区切りました。
「今は……悪くないかもって思ってます。ときどき、お母さんやお父さんに…会いたくなりますけど……。学校の先生方も、ほかの勇者の先輩方も、みんな仲良くしてくれますから……寂しくありません。それに…邪龍のせいで皆さんが困っていて……それを少しでも私の、力で……手助けできるのなら、頑張りたいですし」
小さい声ですが、確かな強い意思がこもっているその声に、私は感心してしまいました。
計測途中の結果ですが、確かに表示される魔力値は子供とは思えないほどに高値を示しています。このまま順調に修行を積んでいけば、将来は優秀な魔術師になる素質が十分あるといえるほどに。カナタさんは、この大きな力を『手助けできるなら』と言ってくれました。ならば、私はその力を十二分に制御できる品を創る義務がありますね。
世間話のおかげで、私とカナタさんとの間の距離は近づいてきた気がします。これを機に、少しカナタさんの要望を訊いてみることにしました。私を警戒している状態だと、自分の本心を語ってくれない気がしましたから。
「杖なのですが……何かリクエストはありますか?」
「え? ……そ、そうですね……。可能であれば、もうちょっと小さい方が……良いかもしれません」
ふむ。
カナタさんの目の先には服の上に置かれた杖がありました。どうやら、両手で大切に持っていたというより、片手では持てないというのが正しいのでしょう。そうなると、彼女は常に両手が塞がっている状態ということになります。
「ちょっと失礼しますね」
私は、カナタさんの左手を手に取りました。少しびっくりしたようでしたが、そんなことは気にせずに左手を凝視します。そもそも計測が終わった段階で手を見ることは決まっていましたから、早いか遅いかの問題ですね。
12歳相応の小さな手でしたが、すでに肉刺がつぶれたような痛々しい箇所がいくつかあります。
初心者用の杖は、専用の木をぎりぎり杖に見える形に削り、その先端に粗悪な魔水晶を入れ込むだけの簡単なつくりです。言ってしまえば、人が持つことに関して全く考慮されていない、武器として名乗ることに疑問を感じるるほどの製品です。まあ、初心者用というのは、一度使ってみて『違うな…』と思ったら、使い捨てが出来るという一面もありますので、口煩く言いませんが。
わかるのは、確かにこのような大型の杖であると、少女の手には合わないということでした。
「だとしたら、片手で持てる杖の方が良さそうですね」
「あっ……そ、それでお願いします!」
私の提案が嬉しかったのか、声色が嬉しそうでした。
その後、目測で手のサイズを覚え、指や間接に何かしらの異常が無いことを確認しました。ついででしたので、あまり体勢を変えない様にして利き腕の長さも目測し……面倒臭くなったので全身の長さを目測しました。まあ、寝そべっている状態ですので正しいデータとはいえませんが、小さな誤差に収まるでしょう。
ちょうど杖のデザインについて相談していたとき、背後の魔力値計測装置から計測終了のブザーが鳴り響きました。結果を見ようと魔水晶を見たと同時に、魔水晶に簡潔な結果が浮かび上がってきます。数字やら文字やらが羅列していますが、曲面上のそれを読むのは些か目が疲れますので、投影機能を機動させることにしましょう。
魔水晶に両手で触れると、映し出された文字たちが私の手に吸いつくように集まってきます。すべての文字が集まったことを感じると、私は両手を広げるようにして空中に文字を投げ出します。すると、文字や数字が部屋中を泳ぐようにして漂い、私たちを取り囲みました。
「うわぁ……綺麗」
すでに起き上がり、ベッドに座っている状態のカナタさんは突然の光景に驚いているようでした。
漂っていた文字たちは、次第に自分たちの役目を思い出したのか私の目の前に集合してきます。そして文字から単語へ、単語から文章へ、文章から完璧な書面として空中に現れました。文字がまだ揺れているところがありますが……まあ、良しとしましょう。
「す、すごいですね! 今のは、ど、どういう魔術なんですか!?」
興奮気味に私に訊いてくるカナタさん。
その様子がなんだか微笑ましく思えます。
「残念ですが、魔術ではありませんよ。私が開発した魔水晶の投影機能です。曲面上の文字はどうしても読みにくいですからね、文字を空間に投影する機能を開発したわけです。」
「ま、また自作というわけ……ですか?」
「ええ。まあ、仕事の合間に作ったので、まだ全然納得できるレベルになっていませんが」
最後の一言は、褒められそうになってしまったので自分に対する戒めとして言いました。そもそも、作っておいてずっと放って置いた物なので、改良しなくては、という思い入れは無いんですけどね。
前髪に隠れていても分かるほどに目をキラキラと輝かせているヒナタさんは放っておいて(お客様を放っておくというのは私もどうかと思いますが、何やら楽しそうだったので…)、私は結果に目を通すことにしました。
これは…予想以上の結果ですね。
異世界人だということを加味しても、この数値はありえないと言っていいくらいに高値です。下手したら、エルフ族と同等、いえそれ以上の魔力かもしれません。これでは、初心者用の杖が逆に可哀想ともいえますね。杖からしたら、制御なんて到底できない魔力が過剰に流れ込んでくるわけですから、苦しいに決まっています。
「ど、どうでした?」
私が黙っていることに不安を感じたのか、カナタさんはこちらを覗き込むようにして首を傾げていました。どう答えてよいものか考えましたが、ありのままを伝えることにしました。学校でどのように聞いているかわかりませんが、知っておいた方が本人のためになると思いましたので。
「そうですね。性質は【炎】に一番の適性があります。【風】と【大地】の素養もありますね。……それと問題の魔力値ですが、はっきり申し上げて異常といっていいくらいの値です。予想以上でしたよ」
「そ、そうですか……。もしかして……無理ですか?」
カナタさんの言葉に、私は首を横に振って否定する。
「いえ、大丈夫ですよ。びっくりはしましたが、対応可能な範囲内です。きちんとカナタさんの意向に沿うような杖を創らせていただきます」
この言葉に嘘はありません。
確かに予想以上でびっくりはしましたが、『なんだ、この程度でしたか。楽勝ですよ』と笑い捨てられるくらいの余裕はあります。多少、必要素材のレア度と値段が怖いことになりそうですが……予算オーバーしたら、タクマから回収すればいいですよね。あれはあれで、私に多大な迷惑をかけているのですから。
その後、私とカナタさんは一階の応接間へと戻り、再度打ち合わせを行いました。
といっても、大まかなところは計測の暇なときに聞いたので確認の作業になりましたが。一番、難航したのは杖のデザインですね。私は、初心者用の杖同様に、素朴で真面目なイメージを提案したのですが、本人は「可愛いのが良いです」ときっぱりと言うものですから、私の『可愛い』と彼女の『可愛い』の認識が重なるまで結構な時間を必要としました。
「ルミスさん……。スライムは可愛くない、と思いますよ…」
「いえいえ、あんなに可愛い生物は他にいませんよ。見ますか? 私の可愛いスライム見ますか? 流線型の美しいフォルムですよ」
と、言ったところで、そのスーちゃんにボコボコにされたタクマが帰ってきました。
何をどうしたらスライムにそこまでやられるのかわかりませんが、身体中青あざだらけで、最初はどこかのゾンビかと思いましたよ。見てください。カナタさんなんか、小さく悲鳴を挙げて身体を強張らせてますよ。
「だらしがないですね。スライム一体倒せずに、どうやって邪龍を倒そうなんて考えてるんですか」
「いや、おかしいっすよ。あのスライム。どんだけ鍛えたんですか……。斬ってもすぐに再生するし、スライムだから攻撃が弱っちいと思ったら、煉瓦砕くくらいの体当たりかましてくるし……」
「それ……本当に、スライムなんですか…?」
カナタさんの問いに「戦ってみますか?」と訊きますが、全力で否定されてしまいました。じゃあ、見るだけ見ませんか? 可愛いですよ? と提案しましたが、それも嫌だと言われてしまいました。回りくどい否定ではなく、真正面から言われたことに少し傷ついたのは内緒です。
タクマに回復薬を塗布して看病しつつ、私とカナタさんの打ち合わせも順調に進み、ようやく終わりが見えてきました。その頃には、私の頭の中にも大体必要な素材と工程が出来上がっていましたので、カナタさんに渡せる日は十日後と予測しました。
「それでは、前金および契約金として3000カルドのお支払いをお願いします。……今、現金でしますか? それともカード払いになさいますか?」
「げ、現金でお願いします……。それと……」
「はい?」
「……タクマくんの回復薬の代金もいっしょにお願いします…」
隣でうめき声を上げている彼を困った顔で見ながらも、優しさがこもった瞳でした。
スライムに負けた男だというのに、慕っているのがよくわかりますね。
お二人が、どういった関係なのか私にはわかりませんが……第三者から見てるとまるで兄妹のような関係ですね。臆病だけどしっかり者の妹と、怖いもの知らずだけど馬鹿な兄。とてもバランスが取れているように思えます。
その後、元気になったタクマとともにカナタさんは帰って行きました。
最後に二人して元気よく手を振ってきたときは、つい私も振ってしまいそうになりましたが、そこは店長として威厳を保つために頭を下げるだけにとどめておきました。
店内に戻り、これからしなくてはならないことをまとめます。
まずは、【管理局】に行って必要な素材収集の依頼を貼り出します。少々レア度が高いものもありますが、ここは新参から古強者までの冒険者が集う街スタントラルです。多少、報酬額を上乗せしていけばすぐに集まるでしょう。それまでは、私個人で収集できるものを集めて……そして、細かいパーツを作って……。
ああ、もう。駄目ですね。どうも集中できません。
何も問題なく思えますが、どうしても引っかかります。
カナタさんの肩に見えた、あの赤い紋様。
茨の外円に、ひび割れた太陽の魔刻印。
そして彼女の内に眠る膨大な魔力。
何か関係があるとしか思えません。
不安材料は少しでもつぶしておきたいですしね。
何事もなければいいのですが。
……って、こういうときは大体何か起こるんですよね。