駆け出し勇者たちと武器屋 (1)
私と少年は、店の隅に設置された応接スペースで向かい合って座っていました。
残念ながら私にはお茶を出すような家事スキルはないため、少年の前に置かれたコップには水しか入っていません。え? さっきの朝食はどうしたのか? ですか。ああ、あれは知り合いの方が作り置きしてくれるので、それを温めたりしているだけです。それくらいなら、私だってできます。それを料理とはいわない? フライパンで再加熱しているので立派な料理です!
と、話が大きく逸れましたね。
少年の方にちゃんと注目しましょう。
水を出された少年は、その水に手も付けず、にこにこと笑っていました。
彼は、一ヶ月前に召喚された駆け出し勇者であるタクマでした。
寝癖で元気よく跳ねまわっている異世界人特有の黒髪、太く力強い眉、そして穢れを知らない純真な瞳が特徴的でした。まだまだ幼さが残る顔ではありましたが、この一ヶ月で成長したらしく徐々に男らしい顔つきになっています。
年齢は15歳であり、平和な世界から来た異世界人にしては中々に鍛えられた体躯でした。
しかし、あくまでまだまだ駆け出しの勇者。装備もまだ勇者学校から支給されたものが多く、改めて購入した武具といえば、量産品である革の胸当てと、この店で購入した【挑戦者の剣】だけです。
「本当、ルミスさんにはお世話になりました!」
お世話になりました……じゃなくて、現在進行形でお世話してるんですけどね。と、ついつい溜息を吐いてしまいます。
この世界に来たばかりのときに、懇切丁寧に武器や戦い方について教えていたら懐かれてしまい、何か困ったことがあれば私を頼るようになってしまったのが失敗でした。そう思うと、人材の育成というのは本当に難しいことであり、異世界から来た子供たちを教育する勇者学校の教員の方々は素晴らしい人々なんでしょう。機会がありましたら、ぜひお知り合いになりたいものです。
まあ、現実逃避もこれくらいにして、そろそろ本題に入りましょう。
「それで? 本日はどういったご用件で?」
「えっと……相談に乗って欲しいことがあるんだ」
来ましたよ。
最近、最も聞きたくない単語『相談に乗って欲しい』が。
この前置きがある商談は、大抵ろくなものじゃありません。
そうと決まれば、話しも聞かずに即刻断ってお引き取り願いたい! ……ところではありますが、私のような弱小武具店ではこういった積み重ねが重要になるため蔑ろには出来ません。上手くいけば、私自身のスキルアップにも繋がりますし、新しい伝手も出来上がるかもしれませんしね。
「ご相談ですか……まずは、話を聞いてみましょうか」
「ありがとう! それじゃ……おい、入って来いよ!」
タクマは、店の扉に向かって話しかけていました。
まさか、異世界に来たショックでついに幻覚が……と、ボケてみますが勿論そんなことはありません。それに、私だって店の前に人がいるという気配には敏感なんです。しかもそれが『どうしようかな? 入ろうかな? 邪魔にならないかな? 私なんかが……』とおろおろとしている少女とあれば、『大丈夫ですよ』と安心させてあげたいくらいです。
タクマの声を聞いて決心したのか、扉の先の少女が顔を覗かせ、恐る恐る店内に足を踏み入れて来ました。
黒く、そしてストレートな髪は彼女の小さな体躯の腰まで伸びており、長すぎる前髪は彼女の顔を完全に隠し、その表情を読み取ることが出来ませんでした。髪だけでなく、装備しているそのローブまで完全に黒く、目に見える肌色部分がほとんどありません。わかることは、装備が魔力ほんのわずかに高める【黒のローブ】であり、両手で初心者用の杖を大切に抱いていることから、彼女が魔術師であることくらいです。
その少女は、私の方など見ずに一直線にタクマに向かって駆け寄ってきました。
どうやらまだ警戒されているようです。まあ、この無愛想な顔がいけないんでしょうが、無理に笑うと私って怖いらしいんですよね。
そして何も言わずにタクマの横に少女は座りました。こうして近くでみると、やはり冒険者としては幼すぎる気がします。髪が黒いということは勇者なんでしょうが、それにしても召喚陣は人選を誤った気がしてなりません。
タクマは少女の背中をポンと押すと、少女は慌てたように私の方を見てきました。いや、見てきましたっていうのは憶測なんですけどね。何せ表情が見えないんですから。
「ぁ……その……カナタです。よろしく、おねがいします……です」
小さく震えた声でしたが、なんとか名前だけは聞き取ることができました。こんなに緊張している方にもう一度名前を訊くのは気が引けるので助かりました。
「初めまして、私はルミス・アーチェリアと申します。よろしくお願いします」
「こ……こ、こちらこそ…」
私が頭を下げると、カナタさんも頭を慌てて頭を下げてくる。その拍子に頭を机に叩きつけてしまうのだから、まだ緊張が解けていないのがよくわかりました。まあ、それはおいおい話の中で少しずつ歩み寄りましょう。
「カナタは俺と同時期にこっちの世界に来た……まあ、いわゆる学校の同級生なんだ! 年齢は離れてるけどな! じゃあ、自己紹介も済んだことだし、本題に入りますか!」
タクマが話し始めた本題とは、彼女に起きている問題についてでした。
異世界人が呼び出される条件として、この世界でいう【魔力】が一定以上の値を示している、というものがあります。魔力というものは魔術を発動するためのエネルギーです。大魔術を発動させるためには、多くの魔力を必要としますし、まあ、高くてデメリットなんて早々ありません。どうやら異世界人、つまりは勇者の方々は、この世界の住人よりも魔力値が高いようで……この、脳筋のタクマでさえも、常人の二倍はあると聞いたことがあります。
その点、カナタさんは勇者の中でも突出した魔力の持ち主であり、そのことに気づいた王国の役人たちや勇者学校の教員たちは喜んだが……。
「つまり、魔力制御が上手くいかないと?」
「……た、多分……ですけど」
多分で話をされても困るのですが……。
ですが、まあ、そういうことであったら確かに私の出番かもしれません。
剣士にとっての剣は相手と戦う武器ですが、魔術師にとっての杖とはそれとは働きが異なります。
簡単にいえば、発動する魔術の制御を担っており……まあ、楽団の指揮者のような働きを行っています。たまに杖なしで魔術を行使する冒険者がいますが、彼らは優れた魔力制御の技術を有している所謂天才という人種ですね。まあ、魔術を創り出したといわれる【エルフ族】などは杖無しの無詠唱で魔術が使えちゃうわけですが。
つまるところ、カナタさんが魔力制御に失敗するのは杖が悪いのではないか? という相談でした。
タクマにしては中々に武器屋らしいことをさせてくれる良い相談内容です。
「で、でも……」
「どうかしましたか?」
カナタさんは、ちらちらとタクマの方を窺っている様子でしたが、タクマも何のことかわからず首をひねるだけでした。私は何となくですが、彼女が心配している理由がわかります。確かにこの店では魔術師用の杖を販売しているわけではありません。それに、本来であれば杖の相談は、専門の【魔杖師】の方が判断する仕事です。武器屋では到底出来ない仕事と思われがちですが、私にとっては勿論杖も武器の内ですので、楽勝です。
「大丈夫ですよ。私も魔術用の杖に関しては何件か扱ったことがあります。名前を聞いたことがあるかもしれませんが、【爆炎の調律師】と呼ばれるエクスプロの杖も私が見立てたんですよ」
「エ、エクスプロ? そ、そうなんですか……」
嘘です。
真っ赤な嘘です。心配しているカナタさんを安心させるための優しい嘘です。【爆炎の調律師】もエクスプロなんて人もいません。ていうか、爆炎の調律師なんて恥ずかしい二つ名の人がいるとは到底思えません。
「ひとまず、相談内容に関しましては承知しました。それであれば当店で十分にご期待に添えると思います。ただ……」
「ただ? 何か問題でも?」
タクマの質問に、私は頷き、話を続ける。
つまるところ、カナタさんの魔力制御が上手く出来ない問題は明らかに杖にあります。彼女が大切に扱っている杖は、支給用の初心者の杖です。彼女がかなり高い魔力値を保有しているのであれば、それでは完全に役不足……まあ、武器の能力不足です。
だとしたら、彼女に相応しい新規の杖を仕立てるしかありません。
必要な工程は、まずはカナタさんの魔力値の測定……と、その性質の特定。その後に、彼女の手に合うように杖を設計、そして材料の選定となり、最後は製作です。
しかし申し訳ないことに、この店には杖の材料と成り得る物がひとつも無い状況でした。
武器屋として、お恥ずかしい限りです。
「そのため、材料を発注する必要があります。中には、管理局に相談しに行かなければならない材料もあるかもしれません。そうなると、何時ごろカナタさんにお渡しできるか確約できない……というのが問題です。申し訳ありません」
「いえ、その……いつできるかとか、は、全然大丈夫、なんですけど…」
これに関しては商談を打ち切られても仕方ない案件ではありましたが、どうやらカナタさんは気にならないお様子でした。それよりも、重大なことがあるそうで。
「こ、これって……既存の、杖を……買うとかじゃ、駄目なんですか? 私その……お金が無くて…いちから作ってもらって…払えるかどうか、心配で」
なるほど、当然の心配です。
確かに専用武器、つまりはカナタさん専用の武器を創るわけですから、お金の心配もするかもしれません。
ですが、そんなことで心配はさせないのが私の流儀です。
「大丈夫ですよ。私も商売ですから対価として報酬を受け取りはしますが、法外な金額を要求したりはしません。あなたがまだ勇者として駆け出しということを踏まえて金額設定させていただきます。勿論、それに見合った杖の性能になりはしますが……確実に、今よりは使いやすくなりますよ」
私の言葉にほっとしたのか、カナタさんは表情が明るくなりました。どうやら、緊張もあったようですがお金の心配もしていたようです。
「それじゃ……その、よろしく、お願いします!」
「はい。確かに、受け賜りました」
久々の大仕事になりそうな予感です。