姉と聖女と武器屋(5)
明日忙しいため連投です。
「しかし、さっきのがシシル・ホワイトベル。最初の勇者のパーティで治癒師を務めた女性か。噂では優しき治癒師と聞いていたが、どうやら噂というものは本当に一人歩きするらしい」
「【聖女】というのも自分で言い出したことではなく、勝手に教会が祀り上げたシンボルみたいなものですからね。称号と中身が一致していないのは、当たり前のことですよ」
そう言って、カルはくるくるとフォークにパスタを巻いていきます。
皿の上に載っているのは、スタントラル近隣の村で栽培しているトマトをふんだんに使った特製トマトソースパスタです。トマトの深みのある香りと、それに絡められている牛挽肉の香ばしい匂いが対面に座っている私にも届いてきます。少しだけ「あ、こっちの方が良かったかな?」と思いますが、それはまだ私の元に注文した料理が届いていないからです。
ええ。羨ましいわけではありません。
カルはフォークに巻かれたパスタを口元に運びます。
そのパスタの間には、煮込んで原型を無くしたトマトたちがよく絡んでいます。そして口の中で咀嚼を始めると、カルが幸せそうな顔でその味を堪能しているのが伝わってきました。きっと、特製トマトソースの濃厚な味わいに感動しているに違いありません。それはカルが旅をしているときには絶対に体験することのできない、まさに開拓といってもいいほどの衝撃だったでしょう。なにせ、私が初めて食べたときがそうでしたから。
「ん? なんだルミスも欲しいのか?」
「え? そんな風に見えました?」
「いや、いつも通り無愛想な顔だけど、なんとなく視線が私の口元だったから」
すると、先ほどのようにカルは器用にパスタを巻いて行きます。ちょうど一口分がまとまると、右手にフォーク、そして左手を皿にして私に突き出して来ました。
「ほら、あーん」
「………………」
「なんだ、恥ずかしがっているのか? 前はよくやっただろう?」
「……あーん」
羞恥と食欲が争った結果、食欲が勝った瞬間です。
しかし後悔はしていません。ああ……本当に美味しい。次来たら、やっぱりこれを食べましょう。毎日食べても飽きない味というのは貴重なものです。
因みに、私が注文した料理はシーフードパエリアでした。
ええ、絶品でしたとも。
「しかし、異世界の料理が増えたな。料理人たちとしては複雑な心境なんじゃないか? 自分たちが考えた料理よりも、異世界の料理の方が人気あるなんて」
「さあ、一流のレストランであればそうかもしれませんが、ここはただの宿屋の食堂なので。女将さんに訊いてみないことにはわかりませんね」
眠ってしまったカナタさんはタクマに任せて、私たちは街に繰りだしていました。
そして今は行きつけの宿屋……にある食堂にて昼ごはんを食べています。
ここの女将さんにはかなりお世話になっております。というより、すでに胃袋を捕まれています。私だけでなく、この宿屋【秋の夜明け】のリピーターである冒険者や商人は、この料理目当ての人が多数いるようです。
因みにですが、当然お店は臨時休業です。
二人して料理を食べ終わり、一服したところで今後の予定を確認します。
まず、確実に管理局には行かなければなりません。
昨日はカルが倒れてしまったために事情聴取が出来ませんでしたが、今はこの通り完全快復している状態のため大丈夫でしょう。私個人としても、あの運ばれてきた男の人が気になります。あの傷……一体、どういった武器で傷つけられたのでしょう?
「ん? ルミスなら一目見ればわかると思ったんだが」
「一目見る前に、病室に運ばれてしまったんですよ。遠くからでは細かいところまで見れませんでしたから、観察し終える前に時間切れでした」
なるほど。
と、頷くカル。
「私が言っても良いんだが、主観的な情報が入ってしまうからな。そこはルミス自身の目で見た方が正しいだろう。よし、じゃあ最後は管理局に行くで決まりだな」
「最後は? いや、今から行っても……」
妹の言葉に、ふっと鼻で笑う姉。
何かおかしいこと言ったでしょうか……。
しかし、姉の口から出た言葉は私の予想を越えるものでした。
「せっかく姉妹が再会したというのに、遊びもしないで仕事ばかりじゃつまらないだろう。というより、私がつまらない。どうせ管理局に言ったら質問攻めされて一日をふいにしてしまうからな。なら、遊んでから行った方が有意義というものだよ」
本当に自分のことしか考えてません……。
振り回される私のことも考えてください。
誰か私と代わってくれませんかね……? いまならイケメン女と半日デートできますよ?
「そうと決まれば、さっそくショッピングにでも行こう」
「ええ……? 別に買うものなんて……」
「いいから、ほら」
スッと、私に手を差し伸べるカル。
その顔は、昔と変わらない無邪気な笑顔です。
不満や不平はたくさんあったはずなのですが、おかしいことにあなたのその顔を見たらどうでもよくなってしまいました。
私はその手を取り、久しぶりのショッピングへと洒落込みました。
普段は行かないような店を回りました。
私と違い、カルは服を見るのが好きなので、私を着せ替え人形にして遊んでいました。途中からは店員さんと結託して、次々に服を着せられます。さらには、美容師さんも参戦して、服のイメージに合わせた髪型に変えられますし………正直、悪魔と話すより疲れました。
まあ……そんな様子を見かねたのか、途中からはカルのファッションショーになっていましたけどね。彼女は自分の個性をしっかりと理解しているのか、それともそれが好みなのか、男性が着るような服を見事に着こなしていました。
「はっはっはっは! 楽しいなルミス! ほら、一緒に!」
「え? ちょ、ちょっと……」
テンションが上がったのか、カルは疲れて休んでいた私を引っ張り、またファッションショーの会場へと引き戻されます。なぜか他のお客さんたちもこちらに注目していて……羞恥のあまりどうにかなってしまいそうでしたが、カルの強引さには負けました。
その後は、結局アーチェリア姉妹のステージが始まったわけです。
どうなったかですか? 聞かないで下さい。
アクセサリや小物も見ました。
これは私も武器の参考になるため、かなり真剣に商品を見て回りました。とくに注目したのは、肩翼の鳥をモチーフにした精巧なシルバーアクセサリです。羽の一枚一枚を丁寧に仕上げており、職人の力の入れようがわかります。それをじーっと観察して業を盗もうとしていたのですが、カルはそれを勘違いして、「欲しいのか? 仕方ないな」と買って来たのは苦笑いでしたけど。
「ふふ、お揃いだな」
「え? あなたも買ったのですか? 恥ずかしいですよ……」
「気にするな。姉妹なんだから」
便利な言葉です。
カルは、姉妹ならなんでも許してもらえると思っているのでしょうか?
……本当に、思ってそうで怖いです。
その後も、様々な店を回りました。
ときには甘い物に夢中になったり、古い書物を読み漁ったり、ベンチに座って昔話には花を咲かせたり、インドアな私からしたら不機嫌になるくらいに疲れているのですが……まあ、悪い気はしません。
気になるのは、カルの態度です。
まるで私を元気づけているかのように、励ましているかのように振る舞っています。
いつものカルのようにも思えますが、いつも以上のカルのようにも思えます。
それに、あれからタイミングを見ているのですが、彼女がこの二年間で何をしていたのか聞き出せてはいません。私が訊こうとすると、そのタイミングがわかるのか別の話題で誤魔化してくるのです。
彼女にしては上手く躱しているつもりでしょうが、私にはよくわかりました。
だって、姉妹ですからね。
辺りはすっかりと暗くなってきました。
管理局は最後に行くと言っておきながら、「今日はもう行かなくていいんじゃないのかな?」と思ってしまうくらいの時刻です。
しかし、ここで面倒だから後回しにすると、パポンの冷たい目線が私を襲うのです。
情けない話、知らない人に嫌われたりするのは平気なんですが、知人から怒られたりするのは嫌なんですよね。
「おう、嬢ちゃんたち。やっと来たな」
「お疲れ様ですフュリーさん」
桟橋に着くと、いつものようにフュリーさんが手を振ってきます。
昨日、あんな話をしたばかりで少し気恥ずかしかったですが、フュリーさんも大人であるためその件でからかったりはしませんでした。カルとはいうと、昨日はろくに自己紹介も出来なかったため、認証中はフュリーさんと和気藹々と談笑していました。
二人分の認証が終わり、さあ管理局へ行きましょうと思ったところで、一人の人間が桟橋に向かって歩いて来ました。恐らく身長と体格からして男でしょう。しかし、それ以外のことについては判断できません。何せ、顔には不気味な白い道化師の仮面を、そして全身を黒いローブで覆っていたのですから。すでに当たりが夜闇に包まれていることから、まるで仮面だけが宙に浮いているような錯覚に陥ります。
彼に気づいたフュリーさんは、一度船を下りて彼の対応をします。
どうやら管理局へと向かう冒険者だったようです。
「ん………」
「カル? どうかしたのですか?」
何やら鋭い目つきで道化師を見ています。
見ると、右手は腰の短銃に添えられていました。
明らかに警戒しています。
「あの男がどうかしましたか?」
「わからない。ただ、油断はしない方がいい」
心配の種がまたひとつ増えたことになります。
男は認証も無事に終え、私たちの小舟に乗りこんできました。
同乗人が増えることは珍しくありません。むしろ、そちらの方が多いくらいです。しかし、こういった変わった人がいると……場が緊張します。
船が出港しても誰も話そうとはしませんでした。
あの軽口を叩くフュリーさんでさえ、今は真面目な船頭らしく船を漕いでいます。どうやら認証に問題は無かったとしても、元冒険者としてその男を警戒はしているようです。カルはテンガロンハットを顔にずらして寝ているようではありますが、実際のところ寝たふりをして男の様子を窺っています。
私は何もせず、いつも通りの湖の景色を眺めているだけです。
「もし、お嬢さん」
聞き慣れない声に、私は道化師の男を見ます。
すると、その仮面の奥にある瞳はどうやら私を見ている様です。すると、先ほどのまるで感情の籠っていない声も、彼が私に向けたものになります。
「何か、ご用でしょうか?」
「いえ、何分綺麗な方ですからお知り合いになりたいと思いまして」
先ほどと同じ、抑揚のない実に聞き取りにくい声です。
まるで台本を読んでいるだけのような、決められた台詞を読んでいるだけの人形のような印象を受けます。道化師の滑稽な笑みとは裏腹に、その仮面のしたはまるで表情がないのでしょう。
「大変嬉しいお誘いですが、私にはやるべきことがございますので、ご遠慮させて頂きます」
カルの忠告もあり、私は彼のお誘いを断りました。
それに本当にやることもありますしね。
「そうですか。それは残念です」
すると、男はローブの内側から両手を出して来ます。
黒い礼服のような袖、そしてその手には白い手袋が装着されていました。
「では、せめて。今日のこの出会いを祝して一芸を」
誰かが何かを言う前に、道化師はその手を動かし始めました。
まず、両手を合わせます。そして上下に擦り上げるような動作を繰り返した後に、ぽんっというコミカルな音を出しつつ赤い薔薇が手元に現れました。それで終わりかと思いきや、今度はその薔薇がくしゃりと握りつぶしてしまいます。手の隙間から薔薇の花が何枚か落ち、風に吹かれて宙をひらりと舞います。私が一枚の花びらに注視し、それが湖に落ちたのを確認して彼に方へ向き直ると、そのタイミングを待っていたのか、彼は私の目前で閉じていた両手を広げました。
そこから現れたのは、何百、何千という薔薇の花びら。
その瞬間、湖上に強風が吹き荒れ、花びらたちが一斉に空中へと飛び出して行きます。その多さ故に、私の視界は赤く染まります。そう、紅く染まっていきます。とっさに腕を前に出して防御姿勢を取りますが、花びらたちによる舞の前には無力であり、私の顔や体には次々とその花弁が当たります。
風が止み、薔薇の花びらでたちがゆっくりと湖上へと落ちていきます。何をするのか、と憤りを感じ彼を見ますが、そこに道化師の男の姿は見えませんでした。
あるのは、私たちを嘲笑うかのような道化師の白い仮面だけ。
フュリーさんは落ちたのかと思い、辺りを見回しますがそのような形跡もありません。
カルに至っては、いつになく真面目な顔をして花びらを見ています。
「一体、なんだったんでしょう……」
「わからない。だが、わかりたくもない。まるで幽霊みたいな奴だ」
確かに、何もない船上から忽然と姿を消したその業は幽霊のようにも思えます。
しかし、彼は確かにそこにいて、私と会話をしました。
幽霊とは思えません。
「ひとまず、お前たちを送り届ける。その後に、もう一回探すしかねえな……。ったく、【千の弾丸】よ、お前が来てから問題ばかりだぜ」
「褒め言葉として受け取っておくよ。それに、フュリー。奴は探さなくていい。恐らくは無事だ。今頃、どこかで私たちのことを馬鹿にして笑いこげていることだろう」
「なんだ? もしかして、さっきの不気味な奴のこと知ってるのか?」
「いや、完璧に勘だ。心配なら女の勘といってもいいぞ」
そこはせめて冒険者の勘にしときな。
フュリーさんがそう言うと、船は再び前進し始めました。
私の身体には、さきほどの花びらが未だに大量に付着しています。
髪や服の隙間にも入り込んでいて、気持ちが悪くて仕方ありません。
そこで私は気付きました。
その花びらたちは、やけに私の胸元に集まっていることに。
まるで、心臓から血飛沫が出るように、一輪の真っ赤な花を咲かせるように。
それが何を意味するかはわかりません。
しかし、明らかにあの男は私を狙っています。
そして、確信しました。
あの道化師と私はまた会うときがくる。
そして彼は、間違いなく私の敵です。
さっきまでのカルとの楽しい時間が嘘のようです。
湖面は夜の闇を吸ったように暗く、まるで何かが生まれて来るような底知れぬ恐怖を感じます。あの道化師の白い手が湖面から現れ、私をその深い闇に引きずり込むのではないかと、ありえない想像が脳内を駆け巡ります。
遠くには、管理局の歪な城が見えてきます。
この暗い夜でも温かい光を灯し、心は静かに平穏を取り戻して行きました。
しかし、心の底から笑えるかと訊かれると、とてもそんな気分にはなれませんでした。
物語の展開が遅く申し訳ありません。
次からやっと進み出す……と思います。




