姉と聖女と武器屋(3)
忙しいため、しばらくは5000~6000文字のペースで投稿していきます
【カガミ・スグハ】
それが、邪龍討伐のためにこの世界に最初に召喚された男の名前でした。
中肉中背の目立った箇所がない平凡な少年で、筋力、体力、知力ともに突出しているものはありません。異世界人として優れている魔力値も、上級魔術師と同程度といったことろでした。
召喚を試みた王宮の大臣たちは、肩を落とします。
この世界を暗黒に落とそうとしている邪龍を討伐するために呼んだ異世界人が、想像よりもずっと弱かったからです。しかし、すぐに次の召喚を行えるわけではありません。異世界から人を召喚するには、特定の日時と高魔力値な召喚師が複数人必要なのです。
平凡といっても、異世界人のため魔力はまあまあ高い。
そのため、王国は一縷の望みをかけて彼を勇者として旅に出させることにしました。
しかし、王国は彼の真髄を理解していませんでした。
彼の特異性は、筋力でも、体力でも、知力でも、魔力値でもなく、その魔力の性質にあったのです。
名前を付けるとするならば、【創造】が相応しいでしょう。
彼は自分の魔力から、他の物体を創り出すことができたのです。
旅をして、仲間を増やしつつ、彼は自身の魔力について深く学んでいきます。
そして傾倒したのが、彼専用の武器を創ることでした。
どんな魔物であろうと、どんな敵であろうと、彼はそれに対応した武器を瞬時に組立て、創造します。考えてもみてください。どれだけ強い攻撃をしようと、どれだけ堅い防御力を持っていたとしても、それを一度彼が【鑑定】すると、それを看破する武器がすでに手元に創られているのです。
そんな彼が、仲間たちと知人から呼ばれた名前が【創造師】でした。
彼は仲間と供に、破竹の勢いで世界の問題を解決していきます。
ときには、頼れる魔術師と供に。
ときには、背中を預けれる剣士と供に。
ときには、寡黙な拳闘士と供に。
ときには、優しき治癒師と供に。
そして、スグハはついに邪龍との決戦に臨みます。
しかし、その戦いに仲間たちはいませんでした。
邪龍と勇者の戦いは七日に渡って繰り広げられました。
辺りの地形は変わり、生命の気配はせず、そこにあるのは殺し合う龍と人の姿でした。
「その後、スグハの姿を見た人は誰もいませんでした。めでたしめでたし」
「あっけない!」
机をバンと叩いて不満を表すタクマと、手元の紙に聞いた話をメモするカナタさん。
カルの話は約十分で終わってしまいました。
いや、それだけでも私は大分疲れましたけどね。
心臓がバクンバクンしてます。うあー。
「はっはっは! 実のところ、スグハに関してはこれくらいしか私も知らないんだ」
「なんだよー……期待させやがって……」
「ちょっと……タクマくん。駄目だよ、そんなこと言っちゃ……」
女子の方が、精神的に肉体的に成長が早いと聞いたことがありますが、明らかにカナタさんの方が精神年齢が上ですよね。タクマなんか、面白くなかったのか机に突っ伏しています。それに対してカルに謝りながらもタクマを諌めるカナタさん。
ああ……本当に、涙が。
「それで? それからどうなったの? スグハは? 邪龍は?」
タクマは、顔だけを上げてそう訊きました。
それに対してカルは困った顔をして返します。
「さあ。私にはわからないな。彼が居なくなって五年経つが、彼を見たという情報は全くない。それに、邪龍だって死んだという報告はない。まあ、魔物の被害があるということはどこかで生きているのだろうがな」
「それって……じゃあ、スグハさんは……もう亡くなっているんじゃ……」
カナタさんは思ったことを口に出そうとして、途中で何かに気づいたのか声が萎むように小さくなってしまいました。……ああ、なるほど。カルはスグハと会ったことがあると公言しているので、心無い一言を言ってしまったと思ってるのでしょう。
それに対し、カルは軽快に笑い返しました。
「あのスグハが死ぬなんてありえない。君たちには悪いが、あれほどまでに強い勇者を私は他に知らない。まさに人界最強を名乗るに相応しい奴だと私は思うよ。それに………」
そこで、カルは自身の脇に置いていた大型ライフルを見ます。
灯りに照らされ、黒い銃身からは金属特有の光沢を見せています。それにより、自らの重量と破壊力を主張していました。しかし、何より目を引くのはその銃の形状と構造でしょう。明らかに、この世界の技術では製造できない歪な姿をしていたのです。
「スグハはこの銃を、【流星】と呼んでいた。たしか……君たちの世界では対物ライフル……と、いったものなんじゃないか?」
その言葉に、二人は首を傾げます。
カルも別に期待はしていなかったのか、「そうか」と軽く頷くだけでした。
「これもスグハが創った武器のひとつだ。現存している彼の武器の数は全部で百を超えるといわれている。正確な数を確認できる術は無いから、もしかしたらもっと少ないし多いかもしれないがな。冒険者や武器商人、そしてコレクターなどの間では、彼が創った武器のことを【創造武器】と呼ばれ、高額で取引されている」
その話を聞いて、目を輝かせたのはタクマでした。
小さな声で、「創造武器……」と口走ったのを私は聞き逃しませんでしたよ。あなたには、私が創った挑戦者の剣があるでしょうに。言っときますけど、それも十分に伝説級ですよ。
カルは、流星の銃身を愛おしそうに触れ、目を細めて過去のことを懐かしんでいました。
「これらはスグハの魔力……【創造】の力で創られたものだ。そのため、彼が死んだ瞬間にただの魔力に戻るといわれている。もし、本当に彼が死んでるのであれば、この銃はとっくの昔に消えてなくなっているはずだ」
「だから…まだ生きている?」
「ああ。だが、結局のところ憶測に過ぎない。一度、創造されたものは、例え創造主が死んだとしても魔力に戻ることはないと主張する奴もいるしな。まあ、個人的な考えとしては……生きてても、死んでても、元気ならそれでいい!」
そこで、カルと目が合った気がしました。
私は怪訝に思い、カルの方へと向き直りますが、正面に座るタクマとカナタさんと談笑しているようです。私の気のせいでしょうか。
タクマは「死んでちゃ元気じゃないじゃん!」と子供のように揚げ足を取り、それに対しカルは「はっはっはっは! 確かにそうだな!」と上機嫌に笑います。カナタさんはというと、今まで聞いた話をメモに綺麗にまとめ始めていました。
そんな時間がしばらく続いて、カルの冒険者としての話や、タクマの自慢話で盛り上がりました。
タクマが、最新自慢話であるヒートホースの狩猟を話している最中に、カナタさんはペンを置いて顔を上げます。
どうやら話をまとめ終わったようです。
「き、貴重な話……ありがとうございました!」
「いやいや、どうってことないさ。こんなことしか話せなくてすまないね。タクマもつまらなかったろう?」
「そんなことないぜ! 伝説の勇者の伝説の武器! ロマンにあふれるぜ!」
創造武器の話を聞いてから、やけにわくわくしていましたが……。
そんなに私の武器はいりませんか。そーですか。
「でも……なんだか、おもしろいですね」
「おもしろい……って?」
するとカナタさんはこちらを向いてきます。今度は気のせいではありません。実際に、私と目が合うと、カナタさんはくすりと笑いましたから。
おや? 私に何か用なのかな? と思っていると、カナタさんは言いました。
「最初の勇者……そのスグハさんって……強い武器をいっぱい創れたんですよね? それって」
「まるでルミスさんみたいだな……って思って」
その瞬間、私は立ち上がっていました。
しかし何も言えず、ただ反射的に立ってしまっただけ。
私のいきなりの挙動に目を丸くするタクマとカナタさんですが、私はそれを見ても言葉が出てきません。逆にその様子を見て私はさらに混乱します、
「あの……いえ、その……」
どうしてこんなに動揺しているのでしょう?
いつものように、嘘で誤魔化せばいいのに、今はそんな軽口さえ出てきません。額に嫌な汗を感じますし、膝が変に笑っているようにも思えます。心臓の鼓動がやけに大きく聞こえてきますし、息も苦しいです。そう……苦しい。苦しいんです。楽になりたい。この苦痛から解放されたい。どうすれば、どうすれば――。
「……わ、私はっ――」
「はっはっはっは!」
その笑い声に、愉快そうな笑い声に、私は自分を取り戻します。
今、何を言おうとしていたのでしょう。
とんでもないことを口走りそうになったことに気づき、そのことが信じられず、口を手で抑えて茫然としていました。
カナタさんたちを見ると、突然笑い出したカルにびっくりしたのか、二人は目を見開いて、さらには口を開けて驚いていました。
たっぷりと笑って満足したのか、カルはカナタさんを見て言います。
「カナタ。たしかに私の妹は優秀な武器職人ではあるが、スグハには負けるよ。それに、彼女は可愛い女の子だ。そんな子が、勇者のように戦えると思うかい? この子は、多分君よりも走るのが遅いよ」
「一言……余計ですよ」
やっと、絞り出した言葉がそれでした。
椅子に座り、何事も無かったように平静を装います。
カナタさんは心配そうにこちらを見ていますが、その目線に気づかれない様に息を整えます。深く息を吸って、吐いて……。身体もそうですが、まずは心を落ち着かせなくてはなりません。
私はルミス。
私はルミス・アーチェリア。
良し、大丈夫。
改めて三人を見ると、どうやら別の話題で盛り上がっているようです。しかし、カナタさんだけは、ちらちらと私の方を向いてきます。どうやら、私の動揺した様を見て心配しているようです。一度だけ目が合ったので、ぎこちないとは思いますが笑って返します。ところが、カナタさんは下唇を噛んで青い顔をしてしました。はて……安心させるために笑ったのですが……。あっ。そうでした。私って、無理に笑うと不気味なんでした。
「そうだそうだ。最初の勇者の話をしたのなら、やっぱりそのパーティである【最強の探究者】たちのことも話すべきだろうね」
さらにカルに気を遣わせてしまったようです。
無理矢理にカナタさんが食いつく話題にして、私から注意を逸らしてくれたのでしょう。先ほどの、笑い声といい……やっぱり、頼れる姉なんですよねえ。
「最強? つまり、その人たちが冒険者の中で一番強いのか?」
「正確に言えば、探究者の中でさ。勇者である君たちの強さは未知数なところがあるからね。スグハは、文字通り最初の勇者だった。他に勇者がいないし、仲間は自然と探究者だけになったわけさ」
もちろん。
最強と言われるだけはあって、その実力は本物だ。
と、カルは言います。
「まあ、魔術師と拳戦士の二人は、スグハ同様に行方不明なんだけどね。ああ、違う違う。死んだわけじゃない。彼らは自分たちの意思で表舞台から消えたんだ。多分、魔術師のお爺さんはどこかで隠居して、拳闘士のお嬢ちゃんは修行しているだろう」
「となると……あとは、剣士と治癒師?」
タクマが指を折って数えると、その横からカナタさんが「そうだよ」と頷きました。ああ。そういえば独自に調査していたんでしたっけ? すると、カナタさんはメモ帳をめくって、残りの二人の名前を呼びあげました。
「剣士さんは……名前は【ガイウス・レッドソル】。そして治癒師さんの名前は……【シシル・ホワイトベル】だよ……って、あれ? 読んでみて気付いたけど……どこかで聞いたような」
ああ。まずい。
今日はなんでこんなにもピンチがやって来るんでしょう。
やはりカルのせいでしょうか。カルのトラブルメーカーとしての才能が如何なく発揮されてしまっているのでしょうか。シューカも、もっと徹底的にカナタさんの記憶を消しておくべきだったんです!
「シシル……ホワイトベル。シシル……あの、ルミ――」
カナタさんが私を呼ぼうとしたその瞬間。
店の扉が開きました。
おや、本当に珍しいことにお客様です。ですが、これでカナタさんからの追及から逃れることができます。やっぱり、お客様は神様です。あ、いえ、私は無論信者ですけど。
「いらっしゃいま――」
しかし、私は店内に堂々と入って来た人物を見て、固まりました。
その女性は、頭の先からつま先まで、真っ白でした。
年齢は二十代後半でしょう。大人の女性らしい立ち振る舞いと、その毅然とした態度がそれを物語っています。地面に届きそうなくらいに長い髪の毛は白く、修道服と思われるローブも全て白いです。肌もまるで陶磁器のように白く、不健康そうに見えるほどです。唯一色があるのは、その翠色の瞳と、紅い唇だけです。
彼女は、店の中心まで歩くと、周囲を見渡して言いました。
「私の名前を呼んでたみたいだから来たのだけど……何か御用?」
「え? あの……お姉さん、どちら様ですか」
珍しく、タクマが敬語を使ってその女性に問いかけます。
まあ、異世界人であるタクマが知らないのも無理はありません。ですが、彼女はもしかしたら国王よりも有名度が高い人です。
なにせ、あのコスモ神教の事実上のトップなのですから。
「私? 私の名前は……シシル。シシル・ホワイトベルよ。よろしくね、異世界人さん」
お客様は神様ではありませんが、【聖女】様ではありました。




