姉と聖女と武器屋(2)
突然ではありますが、カルが倒れました。
病気や怪我というわけではなく、単純に寝不足と過労が原因だそうです。優雅な笑みを見せていたと思いきや、いきなりそのままの表情で倒れたときには絶句しましたよ。すぐに寝息が聞こえてきたので、さほど心配もしませんでしたが。
本来であれば、管理局はあの負傷した男を運んできたカルに対して詳しい事情を訊きたいところでしょうが、いくら頬を抓っても起きないことから今日は無理だと判断しました。
ちなみに、カルが私の姉であることを伝えたときの受付嬢三姉妹の反応は。
「にゃはは……。ルミスちんのお姉ちゃんがまさか【千の弾丸】だったとは……。恐ろしい姉妹もいたもんだにゃ」
「どうしようルミス……。飼われたときに『お姉さまの命令は聞けないの?』って言われたら、パポンどうすればいいのかな? やっぱりご主人様はルミスだから、パポン的にはルミスに独占されたいかなーって。でも、お姉さんも適用範囲内にする?」
「………驚愕」
モウさんみたいな常識人が増えることを願うばかりです。
私の身長では、男性よりも高い身長のカルを背負うことは出来ません。さらにいえば、お姫様抱っこをする筋力も持続力も皆無です。仕方ないので引きずろうかと思ったら、フュリーさんが背負ってくれることになりました。
今は、湖の桟橋から店へ戻る道中です。
すでに、スタントラルには夜が訪れています。
しかし、大通りの酒場や大衆食堂などからは、夜であることを全く気にしない陽気な笑い声や音楽が聞こえてきます。ときには、喧嘩をしているような怒声とともにガラスが割れる音や、壁などが壊される光景を目にしますが……。お茶目な冒険者さんたちだなー、と軽く流します。
巻き込まれるのは御免なのです。
「しかし、嬢ちゃん。まさかあんたに姉がいたとはな」
フュリーさんは、姉を器用に背負い直しながら言います。
「すいません。姉がご迷惑をおかけして」
「いいってことよ。しかし、俺としたことが、まさか女と見抜けないとはな。本当に女なのか? 俺の背中に柔らかい感触が伝わってこねえぞ」
堂々のセクハラ発言に、私は脛を蹴ります。
もちろん、ヒール部分です。
私のヘロヘロな蹴りなど余裕で躱せるのでしょうが、フュリーさんは避けず「いってえ!」と言っていました。セクハラであることは承知の上での発言だったので、甘んじて受けようと思ったのでしょう。
「まあ、カルは男とよく見間違えられますよ。どちらかというと、男性よりも女性にモテるタイプでしたね」
「容易に想像できる。何も知らなければ、ただの美青年だからな」
大通りから外れて、小道の方へと入って行きます。
途端に喧騒が遠くなり、静かな夜道となりました。大通りでは数多く取り付けられている街頭も、こちらの方まで整備が回らないらしく、未だに暗い道が多くあります。
「カルは……いきなり私の前から消えたんです」
私の言葉に、フュリーさんは応えません。
ですが聞いてはくれるようです。
「いなくなることはあったんですが、いつも夕方の決まった時刻には帰って来るんですよ。だから、何時ものことかと思いまして、家でずっと待っていたんです。でも、いくら待っても帰って来なくて、私はどうしていいかわからなくて……結局、今までずっと待っていました」
まあ、カルはトラブルメーカーでもありますから、帰って来られても困りますけどね。むしろ、厄介ごとに巻き込まれないから平穏な生活を享受できたともいえます。
「それで? 何が言いてえんだ?」
「……わからないんですよ。久しぶりに会った姉に、私は何を言えばいいんでしょう。さっきは、いきなりでしたので『おかえりなさい』と返しましたが……。怒るべきなんでしょうか? それとも、泣くべきなんでしょうか? 喜ぶべきなんでしょうか?」
いきなり消えた姉にかける言葉が見つかりませんでした。
そもそも、なぜいなくなったかもわからないんです。
私は、妹としてどうしたらいいのでしょう?
「相変わらず不器用だな、嬢ちゃんは」
「失礼ですね。装飾品をつくれるくらいには手先が器用です」
「俺は、性格のことを言ってるんだよ」
フュリーさんは溜息を吐きます。
はて? 何か心配事でもあるのでしょうか。
「俺には兄弟はいねえ」
「はい?」
「だから、兄弟がいる奴の気持ちなんてわからねえ。しかも、失踪していた家族がいきなり戻ってきた奴の気持ちなんてわかるわけもねえ」
フュリーさんが何を言いたいかわかりません。
しかし、彼自身も言うべきことを探しているような気がしました。
「つまりだな。そんな相談を俺にされても困るってことだ」
「……まあ、そうですよね」
突き放されましたが、元々は自分の心の問題です。
勝手に相談して、私の悩みが晴れるような答えを期待するのは、私の傲慢というものです。
「ただし」
そこで、フュリーさんは歩みを止めて、私に向き直ります。
薄暗い路地で表情は見えにくいですが、いつものような軽薄な態度では無く、真剣であることが伝わってきます。
「嬢ちゃんのことはよく知ってるつもりだ」
「……………」
「面倒なことは考えずに、正面から向き合ってみろ。嬢ちゃんは、いつも客に対してそうしてるだろ? それと同じだ」
以上だ。
そう言い切って、フュリーさんはまた歩きはじめました。
恐らく、私が何か言おうとしても反応は帰って来ないでしょう。ちらりと見えたその顔は、らしくないことをしたのか羞恥で真っ赤でしたから。
フュリーさんの背中で気持ちよさそうに寝ているカルを見ます。
私の心中など知らずに、いつも自分勝手に動くあなたに、私はよく振り回されました。でも、結局それって……大体は私のためだったんですよね。
「まったく……変わっていませんね」
多分、今回も……。
まずは、話を聞いてみましょう。
正面から、まっすぐに。
それで、むかついたら怒りましょう。嬉しかったら喜びましょう。感動したら泣きましょう。そして……最後は――。
「結局さ、【最初の勇者】って何なの?」
と、何とも腹が立つ態度で言ってきたのはタクマでした。
スーちゃんの昨日の一件から、タクマをお客様として認識されておらず今日はお茶は出てきません。しかし、そんなことを気にせず応接間で勝手に寛ぎ始め、私に言った言葉がそれでした。店内の掃除もせず、私はスーちゃんをタクマに向かって投げます。
私は「昨日のようにお仕置きお願いします」という軽い気持ちで、スーちゃんを投げたのですが、スーちゃんはというと、「よし来た!」と言わんばかりに身体を震わせます。すると、なんと空中で自身を小さく圧縮したかと思うと、空気を蹴ってタクマへと突進しました。
スーちゃんミサイル(今名付けました)はタクマの鳩尾にクリティカルヒットし、彼は「がっ……ふぅ……」と苦悶の表情を浮かべて気絶しました。
現役の勇者を一撃で沈めてしまうとは……私のスライム強くなりすぎているかもしれません。
というより、なんで今日も同じように来たんでしょう。
一瞬、時間が巻き戻ってる? なんて不思議めいたことを考えてしまった自分が馬鹿みたいです。
ひとまず今は放って置きましょう。その内起きるか、誰か迎えが来るでしょう。
私の予想は的中し、タクマが気絶した一時間後くらいに、今度は黒いローブを纏った少女が来ました。
その腰のホルダには、白い十字架を模した杖が光っています。
「あ、あの……タクマくん来ませんでした?」
カナタさんは、私を見つけた一言目がそれでした。
当初は、顔を前髪で隠せないことが不安で仕方なかったようですが、最近は慣れてきたのか自然に話すことができます。後は、その黒いローブをもうちょっと明るい色にすれば、がらっとイメージが変わると思うのですが……服に無頓着な私が言えることではありませんね。
私は言葉はいらないと判断して、指だけでタクマが沈んでいる応接間を指します。
それを見て、カナタさんは絶句して……けれども慣れている様で溜息を吐きました。
「その……ご迷惑をおかけしました」
「いえ。同じパーティになってから、タクマの面倒を見ているようで……あなたの苦労を考えると涙が出てきそうです」
どうやらタクマとカナタさんがパーティを組んでからというもの、カナタさんがタクマの暴走を諌める役目になったようです。自由奔放に動き回る彼の尻拭いをするのは大変でしょう。今回は、まだ顔見知りの私だったから良かったものの……。いつもはどうしてるんでしょう?
「それで、その……タクマくんは一体何を?」
「ああ……最初の勇者について訊きたがっていましたね」
私の言葉を聞いて、カナタさんは肩を落として言います。
タクマに呆れているのかと思いきや、少しだけ嬉しそうでした。
「すいません。……私のせいです」
カナタさんの話を聞くと、タクマはカナタさんの手助けをしたかったそうです。
彼女は、自分たちのパーティを最初の勇者と同じくらいに強くするのが目標だと、以前語っていました。そのために、まずは彼らについて調べ始めたのでしょう。
「で、でも……最初の勇者である【スグハ】さんについては、全く記録が残っていなくて……。他のパーティの探究者の方々……【最強の探究者】の活躍はたくさんあるんですけど……」
「なるほど。それを聞いたタクマが暴走したと」
目を閉じれば瞼に映りますね……。
『最初の勇者についてわからないことがある? よし、わかった! 俺に任せろ!』と言って、カナタさんの制止も聞かずに走り出すタクマの姿が。
そこで私を頼るのが、ちょっとおかしい気もしますけどね。
まあ、行動の理由がカナタさんを思ってのことですので……今回のついては許してあげましょう。
「それで……ルミスさんは、何か知りません? 最初の勇者さんについて……」
「……そうですね、生憎ですが私は――」
「それなら、私が教えてあげよう!」
店の奥から姿を現したのは、さっきまで気持ちよさそうに寝ていたカルでした。
どうやらたっぷりと睡眠をとったおかげで快復したようで、いつもの余裕の笑みが見えました。
そして、今はテンガロンハットを脱いでいるので、その髪と顔が露わになっています。
紅の髪と、眼鏡の奥の藍色の瞳が、私たちが姉妹であるということを教えてくれます。違うのは、私と比べるとカルの顔は中世的ということでしょう。まあ、私も認めるイケメンフェイスだと思います。眉毛も太めであり、髪の毛はベリーショートに切り揃えられています。そして、常に余裕に溢れる笑みを崩さず、自身に満ち溢れた表情が特徴的です。
女性にしては身長が高く、恐らくは百八十近くまであるのではないでしょうか。それに加えて、女性特有な身体の丸みがわかりにくく……ずばり言いますと、かなりの貧乳なのでよく男と間違えられます。まあ脚は長いですし、ある意味モデル体型といえなくもないですね。
さて、カルが元気になったのは重畳なのですが……。
「ル、ルルルルミスさんの、家から……男の人がっ!?」
顔を真っ赤にして「あわわわわ……そういう関係なのかな……」と呟いているカナタさん。頭からは煙が出ていそうですね。カルと一緒にいるとよくある勘違いなので慣れちゃいますが……面白くはありません。
結局、カルが私の姉であることを説明すると、その途中でタクマが気絶から快復し、「うおおおおおお!? なんかイケメン女がいるうううう!」と叫びだす始末。しかし、女と見破ったその観点はタクマらしいです。ある意味フュリーさんよりも煩悩を抱えているのかもしれません。
……今度、カナタさんには対暴漢用の武器をあげましょう。
カルは、どんな人とも仲良く話せる人柄です。
人との距離を考えないタクマは別として、壁をつくるタイプであるカナタさんともすぐに仲良くなりました。今は、応接間に三人座ってお茶を楽しんでいます。因みに、そのお茶はスーちゃんではなくてカナタさんが慣れた手つきで淹れていました。
……完全に溜まり場と化していますね。
まあ、お客さんがいない内はいいですけど。
「よしよし。それじゃ、カナタが知りたがっている最初の勇者について、私が知る限りのことを教えてあげよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「頼んます! カル姉!」
喜ぶ二人の対面に座るカルから視線を感じます。
それは「任せておけ」という、いつも通りに自信ある瞳でした。
私が彼について喋る必要性が無くなったのは良いですが、下手なことを言わない様に注意しなくてはなりませんね。
私はカウンターに座り、お茶を楽しみつつ三人の会話に集中します。
話の始まりは、カルの自分語りからでした。
「さて、始めよう。そもそも、なんで私が最初の勇者……つまりはスグハに詳しいかというと、実際に彼に会ったことがあるし、彼が戦ったところも見たことがあるからだ」
「おおおおお! あのスグハと!?」
「でもスグハさんって……今は……」
「ああ、行方不明だな」
そしてカルは話し始めます。
この世界に初めて降り立った異世界人である最初の勇者の話を。
そして邪龍と対等に戦えることが出来た唯一の人間の話を。
それはやっぱり、私にとっては面白くない話でした。




