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冒険は武器屋から  作者: 真空
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閑話 セクハラ勇者と解説役の武器屋

 度々出てくる単語である【魔水晶】についての解説です。

 解説というわりにはあまり解説してないかもしれません。

 勿論、本編には(あまり)関係はありませんから、読まなくても大丈夫です。

「結局さ、魔水晶って何なの?」


 と、何とも間の抜けたことを言ってきたのはタクマでした。

 スーちゃんが淹れたお茶を片手に、勝手に応接間で寛ぎ始めたかと思いきや、私に言った言葉がそれでした。店内の掃除をしていた私は、彼のその言葉に反応することはありません。だって、面倒臭いし、なんか生意気な態度だし、それくらいは自分で調べた方がいいと思いますし。


「結局さ! 魔水晶って何なの!?」


 先ほどよりも声を大きくして言います。

 聞こえていないと思ったのでしょう。

 ですが、あえて無視します。以前、リオンさんに対しては無効化された『気付かないふりして相手を孤独にさせて退散するのを待とう』作戦を再び決行します。基本、構ってちゃんなタクマに対しては効果は抜群でしょう。


「…………………」

「…………………」


 と、思いきやまさかの相手も強行手段を取ってきました。

 席を立ちあがって私の目の前に身体を滑り込ませてきたのです。いきなり真下から出てきたときには、びっくりして「ひっ」と小さい悲鳴を挙げてしまいましたが、そんなことで負けはしません。

 気にせず、無視作戦続行です。


「…………………」

「…………………」

「…………………」

「………………えい」


 いきなり胸に手を伸ばして来ました。

 触れられる瞬間に、スーちゃんが飛んできてタクマに体当たりしました。前に、パポンがドロップキックしたときと同じように、タクマは壁まで吹っ飛びました。その後の乱闘……というよりは、スーちゃんの一方的な攻撃が凄まじかったですね。まさか、スライムがマウントポジションを取って、自分の身体で人間の頭を殴り続けるシーンが見られるとは。


「ず、ずびばべんでした……」


 タクマがそう謝ると、スーちゃんは許したのかタクマの拘束を解いて解放しました。けど、去る直前に顔面に一発殴って行きました。それほどスーちゃんはムカついている証拠でしょう。


「ルミスばんも……ずびばべん」

「あ、いえ……。それほど怒ってませんよ?」


 というより「あ、胸触られる」と危機感を覚える前に、スーちゃんが飛び込んできましたからね。タクマが殴られている姿を見つつ、「あ、私って今危なかったんですね」と認識した感じです。それに、スーちゃんが怒り狂っている姿を見ていたら、私は逆に冷静になってしまいました。


 何はともあれ、無視作戦は失敗に終わりました。

 そう思うと、タクマの決死の作戦の負けたということになります。

 なんででしょう……。悔しくなってきました。


「タクマ、いつか……えっと、そうオセロしましょう」

「え? ああ、別にいいっすけど……なんでいきなり?」


 タクマに回復薬を塗布しつつ、私はそう言いました。これに対しタクマも快諾。これで、何時の日か私とタクマのオセロ戦が行われることでしょう。……どこかで頭脳戦に勝っておかないと、私のプライドに傷がついたままなんですよ。






「それで、魔水晶がどうかしたんですか?」

「うん。単純に気になったからさ」

「おや、それでは机に広がっているそのノートは一体? 手には鉛筆を持っているようにも見えますが?」

「いや、そりゃさ。忘れない様にメモするのは重要なことでしょ。決して魔水晶について調べて来いなんて課題は出てないですよ? 俺がルミスさんに聞いた話をそのまま書けば高得点取れるとか……思ってるわけないじゃないですか!」


 勝手に自爆してくれました。

 どうやら、勇者学校の課題のようです。

 しかし、実のところ教えるのはやぶさかではないのです。私が創る武器と魔水晶は重要な関係がありますから、それを知ってもらえると今後も結構助かるんですよね。恐らく、タクマの剣の使い方も変わってくると思いますし。

 面倒臭いという理由だけでさっきは無視してましたけどね。

 ただ、今となっては無視作戦は無効化されてしまいましたし(二回目です。非常に傷つきました)、ここで話さないと後がもっと面倒になりそうです。


 溜息を吐いて、結局諦めることにしました。


「仕方ありませんね……。それでは、ルミスさんの魔水晶講座の始まりです」

「いえーい。ドンドンパフパフ!」


 盛り上げ方が雑です。

 というより、一人では盛り上げに限界があります。


「そうですね……。結論から言ってしまえば、魔水晶は『純度の高い魔力を含んだ鉱石』です」

「石? 石に魔力って含んでるの?」


 はあ、そこからですか……。

 これは結構骨が折れそうです。やっぱり、勇者学校の教員は素晴らしい方々なんでしょうね。カナタさんのときは期待を裏切られましたけど。


「覚えてますか? カナタさんの杖を創ったときに、【白熱石】と【絶氷石】を使ったのを。 あれらは、周囲の【炎】の魔力や【氷】の魔力を吸収して生じた【魔鉱石】です」


 例えば。白熱石は活火山の近くで採取することができます。活火山のマグマや溶岩といった高熱の環境が、空気中に【炎】の魔力を生じさせて、そしてそれが石に吸収されてできたのが【白熱石】ですね。そういった特殊な環境下では、空気中に漂う魔力が濃い傾向にあり、魔鉱石が生まれる可能性も高くなるわけです。


「じゃあさ、魔術師が石の近くで火炎魔術を使ったらさ、その石は【白熱石】になるの?」

「なりますよ。ただし、一瞬の内に大火力を発生させるか、長時間魔術を当て続ける必要があります。その場合は、後者の方が品質が……つまり、純度が高くなります」


 一瞬で出来上がるならそちらにこしたことはない……と思いがちですが、高エネルギーを一瞬の内に吸収させると、石に対する負担が大きくなってしまいます。それでは、壊れやすくなりますし、中の魔力密度はスカスカです。その反面、ゆっくりと時間をかければ、石に対する負担も軽くなり、魔力密度も高いものになります。


「ふむふむ。つまり、その魔鉱石の純度が最高度まで高まったものが、魔水晶なわけだな」

「ちょっと違います。石はどこまでいっても魔鉱石で終わりです。それ以上の変化は望めません。あ、ですが……稀に特殊環境下で長時間魔力を吸収すれば、魔鉱石の上位種である【精霊石】になります」


 下手すれば、魔水晶はよりも貴重なのが精霊石です。大体は、魔力の基本性質から外れた特殊な魔力を帯びていること多いですね。例えば、強い風吹く環境下で数百年【風】の魔力を吸収した石は、【飛行】という魔力を有した精霊石になることがあります。便利ですよ? 靴底の材料に用いれば、空を歩くことができますしね。


「でも、【風】でも飛べるじゃん」

「その通りです。精霊石はその性質を一点特化させた例が多くて、その使い道は魔鉱石よりも幅が狭いんですよね。【炎】であれば【業火】の精霊石ができる例がありますが、武器に組む込むと武器自体が燃え尽きちゃうんですよ」


 ま、これは失敗例ですけどね。

 因みに、【炎】だからといって必ずしも【業火】の精霊石になるとは限りません。その場所の魔力の高さ、そして環境によって様々な精霊石になることが報告されています。


「話は逸れちゃったけど……結局、石では魔水晶はつくれないわけだろ? それじゃ、石の代わりに何か別の物が成るのか?」

「お、ズバリ的中ですね。魔水晶の場合、石ではなく【宝石】が魔力を吸収する必要があります」


 長い間、宝石が魔力を吸収し、それが高純度である場合に、やっと魔水晶として運用することが可能になります。なんで宝石? と訊かれても……それは、そういものだと納得して下さると嬉しいのですが……。そうですね。宝石は石の上位互換に当たると考えて頂ければ良いかと思います。

 採掘した宝石を職人が特殊な技術で加工して、一般的な球型、そして管理局のような立方型、そして冒険者の証であるカードのような平板型となるわけですね。


「……それだけ聞くと、なんだか魔水晶がかなり貴重なものに聞こえるんだけど…? 結構、色々なところで使われてるよな……」

「そちらの世界ではわかりませんが、こっちでは【ブルースフィア】という宝石は割と大量に安価で入手できますよ。というより、市販されている魔水晶の九割がこのブルースフィアが元になっています」


 青く透明な宝石ではあり、球型に加工しやすいがために名付けられた名前です。そのため、魔水晶も球型が一般的となっているわけですね。まあ、宝石ではありますが、ただのガラス球に見えなくもないですけどね。


「魔鉱石は性質で分類されていますが、魔水晶はどの魔力であってもその機能に大きな差はありません。重要なのは、純度の高い魔力が宝石に蓄積されていることです。そのため、機能面の差は宝石の希少度、魔力の純度で変化しますね」


 具体的に説明すれば少し違うんですけどね。

 魔水晶であっても、内包する魔力によってその性質は若干異なります。

 基本的にはその性質の魔力を制御することが可能になり、他の性質は制御しにくくなります。例えば、【炎】の性質を取込んだ【ルビー】の魔水晶であると、【水】の魔力なんて全然制御できませんね。


「ところで魔鉱石と違って、魔水晶は人工的に製造することは不可能です。なぜかわかりますか?」

「え? 本当に講義みたいだなぁ……。うーん……」


 腕を組み、首を傾げて考えるタクマ。

 その内、頭から煙が出てきそうなのでさっさと答えを言ってしまいましょう。


「精霊石と同じように、長時間魔力を吸収させる必要があるからですよ。安定して長時間魔力を吸収させる術は、今の魔術師にも魔技師にも不可能な芸当です。ですから、魔水晶は天然頼りしかありません。先程、ブルースフィアは安価で大量に入手できると言いましたが、それでも近年では採掘量も減っている様ですね。仮に魔水晶が無くなってしまったら、確実に文明レベルがひとつ下がります」

「そ、それって結構やべえんじゃねえの?」

「それこそ、百年後くらいの話だと思いますから、私が生きている内は関係の無い話です」


 今の様に無闇に掘り進めれば百年後ですが、計画的に採掘すれば二百年は大丈夫なはずなんですけどね。それでもいつかは無くなってしまうのが現実であり、その内……資源を争って国同士で戦争が勃発しそうで怖いですね。ま、それこそ私が生きている内は関係の無い話です。


「ていうかさ、そもそも魔水晶って何するものなの?」


 タクマはすでにノートにペンを走らせていません。

 話をすることに夢中になって、課題だということを忘れているようです。

 知りませんよ? 私は悪くないですからね。


「簡単に言ってしまえば魔力制御装置といったところでしょうか。魔力の運用、保存、吸収、放出……まあ、考える人が考えれば出来ることは多数ありますよ」


 例えば冒険者の証。

 これは、冒険者の魔力を吸収して作製されるオリジナルカードです。これには、所有者の身分証明書や任務達成記録などの情報が記録されています。情報の閲覧および書き換えは魔力の吸収・放出を利用して行っていますね。


 実のところ、正しい原理を理解して使っている人は少ないです。全くいないと言ってもいいほどです。一般人の認識としては便利な道具があったものだなー……という感じでしょう。それって、結構よくあることだと思いません?


「タクマ、これで課題はばっちりですよね」

「え? あ、え……あっ」


 その後、店内で「しまったあああああああ!」と叫ぶ情けない勇者の姿がありました。






 タクマがしょんぼりとした姿で店を出て行き、私はやっと店内の清掃に移ることができました。

 今ではスーちゃんも手伝ってくれています。しかし、最近のスーちゃんの進化度合がやばいことになっていますね。成長期という奴でしょうか……。


 スーちゃんの身体はスライム特有の半透明の粘性物質であり、その中には赤い核が浮いています。実はこの赤い核も魔水晶だったり……と、この話はまた今度にしましょうか。


「しかし、タクマには少し嘘を吐いてしまいましたね……。ひどいことをしたでしょうか?」


 私の独り言のような問いかけに、スーちゃんはふるふると身体を振ります。人間であったら、首を横に振る動作でしょうか。どうやら、「そんなことはないよ」と言ってくれているようです。

 そうですよね。タクマですからいいですよね。

 よし、開き直れました。


 実際のところ、魔水晶は人工的な製造が可能です。

 現に、純白の聖灯(ホワイト・ルクス)のときは、私は【黄金塊】内に【フレイムガイストの心霊痕】を内包させることで魔水晶を造りました。


 黄金塊は、加工して球状にします。

 黄金って、宝石じゃないじゃん! と思われそうですが、石の上位互換であることに変わりは無いので大丈夫です。

 後は、これに魔力を吸収させるだけなのですが、勿論、長時間魔力を安定して吸収させる術は私にもありません。そのため、代替品としてフレイムガイストの心霊痕を使いました。不定形の魔物――ゴーストやらガス生命体。魔力生命体とは少し違います――を倒す際に生じる、存在証明の痕跡みたいなものですね。実は、これはかなり純度が高い魔力の塊なんです。


 そして、後は黄金塊に心霊痕を吸収させるだけ……なんですが、心霊痕は魔力の塊であって、魔力そのものではないため吸収させることはできません。例えるならば、魔力が水であるならば、心霊痕は氷のようなものです。まあ、氷ならばその内に溶けて吸収されやすくなりそうなものですが。


 そこで失われた古代の技術である【錬金術】の出番です。

 これを書物から発掘して再現するのにかなりの時間がかかりました。


 私が書物で見つけた錬金術は、簡単にいえば複数の物質による新たな物質の創造です。

 つまりは物質の融合が可能です。


 それにより、私は黄金塊と心霊痕を融合させて、あとは魔刻字(ルーン)によって色々と調整すれば魔水晶の完成というわけです。宝石と純度の高い魔力を併せ持っているため、魔水晶としての性能は十分です。


「でも……もし私が個人で魔水晶をつくれることがバレたら、多分大変なことになっちゃいますよねー。それこそ、自然資源ではなく、人的資源の奪い合いに……」


 そのため、純白の聖灯をつくるときにも、リオンさんとタクマには魔水晶の精製は見えないところでやりました。まあ、見ててもわからないかもしれませんが、ここでは『一個人が魔水晶をつくった』という事実が重要なので、やはり秘匿事項なのです。







 時計塔の方から、夕方を知らせる鐘の音が聞こえてきます。

 私は手に持った雑巾をバケツに戻し、溜息を吐きます。

 

 結局、今日も一日掃除するだけで終わってしまいました。

 あ、いえ……。お客さんが来ないだけなんですけどね。

 別にそれはそれでいいんですが、なんていうか……こう、嵐の前の静けさといいますか。休息の後には、また難事件が待っているような気がしてならないんですよね。


 店の前に出て、扉に掛かっている木札をひっくり返して『閉店』の文字を出します。

 ふと、空を見上げると、夕暮れの燃えるような赤い空が広がっていました。


 それを見て思い出すのは自分の髪。

 そして、私と同じ髪色のあの人。


「今頃……どこを放浪しているんでしょうね……私の姉は」


 まあ、あの人は、タクマの上位互換といえるトラブルメーカーですから、帰って来られても困るんですけどね。


 店の戸締りを終えた私は、そのまま管理局へと向かいます。

 とくに用事は無いのですが、たまにあそこの酒場の料理が食べたくなってしまった仕方ないのです。それに、パポンとも一週間以上会っていませんし、そろそろ顔を見せないとパポンが暴走しちゃいそうですからね。


 私は軽い足取りで管理局へと向かいました。

 そこで、まさか姉と再会することになるとは全く知らずに。

 忙しいのもあり、大分短くなりました。

 次の物語は、6/22あたりから始められると思います

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