駆け出し勇者たちと武器屋 (11)
今日もまた、街に一日の始まりを告げる鐘が鳴り響きます。
朝早くから冒険へ出発するため準備する冒険者や、商人たちが活発的に動き回っています。
まあ、大通りから外れたこの場所には、誰かが来ることは少ないですが。
私は店の前の掃除を行いつつ、ぐっと身体を伸ばします。
あの悪魔と――シューカと対峙してから一週間が過ぎました。
まだまだ身体は本調子とはいきませんが、やっと通常営業を始められるまで快復しました。
それでも、無理したせいで右肩と左手の傷は悪化し、かなり治療が遅れるとのことでした。それに対して後悔はしていません。まあ、きちんと完治するという話でもありますし。
しばらくは、神罰隊に狙われるかもしれないという理由で、管理局から冒険者さんが護衛に来てくれました。しかし、三日経ってもその兆候はなかったので、私の方から丁重にお断りしました。また、火事についても、局長が国軍と話を着けてきたらしく、無罪放免ということになりました。
よって、やっと狙われる立場から解放されます。
あー、自由って素晴らしいです。
「スーちゃん、私今回頑張りましたよね?」
私の肩に乗っているスライムに対して話しかけます。
するとスーちゃんは、半透明の身体をぷるぷると震わせて、核となる紅い宝石をきらりと輝かせて応えてくれました。スライムですから喋ることはできませんが、もし発声器官があるとしたら『ルミスは頑張ったよ! 偉い偉い。あの悪魔が言ったことなんて気にしちゃ駄目だよ。元気出して!』と言ってくれていることでしょう。まあ、それでもその愛嬌ある仕草にメロメロなんですけどね。
「ル、ルミスさん……お早うございます……」
スーちゃんを愛でていたら、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきます。
そちらを振り向くと、黒のローブに身を包んだ少女が緊張して立っていました。
乱暴に切り裂かれた髪は綺麗に整えられ、ロングからボブヘアに。前髪も真っ直ぐに切り揃えられて、可愛らしい顔がよく見えます。そして、腰には革製のベルトを巻いており、そのホルダには純白の杖が収納されていました。
「おや……お早うございます。カナタさん」
あの日から、初めてカナタさんが店を訪れてきました。
店の中の応接スペースにて、私たちは向かい合って座っています。
前も言った通り、私には料理スキルが全くないので、お茶を出すことすら出来ません。これからも人と話す機会があるのであれば、給仕を担うメイドを雇うべきなのかもしれません。
そう思ってたら、お茶がふたつ乗ったお盆が宙を浮かんで運ばれて来ました。
何事かと思いきや、お盆の下からスライム特有の半透明ボディが垣間見え、そこにスーちゃんがいることに気づきます。
ええっ!? 私自身びっくりしましたけど、スーちゃんがお茶を淹れて持ってきちゃいました!?
すごいです、流石はスーちゃんです!
お盆は私たちの横でぴたりと止まり、苦笑いでお茶を受け取るカナタさん。その目線は私に向けられていて、『スライムに何やらせてんですか?』と呆れている感情がひしひしと伝わってきました。誓って言いますが、私はスーちゃんにお茶を淹れることを強制したことは一度もありません。……恐らく、自分で学習して、カナタさんが来たから気を働かせてくれたのでしょう。
ウチのスライムが有能すぎて怖すぎます。
その内、私の代わりに武器を創りそうです。
「それで、本日はどういったご用件で?」
私の問いかけに、カナタさんはゆっくりと応えます。
緊張こそしていますが、前の様に怯えたりはしていません。
「えっと……杖の代金の支払いと……その、ありがとうって言いたくて……」
少し俯きはしましたが、声はしっかりと聞こえています。
まあ、気持ちはわかりますけどね。
一週間も店に来ないで、一体何をしていたんだ君は? という気持ちが私にもありますし。
とにかく、まずは武器屋として金銭をしっかりと処理しましょう。
「あ、それは無料でいいです」
「へ? あ、いやいやいや、何でですかっ!?」
おお。今まで見えなかった顔が見えるので、カナタさんのコロコロと変わる表情が実に可愛らしいですね。なにせ、あの悪魔は笑うか不機嫌に眉間に皴を寄せることしなかったものですから、慌てているカナタさんが非常にレアに思えてきます。
「だ、だって……、学校の先生が、この杖はかなり希少な一品だって言ってましたよ?」
「世界にひとつしかない杖ですから、当たり前でしょう? それは、私がカナタさんのために創った杖なんですから」
「じゃ、じゃあ、やっぱり高いんじゃ……」
「考えたんですけどね。その価値を決められる相場を私は知らないんですよ。じゃあ、創った私が値段をつけるべきなんですが、今回は色々と迷惑もお掛けしたので無料でいいです」
これは私にとっては当然のけじめです。
仕方ないとはいえ、彼女の中にいるシューカが、彼女を使って人を殺したのは事実です。本人はそれを知りませんが、彼女が殺人を犯したという罪は私も受けとめるべきです。そして、その行為はカナタさんが私を助けたいという強い願いがあったことも無視できません。
命を救われたのであれば、恩義を返すべきです。
カナタさんは相当の額を要求されると思ったのに、まさかの無料であることに驚きを隠せない様子でした。しばらくすれば落ち着くかもしれませんが、それを待つよりもこちらで新しい話題を提供した方がいいでしょう。
「それで、杖の様子はどうでしょうか?」
私の質問に、カナタさんは落ち着きを取り戻し、そして嬉しそうに言います。
「はい。すごい、良いです。手にもしっくり来ますし……それに、全然重たくないんです。私の、弱い力でも軽く振り回せます……。それに、やっぱり……前よりも、魔術の発動がスムーズになりました。今までは自分でも危なっかしいくらいと思えるくらいに、不安定だったんですけど……今は、もう大丈夫です!」
「そうですか。それは良かったです」
私はそれを聞いて安堵します。
万がいち……いえ、億がいちのことがあるかもしれないと思っていたのですが、どうやら私の杞憂だったようです。しっかりと、杖とカナタさんの魔力が合わさっていますね。
カナタさんには、自分の中に悪魔がいることは教えていません。
そして、今回の関係者には悪魔の意志は杖で完璧に封じたと報告しました。陽茨輪……のような紋様が消えているのですぐに信じてくれました。シューカが彼女の中で人界観光を楽しんでいることは、私と彼女だけの秘密の約束なので話すわけにはいかなかったんです。話した瞬間に、私は消し炭でしょう。
しかし、きっといつか。
カナタさんなら、シューカの【煉獄】を自在に操ることができる日が来ると信じています。そして、それで彼女の願いどおり、皆を護れるとも。
カナタさんは、私にその杖がいかに優れているかエピソードを交えて報告してくれました。まるで自分の友達を自慢しているようで、大切にしてくれていることがわかります。そんな彼女の話を遮るのは心苦しいのですが、どうしても訊きたいことがあるので、口を開いてしまいました。
「どうですか? 最高の杖ですか?」
それを聞いてぽかんとしていましたが、微笑んだかと思うと、元気よく頷きます。
「はいっ! 最高の杖です! 本当にありがとうございました!」
それを聞いて安心しました。
裸で街を一周しなくてすみそうです。
「そういえば……なんでルミスさんは武器屋を始めようと思ったんですか?」
唐突な質問に、私は「え?」と返しますが、カナタさんの反応も「え?」でした。
どうやら深い意味は無いらしく、単純に気になったから訊いたようです。
そんなことを知ってどうするのでしょう、とも思いましたが、あまりに真剣な眼差しに気圧されてしまいます。これは答えないとしつこく訊いてくるパターンです。私の直感が言ってます。
「そうですね……。これは昔、友人の冒険者から聞いた話なんですが――」
なんでも、とある冒険者は初めての街や村に立ち入ると、宿屋や管理局よりも先に武器屋に行きたがるそうなんです。長い旅路を乗り越えて、幾多の死線を潜り抜けて来たというのに、最優先に向かうのは武器屋なんです。ふふ、おかしいと思いません? 普通は、すぐに休みたい冒険者が多いのに、彼はそんな疲れさえ見せず、意気揚々と武器屋に入るそうです。
そんな彼に対し、とある剣士の冒険者が訊きました。
『おい、何でお前はそんなに武器屋に執着しているんだ』
と。
そしたら、逆にその冒険者は質問して来たそうです。
『あんたは腕の立つ剣士だ。剣士なら、剣を振るって戦うだろ? じゃあ、その剣はどこで調達する? 死人から漁るか? 落ちてた剣を拾うか? 誰かから奪うか?』
その質問に、剣士は唖然としたそうです。
だって、そうでしょう? いきなりこの冒険者は何を馬鹿なことを言い出すんだって思うでしょう? これは、からかわれていると悟った剣士は、腹を立てて冒険者に掴みかかりました。
しかし、その冒険者は至って冷静でした。
彼の怒りなど関係なしに、先ほどの話の続きを淡々と語り始めたんです。
『違うだろ? 剣は武器屋で買うだろ? 今持っている剣より優れている装備があったら買い換えようと思うし、改良できる余地があるなら鍛え直してもらう。それは剣だけじゃない。斧だって、槍だって、どんな武器だって同じことだ』
その言い方は、まるで説き伏せるかのような物言いで、剣士は気付けば彼の言うことに頷いていたそうです。
そして、冒険者は最後にこう言いました。
『俺たちは武器が無いと戦えない。戦えないと冒険は出来ない。わかるだろ?』
俺たちの冒険は武器屋から始まるんだ。
「それが、理由なんですか?」
「はい。私はその冒険者に共感しまして。こうして武器屋を営んでいる次第です」
カナタさんはしっくり来ないのか、納得できていないようでした。
まあ、少し曖昧な感じでしたかね。結局は、自分がやっていることは自己満足だと思っていますが。
それしか出来ないのだから、それをやるしかない。
私はルミス・アーチェリア。武器屋アーチェリアの店主で、今までも、これからも、ただ武器を創るだけの存在です。
店の扉が開く音が聞こえます。
おや、朝早くから珍しいですね、と腰を上げると見知った顔がいました。
「あ、ルミスさん! お久しぶりです!」
「タクマでしたか。今日はどうしました?」
タクマが唐突に店に来るときはろくなことが無い。
これは今までの経験上確かなことでした。
しかし、例外ということは往々にしてあり得ることです。
タクマに気づいたカナタさんが、椅子から立ち上がって彼の方へと駆けて行きます。
おやおや? と様子を見ていましたが、どうやらタクマの方もカナタさんに用があったようです。二人は軽く挨拶をして、朗らかに笑うと、私の方に向き直りました。
そしてタクマがとんでもないことを口にしました。
「実は、ここで待ち合わせしてたんだ。ここなら二人がわかる共通の場所だから」
「勝手に人の店を待ち合わせ場所にしないで下さい」
そこで買い物をするならまだしも、それはあまりにも横暴過ぎます。
何をまあ、当然のようにいけしゃあしゃあと言ってるんですか。
「ち、違うんです! ルミスさんに……その、二人で伝えたいことがあって……。それなら、ルミスさんのところに直接集まろうってことになったんです」
カナタさんが慌てたように訂正します。
タクマの「そうだった」という呟きに些か不安を感じます。まあ、それは良いとして、何やら伝えたいことがあるというなら、一体どんなことなんでしょう。お願いじゃないだけまだ安心して聞くことができます。
「実は俺たち、正式に【パーティ】を組むことになったんだ!」
「まだ二人だけど……【最初の勇者】さんのように、強いパーティをつくるのが今の目標なんです」
ああ、なるほど。そういうことですか。
パーティというのは、簡単にいえば冒険者が旅をする集団のことを言います。タクマがヒートホースを狩りに行ったときのように、臨時のパーティを組むこともありますが、大体の人たちはこうして自分たちのパーティを結成して名声を得ていくことが多いです。
しかし……まだ駆け出しの勇者たちがパーティなんて、ちょっと早すぎる気もしますが……。
「ルミスさん! いつまで駆け出し勇者って呼ぶつもりなんだよ! 俺だってあのヒートホースを倒したんだんゼ? もう一人前でしょ!」
「わ、私だって……! 極炎魔術使えますよ!」
私の呟きに、二人はうるさく反応してきます。
そう言って、敏感に反応しているようでは、まだまだ駆け出しですけどね。
どうやら、それだけを伝えに来たようで、これから管理局に行ってパーティの申請とパーティとしての初任務を受注するそうです。調子に乗って難しい依頼に挑戦しなければ良いのですが……まあ、パポンが上手いこと処理してくれるでしょう。
「それではお二人とも、冒険へと出発する際には、ぜひ当店へお立ち寄りください」
私はわざと恭しく、へそ辺りに両手を添えて、頭を下げて言います。
そのお辞儀に仰天したタクマたちは顔を見合わせてびっくりしていましたが、友人ではなく店員としての対応はこんなものでしょう。
「でも、ルミスさん。前々から思ってたけど、なんで冒険に出る前に武器屋に寄るように言っているんですか?」
と、タクマが言ってきました。
自然と、私とカナタさんの目が合います。
彼女はそれがおかしかったのか、くすりと笑っていました。
全く同じ話をするつもりはないので、端的に言います。
タクマにはこれくらいがちょうどいいかもしれませんしね。
「いいですか、タクマ。冒険は武器屋から――」
~駆け出し勇者たちと武器屋 完~
これにて「駆け出し勇者たちと武器屋」は終わりとなります。
終わってみると副題と内容があんまり噛みあっていない気もしますね 笑
前述の通り、今までの分を推敲した後に新しい物語を始めたいと思います。
ですが……その前に、閑話を入れるかもしれません(本編にはあまり関係の無い日常の話ですね。基本はコメディ色強めを目指します)
率直な感想や質問、お待ちしています。




