駆け出し勇者たちと武器屋 (10)
少し忙しくなりそうなので、時間がある内に連投します。
また、行き当たりばったりで内容を改変しているため、今までの内容に「何か違うな」と思う部分が出来てしまいました。そのため、これまで投稿したものについて修正を加えようと考えています。主に、固有名詞の変更、キャラクター間の呼び方や【】の使い方、そして冗長な部分の言い回しの変更などです。
改変は『駆け出し勇者たちと武器屋』が終わった後に行います。そのため次の物語を書き始めるまで少し時間が空きます。私の力不足で申し訳ありませんが、ご容赦のほどよろしくお願いします。なお、物語については改変はありませんので、ご安心下さい。
※2016/6/19 修正終了しました
カナタさんの元へは私一人で行くことにしました。
彼女は、今も管理局の管理病棟で寝ているはずです。
本来であれば、悪魔祓いであるリオンさんと同行するべきですが、彼はすでに疲労困憊で一歩も動けないということでした。この状態では悪魔と対峙することもできず、足手纏いになると進言されました。タクマはすでに工房の端で寝入っています。
「しかし、私たちよりも働いていた君はなぜそんなに元気なんだ……」
「あれですよ。武器を創っているときは疲れを忘れちゃうタイプなんです。多分、これを渡して仕事を終えたら、私もぶっ倒れます」
それに、はやくこの子を彼女の元へ届けたいという想いが強いですしね。
リオンさん曰く、カナタさんの高熱は彼女自身が悪魔からの支配に抵抗している証とのことでした。もし熱が下がっていたときは、最悪の事態を想定するべきだと言われました。間違っても戦おうとするな、とも言われましたが……。だから、なんでただの武器屋が悪魔と戦えると思うんですかね…。
人々が活動し始め、賑やかになって来た大通りを抜け、私は時計塔がある湖まで来ました。
そのほとりの桟橋に着くと、フュリーさんが私に対して手を振ってきました。
「よう、嬢ちゃん。待ってたぜ」
「ええ、お待たせしました」
そんな会話をしつつも、私はフュリーさんに【冒険者の証】であるカードを手渡し、彼はそれを前回と同じように魔水晶にかざしていました。
「何やら、すっきりした顔だな」
「そう見えますか? かれこれ一日中働いてふらふらなんですけど」
「そういうことじゃねえよ。すっきりした……何かを成し遂げたっていう顔だな。嬉しそうって感じもする。ははーん。さては何か良いことでもあったな? 告白して、恋人でも出来たか?」
管理局の番人をしているフュリーさんにとって、冒険者との会話が何よりの楽しみなのでしょう。だからこそ、こうして仕事をしながらも話を続けてきます。会話がたまに私の不得手とする内容だと、話しにくいですけどね。
フュリーさんも、それを狙って話題を振って来ているのでしょう。私が動揺すると思っているのか、にやにや顔でした。ですが、どうやら期待に応えることはできません。
「そうですね。子どもができましたから」
「そうかそうか子どもが……はっ?」
「おや? 認証終わったようですよ? さっさと行きましょう」
固まるフュリーさんを横目に、私は小舟へと乗ります。
管理局へと向かう道中、フュリーさんは何やらブツブツと呟いていましたが向かい風の音でよく聞こえませんでした。どうやら思ったよりも私の発言にダメージを受けている様です。ですが、決して嘘は言ってないので悪びれもしません。いつものお返しです。
会話もせずに、小舟は管理局へと辿り着きました。
重い扉を開けて中へ立ち入ると、一目散に飛び出してきたのはウサ耳少女です。
いつかのように私の身体へタックルするかのように抱き着いてきます。倒れそうになりますが、彼女も加減を覚えて来たのか私がぎりぎり耐えれるほどの衝撃で済みました。
「ルミス! 完成したんだ!?」
「ええ。みなさんのおかげですよ。最高の杖が出来上がりました」
私の言葉に、満面の笑みを返すパポン。
そして周りにいた何人かの冒険者たちも私の報告に嬉しそうな様子です。中には乾杯したり、拳を突き合わせたり、万歳している方もいました。
「みんな、ルミスの依頼を受けた人たちだよ。心配してルミスのことを待ってたんだ」
どうやら、パポンが局長へ今回の一件を話したところ、管理局の全力をもって今回の事件に対応することとなったようです。そのため、私が杖を創る理由が周囲に知れ渡り、とくに依頼を受けた冒険者たちにとっては「他人事じゃねえ!」と、何が起きても良いように管理局で待機していた……ということでした。
それはそれは……。
何ともくすぐったい話です。
パポンの話によると、まだカナタさんの熱が引く様子はないそうです。悪魔の支配が完全でないことを指しますが、それ以前に、これ以上は彼女に身体に対する負担が重すぎて命に関わるかもしれないということでした。
私専用の梯子を登って病室がある階層へ。
以前、タクマが病室まで駆け上がった際に破損した跡がいくつかありました。つい先日のことなのに、なぜか懐かしく、そして微笑ましく感じます。
そう、この杖をつくるために随分と色々な道を通りました。
たくさんの人たちが、この杖を創るために協力して下さいました。
そんな人たちの想いを、無駄にすることなんてできません。
最悪な結末だなんて……そんなの絶対に許せません。
躊躇いもなく、病室の扉を開けました。
そして、そこには苦しそうに寝込んでいるカナタさんの姿が――と、思ったのですが、どうやら様子が変です。
カナタさんはベッドから立ち上がり、簡易的な窓から外の景色を眺めていました。何を見ているのか、何を感じているのか、何をしているのか……それは私にはわかりません。
ただわかるのは、カナタさんの様子がおかしいということだけ。
そう、まるであのとき。あの路地で見たカナタさんのように、心臓を掴まれたような威圧感が伝わってきます。
そして私の存在に気づいたのか、彼女は振り向きます。
瞳は黄金に輝き、眼光は私を真っ直ぐと射抜きます。
カナタさんの可愛らしい顔ではありましたが、その笑みは、どこまでも嗜虐的で、凄惨で、愉快そうでした。
カナタさんの声で、そいつは語りかけてきます。
『武器屋よ。久しぶりじゃな』
どうやら、悪魔は神様のふりはもうやめたようです。
『勘違いするなよ。余の憑代の娘はまだ無事じゃ』
それが、彼女の第一声でした。
そいつ自身が、自分の顔に指差しながら言います。
『確かに完全支配は成ったが、娘の魂には指一本触れてないわい。余がその気になれば、娘にこの身体を返すことも可能じゃ』
今はその気はないがのう。
と、可笑しそうに笑いながら言います。
私はというと、脇に杖を挟みながらカナタさんと相対していました。
声を挙げて助けを呼ぶことも可能でしたが、彼女の最初の言葉によってその考えは吹き飛びました。最悪の事態かと思いましたが、まだ一歩手前のようです。
まあ、これからがその最悪かもしれませんが。
『怖い顔をするな、武器屋。せっかくの美人が台無しじゃぞ? ほれ、笑え笑え』
「それで、一体何が望みなんですか?」
私は、混乱している姿を見せない様に立ち振る舞いつつ、そいつに質問します。
今のところ敵対の意思は無いように思えますが、一体どのような彼女の魂を無事にしたのかわかりません。ですが、恐らくは――。
『取引じゃよ、武器屋』
そいつは未だに可笑しそうに笑っていました。
カナタさんの子供らしい顔とは裏腹に、その表情はどこか蠱惑的で、艶美な表情でした。
そして、自身の唇に指を触れつつ、言います。
『余を殺さないで欲しい』
それはこちらの台詞だ。という思いを隠しつつ、その真意を探ります。
この悪魔は何がしたい? 何が言いたい?
何が目的で、私に話しかけている?
駄目です。わけがわからず、焦りだけが募ります。
私の心情を見抜いたのか、それともそういう能力があるのか、悪魔は優しい声色で話しかけてきます。
『不思議に思うのも無理はない。じゃがの? 実は余もこの事態は想定外だったのじゃ』
「想定外?」
私の問いかけに「その通りじゃ」と頷き返します。
『そもそも、余は何者かの策略によってこの娘の身体に憑依させられてしまったんじゃ。つまり、余もはめられた側ということじゃな。全くもって、忌々しいが終わったことは仕方ない』
「つまり、自分の意思でカナタさんに憑依したわけではない……と?」
間抜けな悪魔じゃろう?
と、自分のことだと言うのに愉快そうに笑っていました。
『この娘、異世人じゃろう? 魂の色が特徴的じゃからすぐにわかったわ。恐らく、この娘が召喚されたときに、それ引っ張られる形で憑依させられてしまったんじゃろう。余も目覚めたら、いきなり人間に中におってびっくりしたぞ』
「なるほど、召喚陣を利用されましたか……」
異世界への扉を開く召喚陣を利用すれば、この世界に従属している魔界や天界から人界への干渉が可能でしょう。そんなことができる人物は、まあ限られて来ますが。
「それで、なぜ殺すな、と? 正直に言ってしまえば、命が危ういの私たちのほうだと思うのですが。あなたは威圧的に振る舞っていれば、普通の人間は怯えてなにもできませんよ」
『じゃろうな。余の手にかかれば、お前など目線だけで殺せるわい』
では、なぜそうしないのだろうか。
【巫女】たちが脅威からでしょうか。
『簡単じゃよ。武器屋。簡単なことじゃ。最初はそれこそ意味が分からないからむかついたもんじゃ。それこそ人界なんぞ滅ぼしてやると思うくらいにな。しかし、余はふと思ったんじゃ。なぜ、余はこの娘に憑依させられた? 余を人界へ堕とした奴は何が目的なんじゃ? とな』
それは、余を利用して人界を滅ぼすことかもしれん。
それとも、この娘を殺すことかもしれん。
はたまた、余を人間たちに殺させることかもしれないのう。
『結局のところ。相手の狙いがわからん。しかし、相手の思い通りに事を進ませるのは実に気に喰わん』
「……だから、カナタさんも生かしているし、自分も殺さないで欲しいと?」
『その通りじゃ。加えて、余は人界を滅ぼさんよ』
今のところ、この街も気に入っておるからの。
そう言って、悪魔は本当に愉快そうに笑いました。
カナタさんの顔だからでしょうか。それがとても子供らしい笑みで、心の底から笑っているのがわかります。
『もちろん、この身体も娘に返す。まあ、ちょっと遊びたいときは身体を借りるかもしれんが、そのくらいは許してもらおうかの。そして、これらのことは余とお前だけの秘密じゃ。それでいいじゃろ?』
「……断ったら殺されるんでしょう? 脅迫に近いじゃないですか」
『それは言いっこなしじゃ、武器屋よ。ほれ、指を出せ」
悪魔は小指を突き出して来ます。
なんのことかと訝しみますが、それが外見がカナタさんだからこそすぐにわかりました。
私も小指を出して、悪魔と約束を結びます。
『くくっ。娘の内から見たときからこれをやってみたかったんじゃ。何でも異世界の文化らしいの。こうだったか? ゆーびきりげんまん嘘ついたら……どうする?』
「そうですね……じゃあ……って、どうせ約束破ったら殺すんでしょう?」
『まあの』
当然じゃ、という顔をしていました。
しかし、これでは約束になりません。やはり一方的な脅迫です。
「じゃあ約束相手を殺さないことを、先に約束しましょう」
『なんじゃ、それは。よくわからんが……まあ良いか』
結局、私と悪魔は約束を結ぶことになりました。
口外も出来ませんので、私だけの秘密にするしかありませんが、果たしてこれからどうなるかわかりません。
それはさておき、私には疑問がありました。
「訊きたいことがあるのですが……」
『ほう? いいぞ、余にとっては久しぶりの会話じゃ。生来のお喋り好きではあるため、どんな内容であれど言葉を交わせるのは実に楽しい。しかしの、余は気まぐれ屋でもある。訊きたいことは自由に言うといい。それを答えるかは余の勝手じゃがな』
さっきから一方的に相手が話しているのを気にしていたのか、私からの話題作りに喜んで饒舌になりました。もしかして、単純な奴なのでは? とも思いますが、相手は悪魔です。気を引き締めましょう。
「あの日……路地での戦いのとき、なんで私を助けたんですか?」
『……なんじゃ、そんなことか』
と、実につまらなそうな態度を取ります。
しかし、答えてはくれるようです。
『……この娘が、助けたいと強く願うもんでな。ちょいと気まぐれで力を貸してやっただけじゃ。まあ、神の教徒だという奴らがむかついたのもあるがの。最後は神に焼き尽くされたと思ったのじゃから、奴らも本望であろう?』
それに、お前はおもしろそうだし、利用価値も高そうじゃからな。
皮肉めいた笑みを見せながら悪魔は言いました。
「なるほど。では、これからもカナタさんに魔力を貸していただけるんでしょうか?」
『はあ? 何を言っておる。そんな面倒なこと誰がするか』
おっと。
どうやら、悪魔的には人助けはしたくないようです。まあ、悪魔ですからね。
しかし、協力的であればこの杖の必要が無くなるという可哀想な結果になるところでしたが、こういうことであれば全然大丈夫でしょう。
大丈夫ですよ。無駄なんかじゃないですよ。
「では、カナタさんがあなたの魔力を勝手に使うというのは?」
『……おもしろいことを言うの、武器屋。確かに、余は魔力の塊であるため、この娘が余から力を引き出そうとすれば、引き出せるかもしれん。しかし、こんな小娘が、【煉獄】を制御するというのか? 余が支配している状態ならばまだしも、この小娘が使おうとした途端に消し炭よ』
弁えよ。
と、きつい言葉を言われました。
しかし、果たしてそれはどうでしょう。
私は何も言わずに、脇に抱えていた白い包みから杖を取り出します。
その杖を見た途端に、悪魔の顔が引きつります。
身体がガタガタと震え出し、明らかに恐怖しているのがわかりました。
『お、お前、なんじゃその杖は? いや、杖なのか? 恐ろしいほどに【神聖】の力が込められておる。それだけじゃない……書き込まれている【魔印字】も複雑怪奇じゃ。一体、どんな思考をしたらこんな杖が……制御容量も普通じゃない……どの程度の魔力値を想定して――』
そこで気付いたのか。
まさか! という顔をして私を見ます。
『この小娘の杖かっ……!? 武器屋め……最初から、余の力を利用するつもりだったか!』
「御明察ですよ。悪魔さん。まさか、私を殺すとは言いませんよね? 約束を反故にするつもりはありませんよね?」
さっき約束したばかりですよ?
約束相手は殺さないと。
そこで悔しそうな顔を見せ、次第に怒りが沸いて来たのか彼女の周囲に青白い炎が立ち昇ります。それはあの日見た、音をも殺す炎であり、今ここで放たれたら私は叫び声すらも届かず死に至るでしょう。
しかし、それはありえません。
悪魔自身が、人間を殺さないと約束したのですから。
すると、俯いて怒りに震えていた彼女の周りから炎が消え、静寂が訪れました。
その後すぐに悪魔の笑い声が病室に響き渡ります。
『はーはっはっはっはっは! 気に入ったぞ、武器屋よ! まさか余の魔力を制御し得る杖を創るとは、見事な腕じゃ。これには完敗じゃの。そんな杖を使われたら、【神聖】で余の力は弱るし、杖そのものが【炎】に対して高い制御力を持っておる……もしかしたら、【煉獄】を使いこなせるかもしれんな』
笑いつつも、私の肩をポンポン叩いて来ます。
よほど愉快なのか、腹を抱えて笑う始末です。
『そうことならば、余も抵抗できんわ。使いたければ勝手に使うがよいわ。協力はせんがの』
「ええ。それで十分です」
それで話は終わりかと思いきや、悪魔はよほど高揚しているのか、会話を続けてきました。内容は、愚痴や自慢が多かったようですが。魔王が弱っているとか、天界の奴らが生意気だとか、【煉獄】を扱える悪魔はあまりいないだとか……とまあ、核心的なこともありましたが、私自身も身体の疲れを忘れて会話に没頭していました。
そのせいでしょうか。
ついつい、気が緩んで普段は言わないことを口走ってしまいます。
「でも安心しました。もし、あなたが人界を滅ぼす……なんて言っていたら、私はあなたを殺す武器を創らなくてはなりませんでした」
『おいおい、今度はお前が約束を反故にするつもりか? それに、武器屋よ。お前が余を殺すというのか?』
大した自信じゃな!
と、笑います。
私も何を言っているんだと遅れて思いましたが、心の内の本音がするすると出てきます。
危険を知らせるブザーが脳内で鳴り響きますが、私の言葉は止まりません。
「悪魔さん。勘違いしないで下さい。私はあなたを殺す武器を創ると言ったんですよ。殺すのは、私の武器を振るう人です」
『武器屋よ。貴様が殺すという意志を持って武器を創るんじゃから、そこには明確な殺意があるじゃろうが。お前だってわかってるじゃろう? それでも……まあ、確かに、その杖は素晴らしい。人間が創る杖では、まさしく至高の一品じゃろう。じゃが、それでも余は殺せんよ。思い上がりは甚だし――」
「創りますよ」
カナタさんの顔をした悪魔は、感心したように私の言葉に耳を傾けていました。
これ以上は言ってはいけない。
私が異常であることが、ばれてしまう。
私が、人間として異端であることが、暴かれてしまいます。
それだけは、絶対に嫌だった。
ですが、止まれない。
止まらない。
「必要とあらば、どんな武器だって創りますよ」
魔物を
人間を
悪魔を
天使を
魔王を
神様を
邪龍を
世界を
全てをを殺す武器を創りますよ。
そう、絶対に、確実に、何もかを。
「私の武器が殺してみせます」
全てを言い終えてから、悪魔を見ます。
すると、今度はしてやったりといった顔をしていました。
『感情が冷め切った能面な顔の内には、そんな激しい感情を持っていたとはの』
「これは、違っ……」
『いや、これがお前じゃよ、武器屋』
悪魔は、くるりと芝居がかってステップを踏み、その場でターンします。
そして私を見ると、満足した顔をしていました。
『武器屋よ。お前の殺意は見事なものじゃ。悪魔の余でさえ、先ほどの言葉には震え上がったぞ。認めなくはないようじゃが、お前のそれは紛れもない、お前自身の意思じゃ。やれやれ。やはりお前の敵にはなりたくないの。お前には、それを実行し成し得る力があることも、魂を見てわかった。中々に面白い事情を抱えておるな、武器屋……いや』
――と呼んだ方が良いかの? と悪魔は訊いてきました。
私はそれに対して、端的に「やめて下さい」と返すのみです。
『ふむ、意趣返しにしては、倍返しになってしまったかの? まあ、先に騙したのはそっちであるし、余もむかついていたのだから許せ。お前みたいな楽しい奴とは仲良くしていきたいと思うとる。本当じゃぞ?』
「どうでしょうね……。私は、残念ながらもう会いたくありませんよ」
『そう言うな。そうじゃ、余の名前を教えてやろう。いつまでも悪魔呼ばわりは何だか他人みたいじゃからな。余の名前はシューカ・リズベルス・カーキラインじゃ。悪魔に襲われたときは余の名前を出せ。大体の奴は逃げ出すはずじゃ』
悪魔……いえ、シューカは、そう言うと手を振ってその存在感を消しました。
そしてカナタさんの身体から力が抜け、その場に崩れ落ちます。
なんとか支えるのに間に合うと、すでに身体から熱が引いてることに気づきます。加えて、肩の様子を見ると神印……のような紋様が消えていました。教会に狙わないためというシューカの保身もありますが、これは最後の仕返しに対するあの悪魔の謝罪の様にも感じました。
どうやら、仲良くしたいというのは本当のことのようです。
しかし、シューカめ……。
会話の途中から、私に気付かれない様に徐々に魔術を掛けて、誘導尋問のように挑発して真意を聞き出したんですね。これも、まあ、自業自得でいえばそうですが、心的ダメージが半端ないですね。向き合いたくない自分自身と、無理矢理対面させられた気分です。
私はカナタさんを抱き起すと、ベッドへとゆっくり運びました。
気持ちよさそうに寝ているところを起こすわけにはいきませんからね。
そして、持っていた杖を彼女の傍に置きます。
杖自身も自らの主の存在を確認したのか、嬉しそうに魔水晶から光を発していました。
これで、私の仕事もやっと終わり。
まさかこんな大仕事になるとは思ってもいませんでしたが……。
この杖があれば、彼女の内に秘められた悪魔の魔力を十全に使いこなせるでしょう。そして、修行を積めば、【煉獄】も使役できる時が来るかもしれません。
ふと、自身の身体に蓄積されていた疲労に気づきます。
ああ、やっぱり仕事終わるとこうなるんですね……と、そのままカナタさんの横に倒れてしまいました。襲ってくるのは猛烈な睡魔です。それに抗う術は私にはなく……いえ、抗う必要もありませんよね。
このまま寝てしまいましょう。
私とカナタさんの間に置かれた、彼女専用の杖。
彼女が目覚めたときに伝えようとしていたことがあります。
それは杖の名前。
あなたのために、生まれてきたこの子の名前。。
その名は――【純白の聖灯】
純白の十字に、揺らめいて燃ゆる微かな灯。
守護の唄を包む、美しく輝く黄金の瞳
彼女の進む道に、この聖なる杖のように祝福があらんことを――。
まあ、私は無論信者ですが。
次回、エピローグです。




