お題小説【土煙】【摘み草】【麻】
今回も企画に参加させていただきました。
宜しくお願い致します。
麻で織物をするから、摘み草してこいと言いつけられたのは何時のことだったか。岩岩の隙間から微かに漏れ届く陽光から推定するに、俺が家を出てからもう丸二日以上は経っていやしないか。その時間の長さが体感だけでなく現実のものであると思うと、いよいよ希望が薄らいでくる。人間はある程度飲み食いせずとも生きられるが、それにも限度というものがある。医療の知識に明るいわけではないから正確なことはわからないが、いつかの震災の後のニュース番組で「黄金の七十二時間」というフレーズをやたらと繰り返していたのが耳に残っているから、恐らく三日くらいが人間の限界なのだろう。その黄金の時間の先に、何が待っているのかは考えたくもない。何もない、が答えな気はする。
その時、パラパラと顔に降ってくるのを感じた。眼球だけ動かして確認すれば、頭上から舞い落ちる砂で陽の光に不規則な斜線が引かれているのが見て取れた。そこに誰か居るのか、居るなら助けてくれと、藁にもすがる思いで声を上げようと腹に力を入れたが、空気は音になる前に消えてしまった。もう、叫ぶ力すら残されてはいないらしい。土煙に包まれて、先程放棄したはずの思考が帰ってくる。黄金の時間のその先にはきっと、ここに一体の死体だけが転がっているという事実がある。されどもそれは最早、俺には関係のないことだ。何故ならそれが現実のものとなったときには既に、俺はこの世に存在していないのだから。
土煙はだんだんと晴れてくる。こんな場所、めったに人は通らない。麻をとる人くらいしか来ないし、そもそも今時、個人的に麻を必要としている人なんて。ぼんやりと不思議に思う。何故あの人は、麻をとって来いだなんて頼んできたのだろうか。嗚呼そうか。
今、私の足下には一体の死体だけが転がっているという事実がある。それは私にとってとても意味のあることだ。
閲覧ありがとうございました。