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挿話……(三)  【燐火凜臨】


 


 統巫が統巫としての己を(さだ)める(むす)(うた)

その吟詠(ぎんえい)の締め括り。束縛されながらも、小刀(エムシ)を手首の動く範囲で横に打ち払ったリンリ――。


 由を置き去りに、等閑(なおざり)で捧げた奉唱(ほうしょう)

彼女(リンリ)の豹変はそこからだ――。


 破れ裂けかけた羽衣(ユリカゴ)が妖しく幽光。

束縛され弛緩しながらも口端を吊り上げる。


「……ふぅ」


 そして(ねむ)たげに瞳を閉じ、静かな息遣い。

(ゆる)らかに瞳を開けると、小さな欠伸(あくび)を一つ。


「――(おろ)かな。(さだ)め、喚起(かんき)(もたら)したか」


 欠伸の後の、茫漠(ぼうぼく)なる言ノ葉は(しめ)す。

 只人(ただひと)としてのリンリは失われてしまい、


「――寝覚め。嗚呼(あぁ)、だが、無下(むげ)なり」


 代わりに。白銀色の統巫(なにか)が居る。

 そこに居るのは誰彼リンリ何某(ちがう)何様(なにさま)か。

 豹変した内面、正体は掻い暮れ解らない。


「――彼の幹は、虚の骸をもて隠しけりな、いたずらに。我が身よにふる、ながめせしまに」


 続け、それまでとは異なる仰々(ぎょうぎょう)しき口調。

 泰然とした振る舞いでの独言を呟けば、


「あな()びし、如何(いかが)はせむ……。

(いな)()()らば有れ。(われ)()()そう」


 呟きを相手への投げかけに(あらた)め、微笑む。

銀髪が風に(なび)き、琥珀(こはく)の瞳孔を縦に狭めた。


「心せよ。我は(うつ)ろ、(うつ)ろは其方(そなた)(いましめ)なり。

虚幻(かげろう)に浮かぶは、其方が空虚(こころ)陰翳(あやうさ)ぞ」


 戒めか、はたまた()き付けの言葉を送る。

鎖で雁字搦(がんじがら)めにされている姿で吠えるものだ。


 …………。


 対しての黒き片翼の統巫、


「貴女、様子が変わりましたわね……?

それは? 自己暗示か、本性、或いは――」


 刀剣で組んだ足場を渡り、(わず)かに接近し。

怪訝な面持ちでヒノアサメがそう口を開いて。


「――(あなぐ)ること()かれ」


 リンリが小さな口で牙を剥き、凄んだ。

無数の刀剣が揺れ、鎖が小刻みに震える。


 ――次の刹那だった。対峙する統巫、両者の間を隔てるように白い炎が空間を薙いだのだ。

 熱を帯びはしない不気味な白炎は、宙に浮かんでいた無数の刀剣を飲み込んで渦巻き。雌雄(しゆう)(けっ)したかにみえた形勢に変化の兆しをもたらす。ヒノアサメを警戒させ彼女に距離を取らせると、炎は周囲に広がりはせず、薙いだ空間に留まり燃え盛る。


「……許多そこばくの非なり」


 首を傾けて、不可解そうにするリンリ。


「我が身、心魂、権能、如何(いか)にぞや。

(ゆた)にたゆたに、風前の灯火かな……?」


 冷たい白炎の境界線。己が振るった力。

それを瞳に映して、物憂げな顔を浮かべる。


「ん。ふむ、現下は斯様(かよう)な限り……と。

我としての多くを()べてさえこの程度とはな……ままならぬ。同じ(すべ)を繰り返せば、後々に差し障るであろうか。難儀なことだ。……うぅん。あぁ、身体が馴染んできたぞ。記憶も読み取れた」


 眠気を醒ますよう、晴天を見て頷く。

口調も若干の感情を含ませたものになった。


「とはいえ、あくまでも仮初めの一片。

あまり保たぬ。この虚幻の焔も、我も。

早々に済ますしか有るまい。さて――」


 そうやって言ノ葉にし、客観視だろう。

己の状況に鑑みて、為始(しはじ)めとしたようだ。


 炎が己の姿を隠している間に乗じ、リンリは身体を動かそうとして、身体の動きを封じる鎖の縛りを鬱陶しそうに睨む。眼を細め、躊躇(ためら)いも無く次の瞬間には己が上腿(じょうたい)小刀(エムシ)を突き立てていた。


 右に、左も。両のももを刺したというのに意には介さず、小刀(エムシ)の刀身を眺めて溜め息。白い肌には裂傷どころか傷一つも存在しない。けれど数秒の後に、行為の影響だろう肉体の変容が始まる。先ずみるみるうちに腿より下が白銀色の滑らかな毛皮に包まれてしまい。次に脹脛(ふくらはぎ)の先からは黒い毛皮が覆い、骨と筋肉が人としてあるべき位置と形状を変え、(かかと)より先が細くなって伸びる。言わば獣の後ろ足。より人と獣が掛け合わされた風姿と成り。終いに足先には鋭利な爪が生え、肉球までもが生じる。


「案ずるな、(リンリ)よ。束の間の姿ゆえ。

元より。どうせ既に人の身ではないのだ」


 下半身の変容により身の丈が引き上げられ、腰付きが僅かに細身になり、結果として鎖が(ゆる)むことに繋がっていた。リンリは口元を綻ばせ、身体を(ひね)(ちぢ)こませる形の縄脱(なわぬ)けで易々と拘束を解く。


 そうして自由になった所で、腕を伸ばし、流麗な所作でもっての下拵(したごしら)えなのか。握りを強めた小刀(エムシ)で己の豊かな尻尾の毛を()いて、刃先を擦り、滑らせての発火。くねらせた尻尾の先、肩の羽衣(ユリカゴ)の端、小刀(エムシ)の刀身にも白く朧気な隣火を纏わせた。


「此処は霊峰(れいほう)系統(けいとう)導巫(どうふ)の領域、か。……なれば、気付かれぬ程度に拝借するとしよう」


 リンリは最寄りにある切株を小刀(エムシ)で刺して言ノ葉を紡ぐ「此土しどあまねく、生きて、逝きて、行き――」そうやって言ノ葉を紡いでいる中途、獣の耳を揺らして感づく。その須臾の後には、ほぼ死角から数本の刀が飛来してきたので言紡ぎを中断。刀を避けつつ切り伏せて、己の燐火に掛けておく。


 更に、鎖を張っていた数本の刀が襲い来る。

これでは切りが無い。リンリは身に迫る刀から寸前で逃れ一所に留まらぬよう駆け出した。


「如何にして狙いを定めている……?」


 白炎を拵えて身を隠したというのに。

如何なる手段で狙ってきたのか、と回視し。


「……ほぅ勾玉(あれ)か」


 背後に浮いていたヒノアサメの勾玉を睨む。

彼女曰く『自身の認知が届く範囲でなら、物を自由自在に操れる』というように語っていたが。もし視界から相手が隠れたとしても、その相手の存在を捕捉し続けておく手段は持っているらしい。


「なるほど、(あなど)れぬ。共に相手が悪い。正身(さうじみ)の視界から隠れても、(かたき)の姿を捉える(すべ)を持つか。勾玉(あれ)がどこまでの感知を可能とするかは解らぬが、我はむやみに手の内を(さら)すべきではないのだろう」


 宙に浮く小さな勾玉をどうにかするのは、些か遠回りで、且つ手数が掛かり過ぎる。それに己の手の内を晒すのも憚るべきだと唸ったリンリは、土埃をあげて減速、片腕を地に付け方向の転換。


「ふむ。であれば良い……」


 縫うように曲折、白炎の隔てへと駆けた。

曲折の度、進行していた方向に刀が掠める。

 だが当たりはしない。純粋な反射と直感に任せた動作、加えて獣の脚力と瞬発が勝っている。


「良いとも。正面から叩き落としてくれる。無垢(むく)なるこの身が、まぁ仮に従属されたとて如何様(いかよう)にもなろうが。我を化け狐とも定めたな……ならば、力ある狐が小鳥の一羽に敗れ、易々と屈服されてなるものか。目に物見せてくれようぞ……!」


 リンリ……だった者は、表情を殺して笑む。

刀の雨を凌ぎ、どこか憂いを帯びた声色言葉。


「人の身と魂を焚べて、何様と約定を交わし。人ならざる女体に、此土の要石に、自由に死ぬことすら叶わぬ存在と成った……愛しき愚か者よ」


 哀愁ただよう独白、意味の無い言ノ葉。


「ただ微睡(まどろ)み、ただ身を(ゆだ)ねていれば良い。

我は意趣無き力に過ぎず。力を扱いかね、我とし定めたのは(おのれ)(せき)だ。抗い、契り、結い、これを望んだのは(そなた)なのだぞ。故に現今は活かして(しん)ぜよう。後悔はもう手遅れだ。多くの罪咎を背負い、(ツガイ)の果てるその刻まで、せいぜい(たく)みに(あざむ)くのだな」


 リンリは……一通りを呟いた後に小刀(エムシ)の柄を口に咥えると、要所に纏っていた虚ろな燐火が全身に燃え広がって行って、さながら妖炎で形作られた化け狐の姿と成り果ててしまい。そのまま化け狐の身で四足で駆け、境界の炎へと踏み込んだ。

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