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二章……(八)  【墜つる涙空】


 ――慟哭(どうこく)が止み。何度も(しゃく)り上げてから。

彼女は涙を隠さず、呟くような声量を吐く。


「他者に見せた事もない私の姿……。お目汚しな醜態を晒してしまいました。けれど、最後くらいは優しい誰かに聞いて欲しかったから……」


 一頻(ひとしき)り感情を吐露(とろ)したソラは、最後と言う。

 吹っ切れた様子、ではなくその反対だ。自暴自棄になっているとしか思えない。リンリは動揺から自分の(もも)を爪で引っ掻き、痛みから我に返ったことで心付き。彼女の一挙一動に固唾を呑む。


 ともかく『ソラの保護を最優先』だと全霊を注ぎ持ち直して、リンリは未だに動けない風を(よそお)って縮こまっていた。もうすぐにでも断崖から身を投げて自尽(じじん)に及ぼうとしそうな彼女。下手な説得は、逆撫でをしかねないと危惧する。ならば非常の実力行使をせざるを得ない。どこかで隙を見付け注連縄(しめなわ)(また)ぎ、飛び掛かってでも彼女を掴まえて……自尽を思い留まらせることはできるのか。


 いいや。できるのか、ではなく――。


「最後なんて、タチの悪い冗談を!」


「最後です。本当に最後、なので……」


 ――決して失敗するわけにはいかない。

思い留まらせるまで行かずとも、制止はする。


 彼女の言葉が胸に重くのし掛かっており。身体が震えて息遣いも上手くできていないし、この場から逃げ出したくてしかたないが。けれど、もうリンリは自分の至らなさで『身近な者を喪失する』わけにはいかない。その為の行動には迷わない。

 耳を澄ませても近辺には人の気配は無くて、木々の枝葉に止まった“鳥類”くらいしかおらず。この場で行動できるのは自分(リンリ)だけであり、助けられるのも自分(リンリ)だけという状況。統巫屋と集落の関係性と体制については難しい問題で、余所者が軽々しく口を挟めもしない。彼女を『救う』という意味でははっきり言って役不足だが、精神的な救いにはなれなくともその身は助けてみせるとも。彼女がこれから救われる機会の為に、ここで彼女を終わらせるわけにはいかない。絶対に保護してみせる。


「……もう一つだけ重ねて、お詫びを。

これを伝えておかねば、誠実で純粋で頑張り屋で繊細な優しいリンリ様に。身分を偽っていたとしても嘘偽りなく真っ直ぐな人柄だった……おリンちゃんに対して、災渦より統巫屋を守ってくださった御恩に対して、私は義理を欠いたまま。それは何よりも許せません。最後に聞いて下さいませ!」


「…………」


 握ったままの小刀(エムシ)を、布に包み懐へ。

ソラの不規則な呼吸を読んで隙を探す。


「正直に本心を打ち明けてしまうと。私は異成り世の者だという、あなた様の事が。可愛らしく思う反面で(わずら)わしくて仕方がありませんでした」


「……え?」


「それ故に『居なくなれ』と。それまで考えも及ばなかった厭悪(えんお)の情が沸き上がり。声に囁かれたままにリンリ様が統巫屋(ここ)から去ることも願ってしまっていた。去った先でどうなろうが、穢不慣(イヌモノミテキ)により朽ち果てようとも結構だと。消えてしまえと」


「――――」


「私は過去、同じ後悔をしたというのに」


 後悔のところで、ソラの鼓動が乱れる。

 一方のリンリも胸を締め付けられるような心の痛みに襲われてしまい。その感情を顔に出したか、彼女は「違いますよ」と補足の言葉を加えた。


「勘違いをなされませんように。リンリ様には落ち度がありません。ただ……あなた様と過ごしていると嫌に“あの子”と姿が重なり。あなた様がここに迎えられた日の夜に、妹より聞き知った経緯。そこに至るまでの、そしてこれから別れるまでの日々。系統導巫様の心情を思うと、辛くて、許せなくて、憎くて。行き場の無い感情が募るばかりで――」


 ソラは言葉を続ける。


「もう数年前。過去にも異成り世の者が、ある少女がこの地に迷い込んできた事がありました。彼女はとても個性的で、ご自分の死に表面上は無頓着で、底無しに明るく、愉快で心暖かで。集落で保護されて僅かな間でも関わった皆から愛される方だった。しかし伝承で語られはいても、イヌモノが致命となる得意な体質であった彼女の身には打つ手が無く。穢不慣(イヌモノミテキ)への対処に心得が浅いながらも、彼女の延命を試みた系統導巫様。差し迫った彼女の死を感じながら、二人は気心の知れた仲となり……」


 少女。異成り立ち世からの、過去の来訪者。

数々の(おもかげ)から推し量っていた存在の語り。


「……そんな仲となったというのに。彼女の定めは変わることはなく。徐々に衰弱していき、心の平衡を失って、夢と現が曖昧な様子で長く正気ではいられなくなり。彼女は最後、介添えの者が目を離した隙に居なくなってしまいました。それきり見付かることはなく、人知れず亡くなったのは確実で。系統導巫様は嘆き、いたく傷心なご様子で」


 本来なら、リンリも辿るはずだった。異成り世の者の末路。過去の軌跡は今に繋がった。

 そうした出来事があったから、自分(リンリ)はより系統導巫様より憐憫の情を向けられ、閉じられた統巫屋の領域内で匿われた。系統導巫様は悲しみを抱えても過去にただ縛られず。亡くなった少女のおかげで(イヌモノ)不慣(ミテキ)への対処方法が確立され、より長く延命をする事が叶ったということで。ならば――リンリは感謝したい。そうしてこの世を去った少女に手を合わせたい。この件が無事に治まったら必ずする。


 でソラの『同じ後悔』という言葉を鑑みるに、


「彼女を殺したのは、この私でした……。

彼女の意思だったとしても。それを是として手引きをした時点で私が殺してしまったと変わらず」


 少女が居なくなった原因だったか。


「私の、私の過ちです。友の別れを経験し、悲しむ系統導巫様を見たくはなかったから。だから■■■さんの、彼女自身の最後の訴えに応じ、私は彼女が集落の外に出る手引きをしたというのに。それは大きな過ちだったと後になり後悔いたしました。彼女は看取られず、系統導巫女様は初めての友とお別れをすることができず。互いにすれ違ったままで縁を断ち切られてしまった。私の都合で」


「……どうして、そう背負い込むんです?

人の事を言えたもんじゃないけど、だけど――」


 ソラには非がまるで無いわけではないが、情状酌量の余地だらけだ。彼女は悪でない。

 誰かの為の優しさが仇となり。強い責任感と任された立場、特有の出生と統巫屋という仕組みが本人を蝕む呪いとなって。積み重ねる後悔と憤りは(くすぶ)りを増し。誰にも頼れず、打ち明けず、今日までに心をすり減らしてしまっただけ。

 謎の囁きは、彼女の心の一線を綻ばせただけ。

 魔が差した、悪い神頼みをしてしまっただけ。

 元より事件との因果関係なんて無いかもと。


「――背負いたくて、背負っていたとでも?

私が裏表のない優しく真面目な、憧れの女中頭であるとでも。ここまで聞いてなお、系統導巫様やヒナや皆と同じ評を私に下されるのでしょうか?」


 ソラの鼓動が一層に乱れる。

 あくまでも隙を伺うまでのつもりだったが、


「違うんですか……? 違うというなら……!

ありのままの自分自身を、ソラさんの燻った暗い感情を表に出してみろっ! 俺にだけじゃなく、統巫屋の皆にも伝えるんだ! それはその崖から落ちるよりももっと勇気がいる行動かも知れない。けどきっとソラさんの周りの皆は、本心を聞いたって誰一人も軽蔑なんてしない。だから一緒に帰りましょうよ。それがソラさんの罪の意識にとって一番の贖いになると思うから。ほら、手を伸ばして!」


 リンリは語彙を強めて言ってやった。説得のつもりはなく、親しみを込めた感情に任せて。

 対し。己の掌を眺めるが、ソラは下がり。


「……因果。あの日、最後の別れ、集落の外に去り行く彼女は、私に友の後を託した。やはり私はあの時に考えを改めて、手を伸ばし彼女が去らぬように引き留めるべきだったのです。そんな私が、誰かの手を掴めるわけがないでしょう? これから逝こうとする者を、手を振って見送った咎人(とがびと)が」


「だからソラさんも、逝くっていうのか?」


「えぇ。これから」


「それを誰も望まない!」


「私が望むのです」


「それは逃げだ。逃げることからの、逃避。

その先には何も無い。最も忌む行いをした本人は喪われ、残された者の無念だけが(わだかま)る不の連鎖だ」


「リンリ様……? いえ、何でもありません。

例えばリンリ様と、もう僅かに少しだけ早く会えていれば……。或いはそれで、こういった風にお話しをできていれば、違ったのでしょうか? 異なる答えを導き出すことさえ叶いましたか?」


「今からでもできるだろ! 過去にするな!」


「本心は手を伸ばし、繋ぎたかった。しかしながらその御手を私が汚すことはできません。もっとリンリ様の優しさを必要とする方々にこそ、どうか。伸ばして救ってあげていただけませんか?」


「ダメだ、ソラさん。早まるな!

行かないで、行くなっ……ッ!!」


「リンリ様……おリンちゃん……。

ごめんなさい、ありがとう。さようなら」


 親愛の情を帯びた声で、名を呼ばれる。

 親しい者との別れを惜しむかのように。


 ソラは着物の帯に手を当て、緩めて流す。

 確か死期を悟った者が着物を送る風習が。


「今度は居なくならないでくれてありがとう。

守ってくれてありがとう。統巫屋に不審を募らせるも変革の気概も示せぬ臆病者の私。歪んだ私の願望を、他者を蔑ろにする本性を、憧れた翼を得られなかった無力感と嫉妬を、愛する妹への劣等感を、系統導巫様への忠義を誤り罪を重ねた後悔を、滅びを乞う自己嫌悪と憎悪、それらがもたらした災禍を、打ち払っていただき心より感謝いたします」


「――今しかないか……ぐッ!」


 駆け出したリンリに着物と帯が投げられる。

顔に布が被さり、帯に足を縺れさせ、慣れない身体で体幹を崩し注連縄を引き千切って転倒した。


 ソラは一度だけ屈んで深くお辞儀し。

それが済むと、両手を広げ身体を傾けて行く。


「――嫌だッ! ソラさん、止めろッ!

こんな別れなんて! また罪を増やすなッ!」


 持ち主の意思を汲んだ羽衣(ユリカゴ)が伸び、ソラの腕と髪を掠めるも、制御を失い垂れ下がる。


「……ぁ……あぁ……ぁ!!」


 土埃の先で、徐々に身体を崖側に倒し。

 リンリの言葉に瞳を潤ませるソラ。それでも制止の羽衣(ユリカゴ)と言葉を振り切って、すでに彼女の足は大地から離れており。その身体は蒼穹へと投げ出され。もう……もう既に間に合いはしない。


 ――ソラは、崖から身を投げた。


「…………ぁ」


 呆然自失に大地へ腹這いとなり。心が死んだようになったリンリが慮外、風切りの音が轟く。


「――んなことを! させませんわッ!」


 蒼穹の空を切り、黒い羽根が舞い墜ちる。

ソラを追って降下した黒翼の女性が叫んだ。

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