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二章……(四)  【弔い香華】


 ――やるべき事は定めた。

とはいえ、物事には順序がある。


「――さてと。誰かに声をかけておくべきか。

それとも一旦は、黙って客間(へや)に戻っておくべきか。悩ましい。どうするのが良いものか……」


 中庭の端で身を小さくし。リンリは自然と耳と尻尾を伏せて、おとがいに指を当てて考え込む。

 (うれ)わしい感情だ。気掛かりは多岐に渡るが、まず重点として上げるならば、自分が統巫屋(ここ)でどう『扱われているか』と『扱われるか』であろう。


 すぐに統巫屋(ここ)の要人要職の皆に会えれば。系統導巫様や使従の誰かに相談できれば、事はある程度は簡単に運べて必要な情報と処遇を与えて貰えそうではある。そう運ぶのがリンリの理想。


 しかし、どうだろう。


「簡単には済まない気が、ひしひしとする――」


 そうも単純には進まないのが現実であり。

故に慎重に。予め悪い可能性も考慮するべきだ。

 例えば、筋肉野郎などに遭遇して、詳しい経緯を知らなかったりする彼らから『何奴(なにやつ)か!』とか言葉を掛けられてしまい。彼らは見慣れない少女の姿に『こ奴は曲者(くせもの)であろう!』となり。結果『曲者が入り込んでおる。であえであえ!』と。しまいには、ぞろぞろと筋肉達が取り囲んできてしまう。

 そういった時代劇みたいな警戒でもされたらどうしようと。リンリは恐ろしくて仕方ない。


 ――それは考え過ぎだと否定したい。

誤解されたとて、しっかり釈明をすれば、後々には単なる笑い話になるだけ。だとしても。


 ――何せ(じぶんを)身分を(リンリだと)証明する手段が無い。

この焦燥は、自認もせずに“赤の他人”の姿に成ってしまった人間にしか理解できぬものだ。


「あー。だから軟禁されてたのか……?」


 そうなると、なるほど。そういう訳か。

 目覚めたリンリ自身もそうだし、周囲も同じく動揺するので、不要な混乱をまねかぬように『間に合わせの処置』として『軟禁』に近しい状態にされていたのではと思い至ることができた。


 失敗した。実際に仕方なかったとはいえ、窓から無理やりの脱出は踏み止まるべきだったか。


「――戻ろう。部屋で待ってよう……。

余計な行動して話が(こじ)れると、本来は不必要な戦闘とかが発生するパターンだコレ!」


 もしも出会った筋肉達がリンリの身を組み伏せてこようものなら、恥ずかしいやら、情けないやらでさすがに抵抗してしまうだろう。そうなれば筋肉野郎達との戦闘開始だ。正しくは、筋肉からの逃走開始かも知れないけども。


「変なフラグを立ててなるものか!」


 あれこれ想像した末に、リンリは真っ直ぐに客間(へや)に戻っておく事とした。まぁ無難な行動だ。

 勿論であるが、あの窓から戻ろうとすると『尻が引っ掛かった事件』のアレ、(くだん)の二の舞なので。屋敷の通路側から、ぐるっと回り込んで木戸から戻るつもりであり。付け加えると、なるべく誰とも顔を会わせないように注意する必要がある。


「戻って待ってれば、そのうち誰か部屋まで見に来てくれるだろうし。不用意に歩き回って、あえてリスクを負う意味が薄いな……ということで!」


 そうと決まれば、


「慎重に、慎重に。……戻るとしよう」


 捲れていた下半身の衣を押さえつけてから。

唾を飲み込み、気配を殺し帰路に就くとする。




 ◇◇◇




 足裏の土を払い。廊下に上がり、通路を進む。


 気分はさながら屋敷に潜入中の忍者だ。

 さささっと、調度品の物陰に身を隠し。

 さささっと、柱に背中を潜めての四顧。


 客観的に、もはや不審者そのものである。

 それでも、成人男性がこんな行動をやっていたら怪しい奴でしかないが、容姿端麗な銀髪狐娘がそれをしているなら絵面は悪くないだろう。と、自分自身に対し言い聞かせて進むリンリ。


「うーむ。この身体は――」


 やはり以前より身体が軽く感じられ、事実として運動能力が秀いでているらしく。慣れぬ異性の身体差異により平衡感覚やらが『酔う』という要素を差し引いても、足音一つ立てずに俊敏に動ける。

 けれど、あな詫びしかな。帰路の途中で、歩行の度に左右に揺れる尻尾を掴み上げて眺むと、困惑の唸り声を滲ませ、リンリは立ち休らふ。


「股の間がスースーして落ち着かない。尻尾が一々腿に当たって変な感じ。えーと、あと上手く言い表せないけど、肩から腰がぐらつくというか、ちぐはぐというか。全身のバランスがおかしい……」


 額に手を置き、土壁に背中を預けた。

ざらざらした壁に臀部が摩れて痛かった。


「なにより大切なところを丸出しは、ヤバイな」


 尾が揺れる度に、布がひらりひらひら。

丸出しの痴態。これでは走り続けるのが辛い。


 せめて『下半身』はどうにかならないか。下着であることは判明している布を腰から巻き取り、襦袢を捲り上げたところで。ふと耳を澄ました。

 すると通路先の曲がり角から進み来る音。ぎしりぎしりと、床板を軋ませ近付く物音を拾う。


 耳を動かして聴力を研ぎ澄ませば、筋肉野郎だろう荒い息遣いに『えいさ、ほいさ!』声量はさほどでもないが、威勢のいい粋な掛け声もしている。

 複数人で荷物でも運んでいるのだろう。


「――っ!」


 即ち、誰彼が此方にやって来る。

 間もなく対面してしまう。


 背後には土壁。進んで来た通路は、ある程度は戻らないと物陰がなくて。前方には、空間の開けた中庭が面している。隠れ蓑となり得る手段は……。


「ふうっ!」


 ――リンリは身体を跳ねさせ、駆ける。

 次の瞬間には、ほとんど無意識に通路と中庭の境である木製の高欄(こうらん)を蹴っていた。

 反動で跳び、身体を空中で捻り。手足の四本で衝撃を殺し、音を立てずに屋根瓦の上に着地する。


 獣の如く身を伏せて、息を潜める。

 下の通路では数人の気配が過ぎて行った。


 気配が十分に遠退いてから、我に返り、


「……えぇ? 今、俺は何をやった?」


 驚きの声を発して自分の行動を理解する。


「……現在地。屋根の上、と」


 不安定な屋根瓦の上、左右によたつきつつも立ち上がってみた。雲一つ浮いていない、澄みきった晴天の空だ。心地よい風が吹いて獣の耳と長い銀髪が靡いた。一度だけ鬢髪を撫でて、女性的に膨らんだ胸の前にそっと手を当てる。


「絶対に俺がしなさそうな、そもそもできなさそうな行動を咄嗟にやったぞ、この身体。……狐っぽい特徴があるから、野生の動物的な退避本能か?」


 疑問は尽きない。


「身体が完全に自分のものだと、言い切れない。

アレだな。そのうち、獣の衝動とかベタなダークサイドの自分とかが現れて。この身体の制御権とかを奪われたらどうしよう。……という不安」


 指を狐の形に組んで、眺めるリンリ。


「この身体をめぐって、本物と偽物の殴り合いとか発生したら、本物なのに負ける自信ある。……これが物語の中ならそんな熱い展開は好きだけども」


 両手の指で組んだ狐と狐を結んで解す。


 溜め息が白くなって晴天の色に薄れて行く。


 冗談を言葉にできる程度には、現状に慣れた。


 ……慣れれた、のだろうか? 慣れるものか?

あるいは『慣れた』と、自分に言い聞かせているのやも。誰彼の為。欺く為に。偽る為に。

 誰かに会ってしまう前に、自分はリンリという青年であった存在に成っておかないといけないから。


「ん、この香りは何だろ――?」


 次いで、風が運んで来た香りが鼻先を掠めた。

どこか懐かしさを感じる香木系のものだ。

 滑落しないように注意し、屋敷の屋根を伝って香りを追うように進み、なるべく苦労せずに安全に地上に降りられそうな場所を探して回る。


「アレは……。アレは、そうか――」


 結果。たどり着いたのは、屋敷群の点在する広い中庭を一望できる高所。建物でひときわに高い、蜷局を巻いた龍の屋根飾りの付いた場所。


「――お葬式、だよな。だな……たぶん」


 追っていたのは、(とむら)いの香だったのか。

 中庭の奥まった場所には、リンリが統巫屋の暮らしで見知った老若男女の顔が一同に集まっており。花々に包まれた棺の前、()かれた篝火(かがりび)に向かい、皆で輪になって俯き黙していた。


 ――棺は一つ。木製の大きな棺。

その棺が誰のものかは、決まっている。


「……ケンタイさん。こんな場所からで申し訳ありませんが、ちゃんと見送らせて下さい。本当に本当にありがとうございました。ケンタイさんの言葉、強さ、優しさ。俺は胸に抱いて、これからも活きていきます。だから、どうか……安らかに……!」

 


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