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統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚  作者: 哀無風/i'm who?
◇一章・後編【禍群襲来】
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一章……(二十九)【厄至】


 ――ハクシが舞っている。

 彼女と自分リンリ出逢であった懐かしき彼の滝、その滝の水飛沫と水霧を背景にして。

 まだ早朝。払暁ふつぎょう鶏鳴とりなきき、有り明け刻。

 日輪が射し込む手前、遠方の山岳山相が朱色に染まりつつある際、彼女は負けじと輝いていた。


 彼女の羽衣ユリカゴ神事まつりの時とは異なり。足元で。大地に弧を描き、煌り煌り廻っておる。

 此度は神様に向け奉るものではなく。統巫屋ここの土地に対して、願いを届けるもの故に。


 彼女は、


「――揺籃ようらん御守おもり、うつろなかご

かくして、ひとり、かたりつぐ。らくよう、かねて、かさねて、ほだし。ひとり、ひどり、ひとえにひどみ。ひとことのこし、ヒトバライ――」


 舞の振り付けの中で、言ノ葉を紡いで唄う。

 意味は理解叶わぬが、流麗な唄であった。

 そしてどうにも、もの悲しい旋律の唄。


「――何時いついついついつ……?

嗚呼、一割いつわり、いつわり、何時終いつおわるる……?

ひとりのこり、ひとりのこし、ひとをのこし、ひとみのこし、ひとにのこし、いつおわる。いつおれる。いつまでおられる、ヒトシレズ……。

嗚呼、所懐無情なりし、ヒトバシラ……。

無常無仰なりし、ヒトノサガ……」


 ――拍手かしわでを打ち、羽衣ユリカゴの煌めきが弾ける。

辺りに降り注いだ光の粒子は、吸い寄せられるように小刀エムシに集い。その刀身に淡い光明を纏わせた。


 それで終わりか。


 辺りには、静寂が戻る。


 ひとしきりの舞と唄が済んだか。


「あの、ちょっと歌詞が不穏じゃなかったか?」


 つい無粋に、こぼした一言。


「――――」


 ハクシから咎めるような視線。


「なんでもないです。邪魔してすいません!」


 邪魔してはならないと。リンリは小さくなる。


「…………」


 舞の足運びを止め、口を閉ざしたまま。

身体の前で小刀エムシを横に構えるハクシ。


 そうして次に何をするかと思えば、


「――えぃっ!」


「ハクシ……? ああ、おいっ!」


 まさかの行動。制止の間さえも無く。

ハクシは自身の左掌に小刀エムシを突き立てたのだ。


 目を逸らすリンリ。

 しかしそういえば前にハクシから、小刀これは『なにかを直接“切って傷つける”為の物ではない』とちゃんと説明されていたか。


 一人で勝手に焦ってしまった。

リンリは内心で安堵し、視線を戻す。


「えっハクシ!? お前、その手は……っ?!」


 すると、間髪を入れず驚愕がやってきた。


 視線を戻すと、ハクシの左腕は変容していた。

言わば獣の前足。肘の先から黒い毛皮に包まれ、指は短くなり鋭利な爪が生え、掌には肉球まである。

 紅葉の如き形になった掌を、不思議そうに閉じたり開いたりしてみる彼女。人としての片腕を失ったというのに、あまり意に介していないご様子。


「ハクシ、様? 大丈夫なのか、それは」


 おそるおそる訊いてみる。


「術の反動……。かな? 案ずる事は無い。

意図的に不安定にした力で身体が変質しただけ。人の身、われからだを歪め、この左腕は現在、彼ノ者の在り方に偏っている。……だからね。エムシを介さずとも多少ならこの腕を使ってぇ!」


 彼女は勢いつけて、獣の前足で大地に押印。

地面に己の『肉球』の跡を残した。


 ――ドクンッ、と。


 瞬間、空間が震える。領域、全域が鼓動す。

遠くで鳥が飛び立って行く。体感的で実態の伴わないものではなく。実際に揺れていたのだろうか。


「おっとっと。なんかフラッと」


「今し方、統巫屋ここの。この領域のきざはしを、周囲より可能な限りで高くした故に。その影響」


「ヒノアサメさんに求められていたやつ……」


「是だ。普段は小動物程度なら出入りできるように調整しているが。もう此より、この領域には統巫か、或いは我の【系統導巫の印】がなければ侵入する事叶わず。……ここから出て行く存在には関わらないものだけどね?」


「ん、本当に? 抜け穴とかない?

地下何メートルと掘り進んだら、開通しない?」


 言って。リンリは唾を飲み込み、喉を鳴らす。


 ――座右の銘の一つは『石橋を叩いて渡る。いや強く叩いてから渡ろう。橋の耐久性が保証されている上で渡ろうよ。でも本心では、落下の可能性ある石橋なんて渡りたくないです勘弁してください』だ。そんな情けない臆病風な男である。


「それなる方法で、開通してなるものか」


 少し呆れ顔で、渇いた笑いを返すハクシ。


「其方は心配性だ。……で、えっとね」


 彼女は、獣の前足を背中側に隠し。

心配そうな表情にかえて言葉を続けるのだ。


「そのね。我は、力を使ったのだが。

りんり、此度は苦しくなかった……かな?」


「今回はぜんぜん平気だったな。

なんでだろう……。いや、あの。もしやそのアニマルな感じになっちゃった“左腕”って俺の為に。ハクシが俺に配慮した結果だったりしないよな?」


 曰く『触媒』と称した小刀エムシを何故、ハクシは自身の掌に突き立てたのか。些かなり疑問を抱いたが。よもや。リンリは目を細めて訝る。


「――あぅ!?」


 その反応。まさか本当に、図星か。

尻尾と身体を跳ねさせ「あぅ」と。解り易い。


「おーい。ハクシ、様?」


「この程度。直に戻るとも。

エムシを介さずに権能を行使し、直接土地に語り掛けた。手段として身体に負荷を掛けたのは否定しないが。無理したうちにも入らぬ……だから、うん。大丈夫だよ」


「やめてくれ。行為は嬉しいけども。ハクシは身体を大切にして、無理しないでくれ。明後日には『ぼんなんとか』の危険な鼠の群れが到着するんだろ。俺のせいで、もしものことがあったら。そう考えると怖くて堪らない。耐えられない!」


 ハクシの隠した腕を、前に引っ張るリンリ。

毛皮が滑って、思いのほか強く引いてしまった。


「――りんりぃ、うぁぅ?!」


 腕を引かれた彼女は、驚いてか。

力を掛けられた方向に足を縺れさせて転ぶ。

 反射的に彼女を庇い、共にリンリも転んだ。


「……ぁぅ」


「いてて。悪い。何やってるんだろ俺」


『身体を大切に』と告げたのに、転ばせるとは。

なんたることか。言動に行動が伴っていない。

 格好悪い。情けない。恥ずかしい。

 彼女に申し訳ない。気が咎める。


「ぅ……ぁ系統導巫が、押し倒されるとは」


「『押し倒し』ては、いないだろこれ」


 顔を見合わせる。


「ぅ……そっか。引き倒されるとは」


「言い直さなくても……」


 ハクシは顔に赤みがさしていて。

さすがにここまでくると気恥ずかしいのだろう。

 彼女の声は控えめだ。


「はぁ。俺はいつまで経っても、変われないなぁ」


 自虐的に溜め息を吐いて、


「――ぃ否、そう卑下するでない」


 獣の前足で、リンリは鼻先を叩かれた。


「――其方は、それで良い。

他者を労れて、己の要領で精一杯生きて、己の弱さと向き合っている。環境に悲観しても奮起し、統巫屋にただ甘えるでもなく、立ち上がった。……りんりはそれで良い。人の良さとは、些細なものの積み上げた結果。其を示すこと」


「そうか。そういうのは、

自分じゃ、なかなか解らない部分だ……」


 だからこそシルシや子供達に、同様の意味を含ませた言葉を送られてリンリは意表をつかれた。

 堪え切れずに泣いてしまった。大人の男がだらしなく。しかし泣いたことで取り戻した情緒は無意味ではなくて。より、まだ『生きる』活力となった。


「りんりは、りんり自身が思っているよりも。

ずっと。周囲にとって好もしい人間であろう。善き人であろう。そう、統巫屋と我が保証しよう!」


「……ははっ」


「裸で襲ってくる狼藉者でなくて良かった」


「……はは。その過去には触れないでくれ」


 腕の中の彼女を感じる。可憐で、儚げな、軽く柔らかい身体を感じる。その温もりを、息遣いを、心音を感じる。ずっとこうしていたい。

 出逢いを想起した。邂逅の言ノ葉を追懐した。

その優しさを、その愛らしさを回顧した。


「故にこそ、我は其方に配慮した。

我の自己満足にして、押し付けだ。気にするな」


「ごめん。ありがとうな」


「……りんり」


 彼女の獣の前足を撫でるリンリ。


「今のうち。直接、伝えたい――」


 彼女の肩に方手を添えて、上体を起こす。


「……りんりぃ……何を?」


「――重ねて、ありがとうって。

出会えて良かったって。伝えておかないと。

統巫屋の皆、使従の皆、そしてハクシ様。

皆、大好きでした。お世話になりましたって」


 リンリは頬に肉球を押し付けられる。


「否。其方、そんな言い回しをするでない。

……まるで、お別れみたいだよっ!」


 肉球は気持ち良いが、鋭い爪が頬に刺さってる。


「確かに、めちゃくちゃ死亡フラグっぽい。

ならもう少しだけ、今のままで構わないかな?」


「是だ」


大人気無おとなげなく、ぐちゃぐちゃの俺の顔見られるの恥ずかしいから。身体を、もうちょいとだけ寄せて構わないかな……?」


「えぇ? ぜ、是と……する」


 リンリは彼女の身を抱き締める。強く優しく。

 後悔はしないから。恥ずかしくも力をこめる。腕の中の大切な宝物を壊さないように注意して。

 人生で誰にもされたことのない行為だ。自分からした経験も同様であり。必要な時に、必要な人にさえしてあげられなかった抱擁だ。それをした。


「りんりぃっ、こんな、抱擁なんて……ぁぅぅ」


「あの時、俺がこうできれば……。

結果は変わったのかな? そう思うんだ」


「其方、それは……何のこと?」


「行方不明になって、湖に浮かんでた妹のこと」


「…………」


「妹の後を追って、崖から身投げた親父のこと」


「…………」


「いや、なんでもない……」


 言う必要の無い事を口にしてしまったリンリ。

 聴いてしまって、身体を強張らせるハクシ。


「人の根元的な恐怖は、喪失なり――」


「――喪失か。そうかもな」


 ハクシは、静かに語る。

或いは、そう。“もしも”『喪失それ』を遠ざける手段があるとしたら。そんな言ノ葉の後に、問い掛けを行うやり取りの……はずだったやも知れぬ。


「我は――」


「俺は――」


 一陣の強き風が吹き、静寂を拐ってしまう。


「(――りんりぃ。

我は、喪失が怖い……だからね)」


「(――ハクシ様。

俺は、喪失は怖い……それでも)」


 対の吐露は、ほんの瀬戸際で届かなかった。

あとほんの少しのところで、違えてしまった。


 ――風が吹き去ると同じく、朝を報せる鐘の音が鳴り初めた。

 よって、もう一言を伝え告げること叶わず。二人の抱擁はそこで離れてしまったのだから。




◇◇◇




 ――統巫屋の門の前で、筆と木札を持ち。

通過して行く者達の記録を取るリンリ。

 見知った顔も有れば、知らぬ顔も交じる。

来る厄災に備えて。皆々、安全が保証された統巫屋ここに避難してきているのだ。


 本来であれば避難が完了した後に、ハクシが早朝のあれを行う手筈であったが。そう万事予定通りにはいかぬものだろう。

 寝たきりの老体やら、病人やら、妊婦やらを家族に持つ者達の移動が思うようには進まず。厄災の到来まで二日と迫ったところで、ようやっと最後の者達を迎えるに至ったのだった。


 ハクシが簡易的な『通行の印』として拵えた、『草の編み飾り』を記録と共に回収して行く。

 回収して直ぐに、焚き火にくべて処理。

 些か、もったいないが。仕方ない。


 あと飾りは三つ。三人分の回収で完了。

けれど、後の三人が見当たらないではないか?


 そう思いきや。腰が曲がり、杖をついたひょろ長い老人が門の先へと進むと。彼を後ろから介抱していた三人の小さな背丈が現れる。


「兄ちゃん、ほらよ!」


 もう顔馴染みの、坊主頭をした元気な男の子。

熱い志を持つ、将来期待の兄貴分だ。


「はいっ、どうぞっ!」


 こちらも馴染みの子。中性的な、どちらかというと女の子っぽい、実のところ男の子だ。


「わたしで、さいごです。これあげる」


 いつもの顔ぶれの三人目。

愛玩動物だろう兎を抱えた、長髪の童女である。


「ひい、ふむ、みい。よし、皆。通っていいぞ。

そうだな。時間があれば、後でまたデザートでも作ってご馳走してあげよう!」


「さすが兄ちゃん!」


「うん、たのしみだねー」


「わくわく、です」


 三人は手を繋いで、門の先に進んで行った。


 集落の人数分配られた草の編み飾り。

『通行の印』はしっかりと回収できた。

草が枯れてしまえば、その効力を失うらしいが。

リンリは手抜かりなく焼却しておく。


「明後日、か……」


 ――明後日の今頃は、どうなっているのか。

傾いた日輪を眺めてから、目蓋を閉じる。

 暗闇の中でも尚、目蓋の裏に焼き付いた日輪の形は残り続け。此方でも彼方でも、変わらず天に昇っていた日の丸に、故郷への焦がれを抱く。

 そうして明明後日も、皆と共に。誰一人として欠ける事などなく、日輪を拝むことは叶うか。


 目蓋を閉じたまま、門の前で立っていた。


「――急患じゃー!」


「――へえっ!? うへっぐっ!!」


 リンリは、ぼけっとしていたものだから。

ケンタイを乗せた、シルシと筋肉野郎が運ぶ担架に衝突してしまうとは……。


 ――暗転し。リンリの追憶は、厄に至る。


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