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統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚  作者: 哀無風/i'm who?
◇一章・後編【禍群襲来】
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一章……(二十七)【策定】


 ――夏の暮れ、人里離れた地にて。

禍淵マガフチ凡世ぼんせ覆軍ふくぐんは、確かに討たれた。


 とても難儀なこと極まりない条件の中で。


 いかに確実に討つ方策を講じられるか。しかし策を巡らせる為に放置した期間で、被害の拡大は?

 ただでさえ限られた、資源と情報に時間。

 様々な要素をふるいに掛けて。禍淵を『放置可能』と見なされた限度、間に合うだけの手段を講じて、可能な限り相性の良い統巫が集まり。可能な限り有効な力を持つ統巫が集い。打って出た。


 禍淵の群れ潜む土地の地盤を弛め、崩落させ。

 併せて、引いてきた水脈を地中より解放。有象無象なる鼠の『群れ』を『親玉』と分断。分断後に『群れ』は大規模な土石流を起こして殲滅。『親玉』は別動で動いた統巫が、単独で討った。

 討った、討ったとも。些か強攻にして強行な策を取らざるを得なかったものの、大地に蔓延っていた禍は完全に“討った”のだ!


 ――されども、けれど、しかし、

全てが終わったかに見えた、その刹那。

 鼠の『群れの位置』を捕捉する目的で、生かし“捕らえていた”最後の一匹を“手落ち”により逃した。

 そうだ。逃してしまった……。


 その程度。一匹の鼠が逃れたとて、何ぞ。


 否、楽観していられぬ懸念が有った。


 現に、逃した一匹から“増えて”いる。


 ――基本的には生物にまつわる禍淵から、

同様の禍淵は産まれない。これは禍淵を払う者の間では共通の知識。禍淵は『ツガイ』が存在しない、その個体一代のみの歪な変異とされている故に。

 そうはいっても何物にも『例外』はあるもの。

 もともと鼠の『群れ』全体が狂っていたのだ。

 種としていずれは自滅しかねない異常な狂暴性や繁殖力に飢餓きが状態。自然界の調和なぞ、容易く蝕んでしまうまでに甚だしい暴慢、暴虐、暴威なる災い鼠の群体だ。


 であるならば、


 此度の禍淵の正体、その推測は二つ。

 変異した鼠の『親玉』が、引き連れた『群れ』を狂わせていたという見方と――。


 ――考えたくはない、もう一つ。

 鼠の『群れ』全体が、禍淵という厄災に転じているという最悪の可能性か。


 最悪の可能性は勿論、統巫達も認識しており。

必要な手は打っていた。全て含めての策であった。


 そうして、ふたを開けてみれば後者。

 二つの推測のうち、後者。『最悪』の可能性が現実であると認識するに至る。

 捕捉すると。鼠の『群れ』全個体が同時期に禍淵へと変異してしまい、競合もせずに共存して一つの群れを維持しているというのは、とても現実的な話ではない。ならば、凡世覆軍なる鼠の実態は?

 宮居での鑑識を行った結果、『群れ』の全て。『親玉』を含めた個体の全てが、生物学的に完全に同一の個体と判明した。


 ――全てが一匹。一にして全。

信じがたいが。事実であるからに、そうなのか。

 鑑識を行った、る統巫の談。


 つまるところの実態は、すなわち単独で孕み『自己複製じこふくせい』する個の群であったと。

自然界での『単似生殖たんいせいしょく』いや、否。正しくは、所謂いわゆる無性生殖むせいせいしょく』を会得した禍の個の群。


 禍淵と転じた原種の鼠は、『匂鼠フラエレムゥ』という鼠。

 特定の『おや』を中心とした数十匹規模の群れを築き、体臭による個体間の意思伝達、役割分担をする風変わりな鼠。原始的な社会性を持つ鼠。

 もしも群れの中心である『おや』に危機が訪れたとしたなら、それを『匂い』により理解した群れは一斉に防衛行動を取る。外敵の排除をする。

 それでも『おや』が絶命した場合は、『おや』が死の際に出す『匂い』により。或いは『群れ』が外敵に太刀打ちできぬとなるや、肥えた『おや』と弱った個体が外敵のおとりになり。群れの存続のため『全ての個体』が散り散りに逃げだしてしまう。

 ひとたび『おや』が失われれば、無作為に違う個体の雌が群れを再びまとめ始めて、中心の『おや』に成り代わる。その繰り返しをすることにより、外敵への対策を学習し、また強靭な個体が生き残ることによって、個体ではなく群体として成長してゆく。そういった生態を持つ生物。

 凡世覆軍の鼠は、原種の匂鼠が持つ特性を保ったまま伸ばしており。外敵に対して、とんでもない数の暴力と小賢しい統率で防衛してくる。してきた。

 かと思えば『親玉』が討たれたり、『群れ』の不利となると一目散に逃げ出される事だろう。

 前述の通りで。逃がしてしまえば一匹の腹から自己複製し、同様の厄災が再び無秩序に増え始めてしまうことを意味する。これは厄介だ。


 ――よって禍淵、凡世覆軍の鼠。これを真の意味で此土より払い浄める為には、特殊な環境下で『群れ』全個体と『親玉の雌』をほぼ同時に、散り散りに逃げる暇も与えずに殲滅しなければならない。


 一匹でも逃せば、全ての意味が無くなる。


 放っておけば、此土の統べてが覆われてしまう。


 ことごとすべてが褐色かっしょくで覆われ、満たされ。最期には同族以外が死滅してしまい、鼠達の飢えはどうやっても満たされることはなくなり。鼠の共食いか、共倒れかの破綻が訪れるのだ。

 どちらにしろ鼠の死骸の山で此土は埋まる。

 そうなってしまえば、此土は潰え、途絶え、終えてしまう。彼の大樹、系統樹エゾティケクパは枯れ果てて。世のタチガレとなろう。


 ――以上が、此度来訪の所以なり。




 ◇◇◇




 ――長老に回ってきた巻物の内容。

 見た目“くねくねくるくる”文字で書かれたそれ。

御付きの者として、目を通しても構わないらしく。ソラと共に長老の後ろから読んでみれば、リンリの脳内ではそのような内容と訳された。


「――ほう、なるほど。若干に目が滑ったけど。

つまり突然変異した凶暴な鼠がヤバいから『駆除したい』『手伝ってくれ』ってそんな話か……」


 経緯報告書、調書、来訪の所以など。それらの内容をまとめてしたためてあった巻物。

 読み辛いその内容を要約すると、そんなもの。


「……嫌なイベントなことで」


 リンリは顔をしかめてしまう。


 ――虫が良すぎるし、横暴な話だと。

心の中で沸いた文句を表情に出してしまった。


 曰く。危険な鼠を統巫屋に誘導し、討ちたい。


 曰く。当然にハクシにも手伝って欲しい。


 曰く。手落ちにより、逃がしたから。


「あぁ、嫌、だな……本当に」


 何故、統巫屋ここに――?


 リンリは……静かに憤りを覚える。

 奥歯を噛み締めて、鳴らしてしまう。

 来訪者の彼女達にも、都合や事情が有るのだと深く考えるまでに及ばず。理解できるとも。危険な鼠を放置してしまえば、世に悪影響がある。彼女達は世のため人のために行動しているのだろうと。

 けども、理解できることと納得できる事は別問題であって。大切なこの統巫屋ばしょに危険な厄災ネズミなぞ持ち込まれるのは堪らないのだ。


 部外者故に、リンリは口を挟めない。立場は十分に弁えている。でもヒノアサメと名乗った彼女に、長老の背後から気付かれないよう、憤りや非難の視線を向けるくらいなら許して欲しい。


 最後に巻物を受け取った長老が、それを読み終えたようで。ハクシに向かって頷く。


「皆さん、目を通していただけましたかしら?

よくよくご理解いただけたのでしたら。あたくしの口から直接、続きをば。禍淵の現状と、この地でご協力をお願いしたい策についてを。このまま続けて、構いませんかしらねぇ?」


 では頃合いとばかり、ヒノアサメはそう周囲へ確認の言葉を投げ掛けてくる。


「構わぬ、続きを申せ」


 間髪を入れずにハクシは彼女に対し、返す。

これまでに無く真面目な口調で急かした。


「ああ、前もって断っておきますけれど……ね。

あたくし達は、無理強いいたしません。系統導巫様や統巫屋ここの皆さんに、申し出を拒まれたとしたらば、無理を押して強行などなさいませんわ。えぇえぇそうはいっても、猶予が無く。ここで凡世覆軍を調伏できねば、厄災は甚大なものとなりますの。

どうか、善きご判断を」


 統巫屋側の拒否は可能らしい。その弁が本当に、統巫屋側に選択を与えているのかはわからない。

 ヒノアサメは『必ず協力してくれる』と。ハクシ個人には確証めいた言葉を送っていたが。


「現在、凡世覆軍の鼠は移動中ですの。

冬季を越すために、食い潰した地を捨て、温暖で肥沃な土地を目指していると考えられますわ。おおむねの位置は統巫屋ここから北方に、二十里から二十一里ほど。はい、もう僅かで【シンタニタイ】と【テイネシヌイナ】の土地境とちざかいである【キツイの大渓谷】に差し掛かる辺りですわね」


「斯様な近傍か……」


 ハクシは獣耳を倒して、ぼやく。


 近いのか。近いのだろうか? リンリには『里』という距離の尺度が不透明。そう翻訳されたのならば『里』は知識に由来する尺度なのか? それと【テイネシヌイナ】やら【キツイ】やら、地名を告げられても、現在地が【シンタニタイ】のどこかにある統巫屋としか知らない。


「系統導巫様に、統括屋ここの皆さんに、あたくし達のご協力していただけるかどうか。えぇ、はい。その確認が取れましたらね、複数の土地境となっている【キツイ大渓谷】のこちら【シンタニタイ】方面に群れを誘い込み、渓谷沿いに誘導してぇ……。そうですわねぇ、速度や地形からして七日間以内には到来するかと存じますわ」


「…………え」


 リンリは声を洩らす。


 それは近い。近すぎる。本当に猶予が、無い。

 巻物の内容からして、天災、嵐などに備えるのとはわけが違う。凶暴な“鼠の群体”なんて未曾有の厄災に対して、集落の全員を動員したとしても数日のうちに体勢を整えられるのか?


「到来までに必要な備えは、はい。

ほぼほぼ、あたくし達の手の者が行いますのでお構い無くどうぞ。資材も全て用意いたします。万全を期すためには、多少の労働力は貸していただきたくはありますがねぇ。備えとしては、物見櫓ものみやぐらを幾つか建て、鼠返しを着けた関壁かんへきを七十五間(※約135メートル)ほど二方向に設置いたしますわ」


 リンリの疑問に答えるかのように。彼女は統巫屋周辺の土地を描いたらしい図を広げて、言う。

 続けて、統巫屋の外周を表して描かれたとみえる円に指を滑らせ、言葉を繋げるのだ。


「それで策のかなめは、統巫屋の領域を囲っている外界とのきざはしですわね。聞くところによると系統導巫様の意で領域の階を強め、証を持つ者や、他の統巫以外のあらゆる生物を遮断できると。えぇ、そのご権能はよく存じておりますわよ。よって策といたしましては、関壁と領域の三方向で進行する群を囲み、一網打尽にする単純明快な策ですの。系統導巫様、お引き受けいただけますかしら――?」


 そこまでで。来訪した彼女達からの要件は、統巫屋こちら側へ全て伝え終えたようであった。


「――其方らへの返答は、何時までに……?」


「系統導巫様。可能なら、この瞬間にでも。

限度といたしましては、本日の陽が落ち切るまでには『お返事』をいただかないといけませんわね」


「そう」


「申し出を拒まれた場合か、或いは『お返事』いただけなかった場合は、【キツイの大渓谷】で別の策を強行いたしますわ。万全ではなく、周囲の土地への影響も懸念され、逃げられてしまう危険性も孕んでおりますけれど……やりますわ! 全力で」


「そう、なんだ」


 ハクシは目蓋を閉じ、俯いた。


 半日も返事は待ってくれないらしい。

統巫屋側が落ち着いて話し合う時間も無いか。

 事態が切迫しているから、『仕方ない』と。それにしたって、こちら側にもう少しでも猶予や配慮が欲しい。言うだけ言って、さっさと答えろ。

 ……あんまりではないか。


 いや元より、言い方的に選択欄を与えてはいないだろう。統巫屋が承諾しなければ、強行される行為で周囲の土地がどうなるかわからないと。肝心の鼠にも逃げられてしまう危険性が有りと言う。

 これは酷い。


「……おぉ系統導巫様ぁ。

わしらはぁ、従い申し上げます……。刻限までにぃ、話し合う余裕も無し……。集落の者共を代表して……のぉ。あなた様が、どのような、ご判断を、なさいましてもぉ……。わしらはぁその御意向に、その御心のままに」


 ソラから成り行きを耳打ちされた長老は、集落の者達を代表して、ハクシに従う意思を示す。

 ある意味で、残酷だ。全てハクシの責任であり、彼女に背負わせるという意味でもあるのだから。

 仕方ないにしろ、残酷だろう。


 使従達の方はというと、

 シルシは顔を強張らせて、きょろきょろ。

 ココミは未だに船を漕いでいて。

 ケンタイは凄い顔でヒノアサメを睨んでおり。

 サシギは、ハクシと共に俯いている。


「ハクシ……様」


 リンリは、小声でハクシの名前を呼び、

彼女の心中を案ずるしかできない。それが悔しい。

 感情がごちゃ混ぜとなり、身体が震える。


 己の名を呼ぶ声が届いたか、ハクシは獣耳をぴくりと動かして、大きく息を吐く。すると、


「案ずるな――」


 リンリに向けたものかは解らない。

 でも。こんな状況だろうと変わらず、出逢った時と同じ優しい声が彼女の口から発せられる。


「……わかった」


 リンリは、また小声で返事をした。

 身体の震えは止まらない。それでも、こらえる。

日々を耐える為に堪えるのではなく。無事に厄災を退けて、大切な統巫屋ばしょで優しい日和を取り戻せるのだと信じて。この場はただ堪える。


 ――やがて、ハクシは顔を上げた。


「――我は統巫、系統導巫。

此土にあまねく、生きて、逝きて、行き続ける諸行無常なる命の系統を導く巫なり……。我は天津に、彼ノ者に系統の導きの任を授かり、担う存在だ。故に……命の厄災を知りながら、目を背けることはしない。其方らに協力しよう……っ!」


 この刻を以て、禍群の襲来が定まった。


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