一章……(二十六)【奉位】
――翁、集落の『長老』に肩を貸したまま、
件の部屋へと跨ぐリンリ。
入室すると、共に長老へ肩を貸すソラより目配せによって合図を受ける。どうやら、既に控えているシルシの横に置いてある茵、座布団。そこまで長老を連れていけば良いとの指示を読み取れた。
あぁ長老の席は“そこ”か。
リンリが知識として持つ、和室の『上座下座』の位置関係と相違ないのだろうか。そうならば統巫屋の主のハクシが当然に一番偉く、次いで使従達、更に次いで長老の席であり。席こそ用意され、入室が許されていはいたものの、統巫屋勢の中では長老の位が最も下ということになる。
例え集落の出身といっても『使従』の位を持っていれば、サシギの方が上座の立場であり。長老はあくまでも、統巫屋に奉仕する集落を代表する役にとどまるのだろう。
「おぉ……。ここまで、あんがとよぉ……」
長老が席に着き。
彼より礼の言葉を貰うリンリ。
「それでは、俺……自分は、失礼いたします」
今回は完全に部外者の立場。
やはり自分がこの場に居るのは『場違い』も甚だしい事だと思い知る。あぁ違いない。こういった場での改まった礼儀の心得は足りぬ故に、せめて一歩後退して周囲へとお辞儀をしておく。
それが済んだら。襤褸を出さぬうち、さっさと退室してしまう事にした。ハクシに恥をかかせるわけにはいかないのだ。
――まぁリンリにとっては、来訪してきた三人の『統巫達』の姿を見れたこと。『聴いていた』ハクシ以外の巫女を見れただけ収穫であろう。
思い込み。統巫は全員が『神様』を模した姿である銀髪金眼の獣っ娘だと勝手に思っていたけれど。それは誤りであって、鳥や蛇や魚といった人ならざる身体的特徴を持つ巫女も居ると知れた。
今更に過ぎるけれど。『彼ノ者』と呼ばれる神様は『命の系統』を司る一柱だけでなくて。言葉を伝える統巫が居るのだから、対応した言葉を司る神様も居るのだということだ。いわゆる多神教的な文化の成り立ちをした世界。
そうして驚くべきことに、神様のもたらす奇跡や恵みという『超自然的具象』が目に見える形で実在しており、認知されている。神様とその巫女はきっと多様にわたって存在しており、各々が役目を果たし続けることによって此土を運行している。此土とはそういう世界なのだということ。
こう視点を得られて更新できたのは収穫。
後でその分野もしっかり調べておこう。
取得選択の過程で『世界観』の深い知識まで学ぶのは、統巫屋に缶詰の自分にとって『不必要』だと諦め投げてしまったのだったか。しかし、しかしだ………。知ろうとすれば、知れた事を、知らぬままに、後々になってから後悔はしたくはないから。
「……ん?」
退室の為に出入口の襖を見遣ると同時、黒装束で烏のような面を着けた二人組が入ってくる。
その怪しげな装いの二人組は、息の合った動作でお辞儀をした後、左右より襖を閉じて。そのままで腰を落とし、脚を正して座ってしまう。
んん、これは、
「あれー?」
あぁ即ち……出入口が塞がれてしまった。
烏のお面の人達よ、襖の前に座らないで欲しい。
部屋に居る皆が、退室しようとして頃合いを逃し起立したままの“変な奴”に視線。部屋で一人だけ突っ立っているリンリに視線を送ってくるでないか。
ソラがリンリの着物の裾を下に引く。とりあえず空気を読んで、お前も『座っておけ』と。言葉に出してもらわなくても意図は十分に伝わった。
黙って雰囲気に従っておくしかない。部屋から無理して脱出しようとすれば、かえってハクシに恥をかかせる危険性が有るために。座るとするか。
長老の左後方にソラ、右後方にリンリも座る。
「――はい。皆さんお揃いのご様子。
そろそろ始めてもよい頃合いでしょうかねぇ?
あたくし達は、構いませんわ。系統導巫様?」
黒い片翼の統巫が口を開いた。
このままでは始まってしまう。
――ハクシ様、お助けを。
リンリは内心で彼女に助けを求めた。
主である彼女から部外者の退室を求めてさえくれれば、まったく自然に脱出できるというもの。
「――良い。我、それに我の使従達も構わぬ。
斯様に突然の其方達の来訪であったが、取り立てて咎めるような事はせぬ。其方達には此度来訪の所以を告げ報せてもらい、我らはただ然るべき事を処すのみなり……だよ?」
「……ではでは、はい。
あたくし達、統制十六奉位の統巫、その従者。
系統導巫様、その眷属方。双方の合意が結ばれましたことを認識いたしましたわ。はい。ですのでぇ、ここに『お話し合い』を始めさせていただきたく存じますの――」
「――認める。其方達と我らの契りにして、
言ノ葉は既に交わされた。此れより始めよう!」
「…………」
――始まってしまった。
助けを求める気持ちは、届かなかった。
そりゃそうだ。リンリは澄まし顔で座っている。
せめて体裁を作ろうと頑張っているのだから。
そんな奴に、主から『お前、部外者だから退室しろ!』と指示が飛ぶのは、それはそれで面白おかしな光景となってしまうか……。
ハッと。それに思い至るが、時すでに遅し。
仕方ない。もう『お話し合い』に参加してしまう流れとなったので、覚悟を決めよう。幸いにして沙汰の時とは違い、自分の役は何者でもない。自分に何かを求められることもない。そう考えると、なんてことはない。よって、リンリは心を無にして背景に居る脇役に徹するとした……。
「――自己紹介と致しますわね。
あたくしは統制十六奉位の統巫、託統導巫のヒノアサメ。ヒノアサメ・ヤッタネウネクルですわぁ」
託統導巫。彼女の名はヒノアサメ。
場違いな高くふわふわとした声色と、のんびり間延びした口調。比較的に細身だが外套の上からでも主張している豊かな胸の膨らみ。
肩にかかる長さの黒髪を後方で結い。髪から覗く耳は尖っており。両耳の上から、黒い飾り羽根が扇状に広がって頭部の装飾のようになっている。
堀の深い整った顔だが、表情は柔らく。しかし黒く丸い瞳は何処か余裕なく揺れ、悲しそうだとも、泣き出しそうだとも。本当の感情を押し殺して、無理矢理に笑みを浮かべている……そんな印象。
右肩から黒い片翼が生え。左腕が片翼の対をなすかのように、人の腕と鳥の翼が合わさった成り。それから右腕が、鉤爪と鱗のある鳥の脚の如きもの。
その身体に橙色の羽衣を纏う彼女。来訪せし統巫の一柱。託統導巫、ヒノアサメ様。
ヒノアサメが自己紹介で名を明かすと。
周囲の皆が、息を飲んだ。それは、何故……?
彼女が名の前に付けた【統制十六奉位】という格好いい……? 何かの位に就いているとする顕示に対してのものだろうか……? いや、その前から統制十六奉位の統巫と身分を明かしていたか……?
「――其方、彼ノ者の御名まで使うか。
それ程までの要件で、この統巫屋に……?」
ハクシが珍しく引きつった顔をする。警戒でもしているのか、尻尾と耳の毛皮が逆立っている。
サシギやケンタイも難しい顔をしており、シルシは眼鏡を落とし、ココミは船を漕ぐ。
「(おリンちゃんさん。本来、統巫は己の彼ノ者の名を軽々しく利用したり……それこそ口に出したりは致しません。彼ノ者の御名は、きわめて重要な約定や神事にのみ利用する、冒しがたいもの故に)」
「(……なるほど。ありがとうございます)」
ソラより、耳打ちでの助け船。リンリが一人だけ頭に疑問符を浮かべて視線を『あっちへこっちへ』さ迷わせていたので、彼女も見兼ねたのだろう。
助かった。しかし、それ程の要件とは。
ヒノアサメは、ハクシの言葉に頷くが。
まだ自身達の自己紹介が済んではいないと、次の者に振り向き。鰭の少女の自己紹介を急かす。
「……ふぁぁ、ふみゅ……。
……潤統導巫、チョウカミネ・ティネップ」
潤統導巫。彼女の名はチョウカミネ。
透き通った声色で、気怠げな口調。齢は十代の中頃程度で、それほど幼くはないだろうが。身体つきは小さく、また起伏の少ないもので、心配してしまうほどに痩せている。
腰ほどまではありそうな長い藍色の髪を、頭側部両側前方で結って下に垂らしただけの髪型。
表情があれば可愛らしいだろうが、無表情。周囲に興味が無さそうな冷めた藍錆色の瞳と表情で、最低限の挨拶を感情の込もっていない言葉で発した。
彼女は上半身だけを隠す小さめの外套と、そこから露出する腰から下の半身が、藍色よりも濃藍色をした魚の鰭に置き換わっている。
その身体には薄藍色の羽衣を纏う彼女。二柱目の統巫。潤統導巫チョウカミネ様。
「――オイオイッ、潤統導巫だと?」
突如ケンタイが立ち上がり、チョウカミネをまじまじと睨みつけるが。それを無視し、最後の蛇尾の少女が自己紹介を始めた。
「――ボクは、名乗る。
ボクは統巫、斎統導巫だと。己の名はアヤシ・ロナイッコタン。そう告げたのだった――」
【◆斎統導巫◆】
斎統導巫。彼女の名はアヤシ。
声色は幼く未成熟なものなのに、口調は老成しているというか。特殊な言い回しが印象的だ。その身体つきは隠されており。顔と背丈を見て、彼女が幼いことしか判別できない。
厚く着込んだ外套の上に、何重にも羽織を被り、顔だけをちょこんと出している。
額には紋様の描かれた大きめの鉢巻をし、髪型は鉢巻によって解らない。飾りの付けられた長い鬢髪は真っ白。瞳は血のように真っ赤。ニコニコと周囲に笑顔を振り撒いているけども、そうしているだけで彼女からは感情が読み取れない。
外套の下より、彼女の身体から生えているのだろう白い蛇尾。いや、目を凝らすと白い“蛇の頭”そのものが覗いている。
その身体には色の薄い、ほとんど透明に近い輪郭だけの羽衣を纏う彼女。三柱目の統巫。斎統導巫のアヤシ様。
「……すまねぇな、オイ。騒いだのを詫びる。
なんだ、オヤジのつまらねェ勘違いみてェだァ」
三人の自己紹介が終わり。
ケンタイが頭を下げて席に戻ると、
「此度は火急の件につき、ねぇ。
はい勿論、統巫屋には失礼も迷惑も承知の上で、あたくし達は参りましたの。まずは詫び入りさせてくださいませ。そして、簡潔に此度の要旨を述べさせていただきますわ――」
ヒノアサメは一度周囲を見て跪く。
そうして続く一言に、場が揺れた。
「――統巫屋周辺の領域を、あたくし達に利用させていただき、来る厄災の調伏を成す。
禍淵、凡世覆軍の鼠を敢えて“この地”に呼び込み、鎮めたく存じておりますの!」
――禍群の襲来。
この土地に、斯様な厄災を、敢えて持ち込む。
彼女の口から出た言葉は、最悪のものだった。
「えぇ、はい。系統導巫様は、命の在り方を司る彼ノ者の統巫にして、命の系統を導く巫女でいらっしゃいますわよねぇ。凡世覆群の鼠は、禍つ命の淵でございますわ。よって、必ずあたくし達に協力してくださるでしょう……?」
「あぅ、禍淵……?!」
「なんじゃとっ!? 禍淵ってアレかの?!
架空の厄災、もとい万人がどうしようもない災厄の権化と畏れられるアレかのっ!!」
「…………」
「託統導巫、ヒノアサメ様。
厄災を、この地に、呼び込む……と――」
「――オイ、オイオイッ!
度を越した面倒事ときたなァクソッ!」
皆が声をあげて、事態の“無茶苦茶”さに“理不尽”さに各様な反応を示しているではないか。
「ぼんせふくぐんのそ……? って?」
リンリの運命を歪めた厄災。
けれど、まだ。禍群襲来、凡世覆軍の鼠。
その言ノ葉が意味するものを、リンリはよく理解できてはいなかった。




