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統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚  作者: 哀無風/i'm who?
◇一章・後編【禍群襲来】
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不穏の兆……(三)


 ――(かけ)る黒き影。

 影は、道なき道を進み行く。樹木の枝から枝へと跳び移り、折れ倒れた(みき)を駆け上り、片翼しかない翼をはためかせて天翔(あまかけ)る。

 黒い片翼の彼女は、大地に蔓延(はびこ)る鼠の群を遠く後方においてけぼりにして。

 言ノ葉の意味は違えど『災い転じて光明』なりしこの領域。見通しが程良く(ひら)け、日の光が射し込むようになった樹海の中をひた進み行く。


 彼女のその歩みは、迷い無く確固とした道筋で目的へと進んでいるようであり、


「――はい。この辺り、でしょうかね?」


 そう口に出して、降り立つ。


 途中に何度か、間隔を開けながら小脇に抱えた銅鏡を輝かせて確認し。尚も進み続け、最初の樹木の太枝を飛び立ってから、そう時間も経たぬ間に己が定めた地へと到着したようであった。


 …………。


「あらあら、大きな木ですわね……」


 広がる空間。樹海の中でも一際に太い、歴史を感じさせる大樹が彼女を迎えた。大樹はその幹を支える為の幾つもの根を大地に張りめぐらせており、周囲の木々を押し退けどっしりと構えている。


 樹海の『禍境』と目算された中心部からは逸れた端の端であるその場には、降りかかった災いの影響は些細なものであり。

 統巫達で示し合わせた崩落によって、ここいら一里(いちり)(※約四キロ)の範囲が一丈(いちぢゃう)(※約三メートル)ほど沈んではいるはずだが、一見した限りでは大地に蔓延っていた鼠達(マガフチ)の姿さえ無い閑静清浄な空間。

 よく目を凝らすと、数匹ばかしの山鼠が大樹の枝葉から辺りを監察するように顔を出し入れしてはいるが、別段に異常な所は見当たらない。……それがかえって異常なのだが。


「嫌ですわ~。それで、あたくし達から隠れているおつもりなのでしょうか? 此方にいらっしゃるのでしょう、凡世覆軍の親玉さん?」


 ――満ちる、隠しきれぬ悪臭。

 それまでとは比にならぬ程の淀みきった(イヌモノ)が渦巻き、もう殆ど『毒』や『障気』といっていいものだろう。長くこの空気に触れていれば、度を越した(イヌモノ)にあてられて穢不慣(イヌモノミシリ)のようにもなりかねない。

 臭いもそうだが、命の伊吹が(かたよ)っている。感じ取れてしまう者ならば、総毛立つ有り様。鼠と植物以外の生命は既に絶えており、正常な自然の営みを感じられぬ歪な空間。


 外敵(おのれ)へと向けられる強大な敵意。そして、この場より端を発して蠢く鼠の郡れ。

 彼女は確信している。群れという体でいう『脳』の役割をする親玉が「必ず、居る」と。


 まず一歩目、


 次に、二歩目、


 彼女は歩み出した。一歩ずつ、真っ直ぐに大樹へと。そうすると、枝葉から顔を出していた山鼠達が接近しつつある彼女への威嚇なのだろうか、高く短い鳴き声を連続し始めた。


 更に、三歩、四歩、五歩目、


「……まだ、反応して下さいませんか」


 六歩、七歩、八歩目。更に、九……と。


「あら、先走りは~よろしくなくてよ?」


 その時、彼女に向かって大樹の根の陰より数匹の鼠が飛び付いて来る。取り憑かれ、鼠達は彼女の身体を直ぐ様這い上がり、外套の隙間より衣の内部に入り込んでくるではないか!


 彼女は外套を爪で破り、脱ぎ捨てて。

身体に巻き付けている羽衣を外に露出させると、羽衣は激しく揺らめいて、鼠達を弾き飛ばした。

 弾かれた鼠達は、そのまま落下せずに、重力に逆らい空中で(ただよ)いつつ(もが)くと、不可視の圧を掛けられ血飛沫となり絶命。


「申し訳ないですけれども、はい。もう既に、あたくしの認知下では、その命は『自在』ですわ」


 彼女は銅鏡を揺らしてみせる。

 すると伏兵、物陰に控えていた鼠達も同様に血飛沫となり散ってしまった。


 ――彼女が銅鏡に視線を降ろせば、もう認知できる限りで同種、同色、同形状、同質量、同物質構成に近しい個体は居ない。


「――あらあら……っ!?」


 その隙をついてか、


「――むっ、くッ!」


 ――褐色の“熊のような身丈の獣”が現れ出て。

獣は大きく飛躍し、その重を以てして彼女に体当たりを浴びせてきたではないか。


「――あたくし、にッ、そんなものが見切れないと思っていますの……?」


 彼女は寸前のところで身を捻り、躱す。


 獣との接触を回避したらば、すぐさま飛び退き、空いている右手で一度地面を小突いて体勢を正しておく彼女。身を低くして構える。

 ただちに獣から追撃は来ないようなので、銅鏡の装飾となっていた『勾玉』を外し、左腕で抱えていた銅鏡を獣の鼻先にと目掛けて投げつけた。


「日輪の置き土産ですわっ!」


 ――時間差で、強い閃光が辺りを照らす。


 投げつけられ空中で回転中であった銅鏡が、激しく輝く事で獣の視界を潰したのだ。獣にとっては予測が叶わぬ、まるで何が起きているのか、起きたのかも解らない攻撃。回避の術はなかった。


 ――獣は、地面をのたうち回る。


 至近距離の閃光と生じた熱で焼かれた瞳は、よほどの痛みと危機感を与えたのか。或いは、獣なりに理解不能な御業を操る外敵に恐怖したか。

 鼠のような高く短い鳴き声ではなく。低く悍ましいうなり声を漏らし、縮こまる獣。


「驚きましたわ。熊かと思ったら熊大の鼠とは……これはこれは、如何に。いえ、此処まで追い詰めた前任の者の報より、その容貌は存じておりましたけれども~。はい、視認いたしました。親玉さんですわねぇ、ご覚悟ですわよ?」


 視覚を潰され、怯んだ獣……。

もとい、禍淵、凡世覆軍の鼠の親玉。


 彼女は、投げつけた後に地面を転がって、対の『勾玉』のある方へ戻ってきた銅鏡を回収。

 親玉と正面から対峙する形となり。

一呼吸だけ置くと、眼を細め、口を開く。


「……凡世覆軍の鼠、名乗りますわね。

あたくしは託統(たくとう)導巫(どうふ)、ヒノアサメですわ」


【◇託統(たくとう)導巫(どうふ)◇】


「――片翼は、有り方を示し。

片翼は、在り方を定める。己が身を指針(ししん)に。三本の脚は天の(けい)、地で御言宣(みことのり)、末を人に(たく)す。これ天地人の(ことわり)なり。(ゆえ)(たく)しましょう、来るべき(さだ)めの前途(ぜんと)を。共に択一(たくいつ)しましょう、迷い多き旅路の最是(さいぜ)を。たとえ人を(たく)事になろうとも。真に正しい務めであると信じて。はい、()は光であり熱であり(しるべ)であり、昏迷(こんめい)なる万人(ばんにん)を導く神鐸(しんたく)()と成りて、昏冥(こんめい)たる此土(しど)(マガ)()くし、()に万の(たく)とす。未来永劫、此土を照らす偉大なる日輪(にちりん)が如しその化身たる黒翼の代行、託統導巫。託統導巫のヒノアサメですわ! こほっ……けっして口上が長いって、おっしゃらないでくださいませ? それは禁句ですわよ……?」


 ――片翼の女性、託統導巫の【ヒノアサメ】


 ヒノアサメは背中の片翼を広げ、身を包む法衣と身体に巻き付く橙色の羽衣(ユリカゴ)を揺らし、自身がどのような存在であるかを名乗った。


 禍淵は律儀に口上が終わるのを待ってくれた。

 否、彼女を迎え撃つ体勢を整えている様子。漂う悪臭は、より濃さを増している。時間を与えない方が賢明であったか? それは否なこと、時間を稼いでいるのはヒノアサメも、統巫側も同じこと。


「あたくしは、非力な統巫。あたくしにできる事といえば……。はい、そうですわねぇ。携えた『銅鏡』を、此土を計る『秤の皿』といたしますの。銅鏡の上を此土そのものと結い、銅鏡に乗せたモノを己の認知が届く限りで自在に操るのが、あたくしの主な権能ですわ――」


 ヒノアサメは、言いながら銅鏡を覗き込む。


「――あとあと~それと『印』を付けたモノの位置も把握できますが、その情報はここで話す必要性もございませんわねぇ……」


 銅鏡の表面に淡く映し出されるのは三つの光。

光は脈統(みゃくとう)導巫(どうふ)潤統(じゅんとう)導巫(どうふ)託統(たくとう)導巫(どうふ)の彼女自身の位置を示すものであった。


「――あたくしが、なぜここに凡世覆軍の親玉さんが隠れていらっしゃると判断したか~。それは簡単な事ですわねぇ。親玉さんが動かしている『群れ』の動きを把握いたしましたの。それだけよ」


 三つの光が弾けて、次に銅鏡に映し出されたのは“ある範囲”で扇状に広がる光と、その波の流れ。

 無数の小さな光の点で形作られた波の正体は、一つ一つが鼠の個体。ヒノアサメが言ったように現在樹海で蠢いている全ての鼠達の位置。


 そうして、銅鏡には“ある場所”を中心にして放射状に一定間隔で伸び、交わる……光の点と点で繋がれた網が鮮明に現れ始める。まるで蜘蛛の巣とも喩え表せる。鼠の役割は個々は単純で、しかし総てを纏めると複雑なものであった。


「当然ですが、この子達は、深く考えて行動してはいないですわね。知能は、ほぼほぼ普通の鼠と同じであって~、時と場合の複雑な行動は無理。……群れの統率は特異性の高い親玉がとっていると観る。どうやって……? 答えは、群れという体をとった『神経形態』の形成と推測いたしましたの」


 神経という形の役割分担。


「……神経と表せるのなら、必ず点と点を結ぶ伝達がありますわ。それはあなた達の原種である『匂鼠』に由来する特性と分析。匂鼠は、体臭を利用する事で群れ内での意思伝達、役割分担をする鼠。その特性を伸ばし、身体から分泌する複数の臭いを使い分けた高度な神経伝達の模倣を確立していると予測。群れの子一匹一匹が、中継であり触覚である。……そこまで調査できれば、後はもうその裏打ちをするだけでしたわ……あらあら~」


 ヒノアサメが得意気に、誰に対してでもなく語っているうちに、大樹の周りを土の壁が覆い始めた。


「時間稼ぎ、そろそろ宜しいでしょうかね?

はい、あたくしの……二度目の閃光が合図となっておりましたの。凡世覆軍の群れの子と、親玉の断絶のねぇ。なのですけれど、皆さん手間どっていらっしゃったのか、遅かったですわよ~もう……」


 ほどなくし、半球形に土の壁が完成。

 しかし鼠の親玉は、眼を潰されているために壁の存在に気が付けない。それでも違和感は抱いているのだろう、しきりに鼻をひくつかせていた。

 親玉にとっては、いくら臭いを振り撒いても子分の鼠から反応が無く。待てども、臭いによって呼び掛けた子分が防衛の為に集まって来る気配もないという形であろう。


「……まぁまぁ、構いませんわ。

『懸念』はこれなら気にすることもないでしょう。感謝いたします。皆さんのおかげで、万事順調に此処まで運びました。はい、親玉はあたくしにお任せ下さいませ!」


 ――吠える禍淵、凡世覆軍の鼠。


 ――黒翼を広げ、禍を調伏せんとする統巫。


 ――ある地にて、夏の暮れ。こうして陰ながらに、禍淵(マガフチ)(しず)める為の祓い事が取り行われていた。

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