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統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚  作者: 哀無風/i'm who?
◇一章・中編【統巫屋日和】
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一章……(十八) 【夜気】


 直に草木も眠る時間帯に差し掛かる頃か――。


 漆黒暗闇(しっこくくらやみ)がもたらす本能的な恐怖と、静穏(せいおん)な安らぎは万人に等しく与えられる。

 人は古来(こらい)より、闇そのものに畏怖(いふ)の念を抱き。闇の中での不用意な行いは、ともすれば死への危険を(はら)んでいた。(しか)らば、どの様に世が移り変わろうとも。闇から(ひそ)み、(よく)の日を迎えるために静穏へ身を(ゆだ)ねて休息でも行なうが(じょう)か。

 故にこの刻頃は人が(いとな)む世もまた、他の陽の下で活動する動植物達と同じくその動きを静めており。新たな日輪(にちりん)の訪れまで、あらゆる命の世は(へだ)てなく(しば)し深い夜闇の中に沈んでいる。


 ――そんな夜分(やぶん)。リンリは(あわ)く光る提灯(ちょうちん)を持って大自然の中を進んでいた。


「(――ほら、こっち)」


 前方右側の林あたりで鈴の音のような声。

 林の先から、彼女の持っていた提灯のものであろう微かな光が漏れ出していた。


「そっち……?」


 彼女とはつい今まで、歩調を合わせて一緒に進んでいたつもりだったというのに。

 足元の落ち葉より現れた、“トゲトゲの付いた鞠玉(まりだま)”の如き蟲。蟲なのか? そんな見慣れないの生物のコロコロ転がって行く五玉の列に興味を向けている一瞬の間で、彼女と距離が離れてしまったらしい。


 リンリの口より溜め息が出た。

 先ほどから若干に灯りの弱くなってきた提灯を指の先で小突き、自分の鈍臭さに肩を落とす。


「ハクシ、なんだか進むのが早くないか?

悪いけど、ちょっと待ってくれないか。リンリさんはもう二十代前半。もういい歳だから……足腰が弱くなってきて敵わないからのぅ」


 冗談混じりの言葉を添え、軽く訴える。


「おーい、今そっち向かってるから」


 耳を澄ませてみたが、返事は無い。


 彼女から返事は無いが、それ以上は進んでいないだろうという安堵。彼女が落ち葉を踏みしめて移動する音は聞こえてこないから。だから、すぐそこで待ってくれているのだろうと判断して進む。


「…………あれ?」


 そのまま歩を進めて、声のした林を提灯とともに覗き込むリンリ。けれど、照らされたその空間には誰もおらず。いつの間にか自分を待つように揺れていた彼女の提灯の灯りも消えていた。


「あれっ、ハクシ? どこに?」


 途端に焦ってしまうも無理はない。


 そんなはずが、無い。有り得ない。

忽然と存在が消えてしまったようではないか。


「(ほら、こっち、こっちよ)」


 また少しだけ遠くで声。

 先の茂みから再度の声が発せられた。

 その声と共に、草木の隙間より風に吹かれたようユラユラと輝く提灯の灯りが見え隠れする。


 彼女は足音を立てずに、そっと移動しながら呼び掛けてきているという事だろうか?

 自分からは正確な位置が掴めないが、彼女からはリンリの位置が把握できているのか?


 ならば、これは彼女の悪戯のようなもの?


「『こっち』ってのは……どっちだ?」


 はて彼女は、こんな風に人が困りそうな悪戯をする性格の娘だったろうか?


 リンリは、自分の持つ提灯を“右へ左へ”と振って辺りの様子を照らし出す。

 今はその灯りだけが頼りであり。木々の枝葉に隠されて、天上からの月明かりや星明かりはこの場にほぼ届いていない。こんな暗闇に沈んだ世界の中で寂しく一人、周囲の把握は叶わない。


 これは良くない気がしてくる。


 正確な方向が解らなくなってきた。


「ハクシ、このままだとはぐれかねない。

森の中で迷子はごめんだ。いったん俺の居る方まで引き返してもらって構わないかな?」


 仕方なく、提灯を掲げてハクシを呼ぶ。

 仮に彼女の悪戯だとしても。本当に困惑している様子の声をあげれば、簡単にその辺りから出てきてくれるだろうと予想して。


 するとそこで、


「(こっち、だって……)」


 返される声。

 リンリは声の方を見上げる。


 そう。リンリが“見上げる”高さだ。

 木々の枝葉の隙間から“ゆらゆら、ゆらり”と。

ぼんやりとした提灯のものに近い灯りが見えた。しかしそれも、視認してから数秒のうちに消えてしまったのだけど……。


 声の主を探せども、頭上に人影は無い。

 木々の枝葉は細く頼りなく、人は乗れない。

とうてい隠れられる筈もないというのに。それはまるで、今し方消えてしまった“灯りだけ”が空中に漂っていたようである。


「……いや――」


 言葉を失うリンリ。


 明らかにおかしな場所から聞こえてきた三度(みたび)めの声といい。とっくに違和感を抱いてはいたが、彼女の持つ“提灯の灯り”というにはもはや無理がある謎の光。

 空中に浮かび、人魂のように不規則に揺れていた朧気で温かさの感じない不気味な妖光……。


「いやいや、おかしいだろ!」


 反射的に振り向く。が、勿論、何も居ない。

 リンリが振り向いた直ぐ背後には、太い木の幹が立っていた。近くに茂みこそ有っても、音も立てず人が瞬時に隠れられるような空間ではない。


 周囲の様子を目を凝らして見ていると、木の枝からムササビに似た小動物が跳んで行く。


「……――ッ」


 ――声にならない悲鳴とはこんなものか。不意の驚きによって、あんぐりと開いた口から喉の振動のみが漏れてしまった。

 あぁ時間が時間なので、普段は幽霊のような存在を“信じてはいない”リンリも動揺を隠せない。


「うほっ!?」


 動揺から足を(もつ)れさせて転ぶ。

 落ち葉で滑って、木の幹に開いていたお盆大の(うろ)に頭を向ける形で横になってしまった。


「……ッ痛い。シルシにやられた脛のダメージがこんなところでやってくるなんて……な。別に何も無いところで転んだわけじゃなくて、脛にダメージがあったから転んでしまっただけだ」


 転んだことの言い訳を呟き。

リンリは恐怖を紛らわそうとしたのに。


「(……やっ……………たね……)」


 恐怖。耳元で何かが囁いた気がした。


「おっ、お前は……誰だ?」


 落とした提灯が、辺りの闇を照らす。


 闇が照らされ、影が見えてしまった。


「…………あ」


 ずるずる。ずずず。効果音は斯様なものか。


 幹の虚より、人の指先の如き影が出てきた。


「あががが…………」


 頭の中が真っ白になる。


 リンリは足を振り子にし、反動で立ち上がり。


「問題ない。俺は高校時代に五十メートルを、

なんと“八秒”で走っていた男だっ!」


 あまり自慢にならない発破を飛ばし。

提灯を拾い上げ、駆け出した。

 

「ハクシー!! ヘルプミー!

お助け下さいませ。これヤバいってっ!!」


 口から悲鳴。足の筋肉からも悲鳴。

それでも構わない。本気の全力疾走。今だけは風を越えてどこまでも走って行けそうだ。


 …………。


 すると、すぐ近くの茂みが揺れて、


「――りんりぃ? どうしたの?」


 暗がりから“ひょこっと”ハクシが現れる。

 勢い余って、ずっこけるリンリ。


「……は、は、はく、はくし。ほ、本物で?」


 起き上がり、確認。


「りんりぃ?」


「ほ、本物……。本物のハクシ様でしょうか?」


「是だ。其方は、この世に“偽物の我”が居るとでも申すのか? ……変なこと言うね、りんり?」


 そんなこと言って。安心させて、落とす。

 ハクシだと思ったら、「正体は身の毛もよだつ怪物でした」とか。その後、「ぱっくり”美味しくいただかれてしまいました」とか。お約束の状況を想像せずにはいられないリンリ。


「……失礼だけど。そのケモ耳に触れても?」


 何故「ケモ耳」に。リンリは自分でも、なんでそんな事を言ったのか理解に困る。統巫屋(ここ)の主に対して、とんでもなく不敬で、頭のおかしい要求をしてしまったものだ。


「けもみみ……。えぇ耳か? 別に減るものではない故に良いけど。もし耳を強く『びよーん』とされると其方の身の安全を保証できぬが……?」


「いや、良いのか?!」


 ハクシから、お許しが出てしまった。

 こうなったら。要求した手前で、許された主の好意を受け取らないというのも不敬にあたるというもの。リンリには、触らないという選択は無い。


「――じゃあ、失礼して」


「あぅ……」


 精神の安定のために、おさわり。

 もうちゃんとした歳の男が、夜中に未成熟の少女の敏感なところを「はぁはぁ」と荒い呼吸で撫でまわす。彼女との同意の上としても如何なものか。


 そして素晴らしい毛並み。根元までの手触りは髪の毛のサラサラしたものなのに。外耳というか耳介の部分に手を持っていくと、その質感は“ふさふさ”としたものに変わる。耳毛は綿毛のように柔らかで“もふもふ”とした感触。敏感な部分故に強くは触れないが、いつまでも撫でていたい。

 それだけでも大した破壊力だというのに。それが心根の優しい可憐な少女の頭に付いているというのだから相乗効果は計り知れない。

 リンリは、ここに究極の癒しを見出だした。


 ふにふに、ふさふさ、もふもふ。


 ふにふに、ふさふさ、もふもふ。


「……ぁっ、ぅっ、んっー!」


 ハクシは目を細めて、尻尾を膨らませる。

 その小さな口からは、やけに官能的に聞こえてしまう鳴き声を漏らしているではないか。

 お顔には赤みが差し、恥じらいを浮かべる。


「あぅぅ……こそばゆい! そこまでだ!」


「うぐっ!」


 少々やり過ぎたのか。ハクシの可愛い手で払われてしまう。リンリの鳩尾(みぞおち)に可愛い手刀がうまく当たり、思わぬ衝撃に冷静になった。


「本物か……。本物だな」


 彼女の体毛、白銀の髪と尻尾が。肩に掛かる羽衣状の物が。白を基調とした金の刺繍がなされた可憐な装束が。そのどれもが提灯の明かりによって反射して美しく輝いていた。きっと本物だ。


「其方、蒼い顔だったが。……大丈夫?」


「どちらかといえば、大丈夫だ。精神疲労率と損傷率は共に七割程度で済んでる……」


 半壊状態で済んでいる。


 まぁ冗談を言える程度には大丈夫だ。


「それは、大丈夫なの?」


 ……彼女のその声は、可愛らしく澄んだ安心する声色だ。改めて聞くと、さっきまでの声とは似て非なる物である。そもそもの話、リンリ自身どうして聞こえていた声が彼女の物だと“思い込んでいた”のかを理解不能で。気味が悪い。


「……心臓に悪い……体験をした」


「――りんりぃ。我と其方は普通の歩調で、森林の開いた一本道を進んでた筈。だが何故に其方は一人で茂みの先のこんな場所に迷い込むのだ? ……方向のぼんやり屋さん?」


 ハクシは言う。『方向のぼんやり屋』とは可愛い例え。ともかく。リンリは人生の道順には常に迷っている身だが、それ程に深刻な方向音痴野郎ではなかったはず。一本道から外れたなど認知すらしていないから……。


「迷い込んだ、のか?」


「急にりんりの姿が消えたから焦った。

我は……あのね。てっきり、急に用でも足したくなって茂みに入ったのかと思って……。その場で、少しだけ待機してたんだけど」


「え、なんだって?」


「いきなり、ただ事じゃない様子で我の名を叫んだからびっくりした。まったくもう」


「……それは、そんなバカな」


 つまるところ、ハクシを置いて自分でフラフラと勝手に迷い込んだというのか。そんな事実に嫌な汗を流すリンリ。それはけして幽霊などへの恐怖心ではなくもっと現実的な恐怖で。


 聴いていた病の症状に、似たものが有った。


「――じゃあ俺は、ハクシじゃなくて一体、何を追ってたんだ? 後……あの声は?」


 ――幻聴や幻覚か。


「りんり、そんな声してなかった……けど」


 ハクシは頭を傾ける。


「俺達以外の灯りも見なかったか?」


「うん」


「……そうか」


 ならば、


「これは……あの、沙汰の場で伺ったやつ。

イムモノミテキってやつの症状だったりして」


 リンリは思い当たる可能性を口にする。


「『いむ』でない。穢不慣(イヌモノミテキ)だ」


 それにハクシはハッとした表情をするが、首を横に振って否定する。続けて、獣の耳を伏せてリンリを安心させるよう告げる。


「否だ。存在しない……声、灯り。穢不慣(イヌモノミシリ)には幻聴や幻覚も症状としてあるが。まだ、早すぎる。それに現在の其方は明確な受け答えができ、意識は確りとしている故に……穢不慣(イヌモノミシリ)ではない筈……安心して?」


「そっか」と。軽い返事を返して、胸を撫で下ろすリンリ。じゃあ自分は、いったい何を追っていたという話になるのだが……。


「考え得るに――」


 彼女は急に、

耳と尻尾を(わざ)とらしく立てた。


「――某之怪(シトマクゥ)かな?」


「なんだ? 妖怪的な?」


某之怪(シトマクゥ)とは、人智の及ばぬ怪の通称だ。

この辺りの土地(シンタニタイ)に伝わる語りにだが。イシネレップという名の『篝火(かがりび)を持ち、見知った者を思わせる声で人を誘う不思議な存在が居る』という伝承が有った筈。……危なかったね。りんりは誘われて、食べられたり彼らの仲間にされちゃうところだったかも?」


 やはり、説明のつかない怪異等の表象か。


 ハクシは瞳を輝かせてそんな事を言う。

それから彼女は、リンリに何かを期待するような視線を向けてくる。怖がって欲しいのだろうか?


「どの様な声をしていた? 声は我の真似をしていたのか? 声の他に、灯りはどんな? 我も是非、呼ばれてみたい! 詳しく申せ!」


「――怖いので、やめて下さい。ハクシ様っ!」


 期待に応えて、態とらしい叫びとともにその場から後退るリンリ。やや大げさに。

 リンリは幽霊のようなものは信じていないので本当に怖がったりしているわけではない。汗びっしょりで、両の足が震えているが、これはきっと未知の怪異への武者震い的なヤツだ。


「なーんてね。えへへ……ケンタイの真似。

案ずる事は無い、ほぼ我の冗談だ。統巫屋の領域で怪異なぞ出てたら、我の威厳が無いではないか」


 リンリの反応がお気に召したのか、ハクシは尻尾を振って可愛らしく跳ねた。思ったよりも冗談くらいは言う娘らしい。


「――ハクシ、悪い。あまり俺を怖がらせないでくれないか……。綿毛レベルのハートな俺は、容易に失神する自信有るからさ」


「えっ! (しん)(ぞう)が綿毛みたいっ?!

それでどうやって全身に血流を運ぶというのだ。

りんり、其方はどんな生物なの?」


「ごめん、綿毛レベルは比喩だから。そっちの方が大きなリアクションで驚かれても、なかなか反応に困るぞ……。それと念の為に確認だけどさ。本当にあの声と灯り、ハクシの悪戯か何かじゃないよな?」


「否、我はそんな事しない」


「それはそうか」


 ならば、何に呼ばれたというのか?

真相は深い闇の中である。


 身震いするリンリの姿を後目に、ハクシは耳を二度揺らす。彼女はそれから、夜闇の先、何処か遠いところを観るように目を細めた。


「きっと、この辺りは系統樹(ウゾティケクパ)の影の(ふもと)。彼の大樹の御許(おんもと)だから。生きるもの、逝ったもの。精神と無意識の境、(うつつ)夢想(ゆめ)(きざはし)、それらの境界が曖昧となる場合も有る……かも知れない」


「かも知れないってのは」


「そういう話も有るという事だ。

統巫屋で存在しない筈の北の回廊が夜霧に紛れ現れたり。厠の中から筋肉質な腕が伸びてきたり。使従に成れなくて命を断った筈の人物がぼんやりと回廊に立っていたとか……。そのくらいの説明のしようが無い話は色々とあるよ?」


「聞こえない、聞こえない」


「リンリと出逢った滝では、夜には“くねくね・うにょうにょ”する何かが出ると噂だし。トゲトゲの付いた鞠みたいな未確認生物が転がって行くのを見たとの噂もある。夜の畑で案山子がすごい勢いで上下運動をするのを目撃したとかも……」


「聞こえない、聞こえない」


「……あとねぇ、それから――」


 統巫屋で怪異、あるのでは? いっぱい。

 ハクシの威厳とか関係なく、怪異でるのか?


「ハクシ様。やめてくれ、これから一人でトイレに行けなくなるだろ。……あ、別に俺は幽霊的なものが別段苦手というわけじゃないけどなっ!」


 リンリの情けない様子に、ハクシはくすりと笑みを浮べる。二人の夜の散歩、始まって早々に妙な体験をしてしまったものだ。




 ◇◇◇




 ――統巫屋の皆が、自分の為に催してくれた歓迎の宴。それはリンリにとって、この上なく充実した時間であったと言える。


 最初こそ、気恥ずかしさとそこに居る全員と昨日出会ったばかりという気負いを捨てきれず。どこかリンリは距離を取り、ハクシと使従達に遠慮がちに混ざっていたものの。

 遅れて宴にやって来た、集落からの男衆。宴には特に呼ばれて居ないが、催物好きで、タダ酒の匂いを嗅ぎ付けてやって来たという三十数人の男達が“饅頭の一件より復活した”ケンタイに率いられて現れた事が良い皮切りになった。

 リンリは男衆らに、ケンタイから「宴の主賓の、訳ありで統巫屋で過ごす事になった新人」だと簡単に紹介され。その流れで、賑やかな酒呑み達の無理矢理な和に問答無用で混ぜられてしまったのだから……。


 ――まったく。ケンタイもそうだが、賑やかで騒々しくむさ苦しい男達であった。彼らは巻き込まれる人の迷惑や境遇も気にしないで、リンリに対して歓迎や激昂の言葉を掛けると。それ以降はただ酒を呑んで無茶苦茶に騒いでいた。本当に彼らには感謝してもし切れない。


 遠慮をする間も与えられず、彼らにもみくちゃにされ。酔っ払い達の馬鹿馬鹿しい話の相手になってやり。無茶な振りで一発芸を求められたり。ケンタイに絡まれたりと。結果的に、まるで歳の離れた友人達と騒いでいるかのように楽しんでしまった。


 ――騒がしくなった部屋からさっさと退散しようとしたシルシがケンタイに挑発されて、男衆に煽り立てられ、酒を一口だけ飲んだ結果として面倒臭い泣き上戸になり暴走開始。


 ――そのシルシに絡まれながら、男衆も面白がって悪乗りし。度数の強いらしい酒をガボガボと飲まされたケンタイが酔い潰れ。


 ――ケンタイが潰れたと同時に、絡む対象が居なくなったシルシが暴れ出し。煽っていた男衆が彼女に相撲のようなものを挑まれ、一人ずつ尻尾で脛をやられて投げ飛ばされ始末される地獄。


 ――ケンタイとシルシや男衆のやり取りを笑いながら見ていたココミは、最後に動かなくなったシルシの尻尾を掴み、彼女をずるずると引きずりながら共に寝に行った。


 ――末に、宴の場にぐちゃぐちゃと無秩序に転がる食器と酔っ払い達。周囲が静かになったところでサシギは溜め息をつき、心労を払う為にか残っていた酒を飲もうとして……「サシギはダメ!」と何故かハクシに強く止められた彼女が、ちょっと沈んだ顔で片付けを始めた辺りで宴は自然とお開きになってしまった。

 

 酒をあまり呑まないリンリは、時間をかけて残っていた料理を堪能し。その後にサシギの片付けを手伝っていたのだが……。ある程度手伝ってから、「もう遅いから」という理由でサシギに追い出され、自室に帰されてしまう。


 ――宴も終わり、実に有意義な一日だった。

そう締めようとしたのだけれど。昼間に睡眠を取り過ぎたのと。そもそも、これまでの日頃の不摂生……日によって夜と昼を往き来する生活のせいか寝るに寝付けなかったのだ。


『りんり、ならば我の散歩に付き合う?』


 ――そして何となく。貰った地図に情報を書き込みつつ、夜の回廊をふらふらしていたところハクシに出会い。彼女のそんな申し出に頷いて、今に至ったのだったか…………。


「……そういえば、乾杯って。思い出した。あの宴で少しだけ酒を飲まされたな。俺はあれで酔ってるんだと“さっきの怪現象”の理由付けができる。やった。よし、そういう事にしよう!」


 横目でハクシを見る。

 何故だが、彼女は遠い目をしていた。


「ぁ……。うーんと。其方が夜闇に紛れた何かに誘われたのだとしても。ここは統巫屋の領域。系統導巫の我の手が届かない場所は無い。故にそれだけなら身の危険はほぼ無いだろう。……でも、りんりぃ気を付けて?」


 向けられた視線に気が付き。

誤魔化すよう、ハクシは口を尖らせる。


「……統巫屋の有るこの領域は、深く迷い込む程には広くないのだ。同じ方向に進めば、速足でものの半刻程度で端から端に移動できる。それ故に、誤って“外に”出てしまう危惧がある」


「俺が……もしも外に出たら、病が。

身体に環境が合わなくて、すぐに例のイヌモノミテキが発症する。するとデットエンド。それは十分理解してるさ」


「一応だが。領域と外の境界には、視認できるように目立つ縄を張ってある。だから……絶対にその先に出ちゃだめだからね? 死んじゃうから」


「あぁ。理由も無しには出たりしない」


「否だ……」


 ハクシは提灯を持つのと反対の腕で、リンリの着物の袖を強く握ってきた。


「其方は統巫屋(ここ)に居ると約束した。

故に理由が有っても、否だ。居なくなるなら申せ。我とお別れをしてから去れ。お願い。絶対に……勝手には居なくならないで……?」


「……ハクシ?」


 彼女は不安げに瞳と身体を震わせていた。


「……わかった。ハクシ、大丈夫だ。俺は無責任に勝手に居なくならないし、絶対にそんな無謀な自殺行為なんてしないから。約束する――」


 出来もしない約束、というわけではない。

 それに、せっかく与えられた居場所と役割を無責任に捨てて出ていくわけが無いだろうに。

 仮に統巫屋(ここ)では反故とされ追い立てられるなら仕方の無い事だが、そうでなければ終身雇用してもらうつもりだ。外の環境が命に関わるというなら、うっかり安全圏から出てしまう事も有り得ないだろう。


 リンリはハクシの掴む自分の腕を上げ、彼女に向かって小指を立てる。


「ハクシ、指切り。って解るかな?

約束事を、お互いの指どうしを結んで、目に見える形で結び付ける。そんなおまじないだ!」



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