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統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚  作者: 哀無風/i'm who?
◇一章・中編【統巫屋日和】
37/79

白紙の記憶……(四)


「我は、……ハクシなり――」


 我は全力で統巫屋に帰りたくなった。


「ハクシちゃん? っていうの?」


「あぅっ……。そうだ……!」


 意識する前に獣としての部分の本能から“じりじり”と後退する己の足。でも頑張って踏み留まる。そこで尻尾が股の間に丸まっている事に気が付いてしまい、我は息を吐いた。

 帰りたい……。帰りたいが。頼みを聞き、その頼みを引き受けた以上は、系統導巫として彼女を診てあげなきゃいけない。


 だから……我慢だ。我慢しなきゃ。


 そうだ。ただ診て、後は彼女の“系統”に語りかけるだけ。彼女の系統に語り、彼女の命に語り、彼女を形作るモノに語り。この辺りの土地【シンタニタイ】の“空気”や“色彩”や“在り方”を彼女の身体に馴染ませる。それだけの事である、本当にそれだけの簡単なお仕事なんだから! 


 直ぐに済む話だと割り切ろうっ!


 我よ、己を奮い立たせるんだっ!


「ほいほい、りょーかいしました。インプット。獣っ娘ちゃんの名前、ハクシちゃんって言うんだね! うんうん、綺麗な響きの名前だねっ!」


「……否、だから、我は“ケモノッコチャン”などという存在ではないと……もぅ!」


 ――異成り世の者。

【なぎさ】という彼女は……また何だかわからない理解不能な呼び方をしてくる。『ケモノッコチャンのハクシ』ってなんだそりゃ! 仮にも神の巫女にして、代行者たる我に対して失礼じゃないかっ?

 我はハクシ、普段は軽々しく名乗らないが、彼ノ者の御名(みな)まで使って名乗るのならば【ハクシ・アクッオリュコウ】となる。その上に『ケモノッコチャン』とかくっ付けられると語呂が悪過ぎるよ。舌を噛んじゃいそうだ。


 畏れ敬われるのは好きじゃないけど、統巫としての尊厳を冒されるのは駄目だ。

 度を越した振る舞いをされてしまうと。其れを許してしまうと。人々は何時しか(おご)ってしまうもの。「それは巡り、人と統巫の関係に歪みを招く」そう知識の中にある。


 このままでは。他の統巫や、その眷属に。

もっといえば統巫達(われわれ)に力を託して彼方(かなた)へ旅立った彼ノ者達に(しめ)しがつかないではないか。と、そんなもっともらしい建前で頬を膨らませてみせる我。


 本当は……ただ苛っとしただけだ。

 良いか、我よ。一々、たかが小娘の振る舞いで「不敬」やら「尊厳」やらを気にしてどうする。真に大事だのは、心を乱さず、威厳と慈愛に満ちた態度で、然るべき行いをすることなり。


「あ、気分を悪くしないで。なぎさは、誰に対してもこんな態度で接するアホの娘なので。あんまり気にしないで欲しいにゃん!」


 それを自分で言うのかぁ。言っちゃうかっ!


 ちゃんと先程、我の事を「お統巫様」とも呼んできたので。なぎさは我の統巫という立場を理解した上で、それでも変な呼び方をして茶化してきているんだよね? なんとまあ図太い娘だろうか。


「つんつん♪」


 そう口に出しながら、なぎさが膨らんだ我の頬をつついてくる。何してるんだ?

 また羽衣(ユリカゴ)で、ぶっ飛ばしてあげようかとも思ってしまう邪な我が居る。


 ……むぅ。誰の為に貴重なお昼寝の時間を使ってやって来たと思ってるんだっ! というか、この元気さで本当に彼女が【穢不慣(イヌモノミテキ)】を患っているのかさえ怪しくなってくるんだけども!

 あぁ正直に白状するなら。我は今、心を乱さずにはいられない。あぁ乱しているとも。今すぐに、なぎさから背を向けて帰境し、床に就きたい。

 己が身を維持する為に、一日に十八時間は眠っていたいのだ。寝る子は育つから!


「むぅ!」


 兎に角。我は己の懐に手を入れ、これから必要になる物を取り出した。


「可愛いポーズだね?」


「ぽ…………ぽーず?」


「ハクシちゃん、何をしてるの?

そ、その。その棒状の物は何?」


(エムシ)だ」


 我は取り出した(エムシ)を鞘から可憐に引き抜き、腕を胸の前で合わせて構える。


「あのあの、ハクシちゃん、ごめんなさい。

謝りますから。だから、そんな怖い顔しないでくれないかなっ?! そして……その、それ!」


「……んむ?」


 ……いつのまにか、我は指摘される程に怖い顔をしていたのか?

 (エムシ)を構えたままで、これからする事の手順を心の中でぶつぶつ確認していると。なぎさはある瞬間から真顔になって我にペコペコと謝ってきた。急に何故、なんで?


「ハクシちゃんが余りに可愛いくて、ついテンション上がっちゃて勝手に盛り上がっちゃったよ……。めっちゃ反省します! だから、その物騒な物を仕舞ってくれないかなっ?!」


 なぎさは、そう眉間にしわを寄せながら小さく悲鳴に似た声を洩らす。突然どうしたの?


「なぎさ、其方……物騒な物とは?

……とぅえんしょん? 何を言っている?」


 何て意味? 濁った言の葉だ。

言の葉の意味が訳されないという事は、なぎさが口から出したのは非常に特殊な言の葉か、土地特有の方言か、彼女の造語か……。まあ今はべつに触れないでおく。して物騒とは何だ?


「物騒な物とは、“(エムシ)”の事か?」


 なぎさの視線をたどると、その先に有ったのは我の(エムシ)である。

 懐から取り出し、鞘から抜いたソレになぎさの視線はくぎ付けになっているようだった。


「そうそう、その小刀ですハイ!!」


 小刀か。確かに形は小刀だが。


「ハクシちゃん、お豆腐様って偉いお医者さんだったよね。だからその物騒な小刀(ぶつ)を使って、なぎさを不敬罪的なアレで『切り捨てごめーん』ってする気なんじゃないの!!」


「きりすて、ごめん?」


 あ、そう。不敬という自覚は有るのかぁ……。

で、なに。その罪で、切り捨てごめん? 切って捨てるから「ごめんなさい」ってこと? 物騒といえば物騒な。彼女のその発想が。


「ハクシちゃんなら、なぎさを何とか治療できる可能性があるんでしょ? そんな風に集落のお医者さん的な人に聴いてる……。確認です。ち、治療に来たんだよね?」


「違いない……けど?」


「なら、その病人が心底ムカつくからって始末するのはダメだと思うよ。だから、お願いします、なぎさを殺さないでー!! ハクシちゃんは見た目通りのピュアな娘って信じてマスカラ!!」


 言い切り。なぎさは大雑把に肩を震わせた。


 殺さないで? その発想はどこから。

いやいや……あのねぇ。だから、我は寧ろ治療しようとしてるんだけどぉ……。不敬ごときで他者の命を殺めるとか、我はどんな鬼畜と思われてるんだろう? たしかに統巫って、一部では酷い風評が存在するようだが。まさかそんな扱いを?


「……否、我は其方を殺めたりはしない。ただ其方を診て、患っている穢不慣(イヌモノミテキ)を治療しようとしている! ……それだけだよ?」


「あれ、やっぱり治療なの? えー? ……じゃ、じゃあ、ハクシちゃん? その可愛いお手々に構えてる、切れ味の良さそうな小刀は何に使うの?」


 ――(エムシ)の使用用途?

 そりゃ、勿論……。


「そのままだ。其方に突き刺す!」


「――突き刺すのォッ!?」


 なぎさは叫び。

背中を地面につけないようにして、足裏と手で身体を支え、反り返るような姿勢をとる。


 何故、驚く? そして、その姿勢の意味は?

統巫の枝が、その統巫の受け継いだ力を行使する為の“鍵や触媒”になっている事は広く知られている筈なのに……。


 ――確かに故事から派生した言葉に「統巫の枝に触る」という、“安易に統巫やその枝に触れれば死ぬ”って意味の物があるから、それで直接触れるのは怖いって気持ちがあるのかも知れないけど……。持ち主の我が“枝”を扱うんだから、問題なんて全く無い。一体何をそんなに恐れるのか?


「我の枝を突き刺すのは、其方の治療の為に致し方ない方法だ。案ずるな……別に痛くないよ?」


 一度体内に侵入した病原菌を身体が学習し、免疫という耐性を付けるのと同じ理屈。

 それか過剰な免疫機能を抑制し、薬で本来あるべき流れを身体に教え込ませる。

 そういった人体の神秘を作用を、我が権能の応用で人為的に行う。言の葉にすると簡単なのだけど、そこに高度な操作が必要とされる故に。

 頑張れば(エムシ)が無しでも出来ると思うけど効率が悪すぎるし、負担もばかにならないから。その消耗を補うには、すごーく長いお昼寝が必要になる。もう一日が終わってしまうほどに。……だから(コレ)を使うのは致し方ないよ。


「――痛くないって、麻酔的な方法で?」


「否、麻酔など使う必要は無いだろうに」


「――まさかの、麻酔無しッ?!」


「直ぐに済む故。

力を抜いて構えろ。……いくよ?」


「――えっ怖ッ! 怖い。っていうか、あの『治療の為』って、なぎさの病気は外科手術的な切開が必要な病気だったのかッ!? ここにきて衝撃の事実判明ッ。無理、無理無理だ。今のメンタルでは即日切開とか無理だっ、しぬ!!」


 切開? なんでそんな発想に?

 なぎさは上半身を前後左右に仰け反らせて、目を掌で覆い「ギャーギャー」と喚いている。こりゃもう、(エムシ)を知らないという事かな?


「……切開? 其方が想像しているのは他者の身体に刃物を入れて、悪くなった臓を抜き取ったりと特別な処置をする医術か。否、そんな分野で器用な事は、我にはできない。ただ……系統の権能を借りるだけだから」


「ハッ! ――なら、神様パワーって言うくらいだし、小刀(ソレ)をなぎさに刺して、(まじない)とか呪術的な儀式をするんだね!? それ、高確率で死ぬやつです! 治療とか言って、神様の元に安らかに逝けるとかいうオチが付いてるんでしょ!! それか、仮に良くなっても一種のプラシーボ効果だよ!! 大きな傷痕とか残るヤツだよソレッ!!」


「…………うん?」


 あーもー、言葉が通じない。

どうしたものかと我は脱力する。


 その時、たまたま彼女の腕が当たり。

結果、我の持つ(エムシ)を払い飛ばした。


「…………あ」


「あぅ」


 こん、からん。

飛んで行った枝が音を立てる。


 我は困ってしまい、しょんぼりした。

(エムシ)を持たぬ統巫は無力だ。統巫として無力だ。できる事といえば、羽衣(ユリカゴ)で物理的に相手を拘束したり。殴り付けたりするくらい。

 我は斯様に粗暴な事はできない。先程なぎさを弾き飛ばしていたのは? ぶっ飛ばしてやろうかとも思っていた? ありゃ気のせいだ。そんな事した覚え、我にはないとも。


 我は他の統巫と諍裁和(トゥランケ)の一度たりとも起こしたことの無い、慈愛と優しさに満ち満ちた荒事嫌いの統巫故に。


「ごめんなさい」


 そんな我の困った顔を見てか。

なぎさは謝り、ぎこちなく笑みを浮かべると、


「……ハクシちゃん、なぎさはここの……此土の常識知らずだから。何事も説明してから実行して欲しいな? 説明プリーズ! オーケ?」


 そう片手の親指を立てて言う。


 (エムシ)が解らなかったりと、織が少し抜けているのは察してはいたが……常識知らず? なのに、穢不慣(イヌモノミテキ)が発症する程の距離を遠出して来たのか? 何か深い事情でも?


「わかった」


 面倒ながら、我は説明から入る事にした。





 ◇◇◇





「其方は何か誤解をしている」


 我は、なぎさに統巫の“(エムシ)”は命を直接傷つける物ではなく。その統巫が自身の神に託され、総べている“権能”を引き出す為の媒体(ばいたい)だと説明する事にした。


 ――統巫。いくら神、彼ノ者の力を賜り、その身を人外の存在に昇華させているといっても……。人と統巫の境は薄い。悠久なる過去、未だ彼ノ者が此土に居られた時代は、それこそ統巫はただの人間と変わりなかった。


 だから、その系譜が人間な以上は、所詮、全ての統巫は……我々は器に過ぎない。器の容量を越える力を溜める事は出来ず。また、その力のさじ加減も器の範囲でしか自由が効かない。一時的でも無理をすれば、それは器に負荷を掛けるのも同義。負荷は反動になって肉体に襲い掛かる。

 それを例えるなら、消耗した器に罅や傷がついた状態。消耗した器をそのまま酷使し続けると、いずれ完全に器は壊れ、その統巫は変質するか或いは力を失い。力を失った場合は世代交代でもしないと神の代行者として不能になってしまう。


 ――だからこそ“(エムシ)”という、産まれながらに与えられた鍵を触媒を利用する。

 (エムシ)を利用すれば、普段自身の器に納め切れずに、こぼれ出し、此土と溶け合っている力を引き出す事が可能になる。更に出力の安定、向上。そして、加護の範囲を広げた羽衣(ユリカゴ)により、器はその間だけ消耗しにくくなる。いわば、水瓶から必要な水を流しながら、減った分の水を直ぐ様注げ、更に常に新品同様を維持する“もの凄い水瓶状態”になる訳だ。


 ……けど注意点として。


 それでも更に無理をすると、器は加護により壊れる事も出来ずに溢れ出す力の激流に“大きく変質”してしまう。そうなると統巫は神々と似てはいるものの純粋な存在とは違う、その成り損ないである“禍”に身をやつしてしまったりする。そんな危険性があるけど……まぁ、普通はそんな事は無いだろうから説明を省く。


 …………。


 我は説明が余り上手くないから。言う必要の無い小難しい部分まで混ぜて、なぎさに枝を利用する意義を説明した。


「納得したか?」


「えーと、その小刀も神様パワーがあって、なぎさに傷を付けたりはしなくて。後、それを使わないとお豆腐様のハクシちゃんが疲れるってところまでは解った! ファンタジーアイテム!」


「うん……まぁ、そんな感じ……かな?」


 理解されてるか微妙なところだけど、納得したようだから良いかな?


「た、試しにハクシちゃん……刃のところに触れても大丈夫かな?」


 我は頷いて、なぎさに(エムシ)の刃を向ける。

我がそのように望めば、(エムシ)の刃は人体を傷付けず。その系統に直接突き刺さる。人体に接した瞬間に、刃の部分が物理的に曖昧な状態へと転じるのだ。


「わー! 本当だ。なぎさの指が刃のところをすり抜けてる……。けど触れてる感触は有るんだね。不思議! イッツ、ファンタジー!」


 なぎさは、おずおずと人差し指で(エムシ)の先をつつくと。そう驚きの声をあげた。不思議……かぁ、そうなのかな?



「うよっし、安心した! 怖いけど、一思いに、ハクシ先生! ズバッとなぎさを貫いちゃって下さい、お願いしまーす!!」


「……え、うん? でも、そのままじゃやりにくいから。……横になってね?」


「あ、そう?」


 腕と大股を広げ、大の字になったなぎさを横に寝かせてから近寄り。そのお腹に(エムシ)を突き立てた。


 ――簡単なお仕事。

それが、我の大きな間違いだと気付かないまま。


 出逢いの瞬間に、結果はもう決まっていて。


 出逢いには、何の意味も価値も無くって。

 

 けれど彼女との出逢いは、我にとって。


 出逢いの結果。互いに得たモノは、


 “是”だったと、断言したいのだ。


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