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統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚  作者: 哀無風/i'm who?
◇一章・中編【統巫屋日和】
32/79

白紙の記憶……(三)


 ――コンコンと。サシギの姉は、指を差していた金属製の戸を手の甲で軽く叩いて、


「失礼いたします。ナギサさん、集落の者が前もってお話しをしていた“系統導巫様”がいらっしゃって下さいましたよ」


扉の先に届くように声を上げた。


 ――我を呼んだ事は、確りと本人に伝わっているらしい。よし、系統導巫が対面するんだ。その者はきっと緊張でもしてるかもしれない。もしかしたら、変に敬われちゃうかも。我はそんな対話を望んでいない。出来るだけ、相手が気兼ねしないように努めなくちゃね!


 我が意気込んでいると、


「ふむ?」


サシギの姉は扉に耳を当てて、部屋の中の音を探る仕草をする。


「…………返事がございませんね? 普段ならナギサさん、このくらいの時刻は私共が貸し与えた書物を読んで過ごしている。そう問診書と経過報告書に記してあるのですが……」


 ……あれ? 居ないのか?


「サシギの姉、異成り世の者は不在では?」


「いえ、不在は無いと存じます。軟禁まではしていませんが、念の為に監視しておりますし。部屋から極力出ないよう念押ししてあり、彼女もそれを守っているようでございますので」


「なら……お昼寝かな?」


「えぇ、確かに、『このところ穢不慣(イヌモノミテキ)が原因だと思われる、倦怠感や体調不良に悩まされているようだ。時々声掛けに反応が曖昧になり、眠そうにしている場合もある』そう記録に追記がなされていますね」


 お昼寝なら邪魔しちゃいけないかな?

あ、でも……穢不慣(イヌモノミテキ)の症状が苦しいからって、だから「診てあげて」って理由から我が呼ばれたんだよね? だったらお昼寝を理由に苦しみを長引かす事はないか。遠慮無く部屋に入った方が良いのだろうか。


「して、サシギの姉。中の者が寝ていたとしても、我は自らの役目を優先して部屋に入ろうと思うのだが。……問題はないかな?」


「えぇ、系統導巫様。施錠等はされていませんので、どうぞお入り下さい。………………おや、暫しお待ち下さいませ、資料をまとめます故」


 よし、許可をもらったぞ! 


「ハクシおねえちゃん、あ、じゃないや。ハクシ様のご出入である。ひかえろーひかえろー。頭をたれろー! さぁ、戸をあけぇい」


 って、ココミ……何やってるの。


「ココミ、すまぬ。力を使う場合、邪魔になる事も考えられる故。其方は部屋の外で警護に当たれ。中の者に対する心配は無いだろう。ここは我が一人で中に入る事にする。サシギの姉も待機していて?」


「えぇーおねえちゃん?

あたしは、おるすばんなの? えー」


「否。警護だ、警護!」


「むー、はーい」


 なんだか話がこじれそうな予感がし。変な仰々しい言葉を言いながら、自然に付いて来ようとしたココミを待機させる。思い付きだったが「警護」とは、我ながら(もっと)もらしい理由ではないだろうか。うん? 警護ならココミを室内に入れた方が良いって? それはそうかもしれぬが、ココミが特に反論や意見をしてこないから大丈夫だろう。


「失礼、入るぞ」


 我はさっさと戸を開き、中に入った。


「『どんなに隔離していても、限界がある。感覚や精神も徐々に衰えている……。対処療法での薬剤の使用といった治療も(イヌモノ)が原因の病では効果が期待できない。或いは、このまま安楽な眠りをしないかと持ち掛けたが“生きたい”そう拒否された。彼女を救う最後の手段として、系統導巫様にお願いをしてみるのはどうだろうか? 此土の者でないことから望みが薄いが、可能性に掛けてみたい。系統導巫様に言伝てをお届けできぬものか集落で話し合いを――』ふむ……系統導巫様、こちら――」


「――ソラおねえちゃん? あの、もうハクシおねえちゃんは入って行っちゃったよ?」


「おや、ではこちらが資料でございます」


「……しりょう? ココミが預かっておくね」




 ◇◇◇




 ――部屋の中は真っ暗。

と思ったら、直ぐに程よい照明の光。天井から吊るされていた提灯に光が灯された。これが陽虫? すごいなぁ、統巫屋にも欲しいところだ。正体は粘菌だったか。生物的な発光の作用を利用してるみたいだから、系統導巫の我にも再現できないかな?


 とと、そうじゃなくて……。


「異成り世の者よ。

えと……やっぱり、お昼寝中か?」


 部屋の中に居たのは、顔の右上半分を包帯で覆った黒髪の少女だった。うーん? これが異成り世の者? 特に珍しくないいたって普通の村娘のようだ。てっきり「落ちて来た」というくらいだから、背中に翼でも生えてるのかと思った。いや、それでは獣合(イディオヌ)の娘と紹介されるか。あれはやはり、サシギの姉の比喩な表現だったのか。不謹慎かもだけど……ちょっと残念だ。


 少女の年頃はサシギよりも数才若く、シルシよりも少し上か同じくらいって感じだ。彼女は横になり、顔を布団から出して静かな寝息をたてていた。


 我はもっと近付いてみる。


 近付いてみようとして、足がうにっと。


「はッ!! ――あぅッ!!」


 何ということか。

我は床に置きっぱなしだった書物の束に足を引っ掛けて、その勢いで大の字に転倒した。それも、彼女の寝ている布団の上にだ。うわー! やってしまった、たいへんだー!


「…………ぅんぁ、お医者さんですかぁ? すいましぇん……ちょっと体調が……ムニャ」


 そして、その衝撃で彼女がむくりと目を擦りながら起き上がってしまう。


「くぅ、ぁぅ……わッ!」


「あれ、あれれっ?!」


 起き上がった彼女と、布団の上から頭を上げた我の視線が重なる。は、恥ずかしい。


「――これ」


 彼女はゆっくりと片手を布団から出すと、


「ほ、本物ですかっ!?」


「――ぁぅ!? い、痛いよっ!!」


我の方耳を“びよーん”と引っ張ってきた。

むぅ、触れてきた彼女にきっと邪念が無かったから……羽衣(ユリカゴ)が反応して干渉を弾いてくれなかったようだ! もぅ――!!


「うきゃっ!!」


「クルルッ!」


 羽衣(ユリカゴ)が、我の感情を汲み取り。数秒ほど遅れて彼女の腕をバシンと弾く。我はついつい獣のよう威嚇で喉で鳴らし、数歩、娘から距離を取った。


 やれやれと、我は引っ張っられた耳をスリスリと撫でる。なに? 勝手に触れないで欲しいのだけど。我には万人と同じ位置には耳が無いのだ。取れたらどうするんだ全くもぅ! 別に取れぬけども。


 不満を抱きながらも、我にも娘の布団に飛び込んだという“落ち度”がある。そう冷静に省みて、耳“びよーん”は水に流してあげる事にする。あぁ、我はとても寛大だ。


 ……そう。時間は限られてるのだ。

自己紹介をして、さっさと彼女の系統を導いてあげよう……として、


「我は統巫。系統導――」


「――か、可愛いい!! うは獣ッ娘キタ!

めちゃめちゃ可愛いよー!! リンリン、我らが楽園をここに発見だよ!!」


 ――痛い、痛い、痛いッ!!

我は意味不明な事を言い出した彼女に、物凄い力で抱き付かれた。バキバキと我の肩から凄い音が鳴る。産まれてこのかた、これ程の圧を受けた経験は無いような気がする。


「痛い、痛い!! ウッ、離れろ――!!」


「――え、なにッ――ガッ、ゴボッ!!」


 羽衣(ユリカゴ)により、娘が吹き飛んだ。




 ◇◇◇




「きゅー! きゅー!! クルルゥッ!!」


 ついつい、また威嚇してしまう我。だが、我は獣というわけでもないので、その行動を恥ずかしく思い。直ぐに口を閉じた。


「ごめんなさ~い、本当にごめんなさ~い!

でも、おもいっきし襖に叩きつけるのは酷くないかね? 襖に漫画みたいな人型の穴ができましたよ〜。これでも病人だよ? 異世界的な場所に来て、不治の病におかされた哀れな少女だよ?」


 身の危険を感じた我は、つい本気で拒絶してしまって、羽衣(ユリカゴ)で彼女を物入れの襖に叩きつけてしまった。過剰な防衛だったかと一瞬後悔したけど、特に怪我などは無いようで安心。故に、だから我は全く悪くないと思う。


「こほん……。その病を治療しようと我が来たのだ!! せっかく来たのに……出会ってそうそう万力のように我を締めるなんて酷い! そうは思わぬか、無礼な娘よ?」


「それは無礼な事かもだけど、可愛いモノに対する暴走は仕方ないんじゃないかな? とかいう自己中な言い訳をするナギサちゃんであった。………………って、え? 獣ッ娘ちゃんが、なぎさを治せるかもしれないって例の……んー、お豆腐様なの?」


 話は聞いているようだけど、なんだろう……凄く会話がし辛い少女だ。会話にとんでもない隔たりを感じる。そして、ケモノッコチャンとは一体……。一応は我を統巫とは認識してくれてるみたいだけど……。


鷺鳴(さぎなき)凪沙(なぎさ)だよ! 獣ッ娘ちゃん! あなたの神様パワーで、なぎさを治してください! お願いします!」


「さぎなきが氏? なぎさが名前?」


「そうだよ、獣ッ娘ちゃん!

なぎさの事は、なぎさんって呼んで!」


 ケモノッコチャンとは、我の事か?


「否、我はケモノッコチャンではない! なんだそりゃ、変な呼び名を付けるでない。失敬な!! 我は統巫、系統導巫。此土に普ねく、生きて、逝きて、行き続ける諸行無常なる――」


「銀髪だ~! 地毛だよねこれ? リアル銀髪キマシタ! 触って良いかな? あ、サラサラだぁー。うあっ! 尻尾生えてるじゃん! あっ! 尻尾動いた!! 本格的な獣ッ娘ちゃんじゃん! うおー!!」


「……我は統巫、系統導――」


「一人称が我とかキャラ立ってるねっ!! いや、最近はそうでもないかな? 獣っ娘で一人称が我とか、しかも民俗衣装な巫女服的なののアレンジ的な格好、神聖そうな属性がキャラに付加されるし割とポピュラーかも。ほら、具体的な例を出すと、田舎の神社で出会った神様狐とのロマンスとか使い古しのネタだよね。相手の正体は神様とか妖怪とか亜人とか何でも有りありだけど。けっこうそういう作品に覚えが有るかもしれないよ。でも、何ごとも基本を押さえるのは大事だよね。で、それ素なの? メタ的な話、ギャップ萌えというものがありましてね。あーあー、ごめんなさい勝手にマシンガントークしてしまいました。自重、自重。相手が自分のキャラ設定を説明してくれる的な、もとい自己紹介の場面を遮るのは無粋ですね。でもポンコツなナギサの頭で理解できるか不安なので一応の前もっての確認ですが、お豆腐様って、偉いお医者さんで、神様パワー的なの持ってる人の事って認識で大丈夫かにゃ?」


「……ぁ、ぁぁ」


 ……まずい。


「あれ、ん?」


「……ぁぅ、くぅ」


 涙が出てきた。


「ごめんなさい。ハイ、黙りますっ!!」


「……ぅう、ひっく」


 なんだ、この娘…………。なんだ、この娘。なんだこの娘。怖い、怖い、怖い。恐ろしい。理解が及ばない。なんだこの娘、なんだこの娘。まるで、我と存在している次元が違うような気がする。まるで、己の存在が根底から否定されているような恐怖を抱いてしまう。我にこの娘をどうすりゃ良いというのだ!?


「我は、……ハクシなり――」


 我は全力で統巫屋に帰りたくなった。



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