白紙の記憶……(二)
「穢不慣を患っているのは、此土の者では御座いません。……異成り世の者です」
「……異成り世の者?」
……異成り世。
異成り世って、此土……つまり此処の土地ではない海の向こう側の大陸の事かな? 我はそう想像する。我は、海の向こう側から来たって他の統巫に何度か会った事があるし、系統導巫として使従の皆に万人が生涯学習する以上の教育を受けているとの自負がある。自分の足でこの土地から出た経験が無くっても、知識として此土が必ずしも陸続きでない事くらいは知ってるんだ。
「……サシギの姉。つまり、海の向こう側の大陸から来た者が、この土地の穢で苦しんでいる。……そういう事か?」
「……海の向こう側? いえ、違います。異成り世の者は、もっと厄介な者です」
「えぇ!?」
「系統導巫様、海の向こう側から来た者が穢不慣を患っている。それくらいならば、集落の者で看病して対処できます。態々集落まで系統導巫様をお呼びしたりは致しませんので……」
「あぅ……それもそうだね」
「系統導巫様? ……此土以外の場所、此処ではない場所。異成り世から落ちてくる者の事をご存じではないのですか? はて?」
――え? 落ちてくるっ!?
それ、比喩な表現だよね?
「ご存知ではないようですね?」
サシギの姉は心底意外そうに言う。
んぅ、知っていて当たり前って雰囲気を感じるけど……。んーあれ、おかしいな。
「うん。異成り世の者……その様な者の知識など我には無い。と思う……たぶん」
「然ようでございますか……」
……うん、さようです。
「サシギの姉、我は其方に確認する。『異成り世の者』それは、万人が知っていて然るべき知識なのか?」
「……一概には言えませんが、異成り世の存在は故事にもなっております。“空想上の夢語り”な存在としては大衆的な知識かと存じ上げます」
つまり現実に存在するけど、それは殆ど知られてなくって。夢語りな存在としては大衆的な知識ね。――うん、まるで統巫の事みたいだ。親近感を感じる。統巫は世間だと美しい女性の姿をした恐ろしい神の化身とか、実際とは凄く異なる認知をされているらしいからね! ……ん、あれ、……なんでかな? すごく、悲しくなってきた。
「あ、系統導巫様。もしも異成り世を知っていらっしゃらないとしても、決してその事にお気を悪くしないで下さいませ……」
良い。気にしていないから。
「知っていらっしゃらない。……恐らくそれは、系統導巫様に学んで頂くほど重要な知識ではないからでしょう。だから、妹……サシギも他の使従の方々も教えてくれなかったのかと」
サシギの姉は我の言葉を聞いて、我の無知を補助するようにそう言ってくれた。
でも、たしか“知る必要の無い知識こそ無い”とサシギは言っていたよ? 「どんな雑多な知識でも、大切に頭の中に溜めていれば必ず何時の日か技術と転じられる場面が訪れる」そう教えてもらったのに――。
――我はあの日、エノコログサ……別名ネコジャラシを揉み揉みしながら、『ふふ、ハクシ様、エノコログサを手のひらで揉んでいると勝手に動く事を知っていらっしゃいますか? ふふ、ためになるでしょう……雑学とはこういう事です。ひっく……ふふ、ふにふに……』
……そう、ケンタイのお酒を誤飲して、酔いながら意味不明な雑学を力説していたサシギを忘れはしない。その日の言い訳でサシギから教えられた「無駄な知識など無い」“その言葉”を忘れはしない。色々な意味で。
まぁいいや……。そのサシギが、不要な知識として我に“異成り世の存在”を教えなかった? どうなんだろう? 何かもっと意図的なものを感じるんだけど……。
「系統導巫様、その者の記録を記した紙を取って参ります故。暫しお待ち下さいませ」
そう言って、スタスタ歩いて行ったサシギの姉を見送り。開いた時間で“異成り世”が何処なのかと我が唸っていると、
「小娘が……よけいなことをハクシにふきこみな。毒されたらどうする……せっかく……に」
………………何か、聞こえた。
「こほんっ…………ココミ、問う。
其方……い、今、何か申したか?」
「んーハクシおねえちゃん、えーなんの事かな? ……あ! あたし、今お歌を歌ってたんだ。それが聞こえちゃったのかなぁ。もー、はずかしい」
「――今の歌なのっ?!」
「そう、歌なの! 歌、歌!」
「そぅ、歌なんだ……」
我の耳を侮るな。集落に到着してから我の後ろでずーと黙って控えていたココミが、普段とはまるで違うやけに低い声で呟いたのを我は聴き逃さなかったぞぅ。
ココミ……其方、サシギに口固めとかしてない……よね? よ、余計な事って? ココミは我を自身に都合の良い傀儡にでも育てようとしているんじゃないか? そのような恐ろしい想像をしてしまう。うぅ、サシギだけじゃなくて使従全員を、否、統巫屋全てを裏から操ったりしてそうで怖い。
――本当はもっと“異成り世”について知りたかったけど。ココミが後ろで控えている状態だと聞くに聞けなくて、戻って来たサシギの姉にはそれ以上の説明を省いてもらって目的の者の居る場所へ急いだ。
◇◇◇
「系統導巫様、この屋敷で御座います」
案内されたのは、集落の外れにぽつんと佇む他の建物に異彩を放ってる一軒。四方を囲う高い石材の塀に、この辺り主流の木造建築とは違う石材を組み上げたような見た目の四角く、高い……屋敷? うーんと、屋敷なの、かな? 小規模だけど、何かの挿し絵で見た砦と言う物に似ているような。
「――系統導巫様、この屋敷を建てる許可を頂けたこと。並びに多額の予算の施しまでして下さった事。集落の一同、心から……誠に感謝しております!」
ペコリ、綺麗なお辞儀をされた。
「……はて、許可、予算? 一体なんのこ……あぁあれか! ……良い。必要だったんでしょ? 予算の件は知らないけど……」
…………そうだ、ここは噂に聞いていたアレかぁ! 罪人を監禁したり、伝染病を患った患者の人とかを一時的に隔離したり、場合によっては防衛施設として集落の民が利用する。そんな多様な目的から建てられた、多機能高気密高耐久構造建築とかいうやつだ。前に統巫屋に“そんな建物”を集落内に建てて良いかどうか許可を求める文が届いたんだった。何でも、最近チィカバで建築に導入が検討されている技術……混凝土という粘土や砂や砂利を水を加えながら練って作る特別な素材を利用して建てられたとか。もう完成してたんだね。
そして、こんな建物を建てる為の多額の予算は何処から出たのだろう……。
「サシギの姉、問う。この屋敷を建てる予算は……何処から? 我は、お金なんて出していない筈だけど……」
統巫屋から集落に施しているのは、主に作物だけだ。その作物の内、集落の人間が食料として食べる以外の分はたまに集落に訪れる商人との商いに利用されると聞いてる。それで集落からは、統巫屋に必要な物資を商いで用意して、見返りとして献上する。そんな体系化がされてるんだ。要するに、統巫屋には直接の“お金”を所持する必要が無い。つまり、屋敷を建てる多額の予算を施したというのは……どういう事?
「具体的には、系統導巫様から“素材”を頂戴致しました……。それを利用した品が大変な高値で売れまして。……ふふ、とても上質な素材でした……ふふふ!」
「そ、素材っ!? 我の何が素材に!!」
髪か、髪とかだろうか?!
それ以外だとしたら、何なのだ!?
「それでは系統導巫様、使従のココミ様、中にご案内を致します――」
「ちょと、サシギの姉、誤魔化すな!」
「……ふふ」
………………。
――暗部。世の中には、知る必要が無い事は“無い”が、知らない方が良い事は“有った”みたいだ。あぅ、なんて難しいんだろう。
◇◇◇
屋敷に入ってみると、内装は一般的な木造建築のものと大差がないみたいだった。ただ、しいて言うなら、入り口が二重になっていて、その入り口以外の家屋全体が縁側も無くそのまま厚い壁で囲まれて外側と隔たれている。そして、廊下と部屋の仕切りに金属製のどっしりとした錠を掛けられる扉が使用されていた。まるで知識の中にある牢屋みたい。
空気が籠らないように機術を使った特別な換気構造をしているとか。集落で初めて照明に陽虫を利用してみたとか。色々な説明をサシギの姉にされたけど……話が専門的過ぎて、我の知識では理解が及ばなかった。
――何故か後ろに手を回し、我の耳を撫で撫でしながら歩くサシギの姉にそう正直に言ってみると「ふふ、系統導巫様、私も実はこの屋敷の専門的な事はよく解りません。只の受け売りで御座います」と笑われた。この世には未だ知らない事がいっぱいあるんだ、今日はそう勉強できた気がした。
「…………」
ココミは案内してもらっている間、終始詰まらなそうにしているだけだった。このまま、最後までじっとしてくれてれば良いんだけどなぁ。儚い願望。
「確か、次の部屋で……。おや……?
……今通り過ぎた部屋でした」
しばらくするとある部屋の前を通り過ぎ、目的の部屋がそこだったのか……サシギの姉は、我とココミに恥ずかしそうにしてから引き返して、その部屋の扉を指差して言う。
「系統導巫様、診て頂きたいのはこの部屋に居る彼女で御座います」
――彼女と。
“異成り世の者”とは、女性みたいだ。
“異成り世”ちょっとドキドキだ。一体どんな場所なんだろう? 穢不慣を治したら、少しはお話する時間くらい用意出来るかな?
――我は未知な場所に想像を膨らませ、また未知な者との遭遇に心を躍らせた。




