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統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚  作者: 哀無風/i'm who?
◇一章・前編【系統導巫】
27/79

断片……(一)  【因ノ果】


 ◇ 【因の果】 ◇



 ――意を(けっし)し、手を伸ばす。

此処(ここ)(つち)から彼方(かなた)へと“その者”は手を伸ばす。それ何故(なにゆえ)かとすれば、彼方に視えた()を掴む為。


 思い掛けなく隣りの()(めぐ)って来た、彼方(かなた)(つち)

彼方(かなた)(つち)に生えた大樹に手を伸ばし、そこに実っていた一粒の果を掴み取ろうとしたのだ。


 ――けれども、届くわけなどない。


 (おか)すこと(なか)れ。(おか)すこと(なか)れ。

 土のさかいは絶対的なものなり。

 彼方(かなた)(つち)になぞ到底(とうてい)届く理由(わけ)など無きことと知れ。彼方(かなた)(まじ)わる道理など有るはずも無きことと知れ。斯様に残酷なまでの、そうあるべき基を示された。


 ――断念。

観念し、結果を受容するのみか。

落胆し、視線を放り。(まみ)えた。


 ――はからずも此の大樹に(まみ)えた。

 その者は、(おのれ)が立つ此処(ここ)(つち)にも、彼方(かなた)と同じく一本の大樹が在ることに気が付いてしまったのだ。


 ――()此処(ここ)(つち)に在りながらも、位相(いそう)(いっ)した普遍(ふへん)概括(がいかつ)である大樹。神格を得た秩序(ちつじょ)(かなめ)にして、万物に根付く(みこと)揺籃(ようらん)たるもの。なれば、此処(ここ)彼方(かなた)道理(せつり)(さかい)(きざはし)すらも(かかず)らうものかと。


 ――あれを使えば、「届くやもしれぬ」と。

 そう思い立ち。ならば、ひと思い。その者は、此処(ここ)ノ土の大樹に繁る“枝”を一本折ってしまう。折ってしまってから、手に握った枝の具合を確かめ、小さく笑みを浮かべた。


 そのまま枝を構えて彼方(かなた)の方へと向き直る。

 して、試しの一振るい。


 ――果たして、枝は土の境を越え、届くはずもないところへと届いてしまったのだ。


 ――しかして、枝は、目当ての果を空振る。


 その上、畏れ知れずの(おこな)い代償とでもいうのか。その者は彼方(かなた)の樹に(たか)っていた毒蟲に枝を通して毒を流し込まれ、牙をたてられた。毒で腕の皮膚が爛れ、指の先が牙に食い千切られた。耐え難い痛みと共に血が流れ出す。が、その者は決して“その手”を伸ばして枝を動かす事を止めはしなかった。


 ――歯を食い縛り。玉の汗を落とし。眼から涙を流し続けながら。何度も、何度も、何度でも手を伸ばして、枝を一心に振るい続けた。


 あぁ信じていたかった。

 叶うなら、縋りたかった。

 許されるなら、望みたかった。

 誤りではないのだと、願いたかった。

 全てが満たされる方法を、識りたかった。

 自らを蔑ろにしたとしても、導きたかった。

 何よりも、ただ。ただ、ただ救いたかった(ゆえ)に。


 ――彼ノ者に、教えてもらった(ゆえ)


 (いわ)く、此処(ここ)ノ土とは違う彼方(かなた)ノ土に生えた樹には、ここのモノよりも熟した果が実っている事があると。

 (いわ)く、“(それ)”をここに持ち込み、植えることが叶うとするならば。此処(ここ)ノ土はさらに豊かに美しく満たされるようになるだろうと。


 ――その果には、(ある)いは希望。

或いは命の(みなもと)。或いは叡智(えいち)。そんな想像も及ばない甘美(かんび)が詰まっているだろう。その果は、(ただ)の果実ではなく可能性をもたらす(いん)の果。(さだ)めを(くつが)えし、此処(ここ)に新たな繁栄をもたらす切っ掛けであろう、と。


 (おろ)かな程に無垢(むく)な“その者”は、与えてもらった知識を信じ、決して自らの為でなく共に生きる者達の為に手を伸ばし続けた。或いは、禍神に(あざむ)かれたのやも知れぬ。或いは、(すが)る故に()き違えた愚行やも知れぬ。

 そうであっても、繰り返す。

何度も、何度も、何度でも、永遠久遠に近しい刻の間でも構わぬ。そこに“果”が有るならば。


「――我、故にただ枝を振るうのみ」

それがこの場で、最初で最期の言の葉となった。


 その者は意を失うことなく。悠久とも思えるほどの間、彼方ノ土に繋がりを掛け続けた。肉体が崩れ果て、感情が枯れ渇き。魂が摩耗し風化し、己の存在さえ曖昧になろうとも。


 終いには、存在が呪いに転じようとも。


 ――いつか、その手が果に届いてしまう刻。

果たして、その者が此土(しど)(もたら)すのは、成果(せいか)であり可能性の(いん)か。はたまた、罪過(ざいか)による(むく)いの(いん)か。もしくは、此土が己の大樹によって(いん)に包まれる刻限が先に来るやも知れぬ。さて、如何(いか)ようになるか。


 ――あぁタチガレや、絶ち彼や、立ち枯れや。

いと哀れなり。所詮、(かれ)()(のち)の、(はかな)(たん)



此土始導至(しどしどうし)集】より、

故事【因の果】前文を翻訳して引用。


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