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統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚  作者: 哀無風/i'm who?
◇一章・前編【系統導巫】
26/79

一章……(十一) 【此土】

 ◇◇◇




 夕焼けが紅く照らす立派な回廊。

立ち止まって高欄(こうらん)に手をかけ、吊るされた(すだれ)越しに空を見上げれば、もうちらほらと星が輝き始めている。星座の知識は全くといって無いが、彼が普段見ていたものよりもその星々は輝いて見えた。


「――リンリ殿!」


「あぁ! いや、すいません……」


 声を掛けられて、ハッとする。

何度か続けて声を掛けられていたような気がしたものの、上の空で聞き流していた。


 彼女、サシギはリンリの足元から顔までを時間をかけて眺めると、一度ため息を吐く。


「リンリ殿、(わたくし)の前では……別に気を使ったりなどして無理をする必要はございません。そんなもの全くの無用でございます。なので、その見苦しい姿を省みてください」


 リンリに背中を向けると。

厳しい口調で労うような声をくれた。


「……サシギさん」


「いっそのこと、そうですね。喚き散らしたいならどうぞ、私は聞こえないよう耳を塞いでいましょう。泣きたいならどうぞ、私は見えないよう振り返らず目を瞑っていましょう。それで少しはマシになるかもしれません」


 だから、無理をする必要はない、か。


「俺が無理してる……そう見えますか? 別に。そんな無理なんて……してな……いや、してるのか? あぁ、でも無理するのは慣れてますから。お構い無く――」


 それまでと同じように。

 また空元気を絞り、応えるリンリ。


「リンリ殿……。ひたすら堪忍(たえしの)ぶような“それ”があなたの物事の乗り越え方だと言うなら、私からは何も言いません――」


 言葉を切り、サシギは間隔を開けて言う。


「――しかし、果たして。その忍耐は、あなたの“強さ”だと誇れるでしょうか? 何かを履き違えてはいませんか?」


「…………履き違えて?」


「リンリ殿。出過ぎた言葉だったのなら、申し訳ありません。ですが今のあなたでは、統巫屋で庇護される立場以前に、ここに居る意義すら無いでしょうに。……意味は、解りますか?」


「…………」


 リンリのみっともない空元気など、サシギにはお見通しか……。それから、『ここに居る意義すらない』と。意味は、解るようで解らない。

 リンリは、かけられたその言葉に対する答えを見付けられず黙ってしまうより他に無い。彼女はそれ以降は何も言わなかった。


 リンリはサシギに連れられて、また、とぼりとぼりと回廊の一部である簀の子縁を進み始める。……すると、床板下から、田舎と言えば田舎だった故郷で聞き慣れたものと同じ、鈴虫の奏でる羽音が聴こえてきた。リンリはついついそれに耳を傾け、聴き入るように目を閉じる。


「……くっそッ」


 ――今だけは、ここでは無いどこか遠い場所を見ていたい心境。

 リンリがそんな心境になる程の“現実”という“無慈悲”な真実を(いま)(がた)告げられてきたばかりだ。


「……俺は、人の生き死に関わる物語とか好みじゃない。シリアスで悲しいファンタジーとか大っ嫌いだ。落ち度のない奴が見舞われる、理不尽も不条理も、悲劇も不幸も大嫌いだ。これが物語だとしたら、ふざけるな。どうして俺にこんな役を押し付けるんだよッ」


 ――前のサシギにぎりぎりで聞こえないように絞った声量で、しかし心の底から吐き出すようどうにもならない憤りを、言葉を放る。


 答えの出ない迷い。そのまま、沙汰でハクシに告げられた内容を振り返ってみた。




 ◇◇◇




「それでは、ハクシ様。(わたくし)達は、黙って成り行きを見届けます」


 サシギがそう言い。彼女を含めた使従四人は立ち上がって移動し、近くの壁まで行くと背を向ける形で待機する。彼等は立会人という立場であり、沙汰とはハクシとリンリが直接に話す場のようだ。


「――先ず、りんり……其方、もう身体の調子は大丈夫なのか? 我には確信が持てなかったけど、あのね……。場合によっては、もうダメかとも考えたんだよ?」


 ハクシは使従達のグダグダとした台詞、特にケンタイの叫び声から苦笑いをしていたが、それはそれ。気を取り直してとばかりに耳と尻尾を跳ねさせ、自身の肩に掛かる羽衣を撫でるとリンリに向かってそう言葉をかける。


 だから“もうダメ”とは一体。


「身体……? あぁ、おかげさまで大丈夫だろうと思……。いえ、大丈夫ですハクシ、様」


「そうか。よかった。この領域、トウフヤにたどり着いたのは幸運だったね?」


「たどり着いた、とは? ハクシ……様、どのような意味でしょう?」


「……りんり、別に畏まらずとも良いよ。ここには客人扱いの其方に対し礼儀を煩く言う者は居ぬ故に。其方の話しやすい話し方で喋るのだ」


「そ、そうか?」


「で、沙汰の本題だ……。其方は、回りくどく我に真実を暈して言われるのと、はっきりと告げられるのどちらが良い? の……かな?」


「――ハクシ、はっきり言ってくれ!」


 リンリの間を置かずの返答。

 ハクシはそれに了解の意としてそっと頷いた。して、眼を細めるハクシ。息を飲むリンリ。


「りんり、既に気付いてるかな? ここは其方の居た場所じゃないと。此土(しど)……其方から見れば、(こと)()りの()彼土(ひど)になるのだろうか……」


「しど、ひど。異なりの世?

それは、異世界……とか、そうゆう?」


「異世界……? うん。異成(ことな)り立ち世。

ずっとずっと遠い、彼方(かなた)(つち)。土も海も空も繋がっていない別の世の土」


「そう、なのか。やっぱりか……」


 概ね、予想していた答えの一つ。

予想通り過ぎて、動揺する気すら起こらなかった。現状を客観的に見たら、リンリはどうしてもその答えに行き着いてしまっていたからだ。

 これが例えば、天国のような死後の世界、人と人外の存在が共存する過去の世界、機械の中で構成された仮想の世界。そんな予想を大きく越える答えなら、多少以上は動揺しただろう。

 ……異世界なら予想通り、“全て納得”というのは無理な話ではあるが。


「だけど、共通の“言葉”とか。

単純に『ハイここは異世界ですか』と、俺のなかには納得できない部分があるな」


「そう。それはそうだね」


「できれば、俺的には壮大なドッキリか……夢オチが望ましいんだけど……」


 なぜ異世界で同じ言葉で、平然と意志疎通が出来ているのか。何故トウフを知らないだけで“完全”にここは自分にとって異世界だとハクシが言い切れるのだろうかと。

 リンリの中でいくつか単純な疑問が発生する。疑問への理由付けが欲しい。いや、否。つまるところ、この現実を否定する逃げ道を探したかった。


「言の葉。それが伝わる道理……」


 ハクシはそれを見越したように、


「……其方は知らないよね。

此土には、言統導巫(げんとうどうふ)伝統導巫(でんとうどうふ)聴統導巫(ちょうとうどうふ)。そんな、お互いが知らなくても共通の意味を持つ言の葉を相手に伝え、与えてくれる統巫が居る事を」


 トウフ、ハクシ以外の今上げられた存在達が居るから異世界でも会話が行えるらしい。

 理由付けにしても、なんと都合の良い設定か。まぁ確かに、最初からリンリは会話に若干違和感を抱いてはいたのでそれが伏線か。


「……都合の良い、ファンタジーあるあるだな」


 リンリは素直な感想を、その言葉が果たしてハクシに伝わるか? というのを確かめる目的も兼ねて口にする。


「ふぁん? たじぃー?」


「自分にとって、えーと空想的、幻想的だって意味だったが……ハクシ、伝わるか?」


「……そう。今の言の葉は、空想的、幻想的という意味なんだね?」


 今度は伝わった。なるほど。


「アップル」


「えっ突然、林檎がどうかしたの?」


 伝わった。べつに横文字だから意味が伝わらない訳ではないようだ。


「エッグ」


「た、卵? がどうかし……そっか。我に言の葉が伝わるか試してるのか?」


「トースト」


「と、とーすとん?」


 伝わらない。この世界に、それに変わる“同じ様な物”が無い為に共通の意味、認識がされないようだ。何となくの理解。


「ノスタルジック!」


「のすたる、じーくぅ?」


「確か、望郷的というような意味だな」


 ――そういう事らしい。伝わる基準と範疇が微妙に不明だが、とりあえず、間にリンリ自身の解釈が入らない、互いに“ソレ”と定義できる物、用語、詞程度なら意志疎通が可能なようだろうと判明。


「って、あーもう、俺は何をやってるんだ!」


「もう良いかな? ……故に、其方が異成り世から来た者でも、意志を言の葉で伝える事は容易。りんりが現実を否定する事は叶わない」


「質問。じゃあ俺が、その異なる世から来た者だって何で言い切れるんだ?」


「二つ理由がある。其方は我に統巫を知らない、解らないと言った。そして、統巫屋のあるこの領域に平然と進入していた」


「あぁ」


「この世で、統巫(トウフ)という言の葉を知らないなんて……意図的に情報を与えられず伏せられ育った無知でもないとあり得ない! その意味が無い。或いは獣か。それなのに、其方は十分な教養と人間性を持っていると判断する。この矛盾は、其方を此土の万民から否定するに足る」


「そうなのか?」


「そう。物心付く前の幼児に、服の身に付け方を覚えさせるよりも前に、『羽衣(ユリカゴ)を纏った人外の女性には気を付けよ! 統巫を侵せば、幼児さえ報いを受けるぞ! 母は取って喰らわれ、父は八つ裂き、子は死ぬまで祟られる』……って、酷すぎる事を教えてる場所があるくらいにね。そんな事しないのに」


「なんだ、トウフの知識が世間で物凄く独り歩きしてる感じだが……。存在を否定されるほど、知らないのはおかしいことなのか?」


 トウフ、ハクシは悲しそうに語るが、確かに知らないのは、それだけで異世界から来たと判断材料になるようだ。

 あと、リンリが先に『取って喰らわれる』の部分を聞いてたら、あの時、ハクシがいくら美しい少女だとしても……やはりハクシの顔に水を掛けて逃げ出していたかも知れない。


「そして、領域。統巫屋に入り込むというのも“中から現れ紛れた”以外に説明できない。無理矢理に証を持つ者を襲い、領域の境界を突破してまで内部に入る旨みもないだろうし……」


「ハクシの身柄が目当てだったとかは?」


「危険を侵して我を拐ったり、傷付ける事に何の意味も無い。それに、我一人でも敵対者を撃退する位は容易である!」


 そうハクシは言うが、意味が無い?

 トウフは偉い存在なのだろう。誘拐して身代金をトウフヤに要求したり、美しい容姿からその身の売り買いを目論む連中は居ないのだろうか。撃退と言うが、そんな細い腕で? 羽衣を掛けた、獣の特徴があるだけの幼い少女がどうやって? 変身でもするのか? 魔法のような力でもあるのか?


「横槍、失礼を承知で確認しますハクシ様。“(エムシ)”を部屋に忘れていましたが……どう撃退するおつもりだったのでしょう? もしもリンリ殿が、ハクシ様を襲う事が目的の輩だった場合……無論、統巫の羽衣の対策など案じていると思われますし――」


「ぁぅ……」


 サシギが突然きつめの声を出す。それを聞いて、ハクシは小さく唸った。察するに、本当にハクシは敵対者を撃退する方法を持っているようだ。……ただ、今日はその“えむしぃ”を忘れて撃退できない状態だったようだが。


「……サシギ、その時は、その時かな?

りんりが敵対者だったら、うん。ちょっと危なかったね……きっと……」


 ハクシはサシギに、その身をすぼませて答える。その瞬間、場はリンリとサシギ以外の者が発したほんの少しの乾いた笑いに包まれる。


「サシギ、沙汰中じゃぞ。じゃが、実際問題ハクシ様には、自身の価値をよく再確認してもらう必要があるのぅ……」


「おいおい……なに言ってる。シルシ、その為のお側付き。その為の使従だァ!」


「……しじゅうは、えらばれれば一生をかけてけいとうどうふに仕え、守り、従う。それとどうじに、ゆがまないよう学ばせ、みちびき、培う。そういうもの」


 皆々は呆れを含んではいるが、親愛を感じさせる温かい声をハクシにかける。「そうゆう主従関係も有るのか」と。リンリは頭の片隅で認識した。


 ――トウフ、ケイトウドウフと使従は、偉い存在とその従者というだけではなく。言うなれば子供と教育係、それ以上に家族のような関係なのかも知れない。


「沙汰の最中だ! ……皆、ちょっと黙ってて! 今、重要な話をしてるの」


 ハクシは誤魔化すように声をあげると、


「――其方、りんりに一つ問う。……ここから出ると、たぶん異成りの世から来た其方の命はそう保たずに死んでしまう事だろう。けど、特別にこのトウフヤで暮らしてみるか?」


 不意に『死んでしまう』そんな、かなり重要な一言をぶつけられた。しかしそれよりも、


「――前提から……」


 告げられる、言葉。告げられた、言葉は。

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