一章……(十) 【口上】
混迷する室内は、突如として静まり返る。
「――サシギでございます。たいへんお待たせ致しました。関連資料を用意するのに手間どり、遅くなりました事を詫び入ります……」
リンリの背後、入り口の襖が開かれ。先程の着物と割烹着から、長紐を巻いた袍と裳のような姿に服装を改めたサシギが両手……両翼? に書物を抱えて現れた。
サッとケンタイとシルシを見ると、二人はそそくさと衣装を正し、座布団が失われた元の席の位置に正座する。ココミはハクシの背後に隠れてしまう。
そんな様子を見てか、襖に突き刺さった座布団を見てか、あろう事か飛んできた座布団が命中し“頭に被っている”ハクシを見てか。サシギが大きく溜め息を吐いた。そうして、
「――お客人、此度の使従達の落ち度、全て私の不徳の致すことに有りますれば。まこと、誠に申し訳ございませぬ。ですがここは系統導巫の御前、どうか今回の事は私に免じて――」
サシギは書物を脇に置き、土下座。
「――サシギさんッ!? い、いや別に、俺は気にしてないし、むしろリラックスできたというか……。だから、ケンタイさん達には感謝してるというかッ、とにかく、土下座なんてしないで下さいッお願いします!!」
入ってきて早々に土下座など、逆に恐縮してしまうではないか。まさか自分に頭を下げられるとは思っていなかったリンリ。
「これは……お心遣い、痛み入ります」
よく見ると涙眼のサシギ。
先程客人(扱いの不審者)に大爆笑していた女性が、同じ相手に何をそこまでと呆れるリンリだが、曰く『主の事になると気を張りすぎる』そう本人が言っていたのを思い出した。他の従者はともかく、ハクシの面子を潰したくはなかったようだ。彼女も難儀なものだ。
サシギは立ち上がると、自然な動作で目元を払い、両手を打ち合わせて音を立てる。
「ぁぅ、モゴモゴ。……ふぅ、我は何故、茵なぞを頭に被っているのだ。はふぁ……あれ、もう揃ってたの? いけない。ふぁぁ……サシギ、ちょっと待ってね?」
茵を放り、ハクシが起きた。
「ココミ、良いところに。我の姿に変なところなどはないか? 大丈夫だと思うけど」
「へんなとこ? あっ、ハクシおねえちゃん、くちもとお拭きしますね! よーだれ!」
「よっ涎、我にかっ!?
……と、統巫は涎なんて垂らさないから!」
…………。
「全く……どうして今代の使従にこのような者達が選ばれたのか。いえ、皆のせいではございませんね。ハクシ様の負担は存じております。私……。ハクシ様、誠に申し訳ありません。全て私の管理不届きでございます」
「大丈夫、俺は何も見ていない。そういう設定で行きますから、安心して下さい」
豆腐屋にも色々と事情が有るらしい。
「リンリ殿、ではそのように」
サシギが頭に手を当てながら洩らしたその言葉を誤魔化すよう、ハクシは彼女がやったように両手を再度打ち合わせ、言う。
「――良い。さて、皆が揃ったぞ。ならば此れより、我、系統導巫のハクシとその使従達は、この統巫屋に来訪した客人についての沙汰を始める事とする……ね?」
御耳を立て、尻尾を元気に振り、ハクシは気合いの入った一声を叫ぶ。そうして場はこれまでとは違う厳格な気に包まれた。ハクシは微笑むと一度小さく頷いて、手振りで今の言葉に答えろという意図をリンリに伝えてくる。
「……あ、お願いします」
リンリは若干蚊帳の外に居る気がしていたものの、それを察して応えた。何か茶番が有ったような気がしたが、忘れよう。ここからが本番だ。
「――我が言の葉。そして、それに応えた者の言の葉。確かに交わされた。使従の皆は、その眼と耳、心と身、我の統べる万物の系統、己が魂を以て見届けると此処に誓うか?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あれ? これは俺が応えるのか……?
いや、えーと、違うよな……?」
リンリが確認の為に左右を見回す。
ハクシ以外の周りの四人も、自然な様子で左右を見回す。何故……?
……やけに、長い沈黙が流れた。
「――誓ってよぅ!」
暫くするとハクシは、悲痛な顔をして御耳と尻尾を下げ、シルシの方を睨む。
「――あぁ儂かっ、すまぬ!! サシギの不機嫌に我関せずで呆けていたわっ。ごほん、ハクシ様の使従が一人、儂、シルシがそれを確と見届けるのじゃ!」
ハクシは続く台詞が有ったのに、
当の彼女、シルシに呆けられていたらしい。
「同様ォ、ハクシの使従を――
「けんたい? なんで、けんたい? たしか次は、あたしだよぅ。おなじくハクシおねえちゃんのしじゅうのひとり、あたし、ココミもみ届けるとする!」
続けて台詞を言い出したケンタイの順番が違ったのか、ココミが被せて台詞を言う。
「同様ォ、ハク――
「ケンタイ、貴方は最後です。……同上、ハクシ様に使者の役目を賜っている使従の一人、私、サシギも見届けさせていただきます」
もう一度台詞を言い出したケンタイは彼等の中でやはり順番が違ったのか、サシギが被せて台詞を言ってしまった。その瞬間「うおォ!」と雄叫びを上げて、気恥からかケンタイは顔を真っ赤にして地面を悔しそうに叩く。
「客の前じゃぞ、ケンタイ! 愚か者め!
無用な言葉を慎むのじゃ!!」
「ぬォ……やられた」
そして、先程のやり返しなのか得意顔のシルシにたしなめられるケンタイ。彼は衝撃を受けたのか、その怖い顔をシワシワにして身体を震わせる。
「……同様に、……ハクシ様の使従をやってる一人のケンタイだァ。こっちも……次第を見届けよう。……オイ、これでいいんだろォ?」
――以上、トウフとその使従の彼等の、対峙する者、聞く者に畏敬の念さえ抱かせる……上手ければ……そんな念さえ抱くかも知れない。見事な……見事な……とても見事とは言えないグダグダな台詞。
「…………」
ちょっと面白いと思ってしまったリンリだったが、場を弁えて黙っておいた。




