一章……(九) 【沙汰】
――襖を引いた先は、
十数畳ほどの広さがある奥に長い部屋だった。
「ひゃぁぁ……」
意識せずリンリの口から変な声が出る。
これはまた格式の高そうな部屋。
その様子は、庶民にはあまり縁の無い老舗高級旅館の宴会場のようだと例えれば良いか。それか時代劇に登場する上様との謁見の間などと例えた方がソレらしいだろうか。
置かれている品々。雅な絵の描かれた屏風に、漆塗りの調度品やら、照明具と壁や天井の装飾絵画にいたるまで。どこを見てもどうにも落ち着かず目移りしてしまう。ぐるぐると目が滑ってしまってしかたない。
「ははっ、はぁ……」
続いて。つい、苦笑いと溜め息が出た。
灯明台のような照明具や、わざわざ火を灯す必要があるのだろう火桶といった暖房具等、リンリにとって歴史や文化の資料としてしか見たことがなかった物品が明かに“使用目的”で部屋に置かれているのだ。
それらは一層に“ここ”が現代から離れた場所だという確かな実感を与えてくるというもの。
「……怖いな――」
――不安と言えば、不安だった。物凄く。
だが、だからこそ。これから行われる“沙汰”とやらで自分の置かれた詳しい状況の確認、それと共に、一時でも安心出来る居場所を確保しなければならないのだろう。
――絶対に気を抜く訳にはいかない。
リンリは唾を呑み込み、一層に心構える。
そうして既に室内に居た人物達を眺めた。
そこには、各人各様な四人の人物が控えていた。
「んぅ……うん……」
【一人目】
目蓋を閉じて、上座の席に静かに腰掛けている可憐な人外の少女。
銀の髪に、金の瞳。狐のような獣の御耳と尻尾といった特徴を持つ彼女。彼女こそ、リンリをこの【トウフヤ】まで導いてくれた恩人。自称【トウフ】のハクシ様だ。その姿、今は瞑想でもしているのだろうか……?
「すぅ、すぅ……」
いや、アレはおそらく……。
「……すぅ、すぅ」
……寝ている。
よく見ると、彼女は舟を漕いでいた。
耳を伏せ、時節かっくん、かっくんと頭を揺らしている。リンリは気が付いてはいけないような部分に気が付いてしまった。
「えっと、瞑想中だな。邪魔したら悪い」
という事にしておく。
リンリは瞑想中のハクシを直視してはいけない気がして。視線をずらし次の者を見遣る。ハクシの居る上座の右前の席、紙束を持ち、読み物のような事をしている人物だ。
その【二人目】の人物。
紙束を読んでいるとしたら読み辛いだろうに、口元まで隠れる被衣で顔の大半を隠している。その葵い小袖のような服装と細い体格から、彼女が女性だろうとは判別できた。
「――また、そういった特徴持ち、か」
それ以外に気付いた事は、彼女の穿いている襠の無い袴から薄葵色の鱗に覆われた爬虫類を思わせる“太い尾”が尻側から床に投げ出されているのだ。
ハクシ、サシギと人外的特徴のある存在に出会った直後なので“ソレ”がただの装飾だとも思えない。
…………。
ずっと見ていても失礼だと思い、次に尻尾の彼女の向かい側に座る【三人目】を見遣るリンリ。座っているのは、白い色合いをした着物の幼い見た目の少女だ。
黒髪で、おかっぱ。頭の後ろで髪を串で団子状に纏めている。人外的な特徴が見当たらないので、普通の人間だろうか。幼い彼女はこの場では少し浮いている気がしなくもない。
そこで、その彼女と視線が合ってしまう。
「ふーん」
彼女は鼻を鳴らしてリンリの事を一瞥だけし、特に興味がなさそうにそっぽを向いてしまう。そうして、やる事も無いのか自身の指を組んで遊び始める。とても詰まらなそうなご様子。けれど、この場に座っている以上はこの幼い娘にも役目が有るのだろうか?
…………。
最後、【四人目】の男。
ケンタイというらしい巨漢。
「――よォ!」
彼に視線をずらすと、それを待っていたのかのように声を掛けられた。
「ハハ……こ、こんにちは。えっと、その節はお世話になったようで。たぶん、あなたが倒れた俺をここに運び込んでくれたんですよね。……ケンタイさん、でしたか?」
「ガハハッ、そうだァ。人の顔を見るや突然にブッ倒れた失礼な野郎……。そんな、お前さんを担いで適当な部屋に横にしておいた大恩人のオヤジ、ケンタイだ。よろしくなァ!!」
「……あの格好のままで寝かされてた以外は、ありがとうございました。俺はリンリです」
「なぁに気にすんなァ。
その様子を見ると、無事に回復したようで幸いだリンリッ! 知らねぇ奴が声を掛けてきたと思ったら、直ぐ倒れやがってよォ。こっちとしてもそのまま死なれちゃ気分が悪りィからなァ!」
「…………」
「――で、なんだァ? ここに入って来たかと思えば、辺りをきょろきょろとよォ。はっ、おもしれぇヤツだなお前さん。まァ落ち着けや」
落ち着きが無く見えたらしい。
「すいません、なんだか緊張して」
「緊張、緊張だと? 安心しろよ。どこにも緊張する必要なんてねェよ! この場を“沙汰”だとか大層な言い方してるがな、お前さんは現在、統巫屋の“お客様”扱いだからな。雑な扱いなんかしねぇさ。ハクシ……様が身柄を保証してんだ。この場は、お前“自身”がどうしたいかを定める為のもんだ!」
「どうしたいのか、定める?」
含みの有る言い方だ。
「――お前さんに、助言だ。今は肩の力を抜いて冷静でいた方が良い。オヤジからは……んまぁそんだけだな。おぅ、しまった。用意を忘れていたな。茵だ、ほら投げんぞッ!」
「しとね? ……あぁ、座布団か。お気遣いありがとうございます!」
リンリは、ケンタイから勢い良く飛んできた座布団を受け取り、彼にお辞儀をした後その場で正座をしてみた。些か自分への説明が足りない気もするのだが、座って待っていれば良いようだと判断する。
「お前さんが来たって事は、もうそろそろ揃う頃か。ハクシ……様を起しとかねぇとな。後でサシギが煩ェだろうしよォ……」
ケンタイが思い出したように言う。
「――シルシ、ハクシ様を起こせ! 念の為に言っとくけどな、あくまでも自然にだ。眠っていたのを気が付いてないようによォ、自然に起こせよな。使従が、主であるハクシの面目を潰すんじゃねェぞ!」
ケンタイは尻尾の彼女に声を掛けた。彼女はシルシという名前らしい。ハクシの面目については触れないでおいた方が良さそうだ。
「おいッ、シルシ!」
「うむ……」
「シルシ? ちゃんと聞いてるか、オイッ?」
「……ふむ」
読み物に夢中なのか、シルシはケンタイの声に気が付いていないようだ。
「――クッそ、まるで聞いてやしねぇじゃねぇかシルシッ! ハクシのお客の前だぞ、これから重要な沙汰を行うつぅんだァ!! もうちっとは、使従としての身を弁えろォ!!」
「ケンタイさ、えっ!?」
ケンタイは座っていた座布団を凄い勢いでシルシに投げ付けた。突然の突拍子もない行動にリンリは声を上げ仰天してしまう。
「――うごッ!!」
座布団はシルシの被衣で隠れた頭部の真ん中に直撃し、えげつない衝突音を響かせると勢いのまま彼女は床に倒れ込んでしまう。
その追い打ちとばかりに床板に後頭部を打ち付けたのか、ドンとまた凄い音をさせ彼女は動かなくなった。
「はっ、オイオイッ。だらしねぇな」
「え、えぇ……?」
呆けるリンリ。
「――ココミぃ! シルシはあの様子じゃあもう駄目だろうからなァ……。悪ぃが、代わりにハクシを起こしといてくれねぇか?」
「はーい」
あの幼い娘はココミというらしい、彼女が代わり指名され、ハクシを起こしに立った。
…………。
「……あの――」
「おいおい、何だァお前さん? 変な面しやがってよ。どうかしたのかよオイ? 何か言いたそうな顔をしてるなァ?」
「――いや、そりゃそうでしょ!?」
主の客の前で、座布団が飛んだ気がしたが。
「お前さん、まだ若いな。一々細かい事は気にすんじゃねぇよ。よくある光景じゃねぇか。仕える主、統巫の御前で愚かにも己の身を弁えなかった奴が一人、残念にも粛清された。それだけの事だ。――ん? ゴボゥッ!!」
ケンタイの顔に、座布団がめり込む。
「――誰を粛清じゃとっ!! 儂か? 儂なのかの、ケンタイ!! 身を弁えぬのはお主じゃろうが!! 客の前で他人に茵をぶつけるン阿呆がどこにおる、愚か者っ!!」
シルシが立ち上がり、自身の尻尾を地面に打ち付けながらケンタイに吠えた。
「なに、緊張してると言う、客人の肩の力を抜いてやろうと思ってなァ。ウケ狙いで投げたんじゃねぇかよ! わかんねェのか。こういうのもなァ、立派な責務なんだぜ! 違うかオイ?」
ケンタイは自身の顔に当たった座布団をシルシに軽く投げ返し、彼女にしたり顔で反論する。どうやら、顔に似合わずケンタイはリンリに対して気を配ってくれていたようだ。
「――違うわッ、たわけ! あーもう、それに儂は、好きでこんな役になったワケじゃないと何度も何度も……」
「だから客人の前で悠々と読み物か?
はっ、良いご身分じゃあねぇか。お前さんが使従にさせられたっつうな、その件についてはとやかくは言わねぇがよ。だが、成っちまったんなら責があるんだよ! 甘えんなシルシ。そんな甘ちゃんの態度を誤魔化してやったんだ。感謝してもらいてェなァ?」
「――うぬぅ、ケンタイ、己を正当化するでないッ!! 毎回、毎回、訪ねてきた統巫に主に儂関連の冗談を言ったり、儂を苛めて、くだらない問題を起こしとるじゃろうッ!! 今度の今度は頭にきたぞっ!! この阿呆!!」
「――おい、客人の前だぞォ、シルシ! 身を弁えろといってんだろうが、言葉を慎め!!」
「――どの口が言うておるっ!?」
気を配ってくれで……いる? 終に二人は、リンリの前で掴み合いを始めてしまう。
「なんだ、これは……」
確かに、リンリの肩の力は抜けたが。
――ケンタイとシルシの、くだらない口論。
後で解った。それはきっと、リンリの事情を、リンリ以上に認知している彼らなりの気の使い方だったのだと。




