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統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚  作者: 哀無風/i'm who?
◇一章・前編【系統導巫】
22/79

一章……(七)  【起床】


 ――これは追憶、走馬灯、回想か。

 トウフヤに到着するやいなや倒れ。

そうして、それから、自分はどうなったか。


 …………。




 ◇ ◇ ◇




 ふと静寂が払われ、意識が浮き上がる。

 その感覚は目覚めの時のソレだ。その切っ掛けは、微かな音。ギシギシと微かにだが、自分(リンリ)からそれほど離れてはいないだろう距離より、木製の床板が軋むような音が聞こえてきた。


「ん……んん」


 半ば眠ったままの頭で考えた。

軋む床板……? はて、思い当たらない。

身近に軋む床板なんて有っただろうかと。

 そんな非常にどうでもいい思考で頭が回り始めると、リンリは自分の身体の上に暖かい毛布のような物がかけられている感触に気付く。


「あぁ……なんだ」


 目蓋を閉じたままでゆっくりと思考し、どうやら眠っていたようだと理解。


「――はぁ……」


 そして、深く溜め息を吐いてしまう。

その理由は、普段リンリが愛用している寝具と現在使っているのであろう寝具とで、寝心地が明らかに違った為だ。

 なんというか、とても上質な寝心地であった故に。そこから考えつく。またまた自分は睡眠不足などで倒れ、運ばれでもしたのではと。周りに無駄に迷惑でも掛けてしまったのではないかと。あぁ、とても鬱屈な気分になった。


 そもそもの話し。いったい今日は何曜日で、現在の時刻は何時くらいで、これから何と何と何の予定が入っていたか――。


 リンリは目蓋を閉じたまま思考を始め、すぐに頭痛に襲われて反省する。

 いくら生活が苦しいからといって、自分の限界以上に根を詰め過ぎているのは判っているのだ。しかし、それを止められない。

 何故なら、働いてなければ。自分を追い込まなければ。精神的でも肉体的でも、立ち止まった瞬間に足元が崩れていってしまうような不安に襲われるから。

 いつか自分は破綻する。自分の父親がそうであったように、余裕が無い状態の人間が脆いのは十分に理解しているつもりなのに。


 自らの頭を冷やすのも兼ねて、ふと、


「もう少し、眠ってれば良かった……かな」


 そう皮肉げな言葉が漏れる。

 夢の終わった後は虚しいものだ。

 そう、故あって最近では休む間も“取れず”にではなく“取らず”に起き伏し働き詰めの毎日。

 精神的な余裕も日に日に少なくなり、比喩でなく夢の中でまで働いていた。それでも無理をして、無理をする事によって日々の不安を誤魔化していたリンリにとって、あの直前まで見ていた夢――。

 まるで自分が、物語の中の主人公にでもなったような。陳腐で、ありふれていて、ありきたりな話だが、実際に異世界にでも迷い込んでしまったかのような……“あの夢”には心引かれる物が有った。


 勿論まったくに。川で溺れたり、少女の前で全裸を晒したり、挙げ句に強がって倒れる。状況的な言い訳はできるものの、自分の酷い醜態の数々には顔を覆いたくなるし……。あのような目に遭うのはご免被りたい。

 そして、いくら日常が大変だからといって子供のように駄々をこねて現実から逃避したいわけでもない。ただ、あれが夢だと確りと理解していればもう少しだけ現実から離れて心を休めたかったところである。そんな本心。


「――よし……。起きるかっ!」


 まあ、もう目覚めてしまったのなら仕方ない。現実と向き合わなければいけない。

 日々の疲れを理由に二度寝したいのは山々だが、何時までも寝ている訳にもいかない。まだ若いのだから、きっと頑張れる筈だ。そんな風に自分を誤魔化し、いい加減に目を開けて現実を見る事にしたリンリ。すると、


「……ぉお、これはこれは。立派な絵が彫られた豪華絢爛な感じの天井で――」


 まず目に入ったのは、発した言葉通りの立派な絵の彫られている木製の天井。

 八畳程の広さがあるその部屋の天井全面を使って、長い身体をくねらせ、周囲に四つの光を纏わせた紺地黄色の龍が大空でも飛んでいる様子が描かれていていた。

 天井の木に直接、絵が彫られ、色彩が塗りこまれている。ただ部屋の天井を見ただけで、いかにもここが格式の高そうな場所だというのは理解できた。


「……いやいやいや、どこだよここっ?!」


 ガバリと上半身を起こすリンリ。

ぐるりと見回せば、隅に置かれた卓と積まれた座布団。何かの花が花器に生けられた床の間。周囲を仕切る襖。そんな今時珍しくなった純和風的な特徴の部屋、座敷だった。その部屋の真ん中に布団が引かれていて、そこで自分は静かに寝かされていたのだと理解。


「えーと、えと? まぁ落ち着け、俺」


 もしも仕事中に倒れでもしたなら、その場合、普通に病院やその職場の休憩室等で目覚めていただろうと思うリンリ。


 ならば……! これはもしや、道端ででも倒れてしまい。そこに居合わせた、又はそれを発見した誰かがまず自分をここに運んだという線が有力だろうかと推測。とりあえずに布団から出ようとして――。襖が丁度よく開いた。


「うん?」


 開いた襖の先に立っていたのは、


「おや、気がつかれましたか」


 紅い着物で、その上に黒い割烹着のようなものを纏った女性であった。


「……ぇ? ぇえ、今起きました」


 リンリは女性の言葉に当たり障りのない返しをしながら、彼女をじっと観察する。


 さて、女性の特徴を上げていくと。

長めの髪を頭の片側で結び、身体の前へと流した髪型をし。キリッと固そうな性格を想像させる線の整った凛とした顔。

 背丈はリンリと同じくらいで、女性にしてはやや高めか。服装から体格は痩せているように見えるが、胸の辺りは豊満。年齢は成人を迎えて間もないリンリと比較すると、少し上くらいだろうか。


 そこまでは良くて。けれど、


 ――彼女の髪は紅い色をしていて。服の捲られた袖口より出ている、その髪と同色の紅い“鳥の羽毛”で包まれた彼女の腕……。人外の腕だ。

 その腕。形こそ人間の物だが、手首までが美しい羽毛で包まれ、そこから続く手首から手の甲までが鳥の脚を思わせるような鱗に覆われていた。……その質感、完全に本物。


 ――夢の中で出会った、あのハクシのような人外的な特徴を持った女性。


「……失礼いたします。あなたの脈拍と体温を確認させていただけますか?」


「あぁ、はい。どうぞ」


 リンリは女性に手首を握られる。彼女の鱗の生えた腕は、触れられた瞬間は冷たくて。それでいて触れていると温かかった。

 ハクシの掌に触れた際の感覚を想起する。


 ――まだ夢を見ているのかと思うも、それにしては意識がはっきりし過ぎている。

 そして夢の中で先程まで見ていたのは“夢”で、今の現状も“その夢の続き”である。そうやってあれこれ認識できる程に、リンリは自分を器用な人間では無いと自負している。

 ……という事は、だ。


 ――あれは、夢ではなかったと?


「意識はしっかりしていますか?

身体の痛みや、その他におかしな箇所は?」


「えぇ、と。特には……」


 置かれた現状がおかしな事になっているのだけど、空気を読んで言わずにおく。


「問題はありませぬ。正直なところ、見立てからしてそのまま“もう目覚めない”可能性も考えたのですが……。どうも普通の低体温症(サムシミル)でございました。浄められた統巫屋(ここ)の環境に救われたのでしょう」


 彼女はどこからか紙を取り出すと、それに筆でサラサラ何かを書き込みながら“やや驚いた”という風にそう一言。


「……顔色から、貧血と。若干の衰弱も。

後ほど栄養剤と、食事には消化に良い物を用意させると致しましょう」


「――え、えと。今なんて?」


 少々聞き捨てならなかった言葉に、リンリは女性に聞き返してみた。今は落ち着いて現状を理解するのが先決だ。


「『栄養剤と食事』でございますか?」


「――いや、もっと前です」


「『若干の衰弱』のところでしょうか?」


「――いや『もう目覚めない可能性』のとこ!」


 リンリは過労ぎみではあったが、永眠するほどの衰弱をしていたわけでも、生命活動に関わるほどの損傷を受けた覚えも無い。怖い事は言わないで欲しかった。


「…………」


 彼女は自身の顎に手を添えて、数秒。

なんて事ないように口を開く。


「私は可能性の話を申したまでで。別段に深く考える必要はございません。そして、ふむ……確か、リンリ殿と(おっしゃ)るのでしたか?」


 はぐらかされてしまった、か?

 そして勿論、初対面の彼女にリンリは名前を名乗った覚えなど無いのだが。嫌になるが、後の展開が見えてきた。


「申し遅れました。(わたくし)は、サシギと申します。貴方が出会ったハクシ様……あのお方の使従を(おお)せつかっているうちの一人でございます。以後お見知り置きを」


 ――ハクシ……。夢でなかったようだ。


「まさか。あれ、リアルだったのか……」


 リンリはどう反応して良いのかわからず、掌で自分の顔を覆う事しか出来なかった。


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