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統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚  作者: 哀無風/i'm who?
◇一章・前編【系統導巫】
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一章……(二)  【邂逅】


 まさに命の危機的状況。


「……な、流される……!! くっそ、どこかに上がれそうな場所は、ないか?」


 リンリは痙ってしまった方足を庇いながら河岸の方へと意識を向け、労せず陸に上がれそうな場所を絶えず探し求める。


「――あぁ、駄目かっ!」


 けれど間の悪い事、悪い事。

 少し流されてしまった結果、陸地に接している部分には苔の生えた()()()()()()大岩が散乱しているのが見える。

 そればかりか、川底にギリギリで足が届かない水の深さといった悪条件も災いして、容易に陸へは上がれそうにないではないか。


 そうこうしている間、更に河に運ばれてそれなりの距離を流されてしまっている。

 邪魔になる衣服が無い為に、リンリは片足を抱えながらもどうにか水に浮かぶ事は出来ているのだが……それも、後どれくらいの間維持する事ができるのか解らない。体力の限界は近付いて来ているのだ。


「……いや、焦っても仕方ないな。まだしばらくは保つ……か。焦って溺れるよりか、体力を温存した方が良いだろ。もう少しで良いんだ、流れが緩くなりさえすれば――」


 こんな時だからこそ余裕を持とうと考え、自分自身に暗示をかけるよう呟くリンリ。


「何とかなる。……と、信じよう。

あぁ、そうだ。きっと、どうにかなるさ――」


 ……今の所は水の流れに身を任せるしか術が無かった。或いは、無闇に焦って体力を消費するよりかは賢い選択かも知れない。

 ただし、リンリの周りでは昔から“余計な時”だけ言葉に“言霊”が宿る。よく宿る。


 ――やたらに余計な事を言ったり、言われたりすると、その後に大体は……。


「ん、なんだ、この音は?」


 言ったとほぼ同時に、ドザァーと不穏な音がリンリの耳に入った。


「まるで、水が高い所から下に落ちて行くような、嫌な音……だな。ハハハ……まさか、そんなベタなこと……あるわけが――」


 リンリは青ざめながら水の流れる先に注目する。すると、この流れの先には、徐々に近付く川の切れ目。――要するに、高さや、落ちた先の様子が解らないものの“滝”が有った。


「うぉッー!! フラグか!! 回収が非常に非情に早いっ!! うひゃー!!」


 体力の温存とは何だったのか。リンリは滝を目前にし、片足が痙っている事さえ忘れて無茶苦茶に動揺しながらも流れに逆らって泳ぎ出そうとする。

 しかし、現実は空しく。痛みにより片足が満足に動かせない事で“それ”はほんの僅かな間の抵抗にしかならず。どうしようもなく残酷な結果は目に見えていたが……。


「――あぁ、終わった」


 残酷な結果……。最期の言葉が漏れた。

 力尽きたリンリが滝に飲み込まれるまで、そう長い時間はかからなかった。――完。




 ◇◇◇



 ――まだ終わらぬようだ。


 不幸中の幸いだったのは、滝がそれほどの高さでも無かった事か。

 それに滝壺が人一人が落ちても、その衝撃を完全に受け止めてくれるほどの水深だった事。

 そして、滝の下が滝壺から外側に行くにしたがって緩やかに水底が浅くなる“すり鉢状”の窪んだ地面だった事だろうか。

 水中へと引き込まれた際に脱力していた事も功を奏したか。少なくともリンリは溺死する前に水流に運ばれ、無事に緩やかな流れで水底に足を付けられる場所まで到達した。


「……ぅ」


 ――滝壺に水が落ちる事によって生じる、無数の気泡の嵐。着水とともに脳が揺らされて、もみくちゃになって、右も左も上も下も解らない有り様。とても視界が悪く、酸素も足りない。

「このまま死んでしまうのか?」そう疑問を投げ掛けたところで、リンリは朦朧とした意識で水底に足が付いたのを確認する。


「う、ゴボッ――!!」


 水底を一蹴、一気に水面に顔を出した。


「クハッ! ゲホッ!」


「ぁゎっ!」


 響くのは、響いたのは、顔を出したリンリの叫び声。と、不意をつかれて驚いて出してしまったかのような、高く可愛らしい悲鳴。


「ゲボッ、ゲボ! 死にかけたッ――!!」


 水を吐き、咳き込み。顔を上げ再び叫ぶ。


 何とか無事に生きている事に対する安堵。それとともに湧いてくる、わけも解らぬままに理不尽な目にあった事への憤りを怒声にした。

 すると、


「――ん……?」


 リンリはそこで、目前の様子を認識する。


「ぁぅっ!?」


「――ぇ、ぇ」


 リンリは空っぽになった肺に新鮮な酸素を取り込む事も出来ないうち、そのままグッと喉を鳴らして息を飲んでしまう。


 その、目前に立っていた存在に、だ。


 ――髪、銀髪。先ず、目を引く銀髪。

単純に色素の抜けた白髪とは、少しばかり彩りの異なる色彩というか。日の光の当たる角度で影や光沢が深まり、より白から青みを経て銀色に輝くような長く麗しい髪。


 ――次に瞳。人間離れした縦に長い瞳孔。

獅子や山狗が如く、どこか気高い獣のソレを連想させる瞳孔。一級の琥珀のようとも言い表せる虹彩。気高さ高貴さや畏れさえも抱かせるのだが、それらを併せ持ちながらもどこまでも静穏な、深く吸い込まれるような優しげな金瞳。


 ――全身。童顔で、かつ女性的な発達はこれからかといった身体つきで、見た目から齢は十代の中頃かもう少しだけ若いかどうか。どこか凛とした雰囲気も纏うけれど、抜け切らぬ幼なさを感じさせ、愛らしくも整った可憐な顔付き。


 ――そんな。美しい“ほぼ全裸”の少女。


 どうにも、自分の脳が得た情報を処理しきれていないのか。酷くこの刹那の時が長く感じられて。そうしようと意識せずとも、リンリは内心で少女の特徴を細かく描写していた。


「ぁぁ、ぁぅ……」


 一方の少女は動揺しているのか、未だにぱちくりとまばたきを繰り返し。無防備な状態で言葉になってはいない小動物的な鳴き声を洩らしているではないか……。


「…………」


 口を半開きにし、目を擦るリンリ。

 それは目の前の彼女が、死に掛けていた自分の脳が錯乱して見せている幻覚のような物だと疑ったからだ。しかし、否。直ぐに決して彼女がリンリの幻覚等ではないと悟る事となる。


 風が吹き、銀色の髪の靡き。

 一陣の風が過ぎたのを皮切りに。少女は実際に生きる生物としての確かな“存在感”を持って一歩の後退、水面に波紋を広げる。それから思い出したよう顔をみるみると紅く染めて行く。

 そして今更ながら、水面から出た状態で丸出しだった小ぶりな乳房を片手で隠すと、


「ぁ、其方(そなた)は、何者だ……?」


 鈴の音が響くような雅な声で、恐る恐るリンリに向かって語り掛けてきたから。


「あぁ、言葉、通じる感じか。良かった」


 どうにも幻想的な少女だったが、普通に会話は可能なようで何より。


「で。えー、えーとな……何者って。

そう言われましても、どう伝えれば……」


 リンリも思い出したように水中に浸る自分の陰部の辺りを両手で隠し。彼女の言葉に返事をしようとするも……つい言い淀む。

 残念ながら、まだ思考の整理が追い付いていないらしい。情報処理の限界をとおに飽和していて脳がへたばっている。

 まぁ、それほどまでに目の前の少女は異質で、奇妙で、神秘めいていて。……あぁ悲しい事に陳腐な表現しかできないが、ともかく“目を疑うような”存在との出逢いだったのだから。


 ……というか、それ依然に彼女は肩に掛けている羽衣のような物を除くと、リンリと同じくすっぽんぽん。別名、まっ裸なのだ。それがリンリの正常な思考を尚更に妨害していた。


「わ、我は統巫(とうふ)系統(けいとう)導巫(どうふ)此土(しど)(あまね)く、生きて、逝きて、行き続ける諸行無常なる命の系統を導く(もの)。系統導巫なり! うん……だったかな?」


「――え、豆腐? けいとぅ豆腐?」


 ――豆腐? 毛糸豆腐? とは?


 ――ともあれ。どうにも少女は何時まで経ってもリンリから返事が無いので、気を利かせて自らが先に名乗ってくれたようである。

 リンリには彼女の自己紹介として発した言葉が解った。が、共通の言葉を話しそれを聴き取っているものの、少しばかし違和感を抱かずにはいられない。間に翻訳者が入ったような不思議な感じがあった。


 ――まあ、今はその事は置いておいて。失礼にならないように正面から目を逸らし、横目で裸の少女をもう一度だけ観察するリンリ。


「失礼だけど。えと、それ……は?」


「……うん?」


 さっきから、彼女の身体の特徴が理解出来ずにいた。ソレの事に触れるべきか否かを考え兼ねたが、どうにも確認しておかないと思考の混迷から抜け出せはしないだろう。


 ――だから、リンリは彼女の臀部から生えている“フサフサ”していて、たまに“フリフリ”していたソレを指さして訊ねてみる。


「――それは、本物の尻尾か?」


「ぇ、本物ぉ?」


 ――少女の身体には、その髪と同色の狐のような尻尾と耳が静かに垂れていた。



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